戦術一致率
スマイルドッグ艦隊は無事に惑星ソラリスの中継宇宙ステーションまで戻って来る事が出来た。
そんな中俺はネロ、ナナイ軍曹、アズサ軍曹と一緒に防衛基地ソラリスが見えるカフェテラスで一息入れていた。
「こんな満身創痍な状態で入港すれば目立つもんな。どうやって切り抜けたんだ?」
「はい。地球連邦統一軍から事情を聞かれたので、オーレムとの交戦と座標ポイントを素直に伝えました。そうしたら非常に危険な事だと厳重注意をされましたが」
「流石ソラリス所属の連邦兵は真面目だね。真面目過ぎて嫌になるが」
「仕方ないでしょう。唯でさえガルディア帝国との国境付近です。そこにオーレムの目撃情報の多い宙域へ足を運んだ訳です」
「でも連邦軍の言いたい事は分かるッスね。だってオーレムを引き付けた状態で来られたら嫌ッスもん」
「確かにな。そう言えば、今回未帰還のAWのパイロットは十二人だっけ?」
「はい。見事に半数が撃墜されました。他にも被害は大きいですが」
「そうか。まぁ、今回の任務自体からして厄介だしな。半数で済んだと喜ぶべきか」
「駆逐艦シドニーもスよ。全く、あの女今度会ったら絶対に穴だらけにしてやるッスよ!」
アズサ軍曹の怒りも尤もなので止める気は無い。
今回傭兵企業スマイルドッグではAWパイロット十二名、駆逐艦シドニーの乗組員六十五名、護衛機のMWパイロット八名が戦死となった。
此処で簡単にスマイルドッグ艦隊の本来の実働部隊を教えよう。
基本的に戦艦グラーフから出撃出来るのはAW部隊が二十四機、MW部隊八機、偵察機部隊六機となっている。そして駆逐艦、フリゲート艦からは各艦から護衛機としてMW四機が出撃する事が可能だ。
無論グラーフには実働部隊以外の予備機と予備部品もある。その予備機も一緒に出撃されれば更に十二機増える訳だ。
だが実際には予備機が部隊として出撃する事はほぼ無い。予備機という理由もあるが、最大の理由はパイロットが居ないのだ。そもそも普段は二十四機、つまり二個中隊も一度に出撃する事は無い。大抵は一個中隊の十二機かそれ以下で出撃する事が多い。
今回オーレムでの戦闘ではスマイルドッグ艦隊はある意味全力を出した訳だ。だがその全力を以てしてもアイリーン博士を逃す形になった訳だが。
「暫くパイロットの待機所は寂しくなりそうスね」
「そうだな。補充の傭兵も多少は時間が掛かるだろうし」
「そうでも無いですよ。補充の傭兵に関しては表向き元ガルディア帝国軍の兵士達が直ぐに来ます。それから駆逐艦と機体もガルディア帝国から来ますから」
「そうなの?」
「そうなんスか?」
「はい。然も任務が終了次第、駆逐艦と機体は譲渡するそうです」
「マジで?なら後は人員だけの補充で済む訳か。はぁー……流石社長だな。意地でもタダでは転ばねぇのな」
「凄いッスね。あ、ガルディア帝国からの補充はいつ来るんスか?」
「今日の夜に傭兵ギルドに人員募集を掛けます。それと同時に人員募集が埋まる手筈です」
「八百長だな。全く、これだから腐敗した組織は。天下りの就職先じゃねえんだぞ!コノヤロー!」
「何で急に怒ってるんスか?」
「天下りをするには有力物件とは言えませんよ」
世間の腐敗っぷりに嘆きながらミルクたっぷりのカフェオレを飲む。この甘さが俺の中のジャスティスだ。
「あ、そうだ。今回のオーレムはやっぱり別物と考えても良さげだったよ。ネロ、端末に画像を出してくれ」
「了解です。画像出します」
ネロに端末を繋げて画像を出して二人に見せる。今二人に見せてるデータは過去オーレムでの戦闘記録の一部と今回の戦闘記録だ。
