54
「あたしと先生の心は残る。お前たちには引き裂けない」
「ふふふ」
軍兵衛が軍配で口元を隠した。
「そう思いたいだけであろう。現実を見よ。お前たちは今から殺される。何故か?」
軍兵衛が顔を紅の顔に近づけた。
どす黒く、しわ深い顔が笑顔でさらに、くしゃくしゃとなった。
「お前たちが我らより弱いからよ。逆に強ければ、このような結末にはなるまい。それだけのこと」
「あたしが死んでも心は屈しない。あたしの反骨魂は折れない。先生との思い出も永遠に汚されない」
「紅…」
若き想い人の火を吹くような気迫に、正雪は息を飲んだ。
これほどの窮地であっても紅の気高く純粋な魂は、燦然とそこに輝いている。
正雪は紅を愛したことを心底、誇りに思った。
「もうよい」
軍兵衛が軍配を左右に小さく振った。
「弱者の遠吠えを聞くのも飽きた。殺せ」
軍兵衛の下命と共に、魔雑兵たちの無数の刀が一斉に紅と正雪に突き刺さった。
二人は死んだ。
紅の眼が再び開くと、そこは漆黒の闇の中であった。
まるで水中のように空気が重い。
(ここは…どこ?)
周りを見回そうとしても身体が動かない。
眼の前の闇が揺らぎ、弱々しい光が差した。
「あ!?」
紅は思わず声を上げた。
声が、ひどく反響する。




