ナッツ君
防衛基地ソラリスの指揮管制室では若干の慌ただしさが出ていた。
「オーレムの大規模集団?見間違いではないのか?確認してくれ」
「該当宙域では以前より多数のオーレムの目撃情報がありました」
「現在、推定個体数を確認中です。ですが目測では一万を超えるとの報告もあります」
オペレーター達が情報を纏めるのを聞きながら防衛基地ソラリスの司令官、クリントン・ウィルソン中将は紅茶の香りを楽しんでいた。
「やれやれ。このソラリスにはどれ程の戦力が蓄えられてるか知らん訳でもあるまいに。何故此処まで慌てるのか私には理解出来無いがね」
ウィルソン中将は地球連邦統一軍所属の地球産まれの貴族出身者だ。その一つ一つの動作には非常に気品が溢れている。
唯、今の現状では必要の無い事ではあるが。
「観測衛星、味方艦隊からの情報の分析の結果が出ました。数は約二万規模になります。唯γ型、Δ型、も居ますので予想敵戦力はおよそ三万規模かと思われます」
「ほう、中々の規模ではないか。だが慌てる必要性は全く無い。各パトロール艦隊に通達、所定通りにオーレムの間引きを開始せよ。此処に来るまでに半数のオーレムは消えると予想出来るがね」
「了解しました。各パトロール艦隊に通達します」
オーレムは凶暴だが非常に単純な生き物だ。数隻の艦隊で攻撃を仕掛ければ簡単に数百のα型が釣れる。そのままα型を引き連れながら遠くへ移動し続ければ自然とα型はガス欠になる。
この事が原因でオーレムが下等生物と呼ばれる所以の一つだ。
そして地球連邦統一艦隊の誰もがオーレムの行動に疑いを持っていない。オーレム発見記録が公式の場で発表されて百年余りが経過しているが基本的な行動は何一つとして変わっていないのだ。
『此方第603パトロール艦隊。350パトロール艦隊と合流しました』
『ではこれより間引き作戦を開始します』
二万規模のオーレムの移動は中々見れる物では無い。だが連邦の将兵達は命令通りに間引き作戦を開始する。
『折角だ。艦首搭載の大型ミサイルを喰らわせてやろう。普段は使う機会が無いからな』
『駆逐艦乗りとしては少々悲しい事だがな。AWやアーマード・ストライカーが居なければとは思う時はあるが』
『だが此方の火力なら充分だ。腐っても軍艦だ。AWでは出来無い戦果を叩き出してやるぞ!各艦、艦首大型ミサイル発射用意!続いて対艦ミサイルの発射用意!』
『艦首大型ミサイル発射用意完了。各艦の攻撃準備、間も無く完了します』
駆逐艦四隻とフリゲート六隻がオーレムに対し攻撃態勢を取る。
『各艦攻撃準備完了しました。いつでも行けます』
『全艦艦首大型ミサイル発射!』
各艦の艦首から大型ミサイルが多数放たれる。大型ミサイルは駆逐艦とフリゲート艦のみに搭載されてる切り札だ。この大型ミサイルは巡洋艦の破壊は勿論の事、戦艦ですら大ダメージを与える事が出来る。それだけでなく対防衛基地などの施設に対しても非常に有効なのだ。
『着弾まで三十秒』
『対艦ミサイルの射程に入りました』
『大型ミサイルの装填完了しました』
『続けて攻撃開始!更にビーム砲での砲撃戦用意!』
更に大型ミサイルに続いて対艦ミサイルも一斉に放たれる。そしてその間に最初の大型ミサイルが着弾する。
『大型ミサイルの着弾を確認。オーレムの一部が此方に向けて進行中』
『よおぅし!続いてビーム砲で他のオーレムに対し攻撃を行え!迎撃ミサイル発射用意!』
『迎撃ミサイル装填完了』
『迎撃ミサイル発射!』
接近してくる多数のオーレムに対し迎撃ミサイルを発射する。そしてある程度の数のオーレムがパトロール艦隊に向かっているのをレーダーで確認する。
『艦長、そろそろです』
『うむ。各艦、釣りは大成功だ。このまま獲物を引き連れて干物にやるぞ』
『オーレムの干物は食べたくは無いな。私はメンソール惑星の水産物の干物が良い。あの惑星の水産物に外れは無いからな』
『何だ?あんなグロい物を食べるのか?幾ら天然物とは言え見た目が酷過ぎる』
