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私は「嵐が丘」の著者、エミリー・ブロンテの事も考えたい。彼女の孤独に思いを馳せたい。
私は久しぶりに「嵐が丘」を開いた時、ふとそれが、全く抑圧された魂が生み出したものだと直感した。…もちろん直感はただの直感でしかないが…。
エミリー・ブロンテは十九世紀初頭にイギリスの田舎牧師の四女として生まれた。辺境の偏屈な牧師の娘として生まれた。彼女の生涯は全く閉ざされた牢獄の中で繰り広げられた。そう言ってもいいだろう。
彼女は病弱であったし、絶えず死の運命を感じていた。また女に生まれた事も、彼女が社会的に自己実現する道を妨げていた。偏屈な牧師の娘に生まれた事も同様で、あらゆる方角で彼女の人生は幽囚の中にあった。
私が直感したのは「嵐が丘」という作品は、現実には極めて抑圧された魂、幽囚と孤独の中にある魂がその解放を求めて書かれたものではないか、という事だ。そこで、彼女はあらゆる意味で静的な彼女自身と丁度逆のキャラクター、ヒースクリフという悪漢を造形して思う存分作品の中を跳ね回らせた。
以前、「嵐が丘」について書いた時、「キリスト教文学に感じる」と書いた気がするが、ここで意見を翻させてもらいたい。というのは、饗庭孝男の評論なんかを読んでいくと、この作品の最後はキリスト教というより、おそらくはケルト文化的な、異教的なものに感じる。つまり、素朴な自然崇拝と連続する心性がそこには語られており、死・魂・自然の美しい結合がある。これはむしろ原始的なもの、つまり、自然と一致するのを良しとする日本人の心性からすれば比較的わかりやすい部類のものではないかと思う。
作品のラストで、悪漢であるヒースクリフは死に、魂となって最愛の人、キャサリンの魂と共にヒースの野を漂う。これは例えば、「ファウスト」の最後のような、天上に昇っていくキリスト教的救済とは違う。それよりも自然との一体化を感じさせる。
私は一人、ヒースの野を歩くエミリー・ブロンテの姿を想う。エミリーの研究書に書いてあったが、彼女は犬を連れてヒースの野を歩くのが好きだったそうだ。
孤独と幽囚に囚われた存在が、ただヒースの野を歩く時だけ魂の解放を感じる。そんな想像をしてみる。だが、その時、彼女は一人だ。一人であるからこそ、自然と完全な対話の姿勢に入る事ができる。そこで、人間世界から疎外された魂が自然の、野辺に自らの内面を吐露している様が浮かぶ。
また、これも私の想像だが、偏屈な父親が牧師だったという事も、彼女がキリスト教的な救済を作品の最後に置かなかった事と関係しているのではないか。父親を通じて彼女の中に入ってくるキリスト教は、彼女にとって厭わしいものであり、だからこそ、ヒースの野に魂が解放される、という非キリスト教的な救済を作品の最後に置いたように思う。