軍人としての勘
格納庫に向かうとシブメンのおじ様エルフの整備兵達がバレットネイターに群がっている。それを女性達がハート目になりながらウットリと眺めている。
因みに男性陣は非常に面白く無い表情で眺めている。特に整備班のむさい連中は床に唾を吐いてる始末だ。後で拭いとけよ。
俺は近くに居た整備班長マークを付けたエルフに話し掛ける。多分以前に会ったと思うけど覚えて無いや。
「よう。バレットネイターの生みの親共。相変わらずのシブメンフェロモン撒き散らしてんな」
「ん?キサラギ准尉か。どうやらバレットネイターを上手く活用している様だな。既にほぼスペック通りの機動を行ってるとはな」
「それは褒めてくれてんのか?」
「当たり前だ。この機体は急造機だが戦闘力は確かだからな。その戦闘力をキチンと出してるのだ。なら此方から言う事は何も無いさ」
「けどウチの整備班が言ってたけど拡張性は無いし、操縦性もピーキーだから運用は難しいって言ってたけどな」
「それは其奴らの見る視点が悪いだけだ。万人の意見など要らん。必要なのはお前が思い通りに動かせる事が重要だ。バレットネイターは誰の機体だ?」
「そりゃあ……まぁ。うん、じゃあ後は頼むわ」
「任せておけ。今回は下半身を重点的に改修するつもりだ。上半身は既にほぼ上手く行っている。想定通りなら下半身からの出力を向上させれば推定5%以上の運動性が上がる筈だ」
整備班長はそう言うとタブレットを片手に他の整備兵に指示を出して行く班長。そしてシブメン達は何処から持って来たのか連結式小型ブースターを二つ取り出して来た。
「態々持って来たのか?にしては準備が良いな。近い内に接触するつもりだったとか?」
「違うわよ。あの装備は私達の物よ」
俺の疑問にクリスティーナ少佐が答える。
「あれエルフェンフィールド軍の物なのか?そんなのを傭兵相手に使って良いのかよ」
「貴方は私達に認められた存在よ。なら多少の融通は効くものよ。流石にスピアセイバーを渡す事は出来ないけどね」
「ふぅん。随分と太っ腹な事だな。こっちとしては有難い事だが」
「それにあの装備は特別な物では無いわ。所詮は補助ブースターだから気にしなくても大丈夫よ」
「なら遠慮無く貰っとくわ」
とは言うものの、以前と違い完全に軍の物を貰う訳だからな。下手に他所にデータが渡ったら色々問題が有りそうなのだが。
(今回の作戦が終わったら別のブースターに切り替えよう。そして高出力の物を買って搭載すれば問題無いだろ……多分な)
自身の保身を考えてる間にもバレットネイターの改修作業は進む。途中スマイルドッグの整備班長に呼び出されたけどバレットネイターの生みの親と説明したら渋々納得した。
「確かにバレットネイターはあの偏屈エルフならではの出来栄えだな。納得したよ」
「おう、余り俺の機体にイチャモン付けんなよ。だから班長達はモテねえんだよ」
「それ関係無いだろ!」
「あるある。現に見てみろよ。あのエルフ達に送られる熱い視線の数々をよ。そんな視線を気にする事なく己の職務を全うする姿。惚れない方がどうかしてるぜ」
正確に言うなら他種族に興味が無いのかも知れんが。ほら、エルフって美形慣れや視線慣れしてるだろうし。
「モテたければあの辺を見習えば良いんじゃね?知らんけど」
「畜生……結局世の中は顔だと言うのか」
「んな深刻な風に言う事でも無いだろ。兎に角連中の邪魔だけはやめてくれよ。邪魔した分だけ俺にトバッチリが掛かるんだからな」
「分かっている。それに俺も一人の整備兵として学ぶべき所はあるだろうからな」
整備班長はそう言うと若い連中を連れてバレットネイターへと集まる。シブメンと唯のおっさんに群がられるバレットネイター。俺の機体とは言え華が無いのが同情を禁じ得ない。
「許せバレットネイター。これもお前の為なんだ」
せめて華の一輪くらいあれば多少はマシになるんだがな。タイミングが悪いのか現在の整備班には華が居ない。多分休憩中だと思うけどね。
「ねえ、キサラギ准尉は行かないの?」
「ん?今行っても邪魔になるからな。俺が必要になれば呼んでくるだろ」
「そう。あのさ、その……姫様の救出の時は色々助かったわ。だから改めて礼を言わせて欲しいの」
クリスティーナ少佐が俺の側に寄って来て話し掛けて来る。