「中々面白い結果だろ。戦術一致率10%以下だぜ?」
「やはりアイリーン博士はオーレムを操っていると?」
「十中八九な。俺はオーレムなんてゲテモノを操るなんて出来ないと思ってた。だがこれで違和感は確かな物になった。アイリーン博士はオーレムを呼び寄せられるだけでは無く自由に操る事が出来る」
「これマジッスか?」
「現実から目を逸らしたい気持ちは分かる。俺もネロにこれは現実か?て聞いたからな。だがデータ上で出た結果が全てを物語ってるよ。それからナナイ軍曹、後でこのデータ社長に渡しといてくれ」
「……分かりました」
暫く端末を見続ける二人を尻目にネロを撫でながら防衛基地ソラリスを見る。もしこの宙域が戦場になった場合を何となく想定してみる。
地球連邦統一軍はアイリーン博士を否定するだろう。そして重要参考人として捕らえるのは間違いない。無論アイリーン博士がガルディア帝国からの指名手配犯なのは知ってるから尚更捕まえようとする筈だ。
「頼むぜ。戦場にする場所だけは間違えるなよ」
俺は傭兵だ。軍人の様な高い志や使命感も無い。時には外道地味た事もする。だが下衆にまで成り下がるつもりは無い。
防衛基地ソラリスの背後には青く美しくテラフォーミングされた惑星ソラリスがある。例え人工的に作られた惑星でも住む人達にとっては大切な故郷。
そして此処には一般市民、約六千万人程が暮らす大規模な経済惑星にまで発展している。そんな惑星が戦場になればとんでもない被害が出るのは明白だ。
「自称天才が馬鹿な選択をしない事を願うぜ」
「どうしたんスか先輩?」
「気にすんな。唯の独り言だよ」
「また耳を〜……ふわぁ〜」
いつの間にかひょっこりと此方を覗き込むアズサ軍曹。そんな彼女の猫耳を親しみを込めて擽るのだった。
中継宇宙ステーションにてスマイルドッグ艦隊の艦船の弾薬や艦載機の予備部品の補充を済ませた頃だろうか。二隻の艦船がスマイルドッグ艦隊に合流を果たした。
一隻目は目新しい駆逐艦で大型の分類に入るだろう。前面砲撃を重点としているのか二連装の砲塔が六基、後方に二基設置されている。更に前面部分は重装甲化されており、正面での駆逐艦同士の撃ち合いなら優位に立てるだろう。
もう一隻は輸送艦なのだが現在積荷を戦艦グラーフに送り込んでいる。恐らく輸送艦自体は別の形でガルディア帝国に戻ると思われる。
「おいおい、重装型の駆逐艦かよ。然もあの駆逐艦五年前くらいに出た最新型じゃねえか。ガルディア帝国も結構気合い入ってんな」
「搭載機もサラガンで統一してるッスね。此処まで徹底するとは流石ッスよ」
「恐らくこの戦力には表向きガルディア帝国との繋がりは無いのでしょう。あるとしたらパイロットと乗組員達だけかと推測します」
「だがこの戦力じゃあアイリーン博士を追い込むのは無理だろうがな。だってΔ型呼ばれちゃったし」
俺がΔ型と一言言うとあら不思議。あっと言う間に頼りない戦力に早変わり。然もアズサ軍曹もネロも何も言い返せないと言う現実も合わさり余計に悲しくなる。
「ハハハ……笑えねぇよな。マジで」
「いやマジで、この戦力でまた行くんスか?あの宙域に」
「恐らく別の形で捜索すると思われます。非効率では有りますが長期戦を考慮した方が良いかと」
「うわー……俺今すぐこの任務から降りたい。久々に途中放棄したいと思ってるわ」
とは言うものの簡単に放棄が出来るならとっくの前にやってる訳だが。しかしそれが出来ないので態々ガルディア帝国と足並みを揃えるオチにまでなったんだがな。
「さて、社長は今頃ご挨拶中かな。上手く言葉を使って相手を丸め込んでくれれば良いんだけど」
