第七章
気がつけばトーナメント戦はクライマックスに差し掛かっていた。俺と翔太は順調に勝ち進んで、準決勝まで駒を進める事ができた。
準決勝を前に俺達はテオの工房で対戦相手の分析を行っていた。
「ハガネの次の相手は『負けない男』という異名を持つ比山玄武が相手だ」
テオがプロジェクターを操作して対戦相手の顔と魔力値を出す。顔は高校生とは思えないほど厳つい顔つきでスキンヘッドの頭と合わせるとヤクザにしか見えない。魔力値をみるとランクはBだ。
「その人、聞いた事あるよ」
翔太が相手の情報を教えてくれる。
比山玄武、身長二メートル以上の巨体、さらに全身が筋肉で出来ているかのようにマッチョで、バリアジャケットは全身鎧姿に自分の身長と同じくらいの大盾をつけた、ガチガチの防御タイプ。
「こいつが何故『負けない男』などと言われているかと言うと、どんな攻撃にも耐えて最低でも時間切れの引き分けに持ち込む事から付いたあだ名だ」
翔太の説明にテオが補足を入れる。
「比山の戦闘記録を見てみたが負けたのは判定負けのみで、正攻法で勝つのは難しいだろう」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「私が立てた作戦はこうだ……」
「そんな方法で本当に勝てるのか?」
「もちろん私が作ったマキナの性能を最大まで発揮すれば出来るはずだ」
俺の疑問にテオは自信満々に答える。
「次は俺の対戦相手だね」
翔太がそう言うとプロジェクターが切り替わる。
「霧崎……冬華」
映し出されたのはあの夜、俺の命を救ったと同時に軽蔑してきた女だ。
「霧崎冬華、高等部一年頃から氷の魔法が得意で高い魔力も合わさって学年一位に君臨する、通称『氷界の魔女』だ」
プロジェクターに映し出された魔力値はなんとAランク、学園でも数十人しかいない高ランクだ。
「こいつの戦闘スタイルは圧倒的な魔力に物をいわせた強力な魔術に達人レベルの剣術、すまないが佐藤が勝てる作戦を思いつけなかった」
自信満々のテオが珍しく弱気に謝る。
「あはは、まあわかっていた事だよ、俺がここまできたのもハガネ達の助言あっての事だし、正直ここにいるのが奇跡みたいなものだよ」
翔太が乾いた笑いを出す。
「でも、ただで負ける気はないよ、一矢くらいは報いてみせるよ」
翔太は今まで見た事がないような真剣な目をしていた。
「ハガネがここまで頑張っているんだ、俺も頑張らないとね。それじゃあ俺は一人で最終確認をしてくるよ」
そう言って翔太は工房を出ていった。
「翔太、大丈夫かな?」
「ハガネ、君は他人を心配している暇などないはずだぞ」
「わかってるよ、まずは目の前の事に集中しないとな」
こうして俺達の準決勝が始まろうとしていた。
準決勝、俺がバトルフィールドに入ると観客席から大歓声が飛んできた。ここまでくるとテレビ中継やインターネット配信など様々なメディアが俺達を注目してくる。その証拠に怪我で引退した有名魔術師が解説として招かれていた。
「さて、事前の予想とは異なり大番狂わせが続いた高等部二学年のトーナメント戦もいよいよ残すは今回の準決勝と決勝を残すのみとなりました! 解説の狩野さん、今回の一戦どう見ますか?」
司会がマイクに向かって大声で叫ぶ、それに対し狩野と呼ばれた元魔術師は笑顔で応えた。
「そうですね、普通に考えたなら魔力Bランクの比山君の勝ちなんでしょうけど、今回の対戦相手である暁君は魔力値Eランクなのに今までに見た事のない道具を多々使って勝ち抜いてきてますから、今回も予想外の発動になるかもしれませんね」
「情報によると暁選手の使う道具はあの二年の問題児、テオ・アウレオルスの作った物だということが判明しました」