姫様とはエルフ達の王族でもあるカルヴァータ王家の第三皇女リリアーナ・カルヴァータの事だ。尤もお姫様の救出劇からダムラカによる総力戦にまで発展したのだがな。
今思えば中々体験出来ない負の連鎖に巻き込まれたもんだ。
「別に要らねぇよ。依頼金に特別手当ても貰ったからな。それより一つ気になってる事があるんだ。残ったダムラカの連中はどうなってるんだ?」
「彼等は私達の宙域内で臨時の宇宙ステーションに住んで貰ってるわ。流石にあの件は他人事で終わらせる事は出来ないもの」
最初に過ちを犯したのが誰なのか。それは今となっては分からない。だが関係者であるリリアーナ姫の存在は間違いなくダムラカとエルフ達に影響を与えただろう。それにあの魔女っ子姫は才能がある癖に優しい所があるからな。
「天はエルフに二物を与えるか。全く、俺にも慈悲が欲しいもんだぜ」
「もし神様が貴方に慈悲を与えたら素直に受け取るの?」
「……自力で手に入れるかな。大体俺は別のを持ってるし」
俺には【三秒先の未来を視る】ギフト。つまり未来視がある。それに加えてAWの搭乗適性も有った。既にこれ以上無いくらいの幸運を手に入れている。
「それに神に祈る時はどうしようも無い時だろうからな。今回のオーレムにしたって最悪神にでも祈るさ」
「ふぅん。キサラギ准尉は神様とか信じないの?」
「居たとしても何もしないなら文句言わねぇよ。逆に手を出して来たら鉛弾をブチ込んでやる。だが神って奴のお陰で俺達は飯食ってるのも事実だがな」
「それって宗教対立とか?」
「だな。行き過ぎた信仰は良いぜ。何せ大抵の連中は自分達から不利な状況に突き進んで行くんだ。後は大の力で擦り潰して行けば良い。楽な仕事だよ」
最近でも別の惑星で似た様な状況になってるとか。今回の戦闘が終われば行く可能性はあるだろうな。
「ま、兎に角だ。今はマザーシップだ。マザーシップが下等生物以下の知能だとは到底思えないし」
「相手はオーレムよ?数で襲って来る以外何も無いでしょう?」
「……だと良いんだがな。だがマザーシップはアイリーン博士を先に殺した。つまり思考能力は有ると思う」
「アイリーン博士?それは一体……」
クリスティーナ少佐が言葉を続けようとした時だった。艦内に警報アラームが鳴り響く。
「まさかオーレムが攻めて来たのか?」
「それは無い筈よ。オーレムは今も惑星ソラリスで生きている生物を虱潰しにしているわ」
「じゃあこのアラームは何だろうな」
兎に角状況を確認するのが先だろう。俺達は立ち上がりブリーフィングルームに急いでへ向かう。彼処が一番早く状況を確認出来るだろうからな。
「いや、クリスティーナ少佐は自分の艦に戻れよ。俺達と一緒に居てどうすんだよ」
「え?でも私達共闘するじゃない」
「状況が変わるかも知れんだろ。良いから早よ戻れよ職業軍人」
俺はクリスティーナ少佐をエルフェンフィールド軍の艦に戻る様に言いながら自室に一度戻る。理由はネロも一緒にブリーフィングルームに連れて行くからだ。
地球連邦統一艦隊 旗艦デラン・マキナ
弩級戦艦であるデラン・マキナは本来なら地球防衛第七艦隊の旗艦として存在していた。しかし平時に於いての弩級戦艦の役割と言えば軍事演習、他惑星への視察、国賓のお出迎えなどで至って対外的なパフォーマンスが主な任務となっていた。
しかし惑星ソラリスより少し離れた惑星に視察をしていた時に緊急通信を受けた。内容はオーレムにより惑星ソラリスが壊滅したとの報告だ。それに伴い随伴艦隊と共に緊急出撃を開始。今では連邦艦隊の中枢となりマザーシップの情報解析を行なっていた。
連邦軍は惑星ソラリスに向けて多数の強行偵察艦隊を送り続けていた。被害は予想以上に出ているものの、まだ許容範囲内でもあった。
だがマザーシップに関する情報は許容範囲を大きく超えていた。
「これは事実なのか?」
「はい。情報解析の結果は間違い有りません。唯、これが事実だとするなら惑星ソラリスは、既に……」
マザーシップに関する解析データを受け取った地球連邦統一軍第七艦隊所属ダスティ・バルス大将は情報官の報告を聞きながら顔を顰める。
そして惑星ソラリスの状況映像を確認する。遠目からの記録映像なのだが惑星ソラリスにマザーシップが取り付いてる様に見える。正確に言うならマザーシップから太い触手らしき物が幾つも惑星ソラリスに向かって伸びているのだ。
