44.レオのラッシュ&もう一人の介入
たった数秒間の、でも巨大で高温な火柱の出現。
あまりの出来事に、俺は突撃の足を止めて、空に昇って消えていく炎を目で追ってしまう。
いつの間にか雲が晴れて月が出ている……。
「ぐ……ぅおっ、あ゛あ゛……」
火柱の渦中にいて体毛……全身が真っ黒に焦げ、ところどころ素肌が露わになってるオオカミ姿のファーガスが、体から煙なのか湯気なのかを上げ、風に煤を飛ばしながら呻く。
そしてマリアの杖を掴んでいた手を力無く離して、膝から崩れ落ち……ない!
膝をガクガクさせながらも、半歩足を出して堪えやがる。
「な、何だ、今のは……」
ファーガスの困惑の呟きに、俺も我に返る。
本当になんだったんだ? いや、たぶんマリアの『発火』なんだろう。
けどあれ、蝋燭に灯すどころの火じゃなかったぞ……。
当のマリアも呆気にとられて、杖を掲げたままあわあわと後退り。
一方の獣人は、見る影もない姿になった自分の腕や脚、尾を見て愕然とし、そして戦慄く。
「お、俺様の毛が……尻尾が……ぐぐぐぅ! こ、このメスガキがぁあ!!」
力無く震える体はともかく、殺意の籠った眼をマリアに向けて一歩、また一歩と踏み出す。
「させるかっ!」
お前の相手は俺で……俺はお前をぶっ潰す! 今、ここでっ!!
俺はマリアしか見ていないファーガスに【突撃】からの【ぶちかまし】を食らわせる。
獣人は大きくよろめいてたたらを踏む。
腰を落として踏ん張ってる所に【スマッシュキック】!
顔面が跳ね上がって尻もちをついた所に、奴の耳を引っ掴む。
そして焦点の合ってないファーガスの瞳に俺の姿を映して――。
「お前の相手は、お・れ・だ!」
――【ホーンアタック】!
ハイ・ゴブリンにも通用したスキルを畳み掛ける。
「かっ……カハッ」
ゴズンゴズンと五回くらいホーンアタックを食らわせたところで、ファーガスは白目になって気を失い、尺取り虫みたいにケツを突き出して突っ伏した。
獣化も解けて耳と尻尾以外は人と変わらない、でも灰青色の長髪だった髪は煤けたボサボサ頭に、肌は焼け爛れた姿に戻っていく。
ピクリとも動かない野郎を見下ろして様子を確かめる。
マリアもおずおずと俺に寄ってきたけど、コイツのケツは見ないようにしている。
アーロンさんには『生け捕る』って言われてたはずだけど、すっかり忘れてたことにするか。
俺はファーガスの側に立って、剣先の狙いを奴の背中に定めて【刺突】に入ろうとする。
マリアに手を上げるような奴を生かしておけねえからな……。
俺がトドメを。
――その時、マリアから「レオ!」と呼び掛ける声。止めてくれるな。
同時に、大木の枝葉の中から気配!
「――ッ!?」
これ、崖の上とか娼館の屋根の上に感じた気配! 木の上か? 中か?
俺が大木を見上げると、枝をしならせて葉をガサガサと鳴らした白い何かがピョンっと飛び出してきた!
ファーガスの仲間?!
ソレは、布が風に飛ばされるみたいにヒラヒラ舞った後に、ヒュウッと風を捕らえてこっちに向かって飛んでくる。
全身を白い毛に覆われた五、六歳児くらいの大きさの動物。
ソレが手足を広げて、羽? 違う……手足が膜で繋がってて、フワフワそうな尻尾をたなびかせて枕みたいな四角い形で飛んでくる。
そして、つぶらな赤い瞳をギラつかせて鈴のような声で叫ぶ。
「狼さん! いま助けるですっ!」
風に乗って空を滑るように俺に向かってきたソイツが、膜の角度を変えて急停止!
まるで本当に空中に止まってるように見える。
そして、ちょっと高く浮き上がったソイツの両手には、尖った杭みたいなモノが指の間から四本ずつ。暗器かっ!?
