28.ヴァンパイア・ビー
「ヴァンパイア・ビーが出たのじゃ! それも大群じゃ!!」
「なんだって?!」
エレンさんの口から、隘路の先で何が起こったのか語られる。
彼女ら『鮮血の斧』が俺たちから先行して警戒に当たっていたところに、ヴァンパイア・ビーが現われていきなり戦闘になった。
最初は捌けていたけど、数が多過ぎてどんどん劣勢に陥る。
このままでは殺られてしまうかも、ということでエレンさんが現場を離れて救援要請に来たのだという。
彼女の頭や腕、脚には小さな刺し傷のようなモノが沢山あって、そこから流血していた。
よく見ると、鋭く刺された傷と、ぐちゃぐちゃしている傷の二種類ある。
この傷を付けたのがヴァンパイア・ビーと知ったシェイリーンさんが、麻痺用の回復薬も渡してエレンさんに飲ませた。
ヴァンパイア・ビーには、ごく弱い麻痺毒があるらしい。大人が一体に刺された程度では何ともないけど、大量に刺されると行動不能になる危険があるってさ。
それらの回復薬のおかげか、エレンさんの傷が少しずつ良くなっている。
「しかし……ヴァンパイア・ビーなんて、ここら辺にいるはずないのだが?」
クレイグが有り得ないという感じに俺らを見回す。
『キューズの盾』のメンバーもそれに同意してるし、マリアも頷いてる。
俺はヴァンパイア・ビー自体が初耳で、隣のマリアにこっそり訊く。
マリア曰く、ヴァンパイア・ビーはハチ系の魔物で、普通の蜂が花の蜜を集めるように人間や動物の血を吸って集めるのだとか。
大きさは大人の手の平サイズで一体一体はそれほど強くはないけど、集団で襲いかかると、じわじわと削られて血を吸い尽くされるから危険魔物とされている、だって。
そして、生息域は洞窟とか光の届き難い深い森。
「資料室で一緒に見たでしょっ?!」
「うっ……」
マリアに小声で咎められた。……見たっけかな?
とにかく、ここは谷とは言っても日の光は差すから、棲みかになる訳が無いってことらしい。
「しかし、大群ってのは危険だな……」
クレイグが重い衝撃音が断続的に続く前方を見遣って「急いで合流しよう!」と駆け出す。
エレンさんはクレイグが止めるのも聞かずに、リリーさん達が心配だから一緒に行くという。
俺たちは、走りながら隊形を整える。
クレイグと軽戦士のティナさんが前衛、弓使いのフェイとエレンさんが中衛に、魔法使いのシェイリーンさんが後衛。
俺もマリアも後衛に入るように言われた。
「クレイグ、俺は前に行った方がいいんじゃないか?」
「いや、レオ君には後ろの二人を頼みたい。万が一の時は、二人を連れて馬車まで撤退して『民の騎士』と合流してくれ」
俺たち七人が『鮮血の斧』の所に行っても、同じ目に遭う可能性があるってことか?
「そんなにヤバい魔物なのか?」
俺がクレイグに尋ねたところで、気付いた。
衝撃音が収まっている。
代わりに、ブブブブブブと震えるような音がしてくる。
「そこを曲がればみんなが居るのじゃ!」
「分かった。総員警戒!」
クレイグの号令に、みんなが返事をする。
そしてカーブを曲がると……曲がっても『鮮血の斧』の姿は無かったようだ。
「こ、これは……!」
先頭を走っていたクレイグらの足が止まって、棒立ちになった。
後方の俺とマリア、シェイリーンさんも追いついて、彼らの視線の先を見遣る。
なんだアレ?!
俺が思い描いていた、大量のハチとそれを迎え撃っているリリーさん達の姿は無い。
代わりに、そこかしこにハチ型魔物の死骸が転がっている。
頭と胸、それに羽は赤黒く、腹が真っ黒。
それより何より、その先に――。
狭い谷筋を塞き止めるような真っ黒で、巨大な球……? 俺らが護衛している幌馬車よりも二回り以上デカい!
崖上から岩でも落ちたのかと思ったけど、違う……。
さっきから聞こえていた空気を震わせるような高い音、それが目の前の黒い球から響いてきてる。
「いけないっ! 熱殺蜂球だ!」
クレイグが慌てる。
「なんだそれ?」
「説明は後でするけど、あの塊はヴァンパイア・ビーの密集だ! とにかくアレをバラけさせないと、中の三人が蒸し殺される!!」
ヴァンパイア・ビーの密集だって言う『熱殺蜂球』。
言われてみれば、黒い球がブブブブブブって鳴りながら確かにウゾウゾ蠢いている。
あの中にリリーさん達がいるって?