「大丈夫ッスよ!先輩と違って社長はちゃんとしてまうにゃにゃにゃー!ほっへをひっはらないへー」
「全部否定出来ないから尚更ムカつくわ」
「うにゃにゃにゃ〜。やめへくらはい〜」
アズサ軍曹のほっぺを引っ張りながら荷物の受け取り風景を眺める。するとナナイ軍曹を先頭に何人かのスマイルドッグの制服を着た方達が此方にやって来た。
雰囲気から察するにガルディア帝国軍から来た補充だろう。唯、雰囲気が並の兵士では無いので多分特務部隊か特殊部隊のどちらかの人員だろう。
「ようナナイ軍曹。そいつらがお客さんか?」
「キサラギ准尉。お客さんではありません。この方達は今回欠員した補充のAWパイロットです」
「お客さんで構わねぇだろ。どうせ今回限りなんだからさ。まあ宜しく頼むよ」
俺が気軽に挨拶すると一人の男性が前に出る。そいつは非常にガタイが良く歴戦の強者感が溢れていた。口髭も整えられては要るが目蓋から頬に掛けて切傷の跡も残っている。更に言うなら普通の軍人とは違う冷徹な瞳が印象的だ。
まあ子供が見たらちびっちゃうのは必須だろうがな。
「私はディック・ボーデン大尉だ。今作戦では長期化する可能性がある。それでも客の立場でも構わないのかな?」
「はん!その結果、本国から失望されん様に気を付けるんだな」
「先輩!先輩!何で軍人相手に喧嘩腰になるんスか!」
「こんなの唯の挨拶だろうが。この程度でキレてたら囮にする予定なんだからよ」
「最初から悪意満載で接してる時点でアウトッスよ!」
「話は変わるけどさ。実はお前がスマイルドッグに来た時も、即行でこの猫娘と関わるの止めとこって思ってたのは黙ってた方が良いかな?」
「唐突の新事実に私吃驚ッス!て、な、何でそんな風に?」
「いや、だってさあ。格闘戦の適性がめっちゃ高い癖に射撃寄りの機体構成じゃん?然も鈍重のギガントベースじゃん?何この猫娘は嫌味かよって思ってた」
「いや〜、やっぱり弾幕張れるのが快感なんスよ〜。格闘戦で相手を一撃で倒すより、沢山の弾を浴びさせて相手が切り揉みしながら爆散するのが楽しくて楽しくて」
「ネロ、こいつみたいになったら人生損するからな。気を付けろよ」
「了解ですマスター」
可愛い感じに言う癖にドン引き必須の台詞を吐くアズサ軍曹。心無しかガルディア帝国……じゃない、限りなく軍人に近い補充の傭兵さん達がちょっと引いてる。
「こんな二人と一体が仲間になるけど宜しくな!」
「宜しくッス!」
「宜しくお願いします」
「あ、ああ……宜しく頼むよ。ナナイ軍曹、失礼だが彼等は大丈夫なのかな?」
「腕前と戦場での判断力は大丈夫です」
「そうか。実に頼もしい回答で何よりだ。では社長室まで案内を頼む」
「分かりました。では此方です」
「社長は見た目通りクレジットが大好きな人です。袖の下を通せば快く貴方達を迎え入れますよ」
「先輩、袖の下を通すのってどんな意味があるんスか?」
「ん?仕方ねぇな。袖の下ってのはな」
俺がアズサ軍曹を適当に弄りながら彼等の背中を見る。ディック・ボーデン大尉は俺の挑発に乗る気配は無かった。多分だが俺達とは変な軋みを作りたくは無いのだろう。後は部下を持つ手前下手な事はしたく無いのもあるのだろう。
(アトラス社みたいな馬鹿な選択をしないなら共闘くらいしてやるよ)
ナナイ軍曹の後に付いて行く補充の傭兵さん達を尻目にネロを一撫でするのだった。
社長室ではボーデン大尉と小柄な女性の副官がソファーに座る事無く社長と対面していた。
「傭兵ギルド所属フリーランスの傭兵、ディック・ボーデン大尉であります」