『見た目より味だよ。我らが祖先はかつて水産物を生で食べていたらしい』
『そんなのデマだ。デマ。大体生で食べたら死んでしまうでは無いか。ちゃんと下処理し加工された物で無くては』
『いやいや、天然物も馬鹿には出来ませんよ?味が独特なのがまた良いんですよ』
艦長達の間では幾分かの余裕があった。例えγ型やΔ型が存在していたとしても大して問題視してはいなかった。何故ならγ型とΔ型は簡単には動かない。それこそ前衛のα、βがある程度減らなければ動かない。
更にオーレムの習性を鑑みれば間引き作戦により遅かれ早かれ大規模も小規模に変わる。
ある程度迎撃をしながら後退するパトロール艦隊。それは定番通りの戦い方。何一つとして問題視されてない筈の行動。
にも関わらず艦隊に向けて多数の大出力のビームとプラズマが多数襲い掛かる。
『な、何だこの攻撃は⁉︎何処からだ!』
『Δ型です!Δ型一体と複数のγ型からの砲撃です!』
『アサギリ轟沈⁉︎続いてタチバナの艦橋に被弾!』
『馬鹿な。何故γ型とΔ型が攻撃して来るのだ!まだオーレムは多数居るではないか!兎に角後退だ!後退を急げ!』
『α型が更に接近中。フリゲート艦バリー、マハンによる迎撃を開始』
『対空迎撃!バリーとマハンをやらせるな!』
『此方フッチャー。メインスラスター損傷した。頼む。誰か牽引してくれ』
『バリー了解した。マハン、援護を頼む』
『了解した。速度を維持し続けろ』
その間にもγ型とΔ型からの大出力ビーム、プラズマが襲い掛かる。更にα型も躊躇無く襲い掛かる。
そして暫く後退を続けるとオーレム達は引き返して行くでは無いか。
『ひ、被害を報告しろ』
『駆逐艦アサギリ、タチバナの轟沈。フリゲート艦ニールズも轟沈。更にフリゲート艦フッチャーはダメコンが間に合わず退艦命令を出しています』
『救助艇の回収を優先させろ。負傷者の手当も最優先にするんだ。衛生班も向かわせろ』
『了解しました』
『一体……何を間違えたのだ?手順通りに作戦は行われた筈。なのに……何故この様な状況に……』
駆逐艦二隻とフリゲート艦一隻の損失。更に多数の戦死者と負傷者を出す結果となった。
だが被害は603、350パトロール艦隊だけでは無かった。中には全滅した艦隊すら出ていたのだから。その中には巡洋艦ですら撃沈していたのだ。
この悲報は直ぐ様防衛基地ソラリスにも通達される。最初は現場の判断ミスと捉えていた上層部だったのだが、次々と同じ様な報告が立て続けにされるのだ。
「これは一体どう言う事かね?我が地球連邦統一軍はオーレムの間引きすら満足に出来ないと?フッ、実にナンセンスだ」
「しかし、ウィルソン中将。現にパトロール艦隊などの被害が尋常では有りません。更に報告によればオーレムは最後まで追撃をして来ないとも。途中で引き返して群れに戻るそうです」
「どうやらオーレムにも多少の知恵が付いたのかも知れんな。フフフ、実に滑稽だ。滑稽で忌々しい事だが事実は受け入れねば成るまい」
ウィルソン中将は紅茶を一口飲みながら次なる指示を出す。
「間引き作戦に出ている艦艇は直ちに惑星ソラリスの防衛に回せ。また周辺の味方艦隊に増援を要請」
「近くには帝国軍もいますが如何いたしましょうか?」
「フン、知れた事。奴等に作る借りなど紅茶の一滴すら無い。例えオーレムが全生命体の敵だとしても、我々地球連邦統一政権にとってガルディア帝国は万死に値する存在だ。その様な者達に借りる戦力なんぞ一兵足りとも要らん」
「了解しました。では直ちに命令を通達致します」
「うむ。頼んだぞ。あ、そこの君。アップルティーを貰えるかね?」
ウィルソン中将は命令を済ませると美人のオペレーターに紅茶を淹れる様に指示を出す。何を隠そうこの防衛基地ソラリスの女性兵士の全員が紅茶が淹れられる様に出来てるのだ。
それもウィルソン中将の教育の賜物だろう。
「やはり何処でも誰でも紅茶を淹れて貰える環境は実に素晴らしい」
