へびいちごまっかっか
卯の花月になると月の丘の畦道は、小さな白い花が咲き始めます。
月兎たちは五弁の小さな花を数を数えては、そのあとのお楽しみに胸を膨らませるのです。
白く小さ花はのちに姿を変え、赤く丸く甘い実になるからです。
十二兎の月兎たちは、そわそわと赤い実りを待ちわびておりました。
そんなある夜、十二兎は十六夜の塔で食卓を囲んでおりました。
「いただきます」と声を揃えると、待ちきれない様子の銀兎は、両手持った好物の焼き菓子を「あぁぁーーーーん」と、ぱっくりと口を開けて、いっぺんに飲み込みました。
その時、月兎たちはびっくりして動けなくなりました。
食いしん坊の銀兎の口は、十二兎の中で一番大きく開くのは当然のことでした。しかし、この日は違いました。いつもの倍の大きさに開いた口は、月兎たちをやすやすと飲み込むほどでした。
「うふ、おいしい」
頬袋に詰め込んだ焼き菓子を、もぐもぐもぐと食べなから銀兎はご機嫌です。
「ねえ、みた?」
「みたみた、すごかったね」
「あんなに大きかったかしら?」
「食べられちゃいそう…!」
「きゃっ! ボクたち美味しくないよ!」
ひそひそと銀兎を除く十一兎の月兎たちがざわめきました。
次の日、さらに倍に開いた口であくびをした銀兎に、みんなは何かおかしいぞと疑心暗鬼になりました。
またまた次の日、ついに銀兎は自分の体より大きく口を開け、いつもの倍の倍の倍の木の実を頰ばりました。
「ふぁん、お腹いっぱい」
銀兎は満足げに、まん丸に膨らんだお腹を撫でて見せました。
「銀兎、食べ過ぎだよ」
「そんなことないよ、ぼく、ちゃんと言いつけを守ってるよ」
「いいつけ?」
「うん、ゴハンは頬袋に半分まで! だよ」
「頬袋に半分?」
「そうだよ! でもね、この頃おかしいの。いくら頬張っても、半分にならなくて、お腹がはちきれそうなの」
そう言って、銀兎がペロリと出した舌先は、二つに別れていました。
それからも銀兎の変化は続きました。
「ほーい、だれか薬草を運ぶの手伝って!」
「ぼく手伝う!」
玉兎の呼びかけに応え銀兎が跳んできました。
「じゃあ、銀兎はそっち持って…… つっ! 」
ポンと銀兎の肩を叩いた玉兎は、その手に針に刺されたような鋭い痛みを感じました。
銀兎の毛皮の下からキラリと虹色に、何かが光りました。おや、草のトゲがついてたんだ、と、玉兎は思いました。
その頃、月の丘の小さな白い花びらは、役目を終え風に乗って飛んでいきました。残った額には、ぷっくり膨らみ始めた実が姿を見せています。
早く大きくなあれ、真っ赤に染まれ、そう歌って月兎たちは踊り跳ねていました。
そんな仲間たちをよそに、銀兎だけは浮かない様子でした。
いつもなら一番元気に跳ね回っているはずが、動くのも辛いと言った様子です。
「銀兎、具合が悪いのかい?」一番年長の月兎の白兎が聞きました。
「ん、だいじょぶ、ぼく、眠いだけなんだ」心配かけてごめんね、と言い残して銀兎は寝床にもぐりこんでしまいました。
その日は朔の夜、月兎たちは交代で「闇番」宵闇の見回りをします。
今回の闇番は銀兎でした。
「宵の見回り、行ってきます」
「気をつけてね、畦道を踏み外さないで」
コクリとうなずいて、銀兎は十六夜の塔を後にしました。
塔の窓から銀兎の後ろ姿を見送っていた月影は、あれ、と思いました。だんだん銀兎の姿が宵闇に飲まれて、見えなくなったからです。本当ならランタンの光が灯台のように、銀兎のいる場所を教えてくれるのに。
玄関扉の横には、灯の入ったままのランタンが残っています。月影は慌てて十六夜の塔を飛び出して銀兎を追いました。
「ほーい、ほほーい!」
十一番目の月兎の月影が、闇に紛れた銀兎に呼びかけました。その時、カサカサと草が揺れました。月影は音のした方にランタンを向けると、銀兎の後ろ姿が灯に照らし出されました。
「銀兎、銀兎ってば、まって。ランタン忘れてるよ? 」
月影の声に歩みを止めた銀兎は、
「ありがと、月影。でもね、なんかボク、とっても良く見えるんだ」