「アウレオルス家と言えばヨーロッパでは有名な錬金術の家系です、もしかしたら暁選手の武器は新たな錬金術によるものなのかもしれませんね」
解説の言葉を聞いて俺はテオが聞いたら怒りそうだなと思った、「私のマキナを錬金術みたいな古臭い物と一緒にするな」とか、そんな事を考えていたら対戦相手の比山玄武が現れた。
相手の身長が二メートルを超えているので俺は文字通り見上げる形で比山と対峙する。筋肉の盛り上がりで制服ははちきれそうなほどパンパンになっていた。相手の事を観察していると比山が言葉をかけてきた。
「お前が暁ハガネか?」
「そうだ」
比山は見た目通りの低い声で話かけてきた。
「お前がどんな怪しげな道具を使ってきても勝たせてもらうぞ」
比山はこちらを威圧するようにそう宣言してきた。
「あんたも負けられない理由があるのか?」
「そうだ、俺はこの試合に勝って、霧崎冬華と再戦する。そして俺が最強の盾である事を証明しなければならんのだ」
防御タイプのプライドなんだろう、比山は俺と同じかそれ以上の信念を感じられた。
「残念な事が二つある」
俺は不敵に笑い言った。
「二つ?」
「一つは対戦相手の霧崎冬華だが相手は翔太、俺の親友が勝つかもしれない事」
「ふむ、お前は親友を信じているのだな」
「そうだ、そして二つ目、それはこの試合俺が勝つからだ!」
「ふっ、面白い奴だ、この試合は判定勝ちなどではなく正面から叩き潰すとここに宣言しよう!」
俺達の会話をマイクが拾ったらしく会場がひときわ大きな歓声に包まれる。
「両者、指定の位置へ」
「ああ」
「了解した」
俺達は審判の指示に従いバトルフィールドの端に行く。
「それではバリアジャケットを発動してください」
「「バリアジャケット! 発動!」」
「それでは試合開始!」
「俺の全力をもって、あんたを倒す!」
バリアジャケットを発動して、俺の試合が始まった。
比山は試合開始と同時に盾を前にして突っ込んできた。
予想よりも早い!? 俺は突っ込んできた比山をギリギリ横に跳んで躱す。あの体格で俺と同じかそれ以上のスピードを出す比山に驚愕する、小回りが効かないのが幸いか。
比山はその後もこちらの体勢が整う前に体当たりを仕掛けてきた。かれこれ十回以上は避けているが比山の勢いが衰える事はない、なんというスタミナだろうか。
「おーっと比山選手の猛攻に暁選手、手が出ない!」
「流石ですね比山君は、あれだけのスピードで走って、息一つ乱していません、驚くべきスタミナです。暁君は攻撃する時に構える時間が必要なので隙を与えないのは実に有効な戦術と言えるでしょう」
司会と解説が何か言っているがこの際無視する。仕方ない、なるべくは秘密にしておきたかったがまだお披露目していない装備で足止めをしよう。タイミングは次に比山が体当たりを仕掛けてきた時だ。
「今だ! 食らえ爆導鎖!」
「ッ!」
爆導鎖は鎖に爆弾を括り付けた武器だ。爆発で周囲が煙に包まれる。
「イカロス!」
俺はテオが試合直前に渡してきたブーツ型の装備『イカロス』を起動する。イカロスは溜めた魔力を推進力に変えて放出する装備だ。
俺は一気に距離をとってフェンリルを構える。バロールで透視したところ比山に目立った外傷は無し、しかし煙でこちらを見失ったのか周囲を警戒している。ここまではテオの立てた作戦通りだ。次に俺は比山に向かってフェンリルを撃つ、弾丸は途中で分裂して広範囲にわたって防御魔法に当たる。
「そこか!」
比山がこちらの位置に気づいて再び体当たりを仕掛けてきた。俺はフェンリルを撃ちつつ、イカロスで一定の距離を保ち続ける。
「無駄だ!」
攻撃は全て鎧に防御される、こちらの狙い通りに。俺は散弾を撃ち続けるがイカロスに溜めていた魔力が徐々に無くなってきて動きが鈍くなってきた。
