敵が居なければ作れば良いじゃない!
現在、地球連邦統一艦隊と傭兵とバウンティハンターの混成艦隊は惑星ハリガナに向けて移動していた。
この時の混成艦隊の損害は連邦艦隊より低く、多少の余力は残っている様に見える。だが実際は違っていた。
戦艦グラーフでは通路、空き部屋や食堂など様々な所にソラリスから脱出した避難民で溢れ返っていた。唯でさえ大きい戦艦でこの有様なのだ。駆逐艦や巡洋艦とかはもっと酷いのかも知れない。寧ろどの艦艇も一杯一杯なのは目に見えている。それに率先して回収していた連邦艦隊は尚更使えるとは思えない。
「一番マシな場所が格納庫とはな。まさか自室前の通路にも居たとは思わなんだな」
「そうッスね。自分もびっくりッス」
俺とアズサ軍曹は格納庫で飲み物を片手に話していた。
「貴重品は持って来たか?少ししたらグラーフの治安は悪くなる可能性が高いからな」
「大丈夫ッス!先輩に言われてちゃんと持って来ました!」
「良し偉いぞ〜。一応MP隊員は居るから大丈夫だとは思うけど」
「でもこんなに多いと食料とか大丈夫なんスか?」
「さぁな、俺達は所詮はAWパイロットだ。そう言うのは主計課の仕事だ。多分だけど」
俺は視線をサラガンやバレットネイターに移す。既に何機かのサラガンは中破もしくは大破している。幸いパイロットに死者は居なかったが負傷者が五名出てしまい、次の出撃が出来るか怪しいらしい。
オーレムは対人探知能力が高い。だからだろうか、狙い澄ました様にコクピットへの被弾率が多い。その中で死者が出なかったのは不幸中の幸いだろう。
だが一番整備兵達が群がってるのは何を隠そうバレットネイターだ。外見は見ただけならマシなんだが、リミッターを外して無理矢理動かしたからな。
やっぱり俺の機体が色んな意味でNo.1である。
「俺もまだまだ未熟だからな。唯、最後の方で何かを掴んだ気がするんだよな」
「掴むッスか?」
「ああ。掴めそうなチャンスが有ったんだが」
「そうなんスか?でも先輩は充分強いと思うんスけど」
「当たり前だ。そこら辺の連中よりかはマシだよ。だが、それで満足するつもりは無いしな」
今回個人でのオーレム撃破記録は最高スコアを叩き出した。無論スマイルドッグ内ではトップだ。その為社長より特別ボーナスの五万クレジットを現金で貰えた。やったね!
「本当はもう一つくらい桁が多いと良かったんだけど」
「仕方ないッスよ。社長ですもん」
「まぁ、社長だもんな」
社長だから仕方ない。使う所は使う人なのだがケチな所はトコトンケチな人なのだ。
「けど五万クレジットあれば高い飯食えるから良いか」
「先輩!ゴチになりまーす!」
「お前も良い性格になったな。おっちゃん、何だかちょっと悲しくなって来たよ」
そんな風に話していると端末から社長より連絡が入る。一度社長室に来いとの事らしい。
「悪いなアズサ。今から社長室へ行って来る」
「行ってらっしゃい。社長に無茶言っちゃ駄目ッスよ」
「言わねぇよ。多分な」
そして人混みと化した通路を歩きながら社長室へと向かう。無論視線は滅茶苦茶受けるが全て無視する。
大体俺の様な奴が同情した瞬間、避難民は本当にどうしようも無い立場になる気がしたからだ。尤も、傭兵からの同情なんて向こうからお断りするだろうけど。
社長室に到着して中に入ると既に何人かが集まっていた。帝国の関係者達と言えば分かるだろう。
「お疲れ様です社長。それにボーデン大尉にシーザー少尉も」
「お疲れキサラギ准尉」
「お疲れ様デース」
「来たか。なら椅子に座れ。間違っても双方喧嘩腰にはなるなよ。特にキサラギ。分かってるな」
「どう思います?ボーデン大尉。これが俺達の信頼関係と言う奴ですわ。全く、一度信頼関係とは何なのか調べてみたくなりますよ」
「一企業の社長にその物言いが出来る時点で充分信頼されてるさ」
「そ、そう?社長……もしかしてツンデレ属性なんですか?」
「はあ……頭が痛くなって来たわい」
「だ、大丈夫ですか社長サーン?」
ご覧の通り話し合いは順調に進んでいる。然も社長の偏頭痛も順調みたいだ。果たして偏頭痛に関しては順調と言えるかはわからないけど。
「さて、帝国から来た二人は既に理解はしているな。既に帝国だけでは収拾が付かない事も」
「勿論理解しています。我々はアイリーン博士の動向を予想し切れませんでした。まして彼処までのオーレムの大群を操るとは」
「私も同意見デース。アイリーン博士は間違いなく研究データを不正に隠蔽していた可能性が高いデース。でなければ、この短期間で彼処までの行動は起こせまセーン」
「だろうな。そして結果は我々が想定した最悪の事態を引き起こした。ならこれから先どうするかだ」