「ヤバいじゃん、それ!」
どうやってバラけさせるか、クレイグ達が話している。
とにかく、前衛の戦士が無策であそこに斬り込むのは自殺行為だそうだ……。
威力があって、できれば中・遠距離から叩き込める攻撃がいいらしい。
「時間が無い。シェイリーン、お前の水魔法はいけそうか?」
「兄さん、やれと言われればやるけど、私のじゃ威力が足りないかも……」
中・遠距離って言っても、フェイは弓だしエレンさんは手斧の投擲で単発だしな……マリアは杖だし。
俺に出来ることはないか考える。
その間に、やるだけやるしかないってことになって、シェイリーンさんが魔法を撃ち込むことに。
前衛の二人に守られる形で前に出た彼女が、青い宝石が組み込まれた杖を頭上に掲げて集中に入る。
「【中級水魔法】発動……『水槍』!」
シェイリーンさんの頭の上に、俺が丸まったくらいの水の球が現われた。
中身がユラユラ揺れて日の光を反射させてるそれが、二つに分かれて横倒しの鋭いトゲみたくなる。騎槍の穂先か。
その二本の槍が、シェイリーンさんの杖の動きに合わせて発射。
スピードをあげて黒い球に向かって――。
ズバーンッ!!
命中!
黒い球の二か所から、まるで血飛沫が舞うように何十体ものヴァンパイア・ビーが散った。
でも!
数が多過ぎて、周りのヴァンパイア・ビーがその穴を埋め尽くして、元に戻ってしまった……。
そして空気を揺るがす音が戻ってきて、俺らの心にさざ波を立てる。
「駄目か……」
「兄さん、ごめん」
「こうなったら、突っ込むしかないか」
盾持ちのクレイグとティナで突っ込むという。また俺は外された。
自分で自殺行為だって言った事をさせるわけにはいかないよな。
どうせ突っ込むなら、俺がやった方がまだ可能性がある。一回やったことがあるアレは通用すると思う。
聞いてみるか……。
「クレイグ、一回俺にやらせてくれねえか?」
「なにっ?!」
初参加、しかもガキの俺の提案にクレイグもみんなも驚いて一斉に俺を見る。
「何を言うんだレオ君!」
「そうよ? 年下にはやらせられないわ。私とクレイグに任せなさい」
「兄さんとティナの言う通りよ、レオ君」
マリアも心配そうに俺の腕を掴んでくる。
そんなマリアの手を「大丈夫だ」とぽんぽん叩いて外して、クレイグに小声で耳打ちする。
「あの時、ハイゴブリンの死体を見たよな?」
ベルナールがマスター室を飛び出したあの日、クレイグも引っ張られて自生地に行ったはず。
「ん? ああ見たよ」
「左の手首を砕いた技を使う」
「技?」
「シールド・バッシュみたいなもんだ」
「シールド・バッシュだって? それで骨を砕くことなんてできないと思うが?」
まあな。ただのシールド・バッシュだったらそうだけど、俺は魔物のスキルを二つ使いながらだったからできたんだ。
でも、それを正直にクレイグに伝えるつもりはない。
「どうやったか教える気は無いけど、クレイグは“結果”を見てるだろ? 試させてくれ」
クレイグは「確かに……」と零して、少し考えた上で俺に任せることにしてくれた。
他の連中が心配して止めてきたけど、押さえてくれる。
「じゃあ、やってみてくれ」
「うっす!」
みんなの視線を受けながら、唸りをあげる蜂球に向かって行く。
早足から軽い駆け足になって、走る!
蜂球まであと数歩。
【硬化】!
小盾を身体の前面に構えて、硬化を使い――。
みんなへの誤魔化しの為に叫ぶ。
「シールド・バッシューッ!!」
そして、【ぶちかまし】っ!!
バーーンッ!!
手応えはハイゴブリンのより軽かったし、新しい盾は砕けなかったけど、衝撃波は凄く出た。
緩い泥団子を壁にぶつけた時みたいに、黒い“残骸”が一気に跳ね散る!
衝撃が軽い裏側にいて無事だったヴァンパイア・ビー達も一斉に上――空に避難した。
「あれ?」
ヴァンパイア・ビーが散り去った蜂球の中心部にはデカイ岩の卵みたいな物が立ってて、ピキピキってヒビが入って……。
次話
29.コイツらだけでいる訳がない