「これでお終いだ!」
比山が一気に加速して体当たりを仕掛けてきた。
「アイギス!」
それを俺は左腕のアイギスで正面から受け止める。
「うおおおおおおお!」
「はあああああああ!」
お互いに一歩も引かない衝突が起きる。
「何!?」
先に異変が起きたのは比山の方だった。
「鎧が!?」
比山のバリアジャケットのあちこちにひび割れが起こる、そしてアイギスの稼働限界の五秒を過ぎたあたりでバリアジャケットが砕け散った、その後いったんお互いに距離をとる。
「何が起きたかわからないって顔しているな」
「ッ!」
俺はテオの作戦を思い出す。
「いいかハガネ、お前の対戦相手の比山は魔力の大半を防御に回している」
「それはわかっている」
「しかしそれは脅威と同時に弱点でもある」
「どういうことだ?」
俺が首をかしげるとテオはある試合映像を見せてきた。
「これは去年の比山の試合だ」
その映像は比山が霧崎冬華との試合が映っていた。
「これがどうしたんだ?」
「君にもわかるように解説してやろう」
そう言うとテオは俺にもわかるように説明を始めた。
「比山の防御は基本的に魔力の消費を抑える為に攻撃が当たる部分のみに魔力を集中させている」
テオに言われて改めて映像を見ると比山は攻撃が当たる中心地点に防御魔法を発動しているようだった。
「これはある意味有効な防御戦術だが欠点がある、それは広範囲攻撃相手には防御魔法の消費魔力が跳ね上がる事だ」
「それは比山もわかっているんじゃないのか?」
「そうだな、そこでこいつの登場だ」
そう言ってテオは懐からこぶし大くらいの弾丸をとりだした。
「こいつは?」
「これは弾を空中でばら撒く魔弾だ」
「こいつで比山の魔力量を超える攻撃をしろって事か」
「そうだ」
「比山との根比べって事だな」
「その為にもこの魔弾を量産するぞ」
「そんなにでかい魔弾を持ち歩くのかよ!」
「つべこべ言わず身につけろ!」
「今回は俺の負けだな」
比山の呟きに俺は驚く。
「俺は自分のバリアジャケットの防御力に自信を持っていた、それを破られた時点で負けを認めざるを得ない」
「比山選手が降参した為、勝者暁選手!」
会場が大歓声に震える。
「なんという事でしょう! まさかの魔力ランクEの暁選手が決勝進出を決めました! これは我が校始まって以来の出来事ではないでしょうか!?」
司会が大声で場を盛り上げる。
俺はまるで夢の中にいるような感覚を味わっていた。最低ランクと蔑まれた俺がついにここまできた、もう他人を羨んで見上げるばかりの自分ではないと叫びたくなった。
「呆けるのはまだ早いぞ」
比山の低い声で我に返る。
「お前の次の相手はおそらく俺よりも強い霧崎冬華が待っている、負けていった者達の分も頑張れよ、暁ハガネ」
「あっ! おい!」
比山は言いたい事だけ言ってバトルフィールドから出て行ってしまった。
「翔太はどうなったかな? 俺も急がないと」
俺はごちゃごちゃとうるさいマスコミを避けながら急いで翔太と霧崎冬華が戦っている会場に向かった。
「はぁ、はぁ、まだ試合は終わっていないよな」
俺は息をきらしながら会場に入る。観客席から客が出て行っていないので試合はまだ続いているはずだと、俺は会場に備え付けられた大型モニターを見る。そこには膝をつく翔太の姿が映し出されていた。
「おおっーとここで佐藤選手、膝をついたー」
「彼はよく頑張った方じゃないですかね、あの魔力値Aの霧崎選手の猛攻をここまで耐えたのですから」
司会と解説の言葉を無視して俺は画面を食い入るように見つめる。翔太のバリアジャケットはすでにボロボロで体のあちこちから血が滲んでいた。それでも翔太は真っ直ぐに霧崎冬華の事を見ていた、あれはまだ諦めていない目だ。