「奴は一体何をしている?情報官としての見解を聞きたい」
「オーレムの習性の一つとして自分達以外の生命体を殲滅する傾向にあります。本来なら惑星へ降り立つのはα、βが基本でした。しかし今回の様な新種のマザーシップの行動はソラリスに残っている生命体の殲滅を行うのとは違います。もっと別の……それこそ惑星そのものを取り込む様に見受けられます」
情報官の仮説を聞きながら解析映像を見る。マザーシップの下部から幾つもの触手が惑星ソラリスへと伸びている様に見える。これが何を意味しているのかバルス大将と情報官達はまだ理解していない。
だがマザーシップを放置し続けるのは危険だと軍人としての勘が強く訴えて来ている。既に軍人と言うより政治将校に近い立場になっているバルス大将。だが彼は若い頃はそれこそパワードスーツを装着して戦場を駆け抜けて来た。
その時に得た戦場の勘が再び警鐘を鳴らしているのだ。
(こんな時にウィルソン中将が生きていれば……いや、彼は最後まで軍人として職務を全うした。ならば私も軍人として行動するまでだ)
バルス大将とウィルソン中将は同期でもあり武官と政治将校の関係だった。大抵の場合は折り合いが合わず犬猿の仲になりそうなのだが、ウィルソン中将の紅茶党に毒気を抜かれてしまったのだ。
そのまま友好を築き上げ終いには何度かウィルソン中将には助けられた事かと過去を少しだけ振り返る。
だがそれも直ぐにやめて頭を切り替える。今は亡き戦友に想いを馳せる時では無い。全ての生命体の敵であるオーレムに対抗せねばならないのだ。
「現在の艦隊戦力はどうなっている?」
「はっ。現在六個艦隊分の戦力が集まっております。また他惑星などからの自治軍も順次集まりつつあります。もう半日ほど待てば更に一個艦隊分が集まるかと」
「惑星ソラリスでは四個艦隊分の戦力で敗退したか……」
バルス大将は惑星ソラリスでの被害を考えながら現在の戦力を分析する。六個艦隊とは言え弩級戦艦二隻、超級戦艦二隻、突貫修理中の超級戦艦一隻が居る。更に増援として空母三隻も来ている。そして戦艦、巡洋艦も数は揃っており駆逐艦、フリゲート艦に至っては傭兵企業やバウンティハンターの分も数えれば充分だと言える。
「超級戦艦シャルンホルスの修理状況は?」
「現在突貫での修理中ですので後三時間程で完了するかと」
「では決まりだ。我々地球連邦統一軍は三時間後にマザーシップに対し攻撃を開始する」
「バルス大将、まだ戦力は充分とは言えない状況です。惑星ソラリスには防衛基地の戦力がありながらも墜とされたのです。もう少し増援を待つべきだと具申致します」
「言いたい事は分かる。だが、それでは間に合わんのだ。何がと言われれば私にも分からん。このままマザーシップの放置は危険だと私の軍人としての勘が囁いているのだ」
根拠無き理由を言うバルス大将。流石に周りの将官も困惑してしまう。だが根拠無き理由だとしても大将からの命令なのは変わりは無い。
そして暫くの間議論が行われたが、結果は変わらず命令が全軍へと伝わる。それが吉と出るか凶と出るかは分からぬままで。
ブリーフィングルームに到着すると既に何人かの同僚は座っていた。その中にアズサ軍曹も居たので此方に気付いて手招きして来た。
因みにエルフ達も自分達の艦に戻ったのかブリーフィングルームには居ない。やはりクリスティーナ少佐が少し抜けている様にも思える。
「ようアズサ。俺達の中で段々オーレムに対する価値観が変わって来たな」
「先輩、確かにそうスけど。唯、次の戦闘はソラリス以上になりそうな気がするッス」
「そりゃあ、そうだろうよ。今度こそ地獄への片道切符を掴まされるかもな。だが此処まで来たら逃げらんねえ。寧ろ此処からが本番だぜ。大艦隊による激しいドンパチに機動部隊による乱戦。これ以上ないシチュエーション!盛り上がらない訳が無い!寧ろ盛り上がって来たじゃん!」
「何で先輩はそんなに楽しそうなんスか!」
「だってぇ〜、そう考えた方が楽しいじゃん?悲視的に考えた所で死ぬ奴は死ぬだけだしぃ〜。俺?生きて帰って来るに決まってるじゃん」
「……はぁ。先輩、味方から恨み買って後ろ弾とか受けないで下さいスよ」
