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50.新しい盾と杖と『褒美』

 

「シアはやらんぞっ! 私のシアはどんな功績にも見合わんからな」


 子爵が俺を第一功労者だって言って、俺に褒美をくれるってんで喜んだ所に掛かった、この言葉。

 これには、俺も勿論だけど隣のマリアも皆も呆れて絶句する。


 でも子爵は、その妹への“ちょっと変わった愛情に呆れられている”とは欠片も思ってもないみたいで……。


「そうか、急に言われてもすぐには答えられぬか」


 いや、何か貰えるってのは聞き逃してないし、欲しい物もすぐに出てこないのも確かなんだけど……その前の『シアはやらん』って……別に要らないし……。

 そんなことを言えるはずもなく黙っていると、子爵が続けてくる。


「何か思い付いたら、そこの(じい)かシアにでも伝えるがいい。あ、シアは本当に駄目だぞ。やらんからな!」

「兄上! 何度もくだらぬ事を!」

「何が“くだらぬ”だ。シアは私の大切な妹、やるわけにはいかぬ」

「それもですが、『物』を尋ねられて人を欲するなどあるワケ無いではないですかっ!」

「いやいや、シアの身ならば手に入れたがる者は多かろう……やらんけどなっ」


 兄と妹の言い合いがまた始まったことに戸惑う俺ら冒険者組は、老執事の案内でこそこそと退室して解放された。


 アーロンさんから手渡された革袋には金貨五〇枚が入っていた。

 確か……“帝国”の情報料が金貨一〇枚で、発情くそゴブリンの時は討伐報酬と魔石・素材代で金貨五〇枚くらいだった。

 発情くそゴブリンと同じか……いや、今回は“ひとり”金貨五〇枚!

 つまり俺とマリア、併せて一〇〇枚ってこと!!


 それに、子爵の言った『望む物を一つ』くれるって話。それももう決めた。

 その場で爺さんに伝えると、快く受けてくれて手筈を整えてくれたので、俺とマリアは城門で馬車を降りて白昼のオクテュスに繰り出す。


 アーロンさんが紹介してくれた武具屋で小盾も長杖(スタッフ)も手に入れ、マリアには目的地を教えずに手を引っ張っていく。


「えっ? もう買い物は済んだでしょ? どこに行くの? ギルドで新しい杖の練習は?」

「いいから、いいから」


 マリアの手を引いて路地や通りを歩くこと数分で、見覚えのあるドアの前。


『開店』の古びた札が吊るされた片開きのドア。外観に窓は無くて、『魔道具』と書かれた大きな看板が打ち付けられているだけ。


「ここ……この前巻物(スクロール)を買ったお店……?」

「そうだ。今日も手に入れて帰ろうぜ」

「で、でも、杖を買ったから巻物を買えるお金は無いよ?」


 正直、金は武具屋で使っちまって金貨数枚分しか残ってないけど、大丈夫だ。

 心配するマリアの手を引いてドアを開け、一直線に帳場へ向かう。


「……ほぉ? アイツからの紹介とは珍しい。しかもアレを出せとは……」


 鷲鼻の婆さん店主に執事から預かった手紙を渡すと、珍しいものを見たって感じで呟きが漏れてきた。

 確かに爺さん執事に欲しいものを言った時に、奇遇にもこの店を紹介されて手紙も持たされたけど、知り合いだったのか?


 爺さん執事には『火矢』の巻物を頼んだんだ。

 シェイリーンさんによると、“球”も“矢”も初級の魔法だけど、“矢”の方が射程が長くって殺傷力が高いんだって。

 でも、巻物として出回る量が少なくって相場が金貨一〇枚は下らないっていう……。当然キューズには回ってこないから褒美として頼んだんだ。


「取ってくるから待ってな」


 婆さんは、そう言って裏に消えた。

『火矢』があるんだ、そして数が少ないから店には並べてないんだな、なんてマリアと話していたら婆さんが巻物と……小振りの木箱――紐で括られた木箱を抱えて戻ってきた。


「ん? 『火矢』の巻物だけのはずだぞ?」


 反射的に言葉が出る。もしかしたら、ただついでに持ってきただけだったりして?

