アイリーン・ドンキース博士の野望
ボギー1へ取り付く為に一気に近付いて行く。無論ボギー1もジャミングが掛けられたのは承知しているだろう。だが此方は傭兵だ。素人同然の連中を逃す理由は無い。
ボギー1から自動迎撃装置が作動し対空ターレットが動き出す。だがそれらを45ミリで破壊しながら次々と取り付いて行く。
そして艦橋前に一番乗りを果たした俺は45ミリヘビーマシンガンとプラズマキャノン砲の銃口を向けてボギー1の乗組員に向けて言い放つ。
「こんな危険な場所で停船中とは随分と余裕が有りますなアイリーン・ドンキース博士?今なら我々がガルディア帝国までエスコートして差し上げますよ」
【そう。見た所ガルディア帝国からの派遣された傭兵みたいね。でも私達はガルディア帝国には行かないわ】
「行かないじゃ無くて行きたく無いんだろ?偉そうに言葉を飾る必要はねぇよ。どうせ極刑は免れねえんだからな。ああ、そうだ。シーザー少尉がアンタを説得したがってたよ。優しい部下をお持ちで羨ましいよ。だがな……」
俺は何時でもトリガーを引ける様にしながら言い放つ。
「俺はお前らを生かして帰すつもりは無い。無論大人しくするなら見逃してやる。だが……少しでも怪しい動きをしたら直ぐに此処で不慮の事故に遭って貰うがな」
【あら?随分と野蛮な人ね。貴方名前は?】
「死ぬ直前になったら冥土の土産に教えてやるよ。それでも俺の名前を知りたいか?」
【フフ、貴方面白いわね。周りの人達も少しは見習って欲しい物ね。でもね……】
その時、アイリーン博士は絶対の自信が表れていた。自身が死ぬなど有り得ないと。
【私は宇宙を統治する存在になるの。無能な皇帝に民主主義の成れの果て。更に漁夫の利だけしか取り柄の無い者達とは違うの】
「三大国家を此処まで的確に言い放つとはな。見事なセンスだよ。流石は天才の言う事は違うぜ。だが宇宙を統治するのは唯の天才じゃ無理な話だがな」
【私は唯の天才では無いわ。オーレムを使い人類の繁栄を導く神に等しい存在よ】
「ハッ!オーレムなんてゲテモノに導かれた日には人類全滅待った無しだな。さて、お喋りは此処までだ。後の言い訳は陸戦部隊とやってくれ」
アイリーン博士と機密データの確保の為に陸戦部隊が乗る小型艇を確認する。だがそんな時だった。通信から誰かの笑い声が聞こえる。
【本当に残念ね。貴方達は何も知らされて無い事が】
俺は黙ってアイリーン博士の言葉を聞く。最早彼女達には何も出来る事は無い筈だ。にも関わらず悪寒は止まらない。
【なら見せて上げましょう。ガルディア帝国が貴方達に隠してる事を。それが貴方達に対する冥土の土産としてね】
『キャット1、何か嫌な予感がするんスけど』
「奇遇だな。俺もだ。やはり此処でアイリーン博士を殺す。それが一番だ」
アイリーン博士の異様な雰囲気に危険を感じたアズサ軍曹と俺。いや、多分周りの傭兵達も違和感を感じてる筈だ。この状況で余裕を見せ続けるアイリーン博士の姿に。
そして最初の違和感を捉えたのは戦艦グラーフだった。
『これは……艦長、レーダー上に多数のオーレムを確認。此方に向かって来てます。恐らく周辺に居たオーレムかと』
『何だと?見間違いでは無いのか』
『見間違いでは有りませ……あ、艦隊前方にワープ反応多数確認!』
『増援か!各部隊に通達!直ちに機密データの確保を優先させ』
『ワープ反応更に増大……あぁ、そんな』
『何があった?報告しろ』
『パターン赤……オーレムです!』
『何だと?くっ、全部隊に通達!オーレムの接近及び増援を確認した!至急アイリーン博士を捕らえろ!』
