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スティールハート  作者: 竹取獣奈
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第五章

学年トーナメント戦に向けて最後の追い込みが始まった。午前は一人で基礎訓練、午後は授業が終わった翔太と合流して対人戦略の研究、夜になるとテオと一日の反省会を行った。

そしてトーナメント戦、三日前に対戦相手が発表された。

「一回戦の相手は白羽水樹しらはねみずきか」

「知っている相手か?」

 対戦相手が発表された日、俺達三人はテオの工房に集まって作戦会議をしていた。俺と翔太は苦い顔をする、それを不審に思ったのかテオは聞いてきた。

「昔、ハガネをイジメていたグループの中心人物だよ、俺がハガネの傍に居るようになってイジメの対象を変えたみたいだけど」

 翔太が俺の代わりに答える。


 俺は過去を思い出す。あれは俺が中等部二年に上がってすぐの頃だっただろうか? 周囲が魔力を伸ばしていくなか俺一人だけ伸び悩んでいた頃にあの女は俺の目の前に現れた。

「あっれー? おかしいわね? こんな所に一般人がいるわよー」

 あいつは人が大勢いる時間帯を狙って大声で叫んだ。

「なんだよ、いきなり」

「いきなりじゃないわよ、あたし知っているんだからね、あんたが一年の頃から魔力が全然伸びていない事」

「そ、それは……」

 俺は図星をつかれて動揺した。

「もしあんたがあたし達、魔術師と同じだって言うんならここで魔術の一つでも使ってみなさいよ」

 そう言って白羽は挑発してきた。この頃の俺はまだ自分には隠された才能があると思い込んでいたので挑発に乗ってしまった。

「そのぐらい簡単にできるさ!」

「じゃあ今すぐやってみなさいよ」

 この時のあいつの目を今でも忘れられない、あれは人の事を玩具としか見ていない目だった。

「う、うぐ」

 魔術を使おうにも俺は魔力が最低ランクのE、簡単な魔術すら発動するのに時間がかかった。

「どうしたのよ、早―く、早―く」

 白羽がせかしてくる、それに同調した何人かが面白がって白羽と同じ事をしてくる。焦った俺は魔術を発動する事ができない。

「はーい時間切れー、魔術ってのはこう使うのよ!」

 そう言って白羽は右手から魔方陣を浮かび上がらせ水を出現させて、俺にぶっかけてきた。

「やだー、汚い濡れ鼠みたいー、学校じゃなくてドブにでもいた方がいいんじゃないの?」

「ぷっ」

 白羽の発言に周囲が釣られて笑いだす。こうして俺にとって地獄のような一年間が始まった。


 白羽は事ある事に俺を笑い者に仕立て上げてきた。さらに取り巻きに屈強な体の男子を侍らせて影で暴力をふるってきた。抵抗を続けた俺だが魔術を使えない俺はろくに反撃も出来ず、次第にされるがままになっていった。

 そんな時、二年に上がる頃にイジメの現場に翔太が偶然居合わせた。翔太は正義感からか俺のイジメを助けてくれるようになった。白羽は俺に大して執着もせず別の生徒をイジメのターゲットにした。それ以来、俺は白羽と関わらずにしてきた。


「その白羽水樹というのはハガネにとってとても因縁深い相手という事か」

 俺は上手く言えなかったが白羽にイジメを受けていた事をテオに話した。

「そうなる」

 俺は震え声でそう答える。

「ハガネ、今でも君は彼女の事がトラウマになっているのか?」

「たぶん、そうなんだと思う。今、話をしただけで手が震えてくる」

 俺は冷や汗をかきながら震える右手で左腕を掴む。

「こんな状態のハガネを戦わせるなんて無茶だ、アウレオルスさん何か対策はないの?」

 翔太が俺を気遣ってテオに質問する。

「トラウマを克服する方法はいくつかあるがどれも時間がかかるものばかりだ、今からじゃ間に合わない」

「そんな」

 翔太が落胆する。俺も同じ気持ちだったがなるべく態度に出ないようにした。

 そんな時、工房のドアが勢いよく開かれた。工房の中に入ってきたのは学園の制服を派手に改造して金髪に染めたセミロングの髪に濃いメイクをしたいかにもギャルという雰囲気の女、昔と少し変わっているが間違いない白羽水樹本人と取り巻きの男達数人だった。

「対戦相手の顔を見にきたら、とっても油臭い場所にキモオタ達が集まって何かやっているんですけどー、うけるー」

「「ぎゃはは!」」

 白羽水樹と取り巻きの男達の笑い声が工房の中に響く。

「勝手に入ってきて随分な言い草だな」

「お、おいテオ」

 侵入者に対してテオは堂々と歩み寄っていった。

「あんたの用は後よ、根暗チビ! あたしが来たのは暁に話しがあるからよ」

 そう言って白羽は俺の方に近づいてきた。

「あんたが暁ハガネ?」

「そうだが、何の用だ?」

 俺は恐怖を必死に押し殺して答えた。白羽はまるで初めて会ったかのような態度で話かけてきた。もしかして俺の事を覚えていないのか。

「あのさぁ、これはお願いなんだけど次の学年トーナメント戦負けてくれない?」

「なっ!」

 突然の事で俺は言葉が出てこなかった。

「実はさぁ、最近授業をサボってばっかだから、成績がヤバイのよ。これがあたしの親にバレでもしたら最悪だからさぁ、トーナメント戦でいい結果を残せば今までの事は帳消しになるっていうかぁ。だからさぁ棄権してくんない?」