「もう諦めたらどうかしら? もうあなたに勝ち目は残っていませんわよ」
「そうかもね、でも俺の親友がもう一つの会場で頑張っているのに俺だけ簡単に諦めるわけいかないんだ」
バトルフィールド内の会話がマイクを通して聞こえてくる。
「それは残念ですわね、その友人も勝ったところで次はこの私と当たるのだから」
「ハガネ、俺の親友を甘く見ない方がいいよ、あいつは俺以上に諦めが悪いから、足元を掬われないように注意する事だね」
「それじゃあこの試合に勝って、努力では埋められない圧倒的な才能の差っていうものがあるのを教えてあげましょうか」
「その前に一矢くらい報いてみせるさ! リインフォース!」
翔太は立ち上がると槍を構え真っ直ぐ向かって行った。
「おしゃべりはもうお終いという事かしら、なら、こちらの全力であなたを倒しますわ! アイシクルブレイド!」
霧崎冬華は両手で剣を構えると大上段から一気に冷気を纏った剣を振り下ろした。
決着は一瞬だった。翔太の槍が破壊され、翔太自身も首から下を氷漬けにされた。
「勝者! 霧崎選手!」
審判が勝利宣言をした後、霧崎冬華は後ろを向いて歩きだした、その瞬間に翔太に纏わりついていた氷が砕け散り、翔太は地面に倒れた。
俺は観客席から飛び降りて翔太の元へと向かった。
「大丈夫か翔太!」
「はは、ごめんハガネ、試合負けちまった」
俺が駆け寄ると翔太は謝ってきた。
「そんな事より体は大丈夫なのか!?」
「ああ、バリアジャケットでダメージはだいぶ軽減されたからね、二、三日は動けないだろうけど、なんとか無事と言えるんじゃないかな」
俺は安堵の息を漏らす。
その後、すぐ翔太は何人かの女子と一緒に担架で保健室に運ばれて行った。
俺は反対側でマスコミに慣れた感じで話している、次の対戦相手である霧崎冬華を見た。
「霧崎選手、今回の戦いはどうでしたか?」
「ランクBでよく粘ったと思いますが、それだけですわね」
「次の対戦相手は魔力値Eながら奇策を使う暁選手ですが勝算は?」
「例えどんな策を用意しても正面から叩き潰して差し上げますわ」
「決勝への意気込みをどうぞ」
「魔術師の名門である霧崎家の次期当主たる私に勝利以外あり得ませんわ」
霧崎冬華は次々とマスコミの質問に答えていった。
不意に霧崎冬華と目が合う、すると霧崎冬華はこちらに向かって歩いてきた。
「あなたはあの時の死にぞこない? まだ学園に居たのですか?」
「ああ、あの後色々あって、あんたの次の対戦相手になるまでになったぜ」
「どうやら、次の対戦はつまらないものになりそうですわね」
あの時と一緒だ、俺が死にかけた時と同じ、相手を見下した目を霧崎冬華はしていた。
「それはどうかな? 俺はテオ、テオ・アウレオルスのおかげで強くなった、次の決勝ではあんたに勝って魔力値だけが全てではない事を証明してみせる」
「ふっ、本当にできるかどうか楽しみに待っていますわ。それではごきげんよう」
そう言って霧崎冬華は会場を後にした。すると今度はマスコミが俺の方に寄ってきた。初めてこんなに注目を集めたので俺は内心浮かれていた。ようやく自分の努力が認められたと。
「暁選手、その不思議な義手はどこで手に入れたのですか?」
「こ、こいつはテオにもらったもので詳しくはわからないです」
「いつも使っている武器もアウレオルスさんが作ったものという事でしょうか?」
「そ、そうです、それと俺の義手と義眼はマキナと言って、テオが作った、魔力値が低くても上位選手相手に戦える凄いものなんです」
「つまり今までの活躍はそのマキナのおかげだと?」
「そ、そういう事になります」