「これでも食らうのですっ!」
ソイツが腕を振って暗器を俺に投げつけてくる!
八本の尖った杭が月の明かりに煌めき、風を切り裂いて俺に向かってきた。
硬化してる俺には刺さらないと思うけど……。
コントロールが曖昧で、何本かはどっかに外れていきそうだ。
放っとけば俺から逸れた杭が、マリアや転がってる誰かに刺さっちまうかも?
もしかしたら猛毒が塗ってあるかも?!
逸れる杭を止めようとすれば、別の杭がマリアを直撃するかもしれねえ……。
俺はマリアを後ろに庇いながら考えを巡らせて、瞬間的に杭は俺が全部受け止めるしかないって答えを出した。
それができるスキルはただ一つ!
でも誰にも見られたくはない……。
「マリア、目を瞑っててくれ!」
【軟化】だ!! 念の為に【隠匿】も。
一瞬で体がふにゃっとなる。
前――ハイ・ゴブリン戦――に使った時の感触を思い出して、剣を握ったままの右腕を振り上げれば――。
その勢いと剣の重みで右腕が伸びる。
同じように、俺から逸れていく杭の方向に左腕と右脚を振って伸ばす。
大体倍くらいの長さになった。
冷静に見れば、気持ち悪りい……。
ぴしゅぴしゅぴしゅぴしゅ――!
伸ばした手足と俺のおでこや胴体に全部の杭が着弾。刺さりも貫通もしないで受け止めた!?
自分のおでこは見えないけど、他――腕をみると、物干し竿に干してある布を棒で突いたような突起が出来て、鋭く伸びて勢いを殺して……戻って……杭がカランカランと落ちた。
……キモッ!!
絶対おでこもそうなったよな? 目の前を杭が落ちてったし……キモッ!!
それは杭を投げた張本人も思ったみたいで――。
「ふぇ?! ふ、ふぇえええええっ!? なっ……こここ怖いぃいぃい~」
空中をふよふよ漂いながら、驚きに目を見開いて……そして、バケモノを見たかのように震え始め――。
手足を空中にバタつかせて空気を掻いて方向転換。
でも焦ってるのか、途中で地面に落ちてしまい、地面を蹴って大木に向かおうと物凄い勢いで手足を回転させるけど空回ってる……。
「に、にに逃げるです! あれ? あれっ?」
巻き上がる砂埃の量に比べて進む距離は短い。
思わず噴き出してしまいそうな滑稽さ……。
けど! 逃がすわけにはいかねえっ!
「行かせるか!」
俺は剣を持ったままの右腕を、思いっきり振りかぶって白い獣に狙いを定めて振り下ろす。
剣が重しになって、腕がビョ~ンと伸びていく。
腕が獣を追い越しそうになるあたりで肘に力を入れると、クイッと方向が変わって獣の腹に腕がクルクルと巻きつく。
「ぎゃぁあぁあ! な、なな何ですかこりぇ?」
さらに【巻きつき】スキルを使うと、その伸びた腕が俺の“本体”の方にキュルキュルって戻ってきて、完全捕獲。
白い獣は「へにゃら~」と目を回して俺の腕に納まった。
……全体的にキモッ!! 俺。
さてどうしよう、コイツ。
剣を仕舞った俺の腕の中で赤い瞳をぐるぐる回している獣を、改めて確認する。
ソイツは俺の腰くらいまでの身長で、片手で抱え上げられるくらい細くて軽い。
フワフワな白い毛に覆われているけど、中身はガリガリって感じ。地肌も少し赤みが差してるけど白い。
膜はみょんみょん伸びて、触ってて気持ちいい。
気持ちいい――って、そんなこと思ってる場合じゃねえな……。
とにかく、全然強そうに見えないぞ?
「どれどれ? ん!? これ……!」
目を回したままの獣の首根っこを掴み上げて全身をよく確認していると、背中の地肌に痣や爛れのように変色している部分を発見。
よくよく見てみると、それは俺にも馴染みのある紋様……蛇……。
隷従印だ!
次話
45.蠢く隷従印




