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異世界転生王アリエス ~俺はハーレムを作って下の毛を剃りたいんだ!

作者: 武蔵野純平

再アップします。以前、アップしていた短編です。

 山を覆っていた霧が少しずつ晴れていく様子を、アリエスは眺めていた。


「世話になったな……」


 アリエスは一言つぶやくと立ち去ろうと歩み始めた。


 ここは異世界のハイランド王国、中世ヨーロッパのような国だ。

 アリエスが立っていたのは、ハイランド王国を一望する小高い丘の上である。


 丘からは、小麦畑や野菜畑が見えた。

 朝早くから農民たちが汗を流し、犬が主人の後を付いて回っている。


 小さく、貧しい国、ハイランド王国。

 だが、人々の生活やささやかな幸せがあった。


「俺はこの国の王に相応しくない……。転生者だしな……」


 アリエス・ハイランドは、この国の第一王子で、王位継承権者である。

 今年、十六才になったアリエスは、細身の美男子だ。


 だが、異世界で国王となるには、顔の美醜は関係がない。

 それよりも、まず戦での強さが求められる。


 現代日本から転生したアリエスは、この異世界に戸惑った。

 魔法、魔物、低い文化文明レベル、日本と異なる常識などなどだ。


 何の特殊能力もないアリエスにとって、この異世界で生きて行くのは、苦痛を通り越して恐怖であった。


「せめて、魔法がうまく使えるとか、メチャクチャ力が強いとか、そういうのがあればな……」


 アリエスは、努力をした。

 転生に気が付いたのは、五才の時だ。


 その時からアリエスは、剣、弓、格闘術、魔法と、この世界で評価される武芸魔芸の訓練に励んだ。

 だが、どれも才能がなかった。


 一方で弟の第二王子は、魔法こそ苦手だが武芸に秀でていた。

 小国の王子としては、なかなかのもので、自分よりも弟が王になるのに相応しいと、いつからかアリエスは思うようになった。


「どこか遠くへ行こう。どこか遠くで静かに暮らし、日本を懐かしみながら静かに老いて行こう」


 異世界でアリエスは、孤独であった。

 記憶の中で輝く日本は、遥か遠く、戻ることは出来ない。


 アリエスの孤独を理解してくれる者は、近くにいない。

 そのことが、さらにアリエスを苦しめた。


 アリエスは丘を下り街道に出た。


 西へ行けば、農業大国であり文化の中心国ともいわれるソワール帝国へ向かう。

 南は商業国のベロニアへ続き、東は軍事の盛んなブロイケンの小国群へと街道は続いている。


 アリエスは、西のソワール帝国に向けて歩み出した。


「ソワール帝国は、言葉が同じだからな。通貨も同じだし」


 ハイランド王国は、西の大国ソワール帝国の衛星国である。

 若干の違いはあるが、ハイランド王国で話す言葉はソワール語で、通貨はソワール帝国の貨幣リブルが流通している。


 ハイランド王国では、金も銀も産出しない。

 おまけに、日本の『市』程度の領土では、独自通貨の発行など不可能なのであった。


 晴れつつある霧の隙間から、朝日が差し込む。

 アリエスは、少し汗をかきながら、足早に街道を進んだ。


 しばらくすると、後ろから馬蹄の響きが聞こえて来た。


「しまった! 追手か! もう、バレたのか!」


 アリエスは城を抜け出す時、自分がベッドに寝ているように、布団の下に詰め物をして細工をした。

 誰にも見つからないように城を出たのだが、どうやら抜け出したのがバレてしまったらしい。


 後方から、自分を呼ぶ声が聞こえる。

 アリエスは、天を仰いだ。



 追いついた馬は二頭、騎乗していたのは、アリエスの守役であるじいやのラーデと宮廷魔術師のホッパーであった。

 ラーデとホッパーは馬から飛び降り、アリエスに駆け寄った。


 アリエスは、ばつが悪そうに下を向く。

 ラーデが、アリエスの目の前に進み出て、アリエスに厳しい口調で問うた。


「アリエス様! どちらに行かれるのですか?」


「ソワール帝国に向かう。お前たちには、世話になった。俺は王位継承権を捨てて、静かに暮らすよ」


「何をバカな事を! 明日は、アリエス様の戴冠式なのですよ!」


 アリエスの父王は、つい先日、病で亡くなってしまった。

 王位継承順位第一位のアリエスは、王位を継ぐことになっていた。


 だが、アリエスは、逃げたしたのである。


「俺には、到底無理だ。王様など務まらん。王位は、弟に譲る」


「何をバカな事を! 長子が王位を継承する。これが世の定めです。定めに従ってこそ、人心は安定いたしまする。王族のアリエス様が、定めに逆らってはなりません!」


 ラーデは、ひどく常識的な事を口にした。

 アリエスは、ラーデにうんざりしていた。


 アリエスは十六才だが、転生前は四十才で、会社勤めをし結婚もしていた。中身は立派な大人である。

 そんな自分をいちいち子供扱いして説教をするラーデは、有難迷惑な存在だった。


 アリエスは思う。


(俺のことを、心配してくれているのだろうがな……。それはわかるが、うるさい爺だ……)


