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 以来、私とアルファルドは顔を合わせていない。

 風の噂に、モニカ様と正式に結婚されたという話を聞いただけだ。


 そうして私が、レナルド様のご家族の別荘に身を寄せて四ヶ月ほど経ったある日。

 

 王都周辺が、にわかに騒がしくなった。大規模な粛清があったらしい。それは、世間から離れて密やかに生活している私の耳にすら届くほどだった。

 頻繁に、この別荘に顔を出されていたレナルド様も、その対応に追われていたのだろう、しばらく顔を見なかった。


 やがて、レナルド様が疲れた顔をして戻って来られた時、


「変な風に伝わってはいけないから、私から説明させてください」


と、事の顛末を説明してくださった。


 アルファルドの父が王家の財物を横領していたことが明らかになったのである。

 そして芋づる式に余罪が暴かれた。


 たとえば、昔からモニカ様の実家であるベルトーネ家と結託し横領を隠蔽していたこと。

 その両家が、犯罪の発覚を恐れて、現在の王位継承者を引き摺り下ろそうと画策していたこと。


 それが露見した今、両家に未来はないこと。


 王族に弓引く行為は、企てただけで一族郎党が死罪となる重罪だ。


 レナルド様は、静かな声で、こう言った。


「アルファルドは……助からないだろうね」


と。





 スコット家の問題が発覚して一ヶ月ほど経ったある日。

 私の元を訪れたレナルド様が、沈鬱な面持ちで、こう告げた。


「昨日、刑が執行されたよ」

「そう、ですか……」


 アルファルドは、昨日夜遅くに、妻のモニカ様とともに処刑されたらしい。

 自分は何もしていないと泣き叫び命乞いをするモニカ様とは対照的に、アルファルドは最期の瞬間まで、とても落ち着いていたらしい。


 けれど、思う。


 何故、レナルド様は、そんなことまで知っているのだろう。まるで「親しい人の最後だから、特別に誰かに教えてもらった」としか……考えられない。


 私の中に芽吹いた疑問。

 それに答えるよう、少し疲れたような面持ちで、レナルド様は重い口を開いた。


「貴女はアルファルドに一方的に侮辱的な婚約解消をされた、スコット家とは完全に『無関係』な人だ。貴女に類が及ぶことはない。だから何も……貴女に告げる必要はないと、そう思っていました」


 言いながら、鞄を開け、何かを取り出す。


「だけど、これを渡さないのは、あいつにフェアじゃないような気がして」


 そしてレナルド様は、中身が少し膨れた茶色の封筒を私に差し出した。


「あいつが最期の時に身につけていた指輪です」

「……」


 彼が最期の時に身に付けていたというのなら、モニカ様との結婚指輪であるはずだ。けれど、それをレナルド様が私に渡す意味はない。


「指ではなく、首飾りにしていたそうです」


 その言葉に……手が震えた。


 私は覚束ない手つきで封筒を開けて、中身を取り出した。

 封筒を逆さにして、私の手のひらに転がり落ちてきたもの。きらきら光る青い硝子の石。それは懐かしい、おもちゃの指輪だった。


「これ、は……」


 最早、私だけの思い出となったはずのもの。


「どうして……」


 そう言いながらも、私はその時、全てを悟っていた。


 こんな子供の頃の指輪を、彼が未だに持っていたこと、そして最期の時まで身に付けていたということ。


 その事実は、目を閉ざし、心を閉ざして生きてきた私に真実を伝えてくれた。


 何故、あの手紙が配達ではなくレナルド様に託されていたのか。

 何故、レナルド様が、見ず知らずの私に何くれと世話を焼いてくださったのか。

 何故、私が今、生きていられるのか。


 …………何故、彼が私との婚約を解消したのか…………。


 私は、アルファルドから私に最後に送られた物ーー何かの間違いではないかと何度も読み直した、あの別れの手紙の内容を思い出す。



『マリアンヌへ


 この手紙は、私から君に送る最後の手紙になるだろう。


 思えば私は、随分と幼い頃から君と共にいた。言い替えれば君以外の女性を知らなかったということだ。そんな私の世界は随分と狭かったようだ。


 社交会に足を踏み入れた私は、自分の視野の狭さを知った。同時に、この世界には魅力的な女性に満ち溢れていることも知った。


 いや、ここは正直に書こう。私はどうやら、君に飽きてしまったようだ。


 見てのとおり、私には、君の他に愛する者ができた。人生を共にするのは、彼女以外に考えられない。


 君も、新しい恋人でも作って、好きなように生きるといい』






 その手紙が、私を愛していると叫んでいた。






END



次:レナルド視点

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