掴んだ力の意味
「と言いたい所なんだがな。残念だが俺は今調子が悪いんよ」
「おいおい、此処まで来てその流れは無いだろう?キサラギ」
「仕方ないだろ?実際何度かシミュレーターに乗ってるが結果はイマイチだし。あぁ、あの時の感覚をもう一度味わえたら間違い無く更なる高みに行ける筈なんだよなぁ」
俺はジャンとの睨み合いをやめて明後日の方向に視線を向けながら思考の中に入って行く。勿論思考の中のお相手は翡翠瞳の姉妹だ。別に恋してる訳では無いぞ?
「ジャン大佐、キサラギの無礼は申し訳ありません」
「いえいえ、気にしてはいませんよ。それより彼は何かあったのですか?」
「えぇ。惑星ソラリスでの撤退戦の時に翡翠瞳の姉妹と共闘したそうです。その時に非常に良く戦えたとか。確か戦闘データからもバレットネイターのスペックをかなり引き出していましたが」
「ほう、それは非常に興味深い話ですね。もう少し詳しく話して貰えませんか?」
「構いませんが。生憎私はAWに関しては素人でして。唯、儂が戦闘データを見た感じですと相手に合わせたと言うより合わせて貰ったと感じましたが」
「合わせて貰った……ですか。成る程成る程。つまり、キサラギは今まで格下と組んでた訳ですか。ククク、なら尚更俺と組むべきじゃねえか。おい!キサラギ!今直ぐシミュレーター室に来い!お前に俺の良さを教えてやる!」
「気持ち悪い言い方すんなよ。ほら、お前の女が今にも俺を殺しかねない表情してるんだけど」
俺は鬼の形相をしているジェーンを指差して言う。て言うか、あんな表情をジャンの前でしちゃったら百年の恋も一瞬で醒めると思うんだけど大丈夫なの?社長なんてかなりビビってるし。
「大丈夫だ。俺はどんなジェーンでも受け入れるつもりだからよ。だから……そんな顔すんなよ」
「ジャン……ごめんなさい。私も変に意固地になり過ぎてたわ」
ジャンの一言でコロリと乙女な顔になる。
「そうそう。大体そんな事で怒ってると眉間の皺が残っちまうぜ!もう良い歳何だから気を付けろって!ハハハ!」
「やっぱり坊やは一度私が教育する必要があるわね」
俺の余計な一言で一瞬で真顔になるジェーン。教育とかマジ勘弁だぜ。
そしてジャンが妙にテンション高くしながらシミュレーター室に行くので仕方無く付いて行く。でないと後から面倒臭い事になるからね。
シミュレーター室に行く途中何となくジェーンに話しかけて見る。会うと大抵俺が年齢の事で弄るし。
「ジャンって色んな意味で凄いよな。企業のトップでパイロットでも一流だし」
「それから指揮官としても一流よ。それにカリスマ性だってあるわ。何たって私の男なんだもの。尤も、仮にそうでなくても私はジャンと一緒になってたわ」
「性格に関して聞くのはやめとくわ。睨まれたく無いし。因みにジャンと過去に何か有ったのか?」
「聞きたい?」
「長くなるなら遠慮する」
「なら諦めなさい。私とジャンとの出会いを語るなら、それこそ時間が足りないもの」
「ジェーンさんや、さっきその話はしたでしょう?」
「何度でも繰り返したくなるくらい愛してるのよ」
「冗談をポジティブに受け入れるか。そう言う性格、結構好きかも」
「そう、ありがとう。所で、それどうやって手に入れたの?」
するとジェーンが俺の胸元に付けている勲章を指差して聞いてくる。
「コレか?めっちゃ頑張った上でエルフ共に認められたら貰えたわ。ぶっちゃけ勲章よりクレジットの方が良かったけどな」
「貴方らしいわね。けど、それを与えられる位にはエルフ達から気に入られてるのね」
「お前もエルフじゃね?ダークが最初に付くけど」
「あんな閉鎖的な連中と一緒にしないで頂戴。昔は敵対していた位なんだから。でも、ソレがあるなら私達の所に来る?」
「その心は?」
「その方がエルフに嫌がらせ出来るんですもの」
「うわー、性格悪っ!流石見た目の割に歳喰ってるだけの事は有るぜ。くわばらくわばら」
「ちょっと其処に正座しなさい」
「だが断る。でもまぁ、やっぱり同じエルフでもそうなんだな。いつの時代も差別ってのは簡単に出来るから仕方ないと言えば仕方ないか」
差別する側は優越感を得る。差別される側は侮辱を受ける。そして最終的にお互いを憎しみ合う図式が出来上がる訳だ。
