妙に割の良い依頼
夢。そう、俺は夢を見ていた。懐かしくもあり、本当の絶望と言う物をまだ理解していない無知なあの頃の夢を。
『ギフトはね、神様からの贈り物なの』
『神様からの?』
ある日の雨が降っていた時。そして非日常の様な日常風景の中。とある基地で気になる少女と二人っきりになった時だ。
『うん。だから大切にしないとダメなんだから』
少女にギフトについて話した時だ。少女は自分のギフトを羨ましがる事は無く、素直に祝福する優しい少女だった。
この時代、他人を思いやる事が出来る奴は鴨にされる。特に戦場となる場所では。
だからこそ俺は少女に惚れたのだ。この希望と絶望に溢れたSF世界でも優然と輝く美しい存在に。
『俺は別にそんなモノどうだって……』
『そんな事言っちゃダメ。神様に怒られちゃうよ?』
『……俺は』
『うん?』
だから口に出したんだ。柄にも無く、本当に素敵で大切な少女に伝えたい言葉を。
『俺は、君と会えた事が何よりも大切な事さ。神様の贈り物より……ずっと…………
目覚めは最悪だった。清潔感がある何時もの自室。俺は直ぐに起き上がりシャワー室に入り冷たい水を浴びて鏡を見る。そいつの顔は夢見が悪かったから非常に機嫌が悪そうにしか見えない。
「お前にマジの口説き文句は似合わねぇぞ」
俺は鏡に映る自分自身に言い放ったのだ。
傭兵企業スマイルドッグは今日も平常運転であった。現在、三大国家の自由惑星共和国領内で中継宇宙ステーションで依頼を幾つか見繕ってる最中だ。恐らく今日中には個人、または企業向けでのそれなりの規模になる依頼が提示される筈だ。
そんな事を考えながら銀髪で黄金色の瞳を持つナイスバディのお姉さんを引き連れながら食堂へ向かう。
え?この美人さんが誰かって?分かってんだろ?言わせんなよ。
食堂に着けば丁度ナナイ曹長がボッチ飯を楽しんでたので同席させて貰う為に近付く。そして此方に気付いたナナイ曹長は頭を軽く下げて挨拶をしてくれた。
「おはようございます。キサラギ少尉、ネロ」
「おう、おはようさん」
「おはようございます。ナナイ曹長。マスターは此処でお待ち下さい。朝食を取って参りますので」
「頼むわ」
そして六千万クレジットと引き換えに美人万能アンドロイドと大変身を遂げたネロちゃんに給仕して貰う。いやー、これからの生活が色々楽しみですな!色・々・な!
「少し顔色が悪い様に見えますが」
「ん?ああ、夢見が悪かったんだよ。それでシャワー浴びて鏡見たらネロが背後霊の様に立っててな。一瞬で目が覚めて寝れなくなったんだよ」
「……そうですか」
「然も何故か戦闘モードになっててな。分かるか?長髪の銀髪と白い肌に、赤と青の瞳が上手い具合にマッチしてるのなんのって。然も音も無く来てたもんだから心臓が止まるかと思ったぜ」
朝食を取りに行ってるネロの後ろ姿を見ながら呟く。因みにネロの格好は傭兵企業スマイルドッグの制服姿だ。真新しい制服を着てるので初々しさを感じるのがポイントだ。
「そう言えば今日は新しい戦力が来るそうですね」
「思ってたより手続きに時間が掛かってたらしいな。まぁ、向こうの都合もあるだろうからな。それに新しい同僚達は何時でも大歓迎だぜ。使いっ走りに出来そうだからな」
「そうやって直ぐに敵を作ろうとしないで下さい。後ろ弾を貰いますよ?」
「避けるから問題ねぇよ」
俺がナナイ曹長と話してるとネロがお盆を持って来てくれた。
「お待たせしました。朝食になります」
「有難う。今日は洋食か。悪く無いね」
そして黙々と朝食を食べてると誰かから端末に連絡が来る。端末を取り出して見ると"守銭奴 社長"からだった。