 でも、そうではないらしい。


「いいんだよ。これも指示どおりさ」

「は?」

「ベルク――オクタンス様の執事から、これも指定されてるからさ」


 婆さんはマリアに『火矢』の巻物を渡し、小箱を俺に差し出してくる。

 小箱の紐の間には紙切れが添えてあった。


「いいのか?」

「ああ。ベルクから『アンタに渡すように』ってさ」

「中身は、見てもいいのか?」

「いや。後で宿ででも紙を読んでおけってさ」


 訳が分からない俺は、隣のマリアに目を遣るけど、彼女も俺の気持ちが分かったのかぎこちなく首を傾げる。

 宿ででも、ってことは他人に見せるなってことか?


「ただ、いずれアンタに必要になるはずだからって書いてあったよ」


 一瞬、背筋がざわついた。

 何か見通されているような気持ち悪さだ……。

 そんな俺の心の揺れを感じ取ったのか、婆さんが「なぁに、アンタの為になるモンだよ、心配しなさんな」ってくすくす笑った。


 そんな言葉では気が晴れなかったけど、ここにいても何も変わらないと思ったんで店を後にする事に。

 一応確認しておくか……。


「これって、いくらくらいする物なんだ?」

「聞かないでおいた方がいいよ」

「…………」


 余計気持ち悪りぃっつうのっ!!



 余分な“褒美”もついてきたけど……店を出た俺とマリアは、まっすぐ宿――ではなく、冒険者ギルドに向かった。

 酒場でちょっと遅めの昼飯を食って、地下の訓練場へ。


「『火矢』っ! いっけぇー」


 訓練場の一角で、丸太を的にマリアが『火矢』を放つ。

 ヘロヘロと上下左右にふらつきながら飛ぶ火の矢が、辛うじて的の端っこに当たって的を焦がした。


「やった!! 初めてだったけど、当たったよ」

「お、おう! 慣れてくれば『火球』よりも威力が高そうだな」


 ファーガスを燃やした時の『発火』とは比ベものにならないくらい、小さくて細い火の矢。


 それもそのはず。

 あの時マリアに譲渡した【酸素魔素好循環】は、俺に戻ってきているからな……。


 なんでも、あの時の大火柱が怖かったんだって。

 ある程度魔力が減っている状態で“あれ”だったから、万全の状態で発動させたら……って考えたら怖くなっちまったんだと。


 で、俺に【スキル吸収】してくれってことで戻ってきた。

 でもマリアは、その時の発動のおかげで魔力循環のコツを掴めたみたいで、『発火』だけじゃなく『火球』や『火盾』も普通の威力で発動できるようになった。

 それ以来毎日、依頼を終えると魔臓が空になるくらいに魔力を使ってから回復することで、少しずつ総量を増やしている最中だ。


 そして、戻ってきた【酸素魔素好循環】だけど――。

 今度は俺が活用している。


 アーロンさんの『魔法剣士』ってのに憧れた俺は、自分も魔法剣士になれるんじゃないかと思ったわけさ……でも、適性が無いって。風・火・土・水・光の五つ、どれにも無えって……。

 まあ、それでもめげずにマリアから聞いた魔力の動かし方とか、アーロンさんの動きとかを思い返しながら訓練してたら、魔力そのものを身体や剣に纏わせることができて。

 以来、機会がある度にベルナールのおっさんや、領都に来た時はアーロンさんに頼んで、戦い方を指南してもらってるんだ。


 ――って、そろそろいい時間だ。

 明日はキューズに帰るし、褒美だっていう小箱もそれに付いていた紙の内容も気になることだし、宿に戻るか。


次話

51.イキるデブ双子

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