「あら?差別はお嫌い?」
「まさか。差別があるお陰で俺達の飯が食って行けるんだ。寧ろ感謝してるよ。俺達の為に血を流してくれるんだからさ」
それが嫌ならサッサと差別なんて下らない事は止めるんだな。まぁ、止めれる訳が無いのだがな。
これは俺の自論だが差別とは一方が得する為のシステムなのだ。つまり経済的にも多少なりとも付加価値が付く。ならばその価値を活かす必要があるのだから。
「さて、そろそろシミュレーター室に到着だ」
「そう。一つだけ言っておくわ。ジャンをガッカリさせないでね。折角貴方と会う事を楽しみにしてたんだから」
「それはジャン次第だな。俺の調子が一つ二つ戻るならお礼の言葉だけは送るよ」
「そう。それから別件だけど、あの化粧水何処で手に入れたの?探しても中々見つからないんだけど」
「あれか?態々社長に頼んで希少性が高くて、かなり高価な品物を頼んだんよ。お陰で手持ちのクレジットに痛手が入ったけどな。化粧水ってあんなに高いんだね。シュウちゃんビックリしちゃった」
「確かに効果は有ったわ。お陰で今まで使ってた化粧品が一気に色褪せてしまったけど」
「俺からしたら化粧品なんてどれも似たり寄ったりだけどな」
「そんな事無いわ。でも手に入らないなら仕方ないわね。兎に角少しだけ感謝してるのは本当よ。唯、それだけよ」
「そうかい。ほんじゃあ、其処でジャンが墜とされない事を祈っとけよ」
「その心配はして無いわ。だって、私が愛してる人なんですもの」
シミュレーター室に入ると既にジャンは準備に入っている。しかし既に先客が居た。と言うかアズサ軍曹だった。
「あ、先輩!やっと見つけたッス!部屋にも格納庫にも居なかったので此処なら居ると思ってたッス!」
「そうか。で、何か用か?」
「いえ、その……出来れば今から訓練に付き合ってくれたら嬉しいなぁと」
若干の上目使いと猫耳を垂らしながら此方を見てくるアズサ軍曹。その姿は間違い無く数多くの男達を誑かして来たに違いない。
「残念だったな。先約があるから無理だ。他を当たるか待ってるんだな」
「そうなんスか?なら待つッス。因みに先約はあの大佐の方ですか?と言うか誰なんス?」
「ジャン・ギュール大佐だ。名前くらいなら聞いた事はあるんじゃないか?」
ジャンの存在はある意味傭兵にとって完成された姿の一つと言えるだろう。多くの腕の良い私兵を持ち、数多くの依頼の完遂。更にジャン自身も凄腕のエースパイロットと来ている。寧ろ憧れない方が可笑しいのかも知れん。
「えー!マジッスか⁉︎サインとか欲しいッス!」
「本人に頼むか、あのダークエルフにでも聞いて来いよ。下心が無ければ快く聞いてくれるよ」
「なら早速聞いてみるッス!」
そう言うとアズサ軍曹はジェーンの元へ素早く移動する。その姿はさながら猫みたいだ。
俺はシミュレーターの外で律儀に待ってたジャンの近くに行く。
「機体はどうするんだ?流石に此処だとジャンの機体データは無い筈だが」
「安心しな。ビット兵器自体はデータに入ってる。機体もスパイダーがあるから問題はねぇよ。それよりお前も早く準備しろよ」
「分かったよ。因みに内容は結構ハードになるから宜しく」
「上等だぜ」
心強い言葉が聞けたので俺も準備に入る。機体データは勿論バレットネイター。設定自体は出来てるのでそのままの状態で起動する。
「さてと。これで上手く行けば良いんだが」
直ぐにシミュレーターを立ち上げて準備は終わる。後は戦場の設定も少しオーレムの数を増やした状態にしてからにする。
大体ジャンと組むなら手加減は要らないだろう。寧ろハードコアな内容にした方が良い。いやハードコアな内容にすべきだ。
『キサラギ、そっちの方はどうだ?』
「問題無い。因みに今回はかなりの数のオーレムが相手になる。フォローする前に墜とされるなよ」
『安心しろって。それよりお前は目の前の敵にだけ集中すれば良い。それで直ぐに本調子に戻れるさ』
「ふぅん。何だか随分と確信した言い方だな。まぁ、何でも良いけど。じゃあ早速始めるぞ」
再びシミュレーターを始める。そして開始と同時に一気にオーレムが襲い掛かる。開始カウント?んなもん要らねぇよ!
