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お近づきの印 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 君は、どのような人と一緒に遊ぶ? もとい、友達になっている?

 よく「友達になろう」といって友達になるのは、本当の友達じゃないと、ときどき話題にあがることがある。だったら、友達になれる条件とはいったいなんだろうか?

 ポジティブさ? 裏表のない誠実さ? 趣味があうこと? お互いに興味を持って接してくれること?

 ぱっと考えられるところは、こんなところかな。深く見ていけば他にも理由があるかもしれない。


 そんな仲間たちが集まる遊びも、めったに外から人を引き入れることはないはずだ。

 どうして私たちはしばしば、新しい相手をグループに入れたがらなく思うのだろうか?

 その原因の一端らしきものに、私は昔、出会ったことがあるのだけど、聞いてみないかい?



 私が小学生だったころ、いつもつるんでいるグループは8人ほどだった。

 友達の家に遊びにいくときなんかは、さすがに全員は窮屈だが、外で遊ぶ分には最低限の人数に分かれて、チーム戦を行えるレベルだった。

 気が置けない、というのかな? このメンバーで互いの誘いを断るのは、他に用事があるときくらいで、毎日のように遊びまわっていたっけ。

 だが、あるとき。この輪が少しずつほころび出したんだ。



 私は当時、ひとりのクラスメートに、いやに気に入られていた。

 私を見つけると進んであいさつしてくるのはいいとして、体育のペアづくりや遠足の班づくりなど、自由に相手を組める機会があると、必ずといっていいほど、私のもとへやってくる。

 自分へ無条件になついてくる相手に対し、最初は悪い気はしない。それが頻繁になり、自分から望んでもいないとなると、うとましく思えてくるだろ?

 私も同じで、ある時期からずっと塩対応を繰り返してきた。あからさまに不機嫌そうな顔をし、ぞんざいな相づちを打って、どうにか向こうから自然に遠のいてもらえないかと、試みたんだ。

 自分からあからさまに追い払う態度を見せると、他のみんなの心証を損ねるかもしれない。あくまでこちらはサインだけ匂わせ、相手に行動させる。

 はたから見れば、嫌がる私へ無神経につきまとう、気持ち悪い奴に思えるだろう。とっとと退くのが身のためだぞ、と私は表面を取り繕いながら、心の中でずっとそう思っていた。

 しかし、彼の私へのべったり具合は衰える気配を見せなかったんだ。

 

 これまで学校にいる間だけ、我慢すればよかった、彼との接触。だがとうとう、私の領域が侵され始める。

 一緒にいるグループのひとりが、彼を放課後の遊びに加えたいと話してきたんだ。この場に彼本人も連れてきたうえでね。

「やられた」と、私は真っ先に思った。彼は私といられる時間を増やすために、ひそかに友達を懐柔していたんだろう、とね。直談判しなくて済む方法を講じていたのは、私だけじゃなかった。

 同じクラスの仲間なら、彼の私へのべったり具合は知っている。だが今日集まった面子だと、実情を知らないよそのクラスが過半数。くわえて、表立って反対することによる、以降の非難や仲のこじれを警戒する私たちは、参加賛成派におもねるよりなくなってしまった。


 今日の遊びはかくれんぼ。

 じゃんけんの結果、鬼となったのは件の彼だ。同じクラスの子は逃げる際に、私の方をちらりと見やった。

 十中八九、彼は最初に私をターゲッティングしてくるはずだ。ならば他の逃げる側として、私のそばに隠れて、巻き添えを食らうのは避けたいはずだ。

 意図を察し、私はみんなとは反対方向へ遠ざかり、三本ほど連なる木の幹のうち、一本の影へ身を潜めた。私の得意とする「観音隠れ」の技だ。


 遮蔽物の影に張り付いたら、隠れるのではなく、その影に見せかけてやり過ごす方法だ。

 確率的には分が悪いが、はまるときにはてきめんはまる。

 普通、隠れるといったら、いかに身を縮こまらせて、姿を小さく細くすることに神経を使いがち。結果、鬼側にとっても「俺ならここに隠れるな〜」という思惑と重なってしまい、あっさり御用になることがある。

