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19 皆に内緒で



「……マヨイ様は何故、机に頭を擦りつけておられるのですか?」


 城の中の、薔薇が美しく咲き誇る庭園のテーブルに、私はうつ伏せになり倒れている。頭上からキルアの高圧的な声が聞こえるが、机にうつ伏せに倒れている私には表情は見えない。


「昼間の時の自分の発言で、相棒の方が無茶苦茶怒ってるんだよね〜!それに果敢に立ち向かったら猛反撃されて、今落ち込んでる所みたい〜」

「ああ……なるほど」


 私の隣に座っていたシルトラリアが、面白い話の様にキルアに伝えている。こちらは全く面白くないんだが。それを聞いてキルアも納得した様で、私がうつ伏せになっているテーブルの向かいに座る音が聞こえた。


「マヨイ様、我が国の問題でテオドール様と仲違いさせてしまい、申し訳ございません」

「いや〜あれはあっちの独占欲と執着が悪いでしょ〜!」


 私はゆっくりと上半身を起こし、目線を下げているキルアを見る。表情は真顔だが、全体的に小さく縮こまっているというか、とにかく分かりやすい位にしょげているのが分かる。隣でふざけている国王は別として、私はキルアに微笑む。


「私が決めた事なので、気にしないでください」


 そう、私はこの国に結界を張ることを提案した。加護を持ったものが一度しか出来ないものらしいが、特に定住する場所もない私にとっては、今後結界魔法を使う予定もない。それならば、私個人でもゲルド国に恩を売るのは悪くないと思った。

その提案をテオドールは青筋が見えるほど猛反対したのだが、私は頑なに拒否し、最終的にはテオドールは怒りのあまり話し合いの途中で大広間から出て行ってしまったのだ。


 先ほど謝罪も含めテオドールの元へ行ったが、何を話しても無視をされ続け、最終的には私の心が砕け散る事になったのである。


 それでも自分が決めた事なので、国王もキルアも誰も悪くない。私の表情と言葉にキルアは少しほっとした様にため息を漏らす。そして表情は変えないが、頬を少し赤くさせて再びこちらを見る。


「……テオドール様は本当に、自分の妻が大切なのですわね」

「あ、違います!私とテオドールは旅仲間です!」


 もう何度目かの勘違いになるなぁ、と思いつつ慌てて否定をすると、キルアは大きく目を開いて驚いてこちらを見る。


「えっ!?……し、しかし、お泊まりになる部屋は一つで、しかもベッドも一つでいいと!」

「ええ!?テオドールとマヨイ、部屋もベッドも一緒!?やっぱり夫婦じゃん!」


 キルアの言葉にシルトラリアも頬を赤くして立ち上がっている。……うん?おかしいな、この世界では友人男女でも同じベッドで寝るのではないのか?国の違いか?私は恐る恐る二人に問いかける。


「この世界って、恋人とか夫婦じゃなくても、男女一緒に寝るんじゃないの……ですか?」


 その質問に二人は更に顔を赤くして、信じられないものを見るようにこちらを見ている。キルアが顔を赤くしながら小さく悲鳴を上げて、こちらを鋭い目で見つめながら大声で叫んだ。


「男女で同じベッドで寝るのは!夫婦同士しかいたしません!!」


 シルトラリアも恥ずかしそうに顔を手で隠しながらその場でしゃがみ込む。……え?でも、でもテオドールは最初から、私と一緒に寝るのがさも当たり前の様にしていたのだ。最近慣れてきて、普通に一緒に寝ていたのは、あれは…………。


「ええええええええ!!??」


私はその後、詳しく話を聞きたいキルアとシルトラリアにより、夜中まで質問攻めにあった。











◆◆◆




 俺は、今非常に腹が立っている。

自分が大切に大切に育てている娘が、自ら危険な事に足を突っ込もうとしているのだ。結界魔法とはそれほど危険な事なのに、娘は考えもなしに今日初めて来た国を助ける為に使うと言い張る。ユヴァ国の時と同じく、全く引かない娘に心底腹が立ち、俺は大広間を後にした。


 その後に娘、マヨイが謝罪しに来たが何も反応しないでやると、とても悲しそうな表情をしてしまい思わず声をかけそうになるが、それを抑えてその背中を見送った。


 部屋のベッドに腰掛け、怒りをどうにか鎮めるために深呼吸をする。

だがそれと同時に急に部屋のドアが開けられたと思えば、そこには今考えていた娘がいた。まだ怒りが治まらないので無視をしてやろうと思ったが、娘はそのままベッドによじのぼり、そして俺の目の前まで来る。下を向いているので表情が見えない。


「………か」


 何かを呟いているのか、だが小さすぎて聞こえない。そのまま無言で娘を見ていると、段々と体が震え始めるので驚いてしまう。何か体調でも悪いのかと思えば、先ほどの怒りも段々と薄れていき、俺は娘の肩を触り揺らす。


「おい、大丈」


 大丈夫か?と聞いてやりたかったが、肩を揺らした時に見えた娘の表情を見て、俺は絶句した。娘はそのまま、小さな口を開く。


「テオドールのばか!い、一緒にねるの、ふ、ふつうじゃない、じゃん!!」


 そこには、耳まで赤くして、涙目でこちらを見るマヨイがいた。普段とは違う、怒りも何もない恥ずかしさだけで来るその表情が、あまりにも官能的で思わず喉が鳴ってしまう。マヨイが息を吐く度にほのかに香るのは、おそらく酒だろう。


「一緒に、ねるのっ、夫婦だけ、って」


ようやくマヨイが伝えたい事が分かると、すっかり怒りも治まった俺は、気まずくなり目線を下げる。


「ああっと……悪い、一緒に寝るのを恥ずかしがるアンタが、その……」


 可愛らしくて、なんて絶対に言えない。そんな俺の心情がわからないマヨイは、更に近づき俺の胸あたりを両手で弱々しく何度も叩く。その幼稚さがあまりにも可愛らしい。……気持ちが滾って仕方ない。


「悪かった、悪かったから。今度から別の部屋にするから許してくれ」

「やだ、いっしょがいい」

「…………」


 誘惑の様な言葉に、唇を噛んでどうにか腹のそこから出る欲望を鎮めようとする。落ち着けテオドール、お前はこんな小娘じゃなく、もっといい女を今まで抱いて来ただろう。何でこんな小娘に興奮しているんだ。


「一緒に寝てるのがバレて恥ずかしいんなら、別々にするしかねぇだろうが」


俺の叱責するような声に、マヨイは自分の服を両手で弱々しく掴んで、そのまま溶けている目を向けてくる。


「テオドールに、後ろから抱きしめられて、ねるの、好きだから」

「……………」


肩を掴む手が強くなってしまう。……これ以上は、これ以上は駄目だ。



だがマヨイは、目の前で愛おしく俺を見て、口をゆっくりと動かす。



「だ、だから、これからは……みんなに、内緒で、寝よう?」

「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」




俺は初めて女を、抱かずに気絶させて逃げた。



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