「同じくフリーランスの傭兵、ダリア・フルトン中尉です。失礼ですが、先ず此方の要求は機密データの確保を第一優先とさせて頂く事になっております。ですので」
「分かっておる。だからこの戦闘記録を先ずは見ろ。話は其処からだ」
社長はフルトン中尉の言葉を切り捨てながら端末を投げ渡す。そのまま葉巻に火を付けて美味しそうに吸う。
「吸うか?」
「いえ結構です」
それから暫く戦闘記録を見た後にボーデン大尉は深いため息を溢す。そんな彼に対し社長は再度葉巻を渡す。
「吸うか?」
「……頂きます」
ボーデン大尉は此処に来るまでに任務内容は全て頭に入れて来た。元々アイリーン博士の身柄の確保の為に地球連邦市民に偽装して捜索はしていた。だが急遽別の傭兵企業に入り共に任務に当たる様に指示が来た。
そして情報部アルダートン中佐により任務内容の変更も余儀無くされた。最早一刻の猶予は殆ど無いと見ても良いだろうと。
情報の中にはオーレムの増援を呼ばれるのは理解していた。更にある程度の操作をされてる事も。だが実際に戦闘記録を見るまで疑ってはいた。
そして極め付きが戦術一致率10%以下と言う知らせだ。
「君達がどう言った理由で来たのかも知っている。そして機密データの回収をする事も。だから敢えて問おう。どうやって回収するつもりだ?まさかオーレムに餌付けする訳でもあるまい」
「……」
社長の皮肉にフルトン中尉が睨むが反論は無い。つまり、そう言う事だろう。
「帝国も動いてるのは知っておる。だが少々遅かったな。もっと早く事を大きく捉えておけば良かった物を」
「ですが我々は任務を完遂せねば成りません」
「どうやってだ?答えが無いにも関わらず反論するのは愚か者がする事だ。覚えておくが良い」
女性と言えども容赦しない社長。そんな彼を見てボーデン大尉は口車だけでは説得は不可能と判断する。
「なら我々が出来る事は限られています。先ずは情報収集からでしょう」
「その通りだ。勿論時間は掛かるが博士とて人間だ。必ず隙は生まれる。そこを突けば良いのだ」
「ですが時間が掛かり過ぎます。そうすれば被害が増すばかりです」
「君達フリーランスの傭兵が市民の命を想うか。そもそもアイリーン博士は地球連邦統一管轄下に逃げ込んだ。つまり君達が守るべき帝国臣民は問題無い訳だ」
「その様な不純な理由で任務を放棄しろと言うのか!貴様!」
「よせフルトン中尉。今は我々は傭兵なのだ。彼の言ってる事は一理ある」
「しかし!」
「正義感溢れる若者が部下に居て羨ましいよボーデン大尉。それに引き換え儂の部下と言ったら……ハァ」
ボーデン大尉とフルトン中尉は社長の最後の溜息を見てこの人も苦労してるんだなと思う。
(そう言えば先程、准尉が言っていたな。袖の下か……)
ボーデン大尉は静かに端末を操作する。彼等は現地での活動費として多少の纏まった金額を受け取っている。そして静かに立ち上がり社長の前に立つ。
「無論我々も最善を尽くします。今はスマイルドッグの社員ですので。ですので、今後の協力を宜しくお願いします」
「ふむ……ほう、成る程な。良かろう。ようこそ優良企業であり傭兵企業でもあるスマイルドッグへ。君達のやるべき事はなるべく尊重する様に考えてやろう」
「有難うございます。それでは機体の調整がありますので失礼します」
ボーデン大尉はフルトン中尉を引き連れて社長室から退室する。
「大尉、失礼ですが何をしたのですか?」
「少し助言を借りただけだ。あの准尉の名は確かキサラギだったか」
ふざけた態度の奴だと思っていたが存外に良い奴なのかも知れんと考えるボーデン大尉だった。
社長「儂お金大好き♡」