俺は慣れない質問攻めに必死に答えるが、最後の質問の後空気が変わった、マスコミが嘲笑しているように感じたのだ。
「つまり道具がよかったからここまで勝ち上がってこれたと認めるわけですね?」
「ち、違う、俺だって努力したんだ、マキナだけの力じゃない!」
俺が必死に否定すればするほどマスコミの熱は冷めていった。その後みんな興味を失ったかのように去って行った。
【暁ハガネ選手の強さの秘密はアウレオルス家の力を借りていただけだった!?】
【霧崎冬華選手の勝利は確実か!?】
翌日、学校内新聞には二つの記事がでかでかと記載されていた。
「クソッ!」
俺はやり場のない怒りを壁にぶつけた。昨日、勝利に浮かれていらん事まで喋ってしまったのが翌日には大々的に面白、おかしく書かれていた。
俺がここまでくるのにどれだけ努力したと思っているんだ。
「ハガネ、こんな記事を真に受ける必要はないぞ」
「わかっているさ!」
テオはそう言ってくれるが自分の迂闊さが許せない。そしてイライラをテオにぶつけてしまう俺自身が嫌になる。
「決勝は明日なんだ少し落ち着け」
「うるさい! テオはいいよな自分の研究が世間に認められて!」
「そんな事は……」
「クソッ! 少し外に出てくる!」
「あっ、おい! ハガネ!」
俺はこれ以上テオに当たらないように工房を出た。
「それでハガネはアウレオルスさんと喧嘩して出てきたと」
「そうなる」
俺は翔太のいる保健室に来ていた。外に出たはいいが周囲が自分を見下している錯覚に陥った俺は人目を避けて、翔太のところまで来ていた。
「それはハガネが悪いよ」
「わかってるさ! そんなのは!」
病人の翔太相手にも怒鳴ってしまい、ますます自分が情けなくなってくる。
「落ち着いて、まずはハガネ自身がなんでそんなイライラしているのか考えてみようよ」
こんな小さなガキみたいに癇癪を起す俺に対して翔太は冷静に諭してきた。
「それは、せっかくここまでやってきたのにテオだけは世間に認められて、俺は努力していないみたいに言われて悔しいじゃないか」
俺は素直に自分の言葉を形にしてみた。
「つまりハガネはアウレオルスさんに嫉妬しているんだね」
「嫉妬……俺はテオに嫉妬していたんだな」
二人で頑張ってきたはずなのにテオだけ脚光を浴びて、俺は評価されない。俺はそんなテオが羨ましかったんだ、ようやく自分の気持ちに気づけた気がした。
「俺、テオに謝ってくる、それじゃ、邪魔したな」
そう言って俺は翔太の元を後にした。
テオの工房へ急ぐ俺はショートカットする為、人気のない敷地を走っていた。するとブンブンと剣を振る音が聞こえてきた。俺はその音が気になったので、走るのを止め、音のする方へ息を殺し近づいていった。
「あれは……霧崎冬華?」
人気のない場所で剣を振っていたのは霧崎冬華だった。飛び散る汗を気にした様子もなく黙々と大剣を振るっていた。太刀筋は素人の俺でもわかるくらい綺麗で多種多様に変化する様子は芸術的であった。
「誰ですそこにいるのは!」
「っ!」
突然、大きな声を出され俺は音をたててしまった。誤魔化すのは無理だと悟った俺は素直に霧崎冬華の前に出る。
「あなたは次の対戦相手の?」
「あんたは名前も覚えてないだろうから名乗らせてもらう、暁ハガネだ」
「暁……ハガネ、確かそんな名前でしたわね。それがいったいこんなところで何を? まさか敵情視察でもしに来たのかしら?」
霧崎冬華はこちらをあざ笑うかの様に言ってきた。そこには多少の情報を与えても負けない自信に満ちあふれていた。
「ここに来たのは偶然だよ、それよりお前こそこんな人気のない場所で何やっているんだ?」
「私はただ日課の訓練をしていただけでしてよ」
「もしかして毎日あんなに汗だくになるまで訓練しているのか?」
