10 古城の悪魔
お父さん、お母さん、お元気ですか?
二人が育ててくれた娘は、神様に好かれるほどいい女になりました。
でもそのおかげで空から落とされ、外見も若返り、そして見た目詐欺のエロジジィと旅に出ています。
そして今は…………なんか魔物とかいう化け物に襲われています。
「自業自得!自業自得なんだけどね最後は!!!」
「何意味わかんねぇ事言ってるんだ!!」
テオドールは私を担ぎながら大声を出す。そのまま足取り軽やかに動き、襲い掛かる魔物の爪を躱していく。ヨゼフも自分に向かってくる攻撃を、緑の魔法陣を出しながら止めている。
ダンスホールにいた魔物は、私達に気づくと腕を歪な動きをさせていき、そしてその腕はまるで刃物のように形を変えた。それだけでも引くほど恐ろしかったが、刃物の形となった腕のまま、こちらに人間とは思えないスピードで突進してくるのには、思わず泣き叫びそうになった。いや、聞いてないし!もっと動物みたいなのが大きくなるんだと思うじゃん!?テオドールが私を担いで避けてくれなかったら、恐らくあそこで人生は終了していた。
その担いで攻撃を避けているテオドールは、大きく舌打ちをしてヨゼフを見る。
「おい!!一級魔物なんて聞いてねぇぞ!こういうのは先に言え!!」
ヨゼフは、怒号のようなその声に爽やかな笑顔を向ける。
「悪いね!大魔法使い様ならどの等級でも簡単だと思って!」
「テメェ!!!」
……この二人、結構仲悪いな。等級だの、一級だの、魔物には強さのレベルのようなものがあるのだろうか?私はテオドールに担がれながら顎に手を添える。……しかし私、無理矢理ついてきたのに本当に役に立っていない。
そう思っていると、急に尻に痛みが走り、思わず悲鳴が出てしまう。
「いったぁ!?」
「マヨイ!防御魔法かけろ!」
どうやらテオドールに尻を叩かれたらしい。おい!?私の世界ではそれはセクハラだからな!?お前顔面がいいからって、何でもしていいと思うなよ!?
私は怒りの矛先を全て、呪文に捧げながら唱えた。相変わらずのノイズのような声と共に、私達の目の前に赤い紋章が浮かび上がる。その魔法陣を見たヨゼフは、目を大きく開いた。
「本当に赤い魔法陣だ!すごいな!」
「え、えへへ………」
ヨゼフの感心したような言葉に、私は思わず照れてしまう。が、急にもう一度、尻に激痛が走り今度は奇声をあげる。思わずテオドールを見ると、こちらを不機嫌そうに見ている。……このエロジジィ!!二度もやりやがった!!!
私の防御魔法により、魔物が刃物の腕を振り落としても攻撃が当たらない。
魔物からの攻撃を避ける必要がなくなったテオドールは、私を降ろし自分の後ろに立たせ、手を前に出すと長い呪文を唱え始める。……その呪文の途中から、テオドールの手の周りの空間が歪み、穴が現れた。その穴からゆっくりと出てくる何かを、テオドールは掴み引っ張り出す。
……出てきたそれは、長い杖だった。彼の身長ほどあるその杖は、純白色をしており、先端には彼の瞳と同じ、美しい青色の大きな宝石が嵌め込まれている。……美しい、その言葉が最初に出てくる。掴んた杖を地面につけると、そこから青い魔法陣が現れる。テオドールはヨゼフを睨みながら叫ぶ。
「若造!この城、木っ端微塵になっても俺のせいじゃねぇからな!」
ヨゼフは何かを訴えようと口を開いたが、それよりも先にテオドールは杖の末端をもう一度、今度は強く打ち付ける。それと同時に魔物の周りに魔法陣がいくつも浮かび上がる。魔物は本能的に身の危険を感じ避けようとしたが、魔法陣から出る光の方が早かった。
目が焼けるほどの光が魔法陣から現れ、思わず目を瞑ってしまう。
……横から、強く誰かに抱かれる感触がする。よく知っている優しい匂い。ゆっくりと目を開けると、いつもの優しい微笑みを向けるテオドールがいた。
「いやぁ、まさか古城が瓦礫になるとは。陛下になんて言い訳しようかなこれ」
「んなもん知ったことか」
テオドールの魔法により立派な古城はほぼ、瓦礫の山に変わった。ヨゼフは笑っているが、言い訳できるのかこれは……?心配そうな表情で見ているのに気づいたのか、ヨゼフはこちらを見て笑う。
……しかし、あそこまでの攻撃魔法をしたのだ。この瓦礫の中にいるであろう魔物は、既に息途絶えているだろう。
その時、風の音と共に、どこからか声が聞こえた。
『 ワタシ ハ タダ シアワセニ ナリタカッタ ダケ 』
「え?」
私が急に声を出したので、テオドールとヨゼフはこちらを見る。
「マヨイ?」
「……え、いや……なんか、声が聞こえて」
二人は周りを見るが、特に何も聞こえないのか顔を見あわせる。……気のせいではない。確実に聞こえたのだ。私は声が聞こえた方向へ進み、瓦礫の上を歩く。テオドールが慌てて止めようとするが、それも振り切って進む。
『 ミンナ ワタシ ヲ ミテクレナカッタ アザワラッタ 』
進めば進むほど、その声は大きく聞こえる。
『 クヤシイ クヤシイ クヤシイ 』
声の方向へどんどん進み、一度立ち止まり周りを見る。
………目の前の瓦礫の中に、炭のように黒い手が見えた。その手は動かないが、確実にこの手の主がずっと声を出していた。不思議と恐怖を感じない。
「マヨイ!!」
後ろからテオドールの声が聞こえ、腕を引っ張られる。後を着いてきた彼も、私の目の前にある手に気づき、険しい表情になりながらすぐに呪文を唱えようと口を開く。
「駄目!!」
私はテオドールに叫びそれを阻止する。急に止められた事に驚いたのか、こちらを見て目を大きく開いている。私は瓦礫の中の手の前に座り込むと、その手を迷わず両手で握りしめた。
「私は貴女を嘲笑ったりしない!貴女はもう、自分を苦しめた人の為に、これ以上苦しまなくていい!」
『 デモ ワタシハ シアせに、なれなかった 』
段々と声が、獣のようなものから女性の声に変わる。
「これから幸せになる!貴女は……貴女は幸せにならなきゃいけない!!」
『 ……私は、幸せになれるの……? 』
「なれるじゃなくて、なるんだよ!!!」
握りしめた手を、力強く握り返された感触がしたと同時に、周りの瓦礫が崩れる。私は握られた手を思いっきり引っ張り上げる。
引っ張り上げた先には、先ほどと同じ、赤いドレスを着た女性がいた。
だが獣ような赤目でもなく、美しいエメラルドの目をしている。……先ほどまで自分達を襲っていた魔物ではない。……彼女は、人間だ。
彼女はその頬に涙を流しながら、私に美しく笑いかける。
『 ありがとう 』
そう告げると女性は目を瞑り、目の前でうつ伏せに倒れる。驚いて女性を起こそうとしたが、ふと自分が繋いでいた手が軽くなった事に気づき、繋がれた手を見る。
それは、先ほどまでの黒い手ではなく、骨の手になっていた。……ゆっくりと、うつ伏せに倒れた女性をもう一度見る。
そこには、赤いドレスを着た白骨死体があった。