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丁度、十四歳になった日の最初のスリで紅は、へまをした。
三十代前半の小綺麗な身なりをした眼鏡の男を獲物に定めたのだが、財布を懐から抜き盗って離れるところで、右手首をがしっと掴まれた。
「おっと」
男の眼鏡の向こうの優しそうな瞳が、きらりと光った。
「それは感心しないね」
男が笑った。
いつもの紅なら、相手の股間を蹴り上げて、あっという間に逃走しただろう。
しかし、そのときの紅は、それが出来なかった。
男の眼差しと屈託の無い笑顔に、自分でも驚くほどに惹きつけられ、我を忘れて見入ってしまっていた。
男はゆっくりと紅の手から財布を取り戻す。
それから紅の手を、ぎゅっと握った。
「さあ、行こう」
男が軽い調子で言った。
役人に突き出される。
紅は、そう思った。
それなのに、男の手を振り払えない。
男の手のひらから自分の手のひらに伝わる温もりが心地よく、ずっとそのままで居たいとさえ感じていた。