「ほら墜とされんなよ。大佐の階級持ってんだからさ」
『馬鹿言うな。そっちこそ期待外れな結果を出すなよ!』
「誰に言ってんだか。行くぞ。先ずは突入路を作る!」
俺とジャンは目の前のオーレムに対し攻撃を開始。最初にプラズマキャノン砲でαの群れに攻撃をする。そのまま機動戦に入りオーレムの群れに突入する。
『キサラギ、俺達は今から対等のコンビだと思え。それで全てが分かる。良いな?』
「対等?俺とお前がか?」
『そうだ。分かったら行動に移せ』
「別に構わないけど。それで本当に分かるのか?」
『大丈夫だ。俺を信じろ』
ジャンの事はコレっぽっちも信用出来ないが、今はシミュレーターの中だ。なら信用しても死ぬ事は無いので問題は無い。
「仕方ねぇな。今回だけだぞ」
『今回以降でも構わねぇぞ。だが、そんな事が言えるのは今の内だけだろうがな』
「其処まで言うなら期待させて貰うよ!行くぜジャン!」
『背後は任せろ。お前は自分の思うがままに戦えば良い』
ジャンの言葉を借りて目の前のオーレムだけを潰して行く。無論背後も気を付けるがジャンの操るビットが援護してくれている。
なので背後はジャンに任せて機動戦を行いオーレムを翻弄して行く。偶にジャンの方を見ると、しっかりと着いて来ている。
(もう少し行けそうだな。いや、全力で行こう。寧ろそうしない方がジャンに失礼だしな)
更にバレットネイターを加速させながらオーレムの群れに向けて突入を開始。プラズマキャノン砲とミサイルを同時に放ちオーレムを次々と吹き飛ばして行く。
バレットネイターの機動はどんどん加速して行く。それに追従して行くスパイダー。二機の機動が徐々に合わさって行く。
そして遂に再びあの感覚を掴み始める。
「これだ……この感覚だ。このまま更に行けば俺は……」
目の前のオーレムだけに集中する。この時、俺は無意識の内にジャンに対して背中を預けていた。
それは翡翠瞳の姉妹と共闘とほぼ同じ様な状況。先程ジャンが言った"全てが分かる"の意味が直ぐに分かる。まさにその通りだからだ。
「こいつは良い!もっとだ。もっと叩き潰して、蹂躙して、ミンチよりヒデェ状態にするんだ!」
『何言ってんだお前?それより気分はどうだ?』
「今最高の気分だぜ!其処だけは感謝するよ!」
『そうか。じゃあ……今から返して貰うぜ‼︎』
「は?……ッ!な、何ぃ⁉︎ジャン裏切ったか‼︎」
突如此方に向けてビットを向けて攻撃を始める。そしてジャンは非常に楽しそうな表情になりながら言い放つ。
『本調子に戻ったんだろ?なら、もう遠慮は要らねえって訳だ‼︎この前の借りを返させて貰うぜ‼︎』
「抜かせ。また返り討ちにしてやらあ‼︎」
こうして俺とジャンはオーレムも交えた三つ巴の戦いにシフトチェンジするのだった。
「やっぱり物量こそが全てだよねー」
「だな。だがな、あのオーレムの物量設定は土台無理だわ」
「今回のオーレム戦はどうなるかマジで分からんからな。全く、要らねぇ置き土産なんて残しやがって」
「置き土産?何だそりゃあ?」
「マザーシップの事だよ。情報はそっちにも多少は入ってるだろ?」
「成る程。ありゃあ、人為的な物だった訳か」
戦闘結果は引き分けに終わった。結局オーレムのα、β型の群れによる波状攻撃によって俺とジャンは嬲り殺された。正に戦いは数だよと某中将が総帥に向かって声高らかに吠える訳だ。
「先輩、ギュール大佐、お疲れ様ッス。はい、飲み物です」
「サンキュー」
「おう。ありがとな」
「ジャン、とっても素敵だったわ。間違い無く坊やには勝ってたわ」
「そんな事無いッス!先輩の方が絶対に勝ってたッス!」
「あら?愛しい人を擁護したい気持ちは分かるわ。けど事実は変わらないわよ?それにジャンの機体は通常機。坊やのは専用機よ」
「でも元のスペックが違い過ぎるッス。そう考えればやっぱり先輩の方が」
「いえ、ジャンの方が」
「「何方でも良いわ」」
外野が無駄に騒ぐので止めたらジャンとハモってしまった。と言うか君達、いつの間にか仲良くなったのね。お兄さんちょっと心配してたんだよ?
「しかし、まぁ……何だ。今回は助かったわ。お陰で大分スッキリしたし」
結局分かった事は俺が背中を預けられる相手と共に共闘した時の一体感な訳だ。だがそれでも得られた物が大きい事も意味しているのも理解している。
「なら次の戦闘は俺達との共闘で決まりだな。派手に暴れてやろうじゃねえか」
「別に構わねえけどコンビは組めねぇぞ。今の俺には相棒が居るんでな」
「誰だ此奴」
「あのニャンコ娘」
俺はジェーンに下顎と猫耳を撫でられて和んでいるアズサを指差す。
「あの女は出来るのか?」
「少なくとも自身の腕前を理解した上で上手く立ち回ってるよ。敵対したら面倒臭い奴だな」
「だが、お前には着いて行けない。そうだな?」
ジャンの言葉に俺は静かに肩を竦める。実際そうなのだから何とも言えない。
「限られた選択肢の中ではマシな方さ」
「選択肢は常に変わる物だ。それを知らない訳じゃねぇだろ」
「さてね。唯、これだけは言える」
俺は静かにアズサを見ながら独り言の様に呟く。
「選択肢が自分から変わる事もある。もしかしたら化けるかも知れないからな」
「そうかい。なら精々都合良く行く事を願っておくんだな」
そんな俺に対してジャンは少し呆れた風に言うのだった。
実は偶に用語や兵器一覧を更新したりするんだ。
勿論ネタバレ注意は必須だけどな!(^^)