「そんなの出来るわけがないだろう」

 俺の代わりにテオが答える。

「チビは黙ってろよ! てかさっきからなんなのあんた?」

「私か? 私はテオ・アウレオルス! ハガネにマキナを施した技術者でこれから歴史に名を残す天才だ!」

「自分の事天才だって! こいつ頭おかしいんじゃないのー」

 白羽達が大きな声で笑いだす。

「それよりも八百長を持ち掛けるという事はハガネの事が怖いんじゃないのか?」

 テオが挑発的に言う。

「このチビ! 言わせておけば! こんな魔力Eの雑魚にあたしが負けるわけないじゃない! 楽しようと思ったけどやめた、ここであんたらを潰すわ」

 白羽がそう言うと後ろに居た男達がバリアジャケットを発動する。

「翔太は守りに専念してくれ!」

「ハガネはどうするの?」

「まずテオを連れ戻す!」

 テオと白羽の距離が近すぎて、こちらから手出し出来ない状況はまずい。テオが戦闘できるとは思えないので人質にでもされたら詰みだ。

「ハガネは大丈夫なの?」

「なんとかするさ!」

 俺と翔太もバリアジャケットを発動する。腕の震えは治まらないがこの際しかたない。俺はヨルムンガンドを震える右手で抜いて構える。

「おい、こいつ震えてやがるぜ! ぎゃははー」

 俺達の方に男達が笑いながら向かってくる。数は三人、しかし相手はこちらを完全に舐めている、その隙をつけないかと考えているとテオ達の方に動きがあった。

「根暗チビ、まずてめえを裸に剥いてやるよ!」

 そう言うと白羽はバリアジャケットを発動する。その姿は胸や腰を覆う布だけで露出が高い踊り子のような服装だった。

「そらっ!」

「ッ!」

 白羽は腕から水を出現させて、テオの白衣を切り刻んでいく。

「あんまり動くとその体に傷がついちゃうよ! ぎゃははー」

 その光景を見て、俺の中の何かが切れた。腕の震えは止まり、テオがいる方へ走りだす。

「土下座でもしたら優しくしてやるよ、なんとか言ったらどうだ? あん?」

 まず間にいる邪魔な男達を潰す、そうと決まれば相手が油断している今が好機だ。

「シッ!」

 俺はまず一番近くに居た男の右側頭部をヨルムンガンドで殴りつける。

「があっ!?」

 相手が体勢を整える前に左腕でさらに顔面を殴りつけ一人目が崩れ落ちる。

「一つ!」

「こいつ!」

 もう一人がメイスで殴りつけてくるのを俺は左手で受け止め、がら空きの胴体にヨルムンガンドを発砲、一発で相手が沈む。

「二つ!」

「雑魚って話じゃなかったのかよ!」

 最後の一人が驚愕で顔を歪ませる。三人目は弓を構えて矢を放ってくるが俺は矢を左手で掴み取りへし折る。

「ひっ、ひー」

 俺が攻撃するまでもなく最後の男は背を向けて逃げ出した。

「三つ!」

「ちょっと何やっているのよ!? 相手は魔力がEの雑魚なのよ!?」

 ようやくこちらの状況に気づいた白羽が慌てだす。その頃にはテオの衣服はボロボロで局部を辛うじて隠せている状態だった。その光景を見て、俺は頭の中が熱くなっていくのを感じた。

「来るな! 来るなー!?」

 白羽は水を蛇の形にしてこちらを攻撃してくるがその全てをヨルムンガンドで撃ち落とす。

「これで終わりだ!」

 俺は白羽に近づくと右手をひねりあげる。

「痛い!? 痛い!? 止めて!? 止めてったら!?」

「お前はそう言った奴の言葉を聞いた事があるのか?」

「あるわ! あるからもう許して!?」

 白羽は泣き叫びながら許しを請う。しかしこれは嘘だと俺は思う。昔、俺が同じように止めてくれと叫んでもこいつらは笑っていた。きっとこいつらは俺以外にも同じようにイジメを繰り返していたんだろう。

