17 大集結
「なんか二人とも只者じゃなさそうな雰囲気だったから声かけたけど、まさか聖女と聖人だったとはね。私の勘は当たるなぁ」
次の日の朝、私とテオドールはハリエド王の付き人としてゲドナ国へ向かう事になった。戦いの神ヴァンキルの加護を持つ女性は、子供がいない国王陛下の養子となっているそうだ。私達の旅の理由を知ったシルトラリアは、それなら付いてくればいいと快く引き受けてくれた。アイザックとノアも最初こそは許可しなったが、シルトラリアは頬を膨らませてこう言った。
「強力な魔法を使える人が多い方が、ゲドナの今の状態を早く改善できるでしょ?ハリエドとの国交を深める為にも、恩を売って悪い事ないじゃん」
その言葉には精霊二人とも何も言えないようで、美しい顔を歪めながら従っていた。今の自分と同じ年頃の女性だが、流石一国を統治するだけの事はある。そんな事を考えていると、前へ進むシルトラリアはこちらに振り向く。
「気になってたんだけど、君たち二人は恋人とか夫婦なの?」
「違います!!!」
食い入るように目の前の彼女を見つめると、苦笑いをされる。私の隣で並んで歩くテオドールは意地悪そうにこちらを見て、顔を近づける。
「つれないねぇマヨイちゃんは、ユヴァ国じゃ夫婦だったじゃねぇか」
「入国の時に怪しまれない様にね!?あらぬ誤解を生むからやめてね!?」
思わず叫ぶように声を出す私を見て、テオドールは楽しそうに笑って頭をひと撫でする。そういう所が誤解を生む行動なのだと叱責したかったが、私達の掛け合いを小さく笑いながら見ていたシルトラリアは、そのまま小走りで前に進む。すぐ目の前の、道の途中の広場に着くと、彼女はその場に立ち再びこちらを見た。
「ゲドナまではまだ距離があるけど、この位の距離なら移動魔法で着けるかな」
そう言うと彼女は雑音の様な呪文を唱え始める。それと同時に私達五人の立つ地面に、金色の巨大な魔法陣が浮かび上がった。ユヴァ国の星祭りで見たヨゼフの魔法陣と同じくらいの大きさで、思わず後ろに下がる。それを見てテオドールは私の肩に触れ、自分の方へ引き寄せた。
「落ち着け、俺がやったのと同じモンだ」
「……う、うん」
急に寄せられ、思わず上擦った声を出した私に、テオドールは優しく微笑んだ。それを呪文を唱えながら見ていたシルトラリアは、唱え終わると目を細めて、こちらへ笑いかける。
「やっぱり、いい関係なんじゃん」
シルトラリアの言葉と同時に、私達は金色の光に包まれた。
◆◆◆
私がいるゲドナ国は、元々魔物が周辺に出やすい国だった。だから私が召喚された際、国を覆う大魔法で魔物が国に侵入しなくなった事で国民は歓喜した。
だが、今現在ゲドナ国周辺で魔物が異常に出現しており、国を覆う結界も攻撃を受けている。いつ結界が解かれ、国に魔物が侵入するか分からない切迫した状態だ。私は国王陛下である、義理の父へ謁見すべく向かっている。自分が険しい表情を浮かべているのを見て、廊下ですれ違う使用人達は怯えた表情で頭を下げる。……だが今はそんな事を気にしている暇はない。私は目的の扉の前に着くと、ノックもなしに勢いよく扉を開く。
「キルア、来たか」
扉の向こうで、忙しない大臣達に囲まれながら、くすんだ灰色の長髪で、背の高い鍛えられた体の威厳ある佇まいをする男性、このゲドナ国を統治する国王が私に気付き声をかけた。私はそのまま国王の元へ向かい、目の前で立ち止まる。
「陛下、状況はどうですか?」
「中々難しい所だ。周辺地域を攻撃していた魔物が、どうやら国の結界へ集中的に攻撃をしているらしい。数が多すぎて兵や魔物狩り達も手を焼いている」
「でしたら、私にもう一度結界魔法をさせてください!」
私の嘆願に、国王は苦い表情で首を横に振る。
「あの大魔法は、加護を持っている者でも一度きりのものだろう。二度もすればお前の命が危ない」
「それでも!今できる最善の策はそれだけではないですか!?」
「今までこの国を救い守ってきたお前を失う事が最善など、誰も思っていない」
国王の言葉に、周りの大臣達も私に力強く頷く。私は下を向き拳を作った。国王はそんな私の頭に手を置き、優しく撫でる。
「我が国が祀る神が授けてくださったお前を守る為に、皆が策を練っているんだ。心配するな」
「………」
私はそれ以上何も言えなかった。あまりにも優しい国王と大臣、そして国民達。それを守るために私はこの世界へ来たのに、それを守る手立てがあるのに出来ない。この国の聖女である責務を全うできない、何もできない悔しさで拳を作る手から血が滴っていく。……私は、この状況に何もする事ができないのか。
その時、部屋の床が黄金に光り始める。突然の事に私も国王達も驚くが、私はすぐに国王の前に立ちはだかり背中の大剣を抜いた。目の前の光は意志を持っているように動き、やがてその光は魔法陣を描いている事に気づく。
そしてそのまま、眩い光に私達は目を眩ませてしまう。
「到着!………あれ、ここどこだ?」
「シルトラリア!だから魔法を使う時は人物ではなく、場所を想像しろと言ってるだろう!?」
「なんて事……まさか城の中に着いてしまうなんて……私達はハリエドを代表して来ているのに……」
「………おいおい、移動魔法位ちゃんと出来る様になっておけよアンタ」
「………あ、あはは」
光の中から、数人の男女の声が聞こえる。剣をその声の方向に向けながら、私は目を凝らしてその人物達を見ようとする。……ようやく光が収まり、その声の方向の、目の前の焦茶色の髪色の女性の目の前に剣を向ける。後ろにいた銀髪の男女は険しい表情をしながら構えるが、剣を向けられている本人は最初こそ驚いていたが、すぐにそれは苦笑いとなり、頬を掻く。
「えへへ……えっと、お初にお目にかかります!最近建国したハリエド国の国王で、予言の神から加護を得た聖女、シルトラリアと申します!」
私はその飄々とした女性に思わず顔を引き攣らせるが、後ろにいた国王は「ほぉ!」と感嘆のような声を出して目の前のシルトラリアと名乗る女性を見る。
「そう言えば、新国した国の使者が挨拶に来ると便りがあったが……まさか国王本人が来られるとは!」
「いやっはっは!国内の仕事は全部、宰相に頼んで来ちゃったんですよ〜!もうすいませんいきなりの登場で〜!」
「構いませんぞ、うちの娘が剣を向けてとんでもない御無礼を」
「金髪の嬢ちゃんの対応が一番正しいけどな」
女性達の後ろで、銀髪碧眼の青年が黒髪の少女を守るように抱き寄せて、不機嫌そうな表情を浮かべて声を出す。黒髪の少女は顔を赤くしながら青年から離れようとするが、青年は更に抱き寄せる力を強くしていた。……私は、そんな可笑しな五人を見ながら、ようやく絞り出した声を投げかける。
「………聖女?」
「はい!聖女二人と聖人と、あと精霊二人で来ました!」
いい笑顔で話すハリエドの国王の言葉に、私は更に顔を引き攣らせるが、後ろにいたゲドナ国王は嬉しそうに一度笑う。
「それはそれは、今現在一番欲している存在ですな」