9 大魔法使いの弱点
風呂に入り終わり宿泊先の部屋に戻ると、先に風呂から帰ってきたのだろうテオドールが、窓から見える月を眺めながら、直接酒瓶に口を付けて呑んでいる。月明かりに照らされた銀色の髪が、美しく光り輝いているのを見つめていると、こちらに気づいたのか後ろを向く。私を見てテオドールは顔を綻ばせる。
「明日も早いから、そろそろ寝るぞ」
そう言うとテオドールは酒瓶をテーブルの上に置き、そのままベッドの上に寝転がる。……そういえば、この部屋にはベッドは一つしかないが、一体私はどこに寝ればいいのだろうか。周りを見ながら考えていると、寝転がっていたテオドールがこちらを手招きしている。
「何ぼさっとしてんだ、早く来い」
「えっ」
「他にどこで寝るってんだ。ってか、野宿してた時は隣で寝てただろ」
そう言いながらテオドールは、呆れるような表情を向けている。確かにこの国に来るまでの旅では、彼と身を寄せ合いながら寝ていたと思い出す。……え、まさか、この世界って恋人とか夫婦じゃなくても、男女で同じベッドで寝るのは当たり前だったりする?前の世界の常識がここでは違うのか?
思わず考え込む私に痺れを切らしたのか、テオドールは私の腕を掴んでベッドに引っ張る。私はされるままに彼の隣に寝転がる形となった。
目の前の、美しい顔がこちらに微笑んでいる。……落ち着け、これはこの世界では当たり前なのだ。私は顔が赤くならないように、テオドールに背中を向ける体勢になる。それには何も反応がないので、そのまま寝るために深く深呼吸をする。
「おやすみ、テオドール」
「……おう、おやすみ」
彼は耳元で優しく答える。私はそのまま、久しぶりの柔らかい布団の感触に釣られて、重たい瞼を閉じた。
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不老不死の大魔法使い、テオドール。
彼の存在は、他の加護持ちの中でも異質な存在だ。
この世界での加護持ちは皆、魔法を使えるだけのただの人間、寿命もこの世界の人間と変わらない。だが時の神に愛されたこの男は、老いることも死ぬこともない存在。数々の国々の災いを収め、定住をせず旅を続ける、伝説の魔法使い。
が、そんな伝説の魔法使いが現在、小娘一人に手を焼いている。
「いいじゃん連れてってくれても!私だって魔法使えるんだから!手助けできるよ!」
「治癒と防御しか教えてないだろ!大人しく部屋で待ってろ!」
「治癒と防御も使えるじゃん!大丈夫!いける!」
「何がいけるんだよ!!」
どうやら、マヨイは魔物退治に同行したい様で、それをテオドールに止められている所だ。……彼女も一応、加護持ちなのだから問題ないのではと思うが、伝説の魔法使いは非常に、彼女を大事にしているらしい。どうにかこの場所に留まらせようとしているが、彼女は全くひかない。……最後の最後には、「ああもう!」と空に向かってテオドールが叫んだ。
「俺が危険と思ったら、移動魔法使ってでも部屋に戻すからな!!」
「やったー!!!」
とうとう折れたテオドールが同行を許可すると、マヨイは嬉しそうに飛び跳ねる。……昨日までの、あのテオドールの執着具合を見て、恋人か夫婦なのだろうと思っていたが、今は親子の様にしか見えない。……僕は手を叩き、二人の視線をこちらに向ける。
「話は終わったかな?じゃあ古城へ行こうか」
「はい!よろしくお願いしますヨゼフさん!」
不機嫌そうなテオドールに反して、とびっきりの笑顔でこちらに答える彼女。……まぁ確かに、このマヨイという女性は、とても素直で可愛らしい。そんな目線を向けている事に気づいたのか、鋭い目を向ける保護者には顔を引き攣らせた。
移動魔法で目的地の古城に着くと、マヨイは目の前の古城に驚いたのか目を大きく開けている。そのまま僕の方を見る。
「古城と聞いていたから、てっきり壊れかけている城だと思っていたのですが、結構綺麗ですね」
「つい半年前まで、王族の別邸として使われていたからね。魔物が現れてからは誰も寄り付かなくなったけれど、それまでは古い城だけど、ちゃんと補修工事をしていたみたいだよ」
「半年前ぇ?魔物をなんでそこまで放っておいたんだ?」
テオドールが呆れたように声をかけるが、僕は苦笑をしながら、城の扉を開けて中に入る。それに二人も後ろからついてくる。
「その魔物になった「元」が問題でね、国王陛下も簡単に討伐許可を出せなかったんだ」
その言葉には思う所がある様で、テオドールはそれ以上言わなかった。……だがまだ何も気づいていないマヨイは、後ろから声をかける。
「元?」
「魔物は全て、この世界に存在する生き物の感情によって生まれる。……それは、この古城にいる魔物も同じだ。「古城の悪魔」と呼ばれる魔物は、この城に執着している」
「……それって」
マヨイが次の言葉を話す前に、城の奥から獣のような唸り声が聞こえる。テオドールはマヨイを後ろに隠して警戒している。
僕達はそのまま、ゆっくりと声の聞こえた奥の部屋へ向かい、扉を開ける。
奥の部屋は広いダンスホールとなっており、周りの美しい花の装飾が、かつてのこのダンスホールの豪華さを物語っているが、この場所だけ床や壁に獣が引っ掻いたような跡や、古い血が大量にこびり付いている。……その中央に、赤いドレスを着た女性が立っている。薔薇の刺繍がほどこされた、美しいドレスだが、汚れていたり端がボロボロで、その女性も下を向いたままこちらを見ない。
ようやく僕達の存在に気づいたその女性は、獣の様な鋭い赤目をこちらに向けて、先ほど聞いたものと同じ、唸り声をあげる。
僕は二人の方へ向いて、場違いにも微笑んだ。
「あの女性が「古城の悪魔」だよ」