15 小娘は嫉妬を知らない
「そんな嫌そうな顔をしなくていいじゃないか、テオドール」
私の隣で不機嫌そうに眉間に皺を寄せているテオドールに、ヨゼフは苦笑いをしながら声をかける。……しかし、かけられた本人は無言だ。
昨夜突然現れた、私と同じ赤い魔法陣を出すその少年。……その少年の態度が非常に気に食わなかったのか何なのか、結局昨日は私も彼も警戒して眠りにつく事ができなかった。流石に、見送りに来てくれたヨゼフに失礼だろうと、隣からテオドールに肘を当てる。それに反応したのか、ようやく大きなため息を吐きながらヨゼフを見る。
「今度、俺に魔物狩りを依頼する時は、あらかじめ等級を教えろよ。老体を手荒に扱うんじゃねぇ」
「はいはい、わかったよ。また城を全壊される訳にはいかないからね」
テオドールに告げた後、ヨゼフは後ろに立つ使用人から包みを受け取り、それを私に渡す。
「これは新しい加護を持つ者へ、先輩からの贈り物だよ」
「あ、ありがとうございます」
包みを開けると、そこにはエメラルドのような宝石が付けられたネックレスが入っていた。私は慌ててヨゼフの方を向くが、対するヨゼフはこちらに微笑みかけていた。
「守護の刻印をつけたネックレスだよ。一回だけならどんな攻撃も弾く事ができる」
「貰っていいんですか、こんな凄そうなもの」
「勿論、隣の大先輩だけじゃ心配だからね」
それにはテオドールは反応して、引き攣った表情でヨゼフを見る。
「……色気づいた若造が」
「マヨイにべったりな君に言われたくないね」
……二人の背後に、雷が落ちたように見えた。この二人、本当に仲が悪いな。私は受け取ったネックレスを首に下げて、今にもヨゼフに噛みつきそうなテオドールの腕を掴む。
「じゃあ私達はもう行きますね!ヨゼフさん、本当にお世話になりました!」
そう言いながら軽く会釈をすると、ヨゼフは頷く。
「テオドールにうんざりしたら、僕の所に来るといいよ」
その言葉には苦笑いで返し、沸騰寸前のテオドールを引っ張りながら関所へ向かう。これ以上いたら、このジジィは確実に問題を起こしそうな気がする。……何を怒っているのか知らないが、人様に迷惑をかけるのだけはやめて頂きたいものだ。
ヨゼフは最後まで、私達を見送ってくれた。
ユヴァ国から出て、国に入る前に歩いた田園を再び歩く。また二人での旅が始まり、久しぶりのテオドールの作る料理を食べられるのが楽しみだ。ヨゼフから離れたおかげか、大分元の調子に戻ったデオドールを見る。
「次はどの国へ行く予定?」
「そうだな……ここからだとゲドナ国か」
テオドールが少し考えながら、国の名前を答える。
「ゲドナ国はどんな国?」
「戦いの神ヴァンキルを祀る国だ。魔物狩りを生業にする冒険者が多い国だな」
「へぇ〜なら加護を持った人も屈強な男性とかなの?」
「いんや?屈強は合っているが女だ」
……屈強な女性とは、どんな人なのだろう?話す前に決闘とかさせられるのだろうか?……そうなった時にはテオドールさんに任せよう。そう決意を固めていると、いきなり彼が「ほらよ」と言いながら何かを差し出す。思わずそれを受け取るが……少し古いが、手入れのされている小さな剣だった。
「俺のお下がりだが、それならアンタでも使えるだろ」
「ま、まさか次行くゲドナ国、そんなに物騒な所なの!?」
「……いや、国は物騒じゃないが」
「国は!?」
思わずテオドールに顔を近づけ詰め寄る。彼は頭を掻きながら、目線を合わせてこない。……やっぱり、決闘とかする感じの人なのか!?言葉より手が出るタイプの人なのか!?恐怖を浮かべる私の表情を見て、テオドールは気まずそうな表情でため息を吐く。
「…………あの若造に貰ったもん簡単に着けやがって」
「はぇ?」
絞り出した様な声を出して告げる言葉に、思わず変な声が出てしまった。テオドールはというと、何故か仏頂面の表情で耳だけ赤くしていた。どうした、日が照っているから耳が熱くなったのだろうか。
「よく分からないけど、ありがとうテオドール!でも決闘はできないから!」
「……はぁ?」
呆けたような声を出したテオドールは、見る見るうちに呆れた表情を向けてくる。……そして再び、今度はわざとらしい大きなため息を吐いた後に、ローブを靡かせ先へと進む。私は慌てて彼を見失わないように小走りで付いて行く。………耳が赤い心配をした方がよかったのだろうか?
薔薇が咲き誇る庭園の中央で、椅子に座りながら優雅に紅茶を飲む令嬢がいる。その令嬢は綺麗に巻かれたブロンドの長髪を靡かせて、狩人のような鋭い目で紅茶の隣に置かれた書類を見つめる。
「……今年は、異常に魔物が発見されますのね」
令嬢が見ている書類は、今年討伐された魔物の数値だ。令嬢はその数を見て、思わず書類を握る手を強めて紙を皺にする。……深呼吸をして書類をテーブルへ投げ、再びカップを口に運び紅茶を飲む。
紅茶を飲み終わると、カップを優雅にソーサーに置き立ち上がる。その際に椅子に掛けていた大剣を掴み背中に担ぐ。繊細な刺繍が施された薄桃色のドレスが風を受け揺れて、ドレスに似合わない、この国の軍人用の黒ブーツが見える。……令嬢はもう一度深呼吸をし、鋭い目を前へ向ける。
「戦いの神の聖女として、務めを果たしましょう」
自分を鼓舞するように声を出し、令嬢はそのまま庭園を出る。