14 星祭り
星祭りとは農作物の収穫を祝う祭りだそうで、最後にはその年に一番豊作だった作物を、豊穣の神に供える儀式も執り行われる。
「でも、なんでそれが「星祭り」なの?」
祭りの最後の儀式を見る為に、商店街の中央へやってきたが、豊穣を願うのであれば「収穫祭」という方が正しいのではないかと思う。私の呟いた疑問に、隣にいるテオドールは気だるそうにこちらを見て答える。
「見てりゃあ分かる」
それはどう言う事だ?と聞こうとしたが、声を出そうとした所で中央にある祭壇が騒がしくなった。中央を見ると、そこには煌びやかな深緑の祭服を着たヨゼフがいた。ヨゼフの登場に観客は沸き、そこかしこで彼の名前が聞こえる。ヨゼフは観客へ微笑み、両手を広げ空を見上げ、口を開く。
「豊穣の神ヨナスよ、ユヴァを、未来永劫の繁栄を幸えたまえ」
美しい声と共に、夜空に巨大な緑の魔法陣が浮かび上がる。私は驚いて目を大きく開けたが、テオドールは知っていたのか、表情を変えずに魔法陣を見ている。その魔法陣が強い閃光を出し、思わず目を瞑る。
「マヨイ、目開けて見てみろよ」
暫くすると聞こえるテオドールの言葉に従い、私はゆっくりと目を開ける。
目の前には、夜の空を明るく照らすほどの無数の流れ星が空を覆っていた。
周りの観客も美しい空の光景に、感嘆の声が溢れる。……だから、「星祭り」なのか。私はテオドールの方を向く。流石の彼も、目を細めて微笑みながら夜空を見ていた。
「すごい……綺麗」
「まぁ確かに、あの若造にしちゃあやるな」
そうは言っているが、テオドールが星空を見る表情はとても穏やかである。私はそんな彼を見て笑い、そして彼と一緒に美しい夜空を見つめた。
祭りが終わり、明日は次の加護持ちの存在に会う為にユヴァ国を出る日だ。祭りの途中で会ったヨゼフが、明日は見送ると言ってくれた。テオドールは面倒臭そうにヨゼフを見るので、彼は苦笑いを浮かべていた。本当に偉そうなジジィである、魔物狩りで城を全壊させた癖に、なんと5割以上の報酬を受け取れたのも、ヨゼフが国王に掛け合ったお陰だと言うのに……。
明日の準備を終えた私達は、朝早く出る為に準備を終えてそのまま眠りにつく。相変わらずこちらに寄って来て、後ろから抱きしめてくる彼に思わずため息をこぼす。
「狭いんだけど……」
「触り心地がいいんだよ、黙って寝ろ」
……本当にこの世界じゃなかったら、この男はセクハラで訴えられると思う。この世界には法律とかないのだろうか?そんな私の思いは知らずに、テオドールは抱きついたまま目を瞑って、すぐに寝息であろう規則的な呼吸をし始める。……寝るの早いな、ジジィのくせに。
私ももう寝よう、そう思いそのまま抱かれたまま目を瞑った。
「仲のいい事で、羨ましい限りだよ」
「っ!?」
知らない声と共に、急に襲う寒気に私は目を思わず目を開ける。思わず起き上がり息を吐くと、冬でもないのに吐く息が白くなる。……横から聞こえる幼い笑い声に、私はその方向へ向く。
そこには、窓に腰掛ける少年がいた。
今の自分の外見よりももっと幼い少年。癖のある黒髪に、赤い瞳をしたその少年は、こちらを見て笑いながら、目を細める。
「まさか、彼と行動を共にするとは思わなかったな」
「………君は」
まるで貴族の子息のような格好の少年は、窓から降り立ち、ヒール特有の音を鳴らしてコチラへ近づく。思わず後ろへ下がろうとしたが、体が何故か固まってしまって動けない。目の前に少年の赤い瞳が寄る……この獣の様な赤い瞳は、まるで先日の古城にいた魔物と同じだった。
「あろうことに君を襲った魔物を、解放してあげたそうじゃないか。君を襲ったんだから、生きたまま四肢を引き千切って、苦しんだ末に殺してしまえばよかったのに」
幼い少年が語る言葉とは思えない内容に、私は背筋が凍えるような感覚が襲う。……この少年は、一体何者だ?……確信して分かる事は、胃のものが全て吐き出しそうになるほどの恐怖を覚えるこの少年は、普通の人間ではない事くらいだ。そんな私の表情を見た少年は、顔を歪ませ恍惚とした表情を向ける。
「嗚呼、本当に可愛らしい子だ。……このまま君の全てを奪って、僕なしで生きていけなくしてやろうか」
「………っ」
こんな幼い少年に、恐ろしくて声も体も動かす事ができない。……少年の人差し指が、私の唇に触れそうになる。
「おい、それ以上こいつに近づくな」
急に後ろから強く引っ張られ、私はその声の主の胸の中に収まる。上を見上げると、そこには今まで見た事ない、瞳孔を広げ怒りを露わにしているテオドールがいた。少年に向かって、純白色の杖を向けている。少年は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにそれは嘲笑うようなものに変わる。
「それはこっちの台詞だけど?僕のものに勝手に触れないでくれないか?」
「………テメェ何言ってんだ?」
今ままでで聞いた事がないテオドールの低い声に、怖くなって彼の服を掴む。それを見た少年は、苛立ったような舌打ちをしながら後ろに下がる。
「随分と懐かれてるみたいじゃないか。……まぁいいよ、どうせ最後には、彼女は僕のものになるしかないんだから」
そう告げると、少年の足元に赤い魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣の色に、私もテオドールも目を見張る。
「お前は………」
テオドールが呟くように声を出す。……その少年は赤い光に包まれながら、私に優しく微笑みかける。
「必ず迎えに行くからね。…………僕の、愛おしい子」
そしてそのまま、赤い光に包まれて少年は姿を消した。