 かつて、アリエスは、転生者であることをラーデに打ち明けた。

 だが、『そのような、お伽噺(とぎばなし)に逃げ込んではなりませんぞ!』と、一笑に付され、信じてもらえなかった。


 アリエスは、長年思っていたことを口に出した。


「この世界はおかしい。! 魔法だの、魔物だの、俺はついていけない! 俺は元いた世界、日本に戻りたいのだ! 中世ヨーロッパのような世界には、もう、うんざりだ!」


「そのような! また、お伽噺でございますか!」


 ラーデもアリエスに、うんざりしていた。

 守役として、アリエス王子を立派な王にしようと一生懸命教育をした。


 外国から一流の武芸者や魔法使いを招聘し、アリエスに、武芸魔芸を体得させようとした。

 だが、アリエスは、まったく結果を出せず、ラーデの期待に応えられなかった。


 アリエスは、自分が忠義を尽くさねばならぬ相手、だが、能力の劣る王子……。

 そのことが、ラーデを苦しめ、アリエスを苦しめた。


 二人の気持ちが交わることは、全くなかった。



 二人の様子を見ていた、王宮魔術師のホッパーが助け舟を出した。


「まあまあ、ラーデ様。そんなおっしゃり方をしては、アリエス王子が可哀そうではありませんか」


 ホッパーは、エルフ族の魔法使いだ。

 長命でいつまでも若々しく美しいエルフ族は、定住をせず、気ままに諸国を渡り歩く。


 エルフ族は、他の種族より優れた魔法の使い手であり、弓の名手を産出する種族だ。

 ホッパーも優秀な魔法使いであり、アリエスの魔法教師でもあった。


 アリエスは初歩の魔法をなんとか使えるが、実戦では物の役に立たない腕前である。

 だがホッパーはアリエスに失望しなかった。


 魔法はエルフ族のように適性のある人間の物であり、全ての人が魔法を使えるわけではない。

 と、割り切って考えていたからだ。


 ホッパーは、アリエスの転生話を面白く聞いていた。

 そのようなことが起こりえるなら、アリエスが語る国『ニホン』に行ってみたいとすら思っていた。


 ここでアリエスに逃げられては、ニホンの面白い話を聞けなくなってしまう。

 ホッパーは、アリエスへの説得をラーデから引き継いだ。


「アリエス様。転生者の知識、ニホンの知識を、ハイランド王国で生かせばよいではないですか!」


「気楽に言ってくれるな……」


 アリエスは深くため息をついた。

 前世の日本では、平凡な大学を、平凡な成績で卒業し、平凡な会社勤めの、極めて平凡な人間だった。

 理系ではないので、科学の知識は無く、農業や工業の知識もない。


 会社で覚えたことは効率化、つまり安い人件費に置き換えることと安い仕入れ先を見つけることくらいだ。

 異世界で自分の実務経験は何の役にも立たない。

 この世界に転生してからアリエスは自分の無力さを痛感していたのだ。


「ホッパー。以前、話したが、日本で俺は人に使われる立場だったのだ。国王になり、国の舵取りをするなど、無理な話だ!」


 ホッパーは、アリエスの(かたく)なな態度を見て、攻め方を変えることにした。


 国王になれば、絶対権力者として振舞える。

 その権力で、自分のしたいようにすることが出来る。

 そこを突こう! とホッパーは考えた。


「ふむ……。では、何か夢はございませんか?」