「驚く事はなくてよ、小さな事すらできない様では強者になんてとてもなれませんから」
そう言うと霧崎冬華は近くに置いてあったタオルで汗を拭う。
正直、俺は驚いていた。霧崎冬華は天才でこんな泥臭い事はしていない物だと思い込んでいたからだ。
「それにあなた目障りなのよ、誰もがみなあなたみたいに底辺から強くなれるわけじゃない、あなたに憧れて中途半端な希望を持った人が現場で死んでいくのよ、その自覚はあるの?」
「そんなの……」
「関係ないなんて言わせないわ! 強者には弱者を守る義務があるの、自覚しなさい! あなたの蛮勇がまだ見ぬ魔術師達を殺すのよ!」
霧崎冬華の言葉に反論出来なかった。俺は間違っていたのか、そんな疑問が頭の中で渦巻く。
「そんなに強くなる事がいけない事なのか?」
気づけば俺は霧崎冬華にそう問いかけていた。
「あなたの場合アウレオルス家の力を使ったっていうのが問題なのよ、道具が良ければ強くなれると大衆が思ってしまったから」
「ぐっ!」
確かに俺の力はテオのマキナに依存したものだ。だけど俺だって努力した。
「お、俺だって、血反吐を吐く思いで努力したんだ!」
「そんな当たり前の事を言ってどうするの?」
「当たり前……だと」
「そう、強くなる為に努力するのは当たり前の事、人それぞれ生まれ持った才能というものがありますが努力なくしては才能も意味を成さないわ」
「それはお前が才能、魔力を持っているから言える事だろ!」
「そうですわね、確かに私は高い魔力を持って生まれてきました、だけどその強大な魔力を最初から制御出来たとお思いで? 答えはNOですわ! 私だって幼少から血反吐を吐く思いで努力してきましたわ、だから今、この力がありますわ」
霧崎冬華は俺を冷たい見下した目で見てきた。
「あなたが努力していようがいまいがそれは大衆に伝わる事はありませんわ」
「それは……」
確かに霧崎冬華の言う通りだ、マスコミは底辺だった俺が勝った事しか取り上げない。
「だから私はあなたの事を全力で叩き潰すわ! Eランクの弱者がAランクの強者に勝とうなんて所詮、儚い夢だったと大衆に知らしめてみせる!」
そう言って霧崎冬華は去っていった。
「俺はいったいどうすればいいんだ?」
勝つ為に俺は頑張ってきた、それが憧れで正しい行いだと思ったからだ。しかし先ほどの霧崎冬華とのやりとりで迷いが生じた。本当にこのままでいいのか? そもそもこんな状態でまともに戦えるのか。
「あんな戯れ言、無視すればいい!」
「テオ……」
気がつくとテオが後ろに立っていた。
「話は途中から聞かせてもらった」
「テオ、俺は……」
「なに情けない顔をしている、君の目標は勝つ事だろう? だったら何を迷う必要がある?」
「だけど俺が勝つと見ず知らずの人が死ぬかもしれないんだぞ」
俺は震える声で言った。
「そんな事、放っておけ」
「でも」
「そもそも君に憧れて死人が出ても君は関係ないじゃないか」
「そんな無責任な!」
「無責任ではないぞ、もし仮に君に憧れて無茶して死んだ奴がいたとしよう、それは奴が決めて行動した事だ、そんな事をまで君が背負う事はない」
そう言ってテオは俺を抱きしめてくれた。
「他の連中が何か言っても私が君の代わりに言ってやる、君は悪くないと、君の行いは正しかったと。もし世界中が敵になったとしても私だけは君の味方でいる事を誓うよ」
「テオ……」
俺は感動していた、霧崎冬華の言葉に惑わされて俺の一番の理解者の事をないがしろにしていた自分が情けない。周囲を見返す為にテオと手を組んだのに今はテオの言葉がとても心強い。一人でも俺の事を肯定してくれる人がいる、それでいいじゃないか。