「何かさー。この流れ最近パターンになってる気がするんだよねー」
「出た方が良いですよ。また社長に怒鳴られるだけですし」
「しゃーないな。偶には出てやるか」
俺は仕方無く社長の連絡を受ける。
『キサラギ』
「お掛けになった電話番号は現在使われておりません。ピーと言う発信音の後にメッセージを残すと戦闘モードのネロちゃんが……」
そう言って連絡を切ると朝食を食べ始める。これで暫く連絡は来ないだろう。
「何やってるんですか貴方は」
「幾つになっても少年時代の遊び心を忘れない好青年さ」
「流石ですマスター」
「だろ?」
「まだ二十歳にもなって無い人が何を言ってるんですか」
カラカラと笑いながら誤魔化すと艦内放送が流れる。
《シュウ・キサラギ少尉へ連絡します。直ちに社長室に来なければボーナス全額カットします。繰り返します》
社長からの容赦無い返答に俺はヤレヤレとオーバーリアクションを取る事しか出来ない。
「全く、良い年こいて大人気無いぜ」
「貴方も良い年ですよ」
「こりゃ一本取られたな。仕方ないな。ネロ、お前は自室で待機か艦内を自由に出歩いても良いからな」
「了解しました。では艦内を見学させて頂きます」
「関係者以外立ち入り禁止区域は駄目だからな。何気にハッキングしてセキュリティ解除しちゃいそうだし」
そして朝食を食べ終えてから社長室へと向かう。
社長室へ着いたらインターホンを鳴らしてから中に入る。
「社長、今度はどんな無理難題なんです?最近楽な任務が来ない気がするんだけど……もしかして、俺の事嫌ってる?」
「貴様の態度には何時も呆れてるだけだ」
「そうなの?なら問題はねぇな」
「大有りだ馬鹿者。はぁ、全く何故こんな奴が……」
「何々?何か良い事でも有ったの?」
俺が笑顔でそう言うとギロリと睨んで来る社長。しかし直ぐに溜息を吐きながら端末を渡して来る。
「先ずは貴様宛の引き抜きのオファーだ。儂がこれだけの数を対応するのも限界がある。良い加減貴様が自分でやれ」
「あれ?俺言わなかったっけ?スマイルドッグからはまだ抜ける気は無いよ。だからこのオファーは全部……良し、消しときましたよ」
渡された端末から全ての勧誘メッセージを削除して社長に返す。すると社長は少しだけ此方を確かめるかの様に見る。
「貴様、正気か?儂の所以上に有利な条件は腐る程有ったのだぞ。中には幹部候補の所もある。それを見ずに全て消すとは」
「ねぇ社長知ってます?当時根無草で自分のAWすら無かった一般傭兵を雇ったお人好しが居たんですわ。まぁ、その一般傭兵が最近大戦果を挙げ続けた。尤も、俺だからこそ出来た当然の結果ですがね!」
「ふん……後悔しても知らんぞ」
「なら給料とボーナスを上げて貰っても良いんだよ?」
「その代わり新しく入って来る連中の面倒を見るなら良いだろう」
「子守をしろってか?勘弁してくれよ。新米が入って来る訳じゃ無いでしょうに」
「全く、物好きな奴め」
「俺はこう見えて義理堅いんですよ。良かったですね社長。俺が誠実な奴でさ」
「誠実な奴なら儂の秘蔵の品を勝手に漁ったりせんわ」
社長はそう言うと引き出しの奥から高価なウィスキーボトルを出す。ラベルを見れば見た事が無い奴だ。
「もうこの世に限りある数しか存在せん代物だ」
「そいつは随分と値が張ってそうですな」
そして社長は立ち上がりグラスを二つと氷を用意する。
「儂が態々用意してやるんだ。感謝しろよ」
「社長、前より少し太ってない?複座式のヘルキャットで一緒に戦場に行く?そうすれば一発で減量確定さ」
「到着する前に儂が死ぬわい。飲め」
俺の冗談を軽く流しながら社長はグラスを渡す。