 しかし俺は、そのように「隠れよう、隠れよう」とは思わない。ひたすら無心になるか、かくれんぼとは関係ないことを考える。

 固くなりすぎると、無駄に踏ん張ったり震えたりした拍子に、いらない音や気配を出して、鬼に伝えてしまう。それらを事前に消し去るよう努めると、この観音隠れは効果を増していく。


 何度か、隠れている木の向こうで足音がしたが、素通りしていく。

 鬼かどうかを確かめはしない。じっと私は頭の中で、でたらめに思い浮かべた数字の列を、足し算し続けていた。

 夢中になってしまうと、鬼への反応が遅れる。いつでも切り上げられ、名残惜しさもあまりない、一桁の足し算。三桁までの和がおすすめだ。

 そうして4回目。前3回目よりも、足音の数が増えて不揃いになっている。「誰か捕まったのか?」とも思うが、少しおかしいと感じたよ。

 私たちのかくれんぼでは、捕まった人は順番に鬼の仲間になっていく。そうしたらバラバラのところへ散って、索敵範囲を広げていくのが定石。

 それをひとまとめにして歩いているなど、何か策でもない限りは、非効率的な気がするのだけど……。


 ざっ、ざっ、ざっ……。


 足音たちが往復するスパンが、短くなってきた。

 おそらく私のいるであろう場所に、見当がついているんだ。でも、一気に来ないということは逃げ道を塞いでいるんだろうか。実際、耳を澄ませてみると、複数人が通りすぎていく中で、急に止まる足音がひとつ混ざっているんだ。

 それが往復するたび増えていき、イラつきそうになったが、ここで気配を出したらまずい。私は一心に暗算へ意識を向けようとしたんだ。


 ふと、夏前だというのに、冬を思わせる冷たい風が吹きつけた。

 半袖半ズボンの私の肌を遠慮なくなで、腕にも足にも、ぽつぽつぽつ……と、しずくのようなものが押し寄せ、次々にくっつく感触を覚える。

 私は以前にも経験がある。粉雪が風に吹かれて、どっと体へへばりついてきたときとそっくりなんだ。

「まさか」と思いつつも、私はちらりと空を見上げる。


 そこには緑色の空が広がっていた。

 私の目が向かう先には、大きな渦が巻き、空全体でそこへ向けて大きなしわが寄っていたんだ。ちょうど木の幹に見られる木目が、横向きになって空を埋め尽くしているかのようだ。


「みーつけた」


 その声とともに、首筋をチクリと刺された。はっと振り返るも、そこにいたのは鬼になっていた彼じゃない。


 私の隠れていた木の幹だ。

 ほんの先ほどまで、茶色くざらつきながらも、しわひとつ見えなかった表面。そこへ空を埋めているのと同じ、しわが浮かんで渦が巻いていたんだ。緑色に変わってさ。その渦の真ん中から伸びる、縫い針のように細い細い枝の先っちょに、かすかに赤いものがくっついている。


 とん、と肩を叩かれ、そこにいる鬼の彼を認めたとき、すでに木も空も元通りになっていた。

 木から出てきた私は、他のみんなが私の隠れている場所を、扇形に取り囲んでいることに、ぎょっとする。

 ちょうど全体を分度器に見立てて、20〜30度前後のところにぽつぽつと、直立不動で突っ立っていたんだ。いずれも、鬼になった彼の指示だったという。

 あっという間に隠れ場所を当てられていったみんなは、彼の指示に従い、あのポジションにとどまるよう頼まれたのだとか。

 当の彼は「時間になっちゃったから」と、早々にその場を立ち去ってしまう。私はあの時見た緑色の空や、木に刺されたことを話したが、他のみんなは一切の異常を感じてはいなかったらしい。

 ただ、私の首筋からは、つつっと血が流れ続けている。ばんそうこうは張ったものの、不思議とかさぶたはできず。ふとした拍子にまた出てきて、服のえりを汚すことしばしばだった。


 そして件の彼は、その日からぱたりと、私に近寄ってくることはなくなってしまう。

 これまでのべったり具合がウソのようで、あたりさわりのない受け答えに終始する様は、私が意識していた彼への態度を連想させる。

 卒業に至るまで、彼はとうとうあの日のことを話してはくれなかったが、いまだときどき血をにじませる自分の傷を見て、私は思う。

 あの日、私は自分にとっての貴重な何かを、彼に奪われてしまったんじゃないか、とね。


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