レナルドの回想 1
その日、レナルドは可憐な花に出会った。
「はじめまして、マリアンヌと申します」
親友であるアルファルドから紹介された彼の恋人。それがマリアンヌだった。
直接会って挨拶したのは、その一度きりで、後はアルファルドの傍にいる姿を遠くから眺めるだけだった。話したこともない。恐らく自分の存在は、マリアンヌの記憶には残っていないだろう。
決して派手なところはない。華やかさもない。しかし、物静かで穏やかな……心安らぐ空気を持った女性であることは、アルファルドの話から察された。
アルファルドがマリアンヌに安らぎを感じているのは、彼の机の上に飾られた彼女の絵からも感じられる。
花束を持って穏やかに微笑む絵。本人の気質を綺麗に写し撮ったその絵は、レナルドにとっても癒しになっていた。
じっと絵を見ていると、唐突に視界が暗くなる。目の前にかざされた大きな手のひらが自分の視界を遮っていると気付いたのは、
「見るな。マリアンヌが汚れる」
という親友の言葉が聞こえたからだ。
「絵を見てるだけで汚れるわけないだろ!?」
と抗議してみたものの、アルファルドの顔は至極真面目……というよりは瞳に殺意のようなものが宿っていたので、レナルドはそれ以上、声を上げることをやめた。
(アルファルド、お前、怖いよ……)
多分、アルファルドは自分がマリアンヌに仄かな想いを抱いていることに勘づいている。だから、牽制しているのだ。
このアルファルドという男は一見、物腰や言葉遣いが穏やかで優男のようだが、腹の中は見た目よりも黒い。というのも、育った環境のせいだろう。
彼はスコット家という名門の一族だが、そのスコット家というのが、とにかく評判が悪い。その中でうまく立ち回って生きるためには、多少の腹黒さは必要だったのだろう。
また、アルファルドは、強欲な実家を心底嫌っているが、両親の方は、出来の良い息子を手放すまいと必死だ。
「俺は次男だから、スコット家を出て、マリアンヌの家に入るつもりなんだが」
とアルファルドは事あるごとに語っていた。
そんなスコット家であるが、最近、とみに良い噂を聞かない。親友の自分が懸念と不安を抱くほどに。
「なあ、お前の家……大丈夫なのか……?」
恐る恐る聞いてみた。しかし、それに答える言葉はない。ただ、曖昧に、
「まあ……どうにかするよ」
と言葉を濁して、アルファルドはその話を続けることを拒否した。代わりに、机の引き出しを開けて、ごそごそと何かを探る。そして目当てのものを取り出しながら、レナルドに声をかける。
「なあ、レナルド」
「なんだ?」
レナルドが応じると、アルファルドは、机の中から取り出したものを差し出してきた。
「もし私が、お前から見て、どうしようもなく馬鹿な行いをした時に、お前の手から、これをマリアンヌに渡してくれないか」
そして渡された物。それは手紙だった。
「なんだ、それは。馬鹿なことをした自分を許してくださいって弁明の手紙か?」
「内容は秘密だ。ただ、きっと彼女に必要な物になるだろう」
「意味が分からない」
本当に、意味が分からない。
そんな大事な手紙なら、アルファルド自身が渡すべきだろうに、自分などに託すことが。
そして何より「お前の家は大丈夫なのか?」という会話の流れで、このような話をアルファルドが切り出す意味が。
……分からない。
胸の奥に澱のように溜まる不安。
しかしアルファルドの瞳は真剣そのもので、レナルドはどうしても断ることができなかった。受け取りながら、最後の抵抗を試みる。
「渡すべき時の定義が曖昧すぎるんだが」
するとアルファルドは、場違いなほど綺麗に、にっこりと笑った。
「その時が来れば分かるよ」
確信を持った目で、親友は、そう言い切った。