「頂きます」
「良く味わえよ」
暫くお互い無言になりながらウィスキーを飲む。居心地の良い静かな時間が僅かに流れる。
「では、次の件だ。これに関しては直ぐに消すなよ。何方かと言えば貴様好みだろうからな」
「ほほう、成る程ね。コレは確かに俺好みだな」
今度は俺の端末に送られるデータ。それは試作機や試作兵器の案内だった。色々書かれてはいるが、要はテストパイロットの真似事をしてくれって言う案内だ。
色々と気になる内容もあったが、今は見るべきでは無いので次の話を促す。
「本題は此処からだ。今回は【QA・ザハロフ】からの護衛依頼だ」
「マジですか?あの兵器関連の大企業の?」
「そうだ。依頼内容は積荷を満載にしている輸送艦隊の護衛をしてくれとの事だ」
「うーん……何か罠臭いんですけど。そもそもQA・ザハロフって自分の軍隊持ってるでしょう?」
QA・ザハロフは兵器関連の大手の一つだ。主にAWのパワーパックや艦艇の武装を手掛けている。更に自分達でも星系の間を輸送出来る程の武力を有しており、誰かの手を借りる必要は無い。
勿論提携している企業や下請け企業、後はお得意さん相手に多少は仕事を融通している優良企業でもある。
つまり、この戦乱溢れるSF世界の中で大企業として成功している所なのだ。そんな所が何でこんな小さな傭兵企業に依頼を出すのかは疑問しか無い。
「表向きは大きな被害を受けた惑星ソラリスへの復興支援を行なっており戦力不足を補う為だと言うが。現に別の惑星への移住準備や新しい惑星のテラフォーミングに参加しておる」
「で、実際は何なのか分かります?」
「恐らくだが……興味本位だと儂はそう思っておる。マザーシップを直接撃破した奴を間近で見てみたい。それを裏付ける様に依頼内容には貴様を指名しておるからな」
「成る程ね。全く、俺は見せ物のパンダじゃねぇんだがな」
「ああ、あの環境に合わせて擬態する熊か」
「……パンダって擬態しましたっけ?」
「するに決まっておる。だからこそ様々な環境に適応し今まで生き抜いて来たのだ」
時代が変われば生き物の生態も変わる。つまり、パンダも時代と共に進化しただけだ。
「そっかー、パンダって擬態するんだー。て、んな訳あるか!あの白黒の愛らしい姿がパンダじゃん!」
「昔は白黒とか赤黒だったらしいがな。だが今のパンダも可愛いものだぞ。ほれ」
「……マジかよ」
社長が端末から見せたのは様々な景色に溶け込んでいるパンダの姿だった。中には見分けが付かず、最早光学迷彩搭載してるんじゃないかと思ってしまう程のパンダも居た。
「カメレオンとかタコじゃねえんだからさ。所で社長、パンダ好きなの?これ全部写真だし」
「さて、パンダの話は此処までだ。依頼の話に戻すぞ」
「今度笹買ってきて上げますよ。パンダの餌に使って下さい」
「要らん。余計な事をするな。絶対に要らんからな」
(フリですね。分かりますって言ったら余計に話が進まなくなりそうだな)
それに何時迄も漫才をやってると色々と怒られそうだし。
結局、俺はQA・ザハロフからの依頼を受ける事に決めた。理由は特に無いが偶にはサービス精神を出さないと世間様に嫌われそうだと考えたから。
そして、もう一つ決めた理由がある。それはマザーシップ戦で見た翡翠瞳の姉妹に追従していたダークブルーの機体。もしかしたら、あの機体を間近で見れるかも知れないと思ったからだ。
「では、受理させて頂きますので」
「そうか。出発は明日になる。他の傭兵と共同する形になるだろうからな。下手に喧嘩は売るなよ」
「考えておきます」
