クソッタレなりの生き方
エルフェンフィールド艦隊が到着したのと同じ頃。ある傭兵艦隊がワープを終えて惑星ハリガナに到着する。
その傭兵艦隊は【シルバーセレブラム】であり、一人一人が手練れ揃いとして有名な傭兵企業でもある。戦力も傭兵企業としては大きく戦艦三隻、巡洋艦二十隻、駆逐艦とフリゲート艦を合わせて六十隻にも上る。他にも補給艦なども揃えており生半可な戦力では無い。
そして何よりシルバーセレブラムのトップ、ジャン・ギュール大佐の指揮能力と技量が群を抜いており各軍上層部とも顔見知りにもなっている程の実力者だ。
「おうおう。オーレム相手に随分と賑やかになってるじゃねぇか。然もこのマザーシップとか言う奴の規格外っぷりが半端ねぇのなんのって」
「本当に良いの?このまま参戦する事にしちゃって」
「構わねぇよ。これで連邦にデカい貸しが出来るからな」
ジャン大佐は連邦から送られて来たマザーシップに関するデータを吟味しながら、秘書であり恋人でもあるダークエルフの美女が話し掛ける。
彼女はジェーンと言い階級は大尉となっている。しかし本名は別にあるらしくジャン大佐だけしか知られていない。その為か部下達は姐さんかジェーンの姉御と呼んでいる。
「それに惑星ソラリスには防衛基地もあったからな。それを含めて惨敗したんだ。今は宙賊の手すら借りたい位だろうよ」
「データから見ると傘の部分はかなりの硬さね。それに火力、防御力も高いわ」
「だがマザーシップが収縮砲もどきを撃った時はシールドがほぼ無くなってる。つまりその後に如何に押し込めれるかが勝負かもな」
「犠牲覚悟の戦いになるの?」
「さぁな。だが十中八九そうなるだろうな」
ソラリスでの戦闘記録にはマザーシップの攻撃パターンの詳細が載っている。つまり、それだけジャン大佐が軍上層部との繋がりを持っている事を意味している。
「少なくとも連邦は引き退る訳には行かないだろうしな。クリントン中将と多くの連邦将兵の戦死。更に惑星ソラリスを放棄しちまった訳だし」
ジャン大佐は一度言葉を区切り艦橋から見える連邦艦隊を見る。ジャン大佐の言う通り連邦はオーレムに対して引き退るつもりは無い。
特にマザーシップにより多くの仲間と民間人を失ったのだ。少なくとも刺し違えてでもマザーシップは破壊するだろう。
三大国家としての面子。地球連邦統一軍としての面子。犠牲となった連邦市民の弔い合戦。今の連邦は様々な要因が合わさって引くに引けない状況。そしてマザーシップに対する憎悪を現場の将兵達は抱いていた。
「尤も事が済めば終わりって話でも無さそうだしな」
「アイリーン・ドンキース。元帝国軍所属って言ってたわね。でも本当に帝国軍に居たのかしら?」
「本当かどうかは直ぐに分かるさ。ま、それよりもだ。今はオーレムとの戦闘に備えるぞ。前よりビットを増やして出力強化した俺の【ヴェラサーガ】の御披露目には丁度良いしな」
「キサラギって子には今度物理的にお礼しないとね。私にも態々高価な化粧水を速達で送ってくるんですもの。失礼しちゃうわ」
まさか本当に化粧水が送られて来るとは思わなかったジェーンは少し怒った雰囲気を出す。だが送られた化粧水が結構なお値段のする高級品で効果抜群な物だったので、怒るに怒れない気持ちもある。
そんなジェーンの気持ちを察したのかジャン大佐はクツクツと笑う。
「彼奴は世渡りが上手そうだしな」
「でも敵は多いわよ」
「味方も多そうだがな。まぁ、何にせよ今はオーレムに集中だ」
「大佐。前方の傭兵艦隊にスマイルドッグが居るのですが……」
「ほう……成る程成る程。こいつは直接挨拶に向かってやろうかね。折角共闘するんだ。上手く行けば勧誘も出来るだろうし」
「勧誘が出来たら私が直接指導して上げる。先ずはレディに対する言葉遣いと礼儀から。徹底的にね」