そして戦艦グラーフからの通信を聞いた俺はアイリーン博士に問い掛ける。
「コレがアンタのやり方か。ようやく繋がったぜ。つまりガルディア帝国はオーレムを使って侵略戦争をするつもりだった訳だな」
【あら?確かに見方が違えばそう見えるわね。けど正確に言うならオーレムの生態を知り、制御下に従える事を目的としてるの。勿論侵略戦争にも使えるわね】
「現にアンタは侵略戦争が出来る戦力を持ってる訳か。然も手軽に使い捨てれるだけの」
【そうよ。だからこそ私が全てを導く神にも等しい存在になるの。誰もが私に頭を下げ命乞いをする。あぁ……なんて素敵な光景なのかしら】
「だが今アンタの命を握ってるのは俺だ。皮肉だが、俺はこの一時だけは正に神にも等しい力を手に入れた訳だな」
【ええ、そうよ。けど直ぐに返却して貰わないと困るわね】
「なら今直ぐオーレムを止めろ」
【なら銃口を下げて離れなさい。そして私達を見逃す事】
こうしてる間にもオーレムは次々とやって来る。正直に言うと周辺のオーレムが来るのは理解出来る。だが増援としてワープしてまで呼び寄せれるのは想定外だ。
『此方、傭兵企業アトラスだ。其方の条件を全て飲もう』
『アトラス?貴様ら正気か!』
『この状況下で無事に生還出来ると思うか?無理に決まってる』
【話の早い人は嫌いでは無いわ。では、この銃口を向けてる傭兵さんを退けて貰えるかしら?】
「生憎だったな。俺はスマイルドッグの傭兵だ。社長に聞け」
【自分で判断も出来ない兵士は無能以下よ?】
「今此処でアンタを殺したいと判断してるんだよ。理解したか?唯の天才」
『キャット1、君の気持ちは分かる。だが今この状況では無理がある』
モニターからアトラス社の社長さんらしき人物が現れる。だから其奴に言ってやる事にした。
「この女は俺達を最初から生かして帰すつもりはねぇよ。今オーレムを自由自在に呼び出したり操れるなんて世間に知られる訳には行かねぇだろうからな」
【そんな事無いわ。ほら、さっさとお退きなさい。私達はやる事が沢山あるの。あ、そうそう。貴方達には感謝してるわ。この程度オーレムの守りではまだまだ不足してる事が分かったもの】
『キャット1、今直ぐ戻るんだ』
「……」
僅かな間。その間にもオーレムは次々とワープを終わらせて現れる。そこにはγ型だけで無く超級戦艦級のΔ型まで現れたのだ。
【やはりこれくらいの護衛は必要みたいね。さあ、もう一度だけ言うわ。其処を退きなさい】
「このアマが。勝った気でいるんじゃねえぞ!まだ俺がテメェの命を握ってるんだよ!」
『キャット1、不味いッスよ。そんな挑発なんてしたら』
「此処でこの女を殺した方が絶対に良い!俺の勘がそう言ってんだよ!キャット2邪魔すんな!」
『其処までだキサラギ。戻れ』
「社長?その命令には聞けない。この女を殺した後なら構いませんがね」
『もう一度だけだ。銃を下げるんだ。命令だ』
「マジかよ。畜生が……」
社長の命令に従い銃口を下げる。その間にも様々な命令が各部隊へ通達される。
『全部隊へ通達。直ちに帰還し防衛に回れ』
「なら全部隊が帰還を確認したら退いてやるよ」
【いいえ、貴方が最初に帰還しなさい。いつまでも銃口を向けられるのは品が無いもの】
『キサラギ准尉、命令です。戻って下さい。お願いします』
「……チッ、了解」
結局最後はナナイ軍曹の言葉を聞いてからゆっくりと艦橋から離れる。そして此方を見続けるアイリーン博士から通信が入る。
【それではねキサラギ准尉。また会える事を楽しみにしています】
「その時が有ればの話だな」