社長を両手を組みながら顎を乗せる。その姿はさながら某マダ○司令官だろう。
「社長、勝ったなとか言っちゃ駄目ですよ?フラグが建っちゃいますから」
「……して、何か意見はあるかな?」
社長は額を若干歪めながらも話を進める。やっぱり今は真面目じゃ無いとダメか。
「まぁ、時間はかなり稼げたと思いますよ。少なくともアイリーン博士と機密データと機材は塵になりましたし。後は惑星ソラリスにあった中継宇宙ステーションで帝国から俺達への依頼データを消せば問題無いかと」
実は惑星ソラリスの軌道上にあった中継宇宙ステーションはマザーシップが現れた瞬間に一足先に惑星ハリガナに逃げていた。各ステーションにはオーレムなどの敵性勢力から最低限の逃走を可能にする為のワープ装置が積まれている。
もし連邦軍が惑星ソラリスを守り切っていればステーションの責任者はクビになっていただろう。だが今では英断を下した優秀な指導者の一人になりつつあるらしい。少なくとも離脱する際に脱出艇も何十隻も回収していたのだから尚更だろう。
「消すと言ってもどうやってだ?」
「何言ってるんですか社長。本職の人が目の前に居るじゃないですか。ねえボーデン大尉?」
「ふむ。確かに大筋では理に適ってる。だが、それでは我々帝国に利が無いのでは?」
「連邦市民六千万人を殺したんだ。それでも帝国はまだ利を求めるの?ぶっちゃけて言えば俺達は貴方達を連邦に売る事だって出来る」
「……脅しか?」
「いんや……警告だ」
ボーデン大尉との睨み合い。だが事実、連邦市民六千万人を見捨て尚且つ経済惑星ソラリスの壊滅。更に言えば地球連邦統一軍に対し多大な被害を与えたのだ。
然も自分達の被害を最小限に抑えた上でだ。
「今頃一部の帝国軍上層部は侵略準備でも始めちゃってるんじゃ無いんですかね?連邦軍は新種のオーレムと群れの対応で手一杯ですから。良かったですね。帝国がより宇宙での覇権を握れるチャンスが出来て」
「貴様、それ以上の帝国に対する侮辱は許さんぞ」
「その言葉を今此処に居る連邦市民にも言えるのかよ。え?どうなんだよ。言えるもんなら言って来いよ。ああ、安心しろよ。後でロメロ隊の骨は拾って帝国に速達で送ってやるからな」
険悪な雰囲気が社長室に漂う。社長は目を瞑り沈黙しシーザー少尉は触手を丸めて小さく縮こまってる
「二人共落ち着け。既に起こってしまった事だ。過去に戻るなど土台無理な話なのだからな。それより今後どうするかだ」
「なら簡単ですよ。アイリーン博士をOLEM保護団体の過激派テロリストにしちゃうんですよ。先ず最初に帝国領内にOLEM保護団体の拠点を作るんです。そして幾つかのオーレムと帝国軍との戦闘はアイリーン博士が仕向けた事にする。ほら、あの博士自分から元帝国軍って言ってたでしょう?」
俺の言葉に全員の目が丸くなる。そんなに意外な事かね?
「二つ目はアイリーン博士を捕らえる事と傭兵ギルドに依頼した事の正当性をアピールする。そうすれば他の傭兵企業連中にも要らない説明はしなくても済みます。正当性もアイリーン博士が帝国軍内部から情報をリークし続けたとか。この辺りも捏造すれば良いでしょう。まあ拠点作る際に捏造情報も置いとけば大丈夫だろうし」
俺は立ち上がり社長室に置いてあるウォーターサーバーから水を出して一口飲む。うん、冷たくて美味い。
「最後に俺達スマイルドッグからアイリーン博士に関する依頼を無くし、ロメロ隊と新しく来た駆逐艦【ベルセット】の乗員は速やかに帝国に帰還する事だ。少なくとも、あの時アイリーン博士と接触したのは俺達だけだ。なら帝国からの依頼、つまり根本を消せば俺達の言葉に信憑性は無くなる。幸い帝国からの贈り物はクリーンな物なんでしょう?」
ボーデン大尉にサラガン十二機と重装甲の新型駆逐艦ベルセットについて聞く。するとボーデン大尉は静かに頷く。
「なら話は早い。後はこの提案を帝国の上層部に報告すれば良い。それで認可してくれれば万事解決だ」
「キサラギ准尉、私は君の事を少し誤解していた様だ。すまなかった」
「よして下さいよ。俺にとってはやる事やってくれれば良いだけなんで。で、どうするんですかボーデン大尉?」
「無論良い案だと思うよ。正直、今の私では其処まで頭が回らなかったよ。連邦市民とは言え民間人を巻き込んでしまったのだ。軍人として恥ずべき事だ」
「だけど軍人として帝国を見限るのはやめて下さいよ。でなければ死んだ連中は本当に無駄死に以外何物でも無くなる。貴方は最後まで帝国の為に働いて下さい」
「……分かっている。シーザー少尉もそれで構わないな」
「は、はい!構わないデース。唯、アルダート中佐に何と言えば……」
「其処は私から話そう。すみませんが通信室をお借りしても構いませんか?」