「ハハハハ!そいつは良い!なら早速行って来るぜ」
「私も行くわ。化粧水のお礼がしたいし」
「構わねぇよ。じゃあ後は頼んだぜ艦長」
ジャン大佐とジェーン大尉は共に艦橋から出て行く。そんな彼等を見ていた仲間達は若干の苦笑いを浮かべていた。
「キサラギか。精々大佐に失望されん様にな」
ジャン大佐のお気に入りのキサラギ准尉に対し、艦長は独り言を零すのだった。
戦艦グラーフの艦内にはそれなりの設備が揃っている。トレーニングルーム、売店、娯楽ルームなど。その中には各兵器用のシミュレータールームもある。
その種類は意外にも豊富でAW、MWは勿論の事、戦闘機や小型高速艇などもある。
そんなシミュレータールームで俺は一人で対オーレム戦をこなしていた。
「何か違うんだよな。あの時はスムーズと言うか違和感が無かった?いや違うな。何て言ったら良いかな?」
惑星ソラリスでの戦闘中に一時的に共闘した翡翠瞳の姉妹。あの時に感じた感覚をもう一度思い出そうとするが上手く行かない。
似た様な状況で戦っているのだがソロでは土台無理な戦闘。つまり思い出す前にオーレムに囲まれてゲームオーバーな訳だ。
「もう一度トライだ。この調子だと直ぐに墜とされる」
自身の操作リプレイを見ながら再びシミュレーターを開始する。しかし始めようとすると端末から連絡が入る。誰からと思い見ると"守銭者 社長"からだった。
「もしもーし。社長どうしました?」
『キサラギ、今から来る客の出迎えをしてくれ。第一格納庫から来るからな』
「客?自慢じゃ無いですが俺の知り合いなんて高が知れてますし、ロクでもない奴だと思いますよ?」
『良いから行って来い。向こうのオーダーだ』
「分かりましたよ。直ぐに行きますよっと。全く、こちとら調整中だってのに」
まぁ、今更愚痴っても仕方無い。最悪いつも通りにやれば問題は無いだろうし。
取り敢えず第一格納庫に向かう。しかし第一格納庫と言えば基本的にAWやMWの収容される場所だ。それなのに第一格納庫に行けとは。恐らく何かの依頼の時に共闘したかフォローした時の傭兵だろう。後は俺に恨みでも持ってる奴くらいか?
「我ながら友好関係が少ねぇな。因縁付けられた事は多いんだけど。後は昔の知り合いも大半は共和国だしな。つっても共和国にもそんなに居ないけど」
結局恨まれてる心当たりは多いので見当が付かないのだが。まぁ、顔さえ見れば思い出せるだろう。そして第一格納庫に着いた瞬間、回れ右したくなった。
何故なら全身シルバーとパープルカラーメインのYZD-23スパイダーが格納されていたのだ。
「……悪趣味なスパイダーって言ったらジャンしか居ないじゃん」
そう呟いたら二機のスパイダーのコクピットハッチが開き中から制服を着たジャン大佐とジェーン大尉が出て来た。そしてジャン大佐は此方に気付いて笑顔を浮かべながらやって来る。
「よう!キサラギ。一ヶ月ぶりか?どうだ、俺の所に入る準備は出来たか」
「出来てねぇし、やるつもりもねぇよ。それよか隣のジェーンだったっけ?俺が送った化粧水はどうだった?態々社長に頼んだ物だったんだよ」
「ええ。凄く良かったわ。化粧水に関しては感謝するけど、それ以外は指導が必要みたいね」
「俺は今忙しいんだよ。それで態々呼び付けた理由は何だ?お話がしたくて呼んだ訳じゃ無いんだろ?」
「そりゃあな。先ずはお前さん所の社長さんに挨拶してからだ。一応こっちは客人だ。礼儀は尽くすさ」
「そうかい。なら案内するよ」
俺はジャンとジェーンの二人を社長室へと案内する。その間にお互いの近況を軽く話す事にした。
「俺達はダムラカの一件以来、輸送艦隊の護衛を受けてたんだが。これがつまんねぇの何のって。宙賊も俺達を見たら素通りするか、逃げるかだしな」