「良いかキサラギ。今回は何が起こるか分からん。任務内容自体は在り来たりだが、それ以上に割の良い報酬だ。最終的にお前だけでも生き残れ」
「そう言われたら仕方有りませんな。なるべく愛想良くしますよ。いざと言う時の為にね」
俺の端末に依頼内容を送って貰い、そのまま敬礼をして退出する。
裏が有るかも知れない依頼なら、それに対する装備と心構えは整えて行くべきだろう。まあデメリットも大きいがメリットもそれなりに有るから良いけどね。
「さて、楽しくなって来ましたね。折角だしシミュレーターで高難易度で腕慣らしやっとくか!」
そうと決まれば話は早いと言わんばかりにシミュレーター室へ向かう。今回はネロは無しでやる事にした。偶にはソロでの戦いを楽しむ事も必要だからな。
QA・ザハロフの持つ五隻の超大型輸送艦。この輸送艦の大きさは超級戦艦より一回り小さいが大量の物資の運搬には最適だ。大型の艦故に自衛能力も高いが、あくまでも輸送艦としての運用を求められている為機動力重視となっている。
この超大型輸送艦の積荷は名目上全て惑星ソラリスへの支援物資となっている。それを証明するかの様に周りには地球連邦統一艦隊が付いていた。
『感謝しますロイド・ザハロフ氏。貴方の支援物資は確かに預かりました』
「いえいえ、お気になさらず。僕も地球連邦統一軍に貢献出来た事を誇りに思いますよ」
連邦の士官との通信を笑顔で対応する人物。
ロイド・ザハロフ。この人物こそQA・ザハロフの現会長でありトップの存在となっている。無論会長と言うだけに代表取締役は別に居るのだが、既にお飾りとしての職務を遂行中だ。
「それから、此方が今我が社が用意出来る艦艇になります。これだけの数を揃えるのには、それなりに苦労しましたよ」
『重ねて感謝します。再度申し上げますが、本件に関しては外部への漏洩は厳禁です』
「勿論ですとも。私としましては是非使って欲しいですが、世間としましては止めて欲しいのでしょうね」
『そうですね。しかしマザーシップの一件以来、帝国との摩擦は激しい物となっています。既に遅かれ早かれでしょう』
そう、この惑星ソラリスへの支援物資は全てが支援物資では無い。大半は次への戦争をする為の準備だと言える代物ばかりだ。
『さて、ではそろそろ失礼させて頂きます。本件の貢献に関しては上層部も高く評価しています』
「それは喜ばしい報告ですね。尤も、私としましては例の件の採用も考えて頂けると良いのですがね」
『アレに関しても上層部の方も高く評価しています。ですから、もう少し確実な実戦データが欲しいのです。データが揃い次第、上層部も重い腰を上げるでしょう』
「そうなる事を願いましょう。では、良い一日を」
笑顔で通信を切りながらロイド・ザハロフは別の所へと通信を繋げる。
「やあ、タケル。レイナとNo.19の調子は順調かな?」
『会長、お疲れ様です。現在シミュレーターでの最終調整を行っています。レイナに関しては問題は有りません。またNo.19に関しても規定値内で収まっています』
タケルからの朗報にロイド・ザハロフは口元を綻ばせる。
「そうかそうか。長かったが目的達成まで後少しだ。ナンバーズの実戦データと後遺症の軽減率を見せれば三大国家は直ぐ様採用する筈だ。そうすれば他のAWは全部時代遅れの旧型になる」
その光景を想像してロイド・ザハロフは更に笑顔になる。その世界が実現され、更なる争いにより混沌と化す事が楽しみで仕方ないと言わんばかりに。
「次世代機……ネオ・アーマード・ウォーカーが全てを変えるのだからね」
次世代機。既存のAWを超える機体。それが世に放たれる瞬間に全てが一変すると確信していたのだった。