「まあ君に勝ってもらわないと私の研究が生まれ持った圧倒的な才能の前に負けたと思われるじゃないか」
「感動しかけたのに結局は自分の為かよ!」
俺は思わず叫ぶ。
「人間なんてものは結局、自分の為にしか動かないものだよ」
「た、確かにそうだけどさ」
俺はテオの剣幕に気圧される。
「まずはその問題より明日の試合に勝たなければ、話にならないぞ」
「そうだな、まず明日の試合だよな……何か秘策とかないのか?」
「難しいところだな、相手は膨大な魔力に達人レベルの剣術を自由に使える天才だ。本当ならもう少し戦う準備時間が欲しいところだが、ないものねだりしても仕方ない、今、現在あるものだけで考えるぞ」
「そんな事言ったって、魔銃があいつに通用するとは思えないぞ」
「そこで一つだけ秘密兵器がある」
「本当か!」
俺はテオの発言に身を乗り出す。
「君にマキナを取り付ける時に渡した御守りは今も持っているな」
「おう、言われた通りいつも身に着けていたぞ」
「結構、それじゃあ中身を見てみろ」
「これは!?」
そこには思いもよらない物が入っていた。
「そいつが切り札だ、使いどころを間違えるなよ」
テオが不敵な笑みで言ってくる。テオは初めからこの発動を読んでいた事になる、俺は軽く戦慄を覚えた。
「そいつを踏まえた上で作戦を立てるぞ、いいな?」
「おう!」
「っと、もうこんな時間か」
気がつくと時計は十二時を過ぎていた。
「明日に備えて、もう寝るとしよう」
「そうだな」
そう言って俺は寝る準備をするが興奮してなかなか寝付けない。
「なんだ眠れないのか?」
「仕方ないだろ、明日は運命の勝負なんだから」
俺は少し不貞腐れ気味に言った。
「少しプレッシャーを与え過ぎてしまったかな?」
テオはなんだかいつもより弱々しく言った。
「なんだ、テオらしくもない、いつもの堂々とした態度はどうしたんだ?」
「私だって不安なのさ、万全を期したが勝てる確率は半分もない、これで不安にならない方が無理ってものさ」
「テオが弱音を吐いているところを初めて聞いたかもしれないな」
テオはムッとしてこう言った。
「私だって人間だ、感情がある以上、弱音の一つや二つ吐く事もあるさ。それに君は忘れているかもしれないが私はか弱い女の子なんだぞ」
「プッ」
俺は思わず吹き出してしまった。あのテオが自分の事をか弱い女の子と言ったのだ、これほど可笑しいことはそうそうない。
「何故そこで笑う?」
「いつも自分の事を天才とか言っている奴がか弱い女の子とか言っているのが可笑しくて、すまない」
「失礼な奴だな君は、この件は明日勝ってからじっくり話し合う必要がありそうだな」
「勝つのが前提なのか?」
「そうだ、明日君には絶対勝ってもらう、約束だぞ」
「これは無茶な約束もあったものだな」
「いいから、約束しろ。私、テオ・アウレオルスは全身全霊を込めて暁ハガネをサポートし勝利へと導く事をここに誓う」
「わかったよ、約束する。俺、暁ハガネはテオ・アウレオルスのサポートの元、必ず試合に勝利する事をここに誓う」
「よし、ちゃんと約束したからな!」
「なんだか今の結婚式の誓いみたいで恥ずかしいな」
「馬鹿っ!」
枕が俺の頭めがけ飛んできた、俺はそれを余裕で回避するとテオの方を見てみた。テオは顔を真っ赤にしてこちらを睨んできた、なんだか可愛いなと俺は思った。
「もし明日約束を破って負けでもしたら、全身にマキナを取り付けてやるから覚えておけよ!」
前言撤回、ちっとも可愛くない。
「本当はもう勝ち負けなんてどうでもいいんだ、ハガネ、君が無事でいてさえくれれば」
「ん? なんか言ったか?」
テオが小言でなんか言ったがよく聞き取れなかった。
「なんでもない! 馬鹿っ!」
こうして夜が過ぎていった。