その2
その後、妹のホノカは十年以上にわたって病院で昏睡状態が続いている。俺は親戚関係をたらい回しにされ、叔父夫婦の家に住む事になった。しかしそこでも俺は厄介者扱いされ不遇の日々を過ごす事となった。従兄よりも不味い飯にお下がりの服、当然玩具など買ってもらえず、従妹を羨望の眼差しで見ていたのを今でも覚えている。
「俺が魔術師に……」
そんな俺に転機が訪れたのは家族を失って七年の歳月が経った中学校に上がる頃だった。魔力は十二歳頃からが一番目覚めやすく、それに合わせて子供を対象に魔力検査を行うのだ。その検査に俺は見事に合格したのである。
検査に合格した数日後、魔法局の役人が家に来て俺のこれからについて話してくれた。
「まずは魔力検査、合格おめでとう」
「……ありがとうございます!」
俺は嬉しい気持ちを抑えるので必死だった。俺も命の恩人の魔術師ように誰かを救えるような人間になりたいと思っていたからだ。そのチャンスが巡ってきたのだから喜ばずにはいられない。
「それじゃあ暁ハガネ君、今後、君は日本が運営している青龍学園という魔術師を育成している全寮制の学園に通ってもらう事になる。この学園には君と同じ魔術師候補生が通う事になる」
全寮制! つまり俺はこの不自由な家から出る事ができるのだ、こんなに嬉しい事が他にあるだろうか。
「さらに君達、魔術師候補生には少なからず国から補助金が出る」
「そうですか!」
これで貧乏生活からおさらばできると思うと今にも踊りだしそうだ。
「それと勝手にだが妹さんの事も調べさせてもらったよ、君が魔術師候補生になれば妹さんを関係者として学園内にある最先端医療施設に入れる事ができるはずだ」
「本当ですか!?」
妹のホノカは現在、病院で必要最低限の生命維持だけ行っているような状態だ、今までは叔父夫婦の金で入院させてもらっていたので文句を言えなかったが今度は自分の金でホノカをいい病院に移す事ができる、そうすればホノカが目を覚ましてくれるかもしれないと期待した。
「一週間後にまた来るよ、その時までに入寮の準備を済ませておいてほしい、それじゃあ失礼するよ」
それだけ言って、魔法局の役人は帰ってしまった。
「ハガネ、ちょっと話がある」
役人が帰って、入寮の準備をしている時に叔父から話しかけてきた。いつもなら俺の存在を無いように扱う、あの叔父がだ。
「魔術師候補生、合格おめでとう」
「……ありがとうございます」
まさかあの叔父から褒められるなんて思ってもみなかったので驚きながら頷く。
「話しと言うのは国からの補助金についてなんだが、我が家に仕送りする気はないかい?」
「仕送り?」
俺は思わず聞き返す。
「今まで君を育て、妹のホノカの入院費を払ってきたのは私達夫婦だ、それを返すと思って仕送りをする気はないかい?」
今さら何を言っているのだろう。俺は知っている、ホノカの入院費や俺の養育費は両親が残してくれた遺産の半分も使われていない事を、遺産の大半は叔父家族の為に使われた事を。まさか叔父はそのことを知らないとでも思っているのか。
「残念ながら、お断りします。補助金はホノカの為に使います」
俺はハッキリと拒絶した。育ててもらった恩は確かにあるがそれ以上に両親の遺産を食い物にした叔父達を許せなかったのだ。
「このガキ! 魔術師になったからって偉くなったつもりか!」
「カハッ!」
説得が失敗に終わった叔父は本性を現して暴力に訴えかけてきた。胸ぐらを掴んで壁に押し付けてきた、息が詰まり呼吸が困難になる。
「お前は黙って俺達に金を寄越せばいいんだよ! ガキはガキらしく大人の言う事だけきいてればいいんだよ!」
「こ、断る」
俺は暴力に屈したくなかった。残った左目で睨み付ける。
「立場ってのをわからせてやる!」
叔父に殴られると思った時、俺の中の何かが目覚めた気がした。
「な、な、なんだ一体!? 体が宙に浮いて!?」
叔父は驚きのあまり俺から手を離し、そのまま天井まで昇っていき、落ちた。
「こ、こ、これが魔術!? このバケモノ!」
この後、役人が来るまでの間、叔父は言った通りバケモノを見る目で俺を避けて暮らした。
俺はというと自分が選ばれた人間だと舞い上がっていた。何の訓練も無しに魔術を使った俺はきっと天才に違いないと思っていたのだ。
「ここが青龍学園……」
ほどなく俺は全寮制の青龍学園の中等部に編入する事になった。そこには日本各地から集められた魔術師候補生達が居て、これから素晴らしい人生が待っていると、この時は思っていた。