表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

レナルドの回想 2

 かくしてアルファルドの言葉は正しかった。

 レナルドは、これ以上の相応しいタイミングはないといった時に、その手紙を渡せたと思っている。


 そう、アルファルドの愚行。

 それは、公衆の面前でマリアンヌとの婚約解消を断行した、その思慮深い彼らしからぬ蛮行。

 マリアンヌの愛を完膚なきまでに踏みにじった、その翌日だ。


 その手紙に、どのような内容が書かれていたか、レナルドは知らない。ただ、手紙を読むマリアンヌの手が微かに震え、顔が青ざめていたことが、全てを物語っていた。





 アルファルドは、己の一族が破滅の道へ足を突っ込んでいることを知っていた。そして、その結末がどうであるか、それも十分に理解していたのだろう。

 そこにマリアンヌを巻き込みたくない。そう彼が考えたのも、ごく自然なことである。


 同時にレナルドは、こうも考えている。

 この状況に至った理由。それは、マリアンヌが暴漢に襲われた、あの事件のせいではないか、と。

 アルファルドの両親は、息子とマリアンヌとの婚約に大層不満を持っていたらしい。スコット家にとって、何も得るもののない相手だと。


「あの娘さえいなければ、お前はモニカを選んだのかねえ」


 そんな愚かしいことを父親から言われたと、アルファルドは怒り心頭だった。

 そんな中での、あのマリアンヌ襲撃事件だ。


 マリアンヌの意識が戻り、通常業務に戻ったアルファルドに、


「マリアンヌが無事で良かったな」


とレナルドが声をかけた際、


「今回は、無事で済んだな」


と皮肉げな笑みを浮かべて答えられたことを、覚えている。そのままアルファルドは、ははっと、その場にそぐわない笑い声をたてながら、


「誰が……こんな馬鹿な真似をしたんだろうな……?」


と続けた。唇が笑みの形を作っているのとは裏腹に、その目に宿る光は暗かった。


 恐らく彼は、襲撃者が「スコット家の手の者」である証拠を掴んだのだ。自分の両親が、マリアンヌを亡き者にしようとした、その事実を知ってしまったのだ。


 そして、これは推測であるが、マリアンヌの襲撃にはベルトーネ家も加担していたと思われる。アルファルドとモニカが結婚すれば、両家の結びつきは、より強固なものとなる。今まで以上に、互いにずる賢く隠蔽し合いながら、悪事に勤しむことができるというわけだ。


 このままスコット家及びベルトーネ家を野放しにしていれば、いずれマリアンヌの身が危ない、そう思わせるのに十分な理由である。


 なお、スコット家及びベルトーネ家の粛清。それは、汚職についての資料が王室関係部署に投げ込まれたことから始まった。

 それは、あまりにも具体的な内容だったらしい。内情を知っている人間でなければ調べられない程に。

 だからレナルドは確信している。

 その資料を作成し投げ込める人間は、たった一人しかいない、と。





 アルファルドが処刑された後、レナルドは特殊な伝手を使って、彼の遺品を手に入れた。

 彼ら罪人の遺体は、罪人専用のうらぶれた墓地に打ち捨てられるのが定めだ。だからこそ、何か持ち帰って、自分なりに弔いたいと、そう思った。


 そして、渡された遺品の中に、それはあった。

 とてもちゃちな、おもちゃの指輪だ。

 彼はそれを首飾りとして身につけたまま、処刑されたのだと聞いた。


 こんな子供騙しの指輪を彼が大事に身につけていた理由など、一つしかない。それがマリアンヌとの思い出の品だったからだ。最期の時に、思い出だけでも側にあってほしいと、そう願ってしまったのだろう。


 かくしてスコット家は断絶した。ベルトーネ家も巻き込んで。


 レナルドは知っている。

 あの男は、ただ大切なマリアンヌを守るために、自分もろとも彼女に害をなす者たちを闇に葬ったのだと。

 そして、思う。


(連れて行かなかったんだな……)


 アルファルドを心から愛しているマリアンヌのことだ。事実を知れば、妻として共に断頭台に消え行くことを選んだだろう。

 アルファルドとて、そんな考えがなかったわけでもあるまい。

 しかし彼は、愛する者と共に死すという甘美な誘惑を振り切って、彼女を生かす道を選んだのだ。


 こんな最低な自分のことなど忘れて、生きていってほしい、と。


 アルファルドからマリアンヌへ送られた最期の手紙。

 レナルドは、その中身を読んだことはない。しかし、何が書かれていたかは想像に難くない。

 恐らく、マリアンヌを打ちのめす内容が書き連ねてあり、最後に、こんな風に締めくくられていることだろう。


 ーー自分で自由に生きていくといいーー


 アルファルドの形見を渡した今、マリアンヌも全ての事実に気づいたはずだ。それが良い事だったかどうかは……レナルドには分からない。



 ただ、分かることは一つだけ。





 アルファルドはマリアンヌを深く、全てを捨てるほどに深く、愛していた。





END

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