「構わんよ。だがくれぐれも傍受されるな。もしバレれば我々は連邦に捕まり縛り首になる」
「承知しています。では自分達はこれで失礼します」
「社長サーン、キサラギ准尉、失礼しマース」
二人はそう言って社長室から退室する。俺はコップに入った自分自身を見ながら呟く。
「これで良かったんでしょうか?帝国に自作自演による偽りを勧めてしまって。つまり事実は公表せず闇の中に隠す事に……」
「それで全てが収まるならな。幸いキサラギの言ってる事は筋が通っておった。恐らく帝国もあの提案を元に自分達に都合良く調整するだろう」
「敵が居なければ作れば良い。全く、こんな考えを思い付く自分に偶に愛想が尽きますよ」
水には自分の顔しか映らない。けど此処には俺以外が映ってるのでは無いかと思ってしまう。何故なら六千万人以上の死に対して冒涜してる様な物だからだ。
もしかしたら今この時も背後には沢山の亡霊が乗り移ってるのでは無いかと。
「キサラギ、お前が悔やむ必要は無い。全ては帝国が決める事だ。お前は自分とスマイルドッグの為に最善を尽くした。儂はな、そんなお前を誇りに思う」
「社長……褒めてもこの七百万クレジットの勲章は上げませんよ」
「要らんわ馬鹿者。お前は一度しっかり休め。これは社長命令だ」
「やれやれ、社長命令なら仕方有りませんね。しっかりと休ませて頂きますよ。では社長、失礼致します」
俺は社長に対してしっかりとした敬礼を送りながら退室する。そして通路を歩きながら後ろを振り返る。
誰も居ないし誰の声も聞こえない。だが俺は確かに聞いたのだ。あの時、惑星ソラリスから離脱する際に見捨てた連中の声を。
聞こえる筈の無い声。通信だって繋げても居ないので間違いなく気の所為だろう。
それでも俺には確かに聞こえたんだ。
"見捨てないでくれ"と。
ボーデン大尉は帝国軍情報部のアルダート中佐に秘密通信コードから簡潔に提案内容を送った。その内容を見たアルダート中佐は溜息を一つ溢す。
『随分と手間が掛かりそうだな。だが正直に言って惑星ソラリスが陥落するとは思わなかったのも事実だ』
「事は一刻を争います。今ならまだ誤魔化しも間に合います」
『間に合わなかった時のリスクも高いがな』
アルダート中佐の言葉にボーデン大尉は拳を握る。全てはもっと事態を重く受け止めなかった貴方達上層部が招いた事だろうと。更に言うならマッドサイエンティストの手綱を握っておけと。
『それにだ大尉。元はと言えば傭兵企業スマイルドッグがアイリーン博士を仕留め損ねたのが原因だ。そうだと思わんか?』
「それは一つの過程に過ぎません。それに傭兵企業には最低限以下の情報しか与えていなかった筈です。アルダート中佐、それは貴方自身が良く理解してる筈」
『私とて何処ぞの知らない傭兵を信頼するつもりは無い。無論同じ軍属なら話は違ったのだがな』
アルダート中佐はそう言うが実際は分からない。事実ボーデン大尉達もスマイルドッグからの情報を見て初めて知った部分もある。
そんな事を思っていると、ふとキサラギ准尉の言葉を思い出す。だからその言葉をアルダート中佐にも伝える事にした。
「ある傭兵が私に言いました。連邦市民六千万人を殺したにも関わらず、それでも帝国はまだ利を求めるのかと。中佐、貴方はそれでもまだ利を求めるのですか?」
『……私は常に帝国にとっての利は求め続ける必要がある』
「それは一般市民六千万人の犠牲よりもですか?」
『……大尉、我々は帝国軍人だ』
「私は一人の帝国軍人として貴方に聞いているのです。帝国軍情報部局長、アルダート中佐殿」
暫しの沈黙。そしてアルダート中佐は再び溜息を一つ溢す。
『君の言いたい事は理解した。私とて一般市民の犠牲を視野に入れるつもりは無い。例えそれが連邦市民としてもだ』
「では?」
『君の意見を採用しよう。速やかに中継宇宙ステーションへ侵入しデータの削除を行え。その為の準備も此方で用意する』
「合流地点の惑星ハリガナに到着する前には用意して下さい。それから我々の回収もお願いします」
『分かっている。現在、我々帝国軍も連邦に向けて対オーレム艦隊を編成中だ。間も無く完了するだろうから直ぐに其方と合流出来るだろう』
「分かりました。では、細かい所は其方で調整をお願いします」
『ボーデン大尉、先程のまだ利を求めるのかという言葉なのだがな。どんな傭兵が言ったのだ?』
「それはですね……」
此処でキサラギ准尉の名前を言うのは簡単だろう。だがそれを言うのは少々躊躇してしまう自分がいた。だからこう言ったのだ。
「エルフェンフィールド軍に唾を付けられた傭兵です」
そう言ってボーデン大尉は通信を切ったのだった。