 俺はヨルムンガンドの撃鉄を上げて白羽の額に狙いをつける。

「嘘でしょ!? 冗談よね!?」

「……」

 俺は無言で引き金を引く。

「イヤー!?」

 弾は発射されない、すでに弾切れだったのである。それを知らない白羽は本気で怖がっていた。その証拠に白羽は小便を漏らしていた。

「ヤー!?」

俺が手を放すと床にぺたんと座りこみ泣き始めた。

「もう俺達に手出ししないと約束できるか?」

「や、約束しますぅー」

「ならここから出ていけ、そしてもう二度と近づくな」

「わかったわよ!」

 俺が低い声で脅すと白羽は一目散に逃げ出した。

「く、来るのが遅いぞ」

 テオは体を手で隠しながら、いつもみたいな自信満々な態度ではなく弱弱しい普通の女の子みたいなか細い声で言った。

「悪かったよ、これでも頑張ってとばして来たんだ」

 俺はバリアジャケットを解除して上着をテオに着せた。

「……ありがとう」

「ん? なんだって?」

「なんでもない!」

 そう言ってテオは俺の背中に蹴りを入れてきた。


 多少のトラブルはあったもののなんとか学年トーナメント戦、前日までやってきた。その夜、俺は興奮してなかなか寝付けないでいた。

「なんだ眠れないのか?」

「ああ、ついにここまで来たんだなって思うと興奮してな」

 眠れない俺にテオが話しかけてくる。

「ふふ、案外、ハガネは小心者なんだな」

「うるさい、俺はお前ほど神経が図太くないんだ」

「わかった、わかった、それじゃあ眠くなるまで話でもしようか、何か質問はないか?」

 テオはまるで学園の先生のような口調で聞いてきた。

「そうだな、うーん、それじゃあテオがヨーロッパに居た頃の話が聞きたいかな?」

 俺はテオの事を知る機会があまりなかったので、そんな質問をした。

「私がヨーロッパに居た時の事か、あんまり面白くないぞ」

「いいから、先に言ったのはお前なんだから」

「わかった、こうなったら仕方ない、少し長くなるぞ」

「おう」

 そう言ってテオは話し始めた。

「まず私の家について話そう。私の家、アウレオルス家は神話獣が現れ始めた頃から続く錬金術師の家系だ」

「テオはいいところのお嬢さんってわけだ」

「そんなにいいものではなかったよ、両親は錬金術に没頭していて家族の思い出なんてほとんどないし、研究で金を使うから特別、裕福というわけじゃなかったしな」

「そうだったのか」

 俺はソファーで寝転がりながらテオの話を聞く。なんだかテオの以外な一面を知った気がした。

「そして私はアウレオルス家の二女として生まれた、姉と妹がいて三人姉妹だな」

「テオにも兄弟がいたのか、実は俺も妹がいるんだ」

「妹さんは今どうしているんだ? この学園に?」

「いや、昔、神話獣に襲われて意識不明のままなんだ、今は国の補助金でいい病院に入院させてもらっている」

「すまない、失礼な事を聞いた」

 テオが勘違いするのも無理はない、魔術師は遺伝が強く表れ、高い魔力持ち同士で結婚するとほぼ間違いなく強い魔力を持った子供が生まれるからだ。だから兄弟で学園に通っているのも大勢いる。

「別に気にするな、先に聞いたのは俺だしな、それより話の続きを聞かせてくれよ」

 俺は湿っぽい空気を変える為、あえて明るく言った。

「わかった、錬金術師の家系だった私は気がつけば錬金術を学んでいた、私達姉妹は全員そんな感じだ」

「それは凄いな」

「別に凄くないさ。そんな小さな頃の私は姉や妹と比べられる事が多くてな、いつも姉に負けていたさ」

「天才のお前でも勝てない姉ってどんな奴なんだ?」

「嫌な奴さ、いつまでも古臭い錬金術ばかり得意で、そのせいもあって私と姉は仲が悪かった」

「そうなのか」

「それで私はどうにか姉や両親を見返したくてな、錬金術とは異なる研究、マキナの研究を始めたんだ、だけどマキナは異端だと肉親から言われてな」

 テオは自嘲的に言った。

「そして私はマキナを世界に認めさせる為にヨーロッパの学園に行く事になったんだ、そこでもマキナは受け入れられなかったがな」

「だから日本に来たのか?」

「いや、私に嫌がらせをしてくる輩がいたから学園の一部ごと奴らを爆破してやったら、日本に追放された」

「おい、翔太が言ってた噂って本当だったのか!?」

「まあ、私も当時、研究を認められずにイライラしていたからついカッとなってやった、反省も後悔もない!」

 テオは堂々と言ってのけた。こういうポジティブなところが天才たる所以なのかもしれない。

「まあ、日本に来なければ君と出会う事もなかった訳だしな」

 テオはちょっと照れくさそうに言った。

「お、おう」

 俺もなんだか照れくさくなって、小声で頷いた。

「少々話し過ぎたな、明日は早いからもう寝ようか」

「そうだな、テオの事を色々聞けてよかったよ、それじゃあ、おやすみ」

「ああ、おやすみ」

 テオとの会話で緊張がほぐれた俺はすぐ眠りに落ちた。


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