「安心しろって。死んだ連中とは契約はしてるから」
死んだ連中とは戦果をクレジットで売ってやった連中だ。お陰で無駄に階級が上がり身の丈に合わない任務を受けて死んで行った訳だが。
「これが結構良い値段で売れるからな。中々やめられんのだ」
「そうッスか。あ、ネロも連れて来たんスね」
「おうよ。此奴は最高の相棒だからな」
「全力でマスターの為に補助します」
「先輩愛されてるッスね」
「まぁな。これも俺の魅力とテクの賜物さ」
「アハハハハ!先輩今のギャグはマジで笑えイヒャイイヒャイ!ほっへをひっははないへ〜」
躾の成ってない後輩に教育している間にも次々と他の同僚達も入って来る。しかし既にAWパイロットは半数以下となっており機動戦力は少々心許無い状況だ。更に元々MWや戦闘機パイロットも多い訳では無いのでブリーフィングルームは少し広く感じられる。
幸い今回はエルフェンフィールド軍の連中が居るからまだマシなのだが。
(この先何人が生きて帰還出来るか。考えるだけ無駄だろうけど)
チラリとアズサ軍曹を見ながら心の中でボヤく。アズサ軍曹の腕前は悪く無い。寧ろ堅実であり臨機応変の利く使い勝手の良いAWパイロットだ。
だが生憎搭乗機体がギガントのカスタム機である為、機動戦には不向き。本人は接近戦が得意なのだから中量機か軽量機に乗ればかなり良い線行くと思うのだが。
(コレばっかりは本人次第だし。だが流石に今回は組むのは無理そうだな。寧ろ組んだら俺とアズサの何方かは死ぬな)
もう一度言うがアズサ軍曹の腕前は悪く無い。寧ろ上位に位置するだろう。だが俺の機体との相性がすこぶる悪いのだ。高機動型と重量型だからな。
それに今回の戦いは生半可な物では無い。連邦、帝国、そして俺達傭兵やバウンティハンター。どの勢力もかなりの被害が出るのは必然的だ。
何故なら惑星一つを墜とした相手と戦うんだからな。
「アズサ、真面目な話。今回は組むのは無理だな。お前は大人しく艦隊の防衛やってろよ」
「えー、先輩は組んでくれるって言ったじゃ無いスか。それにまだ自分修理費とか残ってるッス」
「仕方ねえじゃん。俺もお前も死にたくねえだろ。諦めろって」
「でも〜」
猫耳をへたらせながらブー垂れるアズサ。仕方ねえな。
「分かった分かった。今度何か奢ってやるから。それで勘弁しろって」
「え?それって……私をデートに誘ってるんスか!」
「どうして奢るって言ったらデートに変わるんだよ」
「なら仕方無いッスね!今度デートッスよ!ちゃんとした格好で来て下さいッスよ!」
「別にデートでも良いけどさ。だが本物の彼氏役は別の機会に期待しとくんだな」
普通なら次の依頼でマージンを大目に渡すとかだと思うんだがな。
「話は戻すけど作戦の内容次第だが最前線行きはほぼ確実だろうな。まあ十中八九割の合わない任務を受けるんだろうけど」
「なら報酬は沢山貰えそうッスね。これなら沢山色々な所を見て回れそうッス!」
「お前のその図太い神経……嫌いじゃないよ」
それから暫く待ち続ける。ブリーフィングルームは数人が隣の奴と話していたが徐々に静かになって行き、終いには誰も話さなくなった。
だが、それは当然だろう。オーレムが現れて百年と少し経つ。にも関わらずマザーシップと言う巨大オーレムが姿を見せた事は無かった。
幾度と無くオーレムと戦闘をし続けてきた人類と他種族達。経緯はどうあれマザーシップが出現した事で今迄の対オーレム戦術が通用するかどうかだ。
(いや、通用してたら短時間で惑星一つが墜ちる筈が無い。マザーシップ……あいつを取り逃せば間違い無く宇宙情勢に大きな波乱が起きる)
それこそ今まで以上にオーレムによる犠牲者が出るだろう。人類が宇宙に進出してから人口増加は現在進行形で右肩上がりが続いている。だが人口増加にも歯止めが掛かるかもしれない。
(ハッ……柄でも無い。俺はいつから軍人になったんだか。こう言うのは軍人の仕事だ)
溜息を溢しながら待ち続ける。そしてブリーフィングルームのドアが開くと社長を筆頭に艦長とナナイ軍曹が姿を現した。そして社長が居ると言う事は、それだけヤバい内容になるのが理解出来た。
「全く、楽はさせてくれねぇか」
俺は社長達を見ながら愚痴を一つ溢し再び溜息を吐くのだった。