「別に良いじゃない。唯付いて行くだけでクレジットが貰えるもの」
「思ってた以上に普通の事してたんだな。俺はこの一ヶ月はグータラしてたよ。暫くはダムラカみたいな事はしない予定だったんだがな。今度はオーレム相手になるとは」
「其方は被害受けたのか?」
「駆逐艦一隻と半数以上のAWパイロットを失ったよ。お陰でウチの戦力はガタ落ちだよ」
「なら丁度良かったかもな。きっと俺の提案を気に入って貰える筈だ」
「変な提案はするなよ?トバッチリが来るのはこっちなんだからな」
「安心しろって。お互い利になる提案だからな」
ジャンは俺の肩に腕を廻しながら胡散臭い事を言う。
「そう言う奴の大半は自分達が得する様に考えてるんだよ。だがウチの社長にはそう言うの効かないからな。精々気を付けるんだな」
「何だ?随分と今の雇い主を気に入ってるじゃねえか」
「義理には義理で返す。それだけさ」
あんな守銭者なんて気に入る奴なんて物好き以外居ないだろうからな。
そんな話をしていると社長室へと到着する。俺はインターホンを押す。
「社長、お客様をお連れしましたよ」
『入って貰え』
ドアが開き部屋の中にジャン達を連れて入る。社長は椅子から立ち上がり手を差し出しながら営業スマイルでジャン達を出迎える。
「ようこそジャン・ギュール大佐。貴方のご活躍は色々と聞いております。そちらの女性は?」
「彼女はジェーン。俺の恋人兼婚約者だよ。まぁ、将来を誓い合った仲な訳ですわ」
「成る程。それなら此処に居る理由になりますな。ではソファーへどうぞ」
「歳の差婚か。ジェーンからしたら若いツバメをゲットだぜ!みたいな?」
ジェーンから鋭い視線を受けるが舌を出して挑発する。
「すいません。彼奴は何時も悪気があるものですから」
「いやいや、そんな奴を手懐けてるのですから。貴方の手腕も大した物です」
「とんでもございません。儂は何もしておらんので」
「社長社長、折角大物と対話するんだから棚の二段目の奥の隠し扉の中のワイン開けましょうよ」
「ッ⁉︎何故貴様がそれを知っておる‼︎まだ誰にも言ってはおらんのだぞ⁉︎」
「ネロちゃんにチョチョイとスキャンして貰いましてな。お陰で簡単な場所だったら直ぐに見つけれる寸法な訳よ」
「はぁ……頭痛くなって来たわい」
「何と言いますか。色々苦労されてるのですね」
「本当ね。やっぱり私が一度教育した方が良いかしら?」
「オメーは俺の母ちゃんかよ」
そしてジャン大佐、ジェーン大尉と社長との対話が始まる。俺は社長の後ろに回ってM&W500を取り出し舌舐めずりをしながらジャン達を挑発する。
「それで本日は……キサラギ、銃を仕舞え」
「はーい」
「失礼。では改めて本日はどの様な御用件で?」
「何、そんな難しい事では有りませんよ。我々シルバーセレブラムと共闘をしませんかと提案をさせて頂きたく思いましてね」
「共闘ですか。それは有難いですが」
「社長社長、此奴ら唯の戦闘狂ですよ?下手に手を組んだら巻き込まれるだけですよ」
「貴様も戦闘狂だろうが!」
「失礼な。俺はAWが大好きな唯の傭兵ですよ。戦闘はAWを活かす為のオマケですよ。オ・マ・ケ」
「いやはや流石AWが好きで戦場に出る奴の言う事は違う。是非ウチに引き抜きたい所ですよ」
そう言うジャン大佐の顔には若干の狂気が浮かんでいる。それを見た社長は僅かに顔を固くする。
「なぁ、ジャン大佐。あんまりウチの社長を脅すのはやめてくれない?どうしても俺を引き抜きたいなら……実力で来いよ」
「……やっぱりなぁ。お前を口説くのはそれが一番だよなぁ」
ジャンと俺は静かに笑みを浮かべながら睨み合う。結局俺達の行き着く先は決まってる。だが悪くない。悪くないんだ。
何故なら俺達は傭兵なのだから。