「夢? 人知れず、静かに暮らしたい……」


「いえ、そうではなく。何か……、こう……、欲は、ございませんか?」


「欲か……」


 アリエスは、ホッパーに『欲』と問われて、何か心に響く物があった。

 思えば転生してからは、王子たらんと真面目に努力をしてばかりで、自分の希望やわがままを周囲に言ったことが無かった。


 こうしてホッパーに正面から、『欲はないのか?』と問われると、自分自身の奥深くに眠っていた欲望が頭をもたげて来る。

 だが、アリエスの自制心、良識が邪魔をして、自分の欲望を語ることを躊躇った。


「俺は……、王子と言う立場にある……。『欲』など、口に出して良いのだろうか……」


「お気になさいますな。アリエス様は、そのお立場を捨てようとなさっているではありませんか。ならば一度くらいは、『欲』を口にしても良いのではありませんか?」


「そうか……、そう言う物かも……、しれないな……」


 アリエスは、己に問うた。

 アリエスよ、オマエは何がしたい? 何が欲しい?


 目を閉じ、じっと考えるアリエスを、ラーデとホッパーは見守った。

 陽は高く昇り、そして、陽は落ちた。


 夜になり星が瞬き始めても、アリエスは己の『欲』について考えた。

 それは転生してから初めて率直に自分に向き合う行為だった。



 ホッパーは、ジッと待った。


 アリエスはバカではない。むしろ利口な方だ。ここで自分と向き合い、納得せねば王位にはつかないであろう、とホッパーは考えていた。

 ゆえに、何時間でも、何日でも、アリエスの返事を待つつもりだった。


 ラーデは、アリエスとホッパーの様子を見て、うんざりとしていたが、毒食わば皿までと考え、空腹と喉の渇きに耐えていた。


 月が三人を照らし、フクロウが鳴く頃、ようやくアリエスは口を開いた。


「ホッパーよ。俺は、俺自身の欲がわかった」


「おお! アリエス様! ご自身と正直に、向き合われたのですね?」


「うむ、そうだ。自分の『欲』に向き合うのは、なかなか辛かった。自分がこんなに汚い人間だとは、思わなかったよ」


 ホッパーはホッとした。


 子供の頃から武芸魔芸にひた向きに打ち込み、結果が出なくても継続する。子供らしくないクソ真面目なアリエスを心配していたのだ。


 もっと自分の欲に素直に、あれが欲しい、これが欲しい、あれは嫌だ、これは嫌だと、わがままを言うくらいが、子供らしくて良いと常々思っていたのだ。


 そんなアリエスが『汚い』と言うほどの欲を持っていたことが嬉しかったのだ。

 ああ、この人も普通の人間であったかと、感慨深いホッパーであった。


「それで、アリエス様の『欲』は、何でございましたか?」


「うむ。俺の欲は『女』だった。俺は、ハーレムを作りたい!」


 アリエスは、目を輝かせ、子供のように無邪気に自分の欲を語った。


「えっ!?」

「えっ!?」


 ホッパーは意表を突かれた。

 まさか真面目なアリエスの口からハーレムなどという言葉が出て来るとは思いもしなかったのだ。


 ラーデは激しく動揺した。

 守役としてアリエスの側に常に仕えていたが、女好きの素振りも見せなかった。

 いや、むしろ奥手過ぎるのでは? と心配していたくらいだ。


 二人は同時に思った。


(よりによってハーレムかよ……)