まさに自分が持つ権力を存分に振るった賜物である。まあ女性兵士達も誰一人嫌がらなかったので問題視されてもいないのだ。
防衛基準態勢5が地球連邦統一軍により惑星ソラリスを中心とした宙域に向けて発令された。
これにより傭兵、バウンティハンターなどのならず者も招集される形になる。無論拒否して逃亡する事も出来るが、その後の展開は想像に難しく無い。まあ公的機関や公共施設の使用停止は間違いないし、所属ギルドへの圧力も半端無いだろう。
要はオーレム撃滅の為に協力してね♡勿論受けてくれないと色々制裁するよ♡と言った感じのお願いと言った強迫だろう。
だが無論無料でのボランティア活動ではない。参加費だけでもそれ相応の額も支給されるし、撃破数に応じて更にクレジットは増える。
更に依頼を受けてる途中や現在任務でも本人には何一つ制裁が下されぬ様に完全フォロー体制も整っている。
この辺りはオーレムが如何に組織や軍にとって危険で厄介極まりない存在なのが見て取れる。それに大概の連中はオーレム討伐の強制参加を拒否しない。理由は稼ぎが非常に良いし、何より誰かしらの敵討ちが出来るからだ。
「だから今暇なんだけどねー。ほら【ナッツ】、お前の好物のピーナッツだぞ」
傭兵企業スマイルドッグは現在戦艦グラーフにて待機中だ。そんな中、俺は備品置き場で宇宙クラゲにご飯を与えていた。
この宇宙クラゲは透き通った青色に多数の触手をフワフワとさせながら空中を漂っている。然も重力下だろうとお構いなく空中に浮かぶのだ。また非常に大人しく触っても問題は殆ど無い。更に雑食で基本的に食べ物なら何でも食べる。なので偶に見かける黒いGなども宇宙クラゲにとってはご飯なのだ。
見た目も綺麗で大人しいし、宇宙の適当な場所でも漂う存在なので愛玩ペットとして結構人気がある。それに宇宙クラゲ専門家によれば見てるだけで癒し効果もあるんだとか。
そして今目の前でピーナッツを食べてる宇宙クラゲも非常に大人しい存在だ。名前は俺がよく柿ピー食べた時に余ったピーを与えてたのでナッツにした。
因みにナッツとの出会いは俺がスマイルドッグに入って直ぐの頃だろう。任務を終えてコクピットから出た時に俺の機体にくっ付いていたのだ。正直良く生きてたなと思いながら空き部屋だった備品置き場に置いといたのだ。
それ以来俺にとって……いや、傭兵企業スマイルドッグにとってちょっとした癒しになっている。何故ならいつの間にか他の連中もナッツの存在を知りご飯を与えているからだ。
「美味いか?ナッツ」
「ポリポリ」
宇宙クラゲは喋らない。けど妙に愛嬌があるので癒される。
「お前も大変だよな。強面のおっさん相手からも飯貰うんだからな」
「ポリポリ」
「あー、でもナッツは本当に気持ち良さそうに浮かぶよなぁ。なーんか……ナッツ見てると眠くなるんだよねー」
ピーナッツを食べながらもフワフワと宙を浮かぶ宇宙クラゲ。今が防衛基準態勢5が発令されてるとは信じ難いぜ。
「さてと。少し寝てくるかな。ありがとなナッツ。お前のお陰で良く眠れそうだ」
ナッツの傘の部分を撫でる。ヒンヤリしててツルツルしてるし適度な弾力がある。いやはや癒されますなぁ。
「もしアイリーン博士と戦いになれば、きっと今までとは違う戦闘になる。それはオーレムに対する見方が真逆になる事を意味する。もしかしたら俺は今日、歴史的な瞬間を目撃するのかもな」
オーレムを自由自在に操り増援すら簡単に呼ぶ。そんな相手と戦って勝てるだろうか?もしアイリーン博士を否定したら惑星ソラリスはどうなる?俺達だって自分達の身が危なくなるのでは?
色々と弱気になってる自分に気付き失笑してしまう。
「ハッ、下らねえ。どんな結果だろうとあの唯の天才クソババァには45ミリの弾丸を叩き込んでやる」
そう言えばアイリーン博士は自身を神だとか言っていた。つまりだ。もしアイリーン博士を殺したとしたらだ。
「神殺しのエースか……悪くねえ響きじゃねえか」
そう考えるとやる気が戻ってきたので俺は鼻歌混じりで備品置き場を後にするのだった。