そう言って振り返った銀兎の瞳は、ランタンの灯りに反射して、ぴかりピカリと黄色く光りました。よく見ると瞳孔も縦に細長く伸びていました。
「銀兎、銀兎、どうしたの? 目が変だよ。」
そう言われて、銀兎はぽろぽろと涙を流して言いました。
「ボクね、ぼく、へんなの。。。なんか、月兎じゃなくなってるの。。。」
銀兎が腕の毛皮をめくると、虹色の鱗がみっしり生えていました。
「それにね、それにね、歩きにくいし、横にしか進めないの。あとね、あとね、、、、」
泣きじゃくる銀兎をそっと抱き寄せると、いつも熱いくらいぽかぽかの体が、氷のようにひんやりとしていました。
「ボク、もう、、、」そういうと、銀兎はコテリと気を失ってしまいました。
月影が銀兎を背負って帰ってきてから、銀兎はまったく目を覚ましません。
月兎たちは銀兎の変化に気づいてはいたものの、「いつものこと」くらいにしか思っていませんでした。明日になればいつものように「お腹減った」と、目を覚ますだろうと。
静かに眠ってはいるものの、体は冷たく、呼吸も少ないようです。まるで「冬眠」です。
「月兎が冬眠するなんて、聞いたことない」
こんなに大変なことになるなんて。。ツクヨミ様に相談するべきか、迷っていました。
「は、はくとぉ、きてー!!」
銀兎の看病をしている月影が、大きな声で白兎を呼びました。白兎だけでなく、他の月兎たちも揃って、銀兎の寝床に集まりました。
「ぎ、銀兎のからだ、が」
寝床にいる銀兎は、全身が薄い繭のような膜に覆われていました。
「すごく硬くて割れないよ」
「まってまって、このまま様子を見よう」
膜の向こうの銀兎のからだは微かに上下していました。
銀兎が繭ごもりを始めて三日目の朝。
繭は乳白色になり、中の様子が見えなくなりました。
だけど耳を寄せると「きゅるる」と、銀兎のお腹の音が聞こえます。
「銀兎、あのね、いちごが実ったよ」月影は繭に向かって話しかけました。
今日は月の丘の草いちごを収穫に行きます。
まんまるまっかっかの草いちごは、みずみずしくて、すっぱくて甘くて月兎たちのご馳走です。
「こっちにもあるよ」
「あー、だめだめ、それはへびいちごだよ」
「へびいちごは、絶対に食べちゃダメ! にょろにょろのヘビになっちゃうんだよ!」
・ ・ ・ ??
「…… まさかね?」
十一兎の月兎たちは、なんとも残念な表情でお互いを見やりました。
繭ごもりしている月兎の様子が、確かにそんなカンジだったのを思い出しました。
「いや、ありえる」
ー*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*ー
「大好きな草いちご食べられないね」
ぐぅ、
「かわいそうな銀兎」
ぐぐぐぅ、
「すっぱい、あまい、美味しい!」
ぐりゅりゅっりゅりゅーーっ
「銀兎の分は、代わりにみんなで食べるからねっ!」
ぎゅるるるるるるるるるるーーぐりゅぅーーーっ!!
「もぐもぐ、うまー、もぐ、うまー 」
「もっもっもっ、うまーい!! 」
「むふーむふーぅ、うまうまうまーー! 」
バリン、バリバリーーーー!!
「いちごー!!! ぼ・く・の・いちごーーー!!!」
布を引き裂くような音と共に、大絶叫が聞こえました。
二つに割れた繭からは、見知った姿の銀兎が仁王立ちで立ちはだかっていました。
「ぎ、ぎ、ぎ、ぎんとーーー!! 」
ー*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*ーー*ー
月兎たちの「天の岩戸」作戦は功を奏したようです。
ちゃんと説明して、と迫られた銀兎はポツリポツリと話しました。
「うん、黄色い小さなお花のとこに、いちごがあったの 」
「銀兎さぁ、黄色はへびいちごって教えたよね」
「だって、同じだったもん、真っ赤でまるくてつやつやで…… 」
「だって、ってなにさ。反省してないでしょっ!!!」
「ぼく、我慢できなかったの、ごめんなさい。でも、美味しくなかったから、ゆるして?」
悪びれるフリもせず話す姿に、やっぱり銀兎ってこうだよね…… と、ため息をつく月兎たちでした。