 そんな二人をよそに、アリエスは自分の『欲』を語り続けた。


「俺はお嬢様系が好きだから、ハーレム要員は王族や貴族限定な!」


「ハーレムに入れる女性は、下の毛を剃りたい!」


「育ちの良いお嬢様が身悶えしながら、下の毛を剃られるのだ!」


 この世界では、女性がムダ毛を処理する習慣はない。

 下の毛を剃りたいと言うアリエスの願望は、ラーデとホッパーには衝撃的な変態行為であった。


 自分の『欲』を際限なく語るアリエスを放って、ラーデとホッパーはヒソヒソ話を始めた。


「ホッパー殿! いかがなさるおつもりか! 下の毛を剃るなどと! そのような変態的な行為は、一国の王にあるまじき行いですぞ!」


「いや、まあ、なかなかマニアックですな……」


「それにハーレムなどと! 我が国は小国ゆえ、ハーレムを維持する予算など用意できませんぞ!」


 ラーデの言うことは、至極真っ当であった。

 ハーレムを作るには、後宮、つまりハーレムの女性たちが住まう宮殿を建設しなくてはならない。


 また、後宮で働く宮女を手配しなくてはならず、後宮の警備も必要だ。

 そしてハーレムの女性が王族や貴族の子女限定なら、かなりの贅沢をさせねばならない。

 とても小国のハイランド王国では、まかないきれない。


 ラーデはアリエスの『欲』に火を点けたホッパーを非難がましい目でにらんだ。

 ホッパーは、ラーデの厳しい視線に気が付きながらもさらりと流した。


「左様ですな。しかし、アリエス様の『欲』に火を点ける。他にアリエス様を引き留める妙案がありましたかな?」


「むう……」


「なるほど、確かにハーレムは、お金がかかるでしょうし、下の毛を剃るなど……。ウッ、ププッ! いや失礼! 確かに特殊なご趣味だと思いますが、良いではありませんか」


「良いことがあるか!」


「いいえ、良いですとも! 領民を虐げたるとか、臣下に無理難題を吹っ掛けるとか、そんな王様よりもハーレム王、下の毛ツルツル王の方が、はるかにマシと言う物です」


「グヌ……。うーん、それは、そうだが……」


「こうなった以上は、アリエス様の『夢』をかなえるために主従一体! 力を合わせてハイランド王国を豊かな国にして行くしかありません」


「うーん。承知した!」


 ラーデは、ホッパーに論破されてしまった。


 この時ホッパーは、アリエスの『欲』を『夢』と、美しい言葉に置き換えた。

 後に、ホッパーは友人にこの日のことを語っている。


『欲も、夢も、大した違いはない。虚飾に満ちた夢などという言葉より、むしろ欲の方が、自分自身に素直で良いではないか。だが世の人は美しい言葉を好む。ラーデ殿も、ハイランド王国民もだ。ゆえに、夢と言う虚飾の言葉を使って説得したまでさ』


 さて、一方のアリエスは、一心不乱に自分が思い描くハーレムについて、熱く熱く語り続けている。

 身振り手振りを交え、衣装がどうの、風呂がどうの、ご主人様へのご挨拶はどうのと、熱の入った語り振りである。


 梢にとまるフクロウが、アリエスの言葉を全て聞いていた。

 月がやさしく、アリエスを照らしていた。


 アリエスは、思った。

 ああ、俺は今まで、何と心が不自由だったのだろう、と。


 転生した異世界で、王位継承者の第一王子と言うプレッシャーは、日本では経験したことのない重さだった。

 良い後継者たることを己に課した日々は、アリエスを心の牢獄に閉じ込めていたのだ。


 ハーレム、ツルツルと言う自分の欲望を開放したアリエスの顔は、憑き物が落ちたようにすっきりとしていた。


 ホッパーは、恭しく、アリエスの前にひざまずいた。

 その姿は、国王に上奏する家臣の姿だった。


「アリエス様! そのアリエス様の夢を、国王となり、かなえましょう! いや、その夢は必ずかないます!」


 ホッパーが、チラチラと目でラーデに合図を送ると、ラーデもホッパーと同じようにひざまずきアリエスに誓った。


「ハーレム、誠に結構! アリエス様の夢は、家臣の夢! 必ず夢は、かないましょうぞ!」


 アリエスは、嬉しかった。

 これまで何かに付けて、反対、否定していたラーデが、初めて自分の言ったことに賛意を示した。


 アリエスは、初めて自分自身の存在が肯定された気がした。

 アリエスの両目からは、いつの間にか涙がしたたり落ちていた。


 静かに、力強く、アリエスは、宣言した。


「二人ともありがとう! 俺は王位につこう! そして、ハイランド王国を、大陸一の国にしよう!」


 三人は固く手を握りあい誓いあった。

 この国を、ハイランド王国を、豊かな大陸一の国にすると。


 こうして、後に大陸を席巻するアリエス・ハイランド王が誕生した。


 アリエスは、内政外政に精進し、領土を広げ、巨大な帝国を築いた。

 後宮には、多くの高貴な女性が住まい、下の毛を剃られた。



 カミソリ王アリエス!

 白磁の王アリエス!

 君の夢に、栄光あれ!


 -完-

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