【まあ怖い。では、ご機嫌様。無事にこの状況を切り抜けられる事を願ってるわ】
アイリーン博士との通信が途切れたのと同時にナナイ軍曹に通信を繋げる。
「オーレムの動きはどうなってる?」
『依然として此方を向いたまま動いてはいません。しかし周辺からは次々と寄って来ています』
「俺達が殺されるのも時間の問題だな。ビーム撹乱粒子の散布準備はしとけ。それから百八十度回頭して逃げるしかねえ。俺達がオーレムを倒した道なら他のルートよりまだ数は少ない筈だ」
『了解しました。艦長に伝えておきます』
「後伝えるならエースの勘だとも伝えといてくれ。頼むぞ」
そして俺はキャット2と共に戦艦グラーフへと後退する。
「キャット2、お前は何が何でもグラーフに取り付いて弾幕を張りまくれ。この際弾薬費はケチるな。寧ろ弾薬費の請求が来たら文句言ってやれ」
『了解ッス。でも先輩、周りがオーレムだらけで怖いんスけど。然もこっちをずっと見てる気がするんスけど』
「何言ってんだ。こんな経験そうはねぇぞ?寧ろ今の内にオーレムを間近で見れるチャンスだぜ。なんなら一回撫でに行くか?」
『何でそんなに度胸があるんスか!先輩の頭の中はどうなってるんスか!』
「此処まで来て悲壮感に浸ってんじゃねぇよ。寧ろ任務放棄も出来るじゃねぇか。これでガルディア帝国が情報提供を意図的に行わなかった証拠が今目の前に沢山居るわけだからな」
『それ生きて帰れたらの話スよね?』
「俺は死ぬつもりがねぇから問題無いからな」
とは言うものなキャット2の言う通り生きて帰れたらの話だ。それに今この瞬間に錯乱した所で死ぬ時間が早くなるだけ。ならせめて使える奴は一人でも多い方が良い。
(道化一つで生き残れるなら安いもんだ。兎に角今は生き残るやり方で行く)
俺は僚機のキャット2の機体を見る。見るからに鈍足機だ。そしてどう頑張っても機動戦は出来無い。
(まあソロでの戦いは慣れてる。いつも以上に気張って行くしか無いがな)
俺は周りのオーレムを見ながら操縦レバーを強く握り締めるのだった。
戦艦グラーフの艦橋内は非常に慌ただしい状況になっていた。それも全てがアイリーン・ドンキース博士が引き起こした結果だ。
「ボギー1はどうなってる?報告しろ」
「現在ボギー1は多数のオーレムを引き連れて現宙域を離脱中」
「ボギー1及び周辺のオーレムにワープ反応を確認」
「このまま逃すしか手は無いか。周辺のオーレムはどうなってる」
「依然として此方との距離は維持されてます。しかし……」
「ボギー1が消えた瞬間がどうなるかだ。各艦に通達しろ。まだ攻撃はするなとな。下手に刺激をしたくは無い」
「キャット1より対ビーム撹乱粒子の展開要請です。艦隊防衛を優先して欲しいと」
「分かっている」
「それから直ぐに百八十度回頭し撤退すべきと。今まで通って来たルートならまだオーレムの数は少ない筈です」
「確かにな。だが確証はない」
「はい。ですのでエースの勘として言っています」
エースの勘。普段の言動には問題を抱えている。だが自他共に認めるだけの実力を持っているのは間違いない。
「社長、如何いたしましょうか」
「ふん。今回はキサラギの意見を聞いてやろう。各艦対ビーム撹乱粒子の散布準備を急がせろ!」
しかしキサラギ准尉の言う通りアイリーン博士は傭兵共を生かして帰すつもりは無かった。ワープに突入するのと同時にアイリーン博士は一言呟く。
【あの世で見てて頂戴。私が宇宙の支配者になる姿を。フフフ、アッハッハッハッ!】
同時刻、AW部隊が味方艦隊に帰還中にオーレムからの一斉攻撃が開始されたのだった。




