三億クレジットの意味
アズサとの昇進祝いから数日後。惑星ソラリスにある指名手配犯が公表された。本来ならバウンティハンターなどが見る物なのだが提示された額が違ったのだ。
数十〜数百クレジットの賞金首ならバウンティハンターの領分だ。だが数千万クレジットになると俺達の様な傭兵や宇宙に蔓延るゴロツキも動き始める。
そして今回ガルディア帝国政府からの正式な指名手配犯。提示金額は驚愕の……
「さ、三億……クレジット……だと?」
余りにも破格な賞金額に思考が停止する。そして、ふと一ヶ月前の出来事を思い出す。
敵艦隊とドンパチしたり、ジャンと出会ったり、陸上戦艦に乗り込んだり、走行列車を叩き潰したり、俺専用マドックを失ったり、ポンコツサラガンがリニューアルされたり、また敵艦隊に突入したり、最後にはジャンとガチンコ対決してヤンデレダークエルフに追われたり……。
(そんな事はどうだって良い。勲章?ハッ!唯の飾りじゃねえか!)
この指名手配犯に関しては他の同僚達も見ながら盛り上がっていた。どうせこの宙域は暇なのだから良い暇潰しが出来たと。然も大金も手に入るのだから一石二鳥……いや、一石三億クレジットだろう。
「凄いッスね。三億クレジットですよ。どう思います?」
隣にアズサが現れた。俺はアズサのフワフワした猫耳をコネコネしながら言い放つ。
「今日から俺はバウンティハンターになる!夢は自分の手で掴み取るのだああああ‼︎」
「ふあ〜、そ、それが自分の耳と関係有るんスか?」
「無い!てな訳で社長ー!俺転職しまーす!やりたい事出来ましたからー!」
「あ、面白そうだから自分も着いて行きまッス!」
俺はアズサの猫耳から手を離して社長室へと駆け出す。そしてアズサも高い身体能力を使い簡単に着いてくる。
そして社長室のドアを開けて宣言する。
「社長!俺、夢を捕まえるバウンティハンターになる!」
「うわー、夢を捕まえるとか良い感じの言い方スね」
社長はデカい溜息を吐きながら、こめかみを抑えて睨んで来る。
「キサラギ、貴様はもう少し落ち着くと言う言葉を知らんのか?せめてノックくらいしろ。馬鹿者が」
「いやでもですよ?三億クレジットですよ?一獲千金を掴み取るチャンスですよ?礼儀?それで三億クレジットは手に入りませんよ!」
「流石先輩。言い訳に隙が無いッス!」
「だろ?社長に対しての言い訳に関しては任せておけ。伊達に怒られてる訳じゃねえからな!」
俺はアズサからの羨望?の眼差しを受けながら胸を張る。無論社長の怒りのボルテージは急上昇する。
「良いかキサラギ、ニャメラ。儂も指名手配の件については聞いておる。だが下手に手を出せばバウンティハンターに目の敵にされる。分かるか?分かるよな」
「だからバウンティハンターに転職するんじゃ無いですかー。もう社長ったらー、夢が無いにゃー」
「その語尾は自分のッスよ!にゃー!」
「いやアズサは〜ッスが定着してんじゃん。なら俺がにゃー使っても良いんだよ。あ、でもチュリー少尉のにゃーも似合うんだろうにゃ〜。いや、でも狐系だからコンッて言った方が良いかな?」
「誰ッスか?チュリー少尉って」
「お前さんとは別種族でだが耳と尻尾が生えてる大人なレディだよ。腕前も中々良くてな。今の機体ならエレメントも組める筈だ」
「へー、そうなんスねー。ふーん、私の時は直ぐに組もうとしないんスね」
「組んで欲しければ俺の機動について来いよ」
「いや、自分の機体では無理ッス」
何だか話が段々脱線しているのは気の所為だろうか?お陰様で社長の怒りのボルテージがMAXになってしまった。
そして遂に俺達に雷が落ちた。
「この馬鹿者共が!廊下に立っとれー‼︎」
「はーい」
「はーいッス」
こうして俺達は社長室の前の通路に立つ事になったのだった。
それから数分後。ナナイ軍曹が一人のタコ星人の客人を連れて社長室に来た。
「何やってるのですか?」
「社長に怒られて通路に立たされてる。以上」
「自分もッス」
「全く、キサラギ准尉は兎も角として何でニャメラ軍曹まで」
「自分もシュウ先輩に釣られちゃって……にゃはは」
「俺に釣られるとはな。まだまだ精進が足りんぞアズサ軍曹」
「何故貴方が偉そうに言うのですか。まあ良いです。では私は今から依頼人を社長室へお連れしますので。さあ、どうぞこちらに」
「どうもデース。おや?その勲章……もしかしてブルーアイ・ドラゴン?」
タコ星人の客人は俺の勲章に気が付いたのか見てくる。と言うか良く気が付いたな。全然出回って無いと聞くのだが。
「良くご存じで。中々出回って無い勲章なんですがね」
「いえいえ。私は勲章に関しては少々知識がありマース。その中でも珍しい勲章にこんな場所で出会えるとは思いまセーン。ですがこれも何かの縁デース。彼も話を聞いて欲しいのデース。宜しいデスカ?」
「え?ええ、多分大丈夫かと思いますが」
チラリと此方を見るナナイ。まあ仕方無いか。
「構いませんよ。多分社長も許可しますよ。お金に関しては器は小さいですが。それ以外は大した器を持ってますから」
「ではお願いしマース」
廊下に立ってるのも暇なので俺はナナイと依頼人の後ろについて行く。そしてちゃっかりアズサも着いてくる。
「失礼します。ガルディア帝国軍からの依頼人シーザー・ブルック少尉がお目見えになりました」
「こんにチーワ。私は軍属ですが見ての通り唯の研究員デース。気軽にシーザーとお呼び下サーイ」
「そうですか。まあ先ずは席にお座り下さい。それで、何故お前達が入ってる?」
「社長サーン。私がお願いしたのデース。ブルーアイ・ドラゴン勲章を持つ方なら口は固いでショーウ。それにエースパイロットのみに与えられる勲章デース。間違い無くこの先必要になりマース」
「てことはだ。荒ごとが確実に有るって事だな。社長、俺は内容によっては引き受けるぜ。それに荒ごととは言えガルディア帝国からの依頼だ。簡単には断れんだろ?」
「はあ……仕方ない。適当にそこら辺に座るか立っとれ。但し邪魔だけはするなよ」
「了解です。社長」
そう言って俺はタコ星人ことシーザー少尉の近くに立つ。
「では先ず簡潔に依頼を説明しマース。現在ガルディア帝国から指名手配犯が公表されました。その人物の捕獲……いえ、研究データの奪取をお願いしマース」
「研究データですか」
「はい。此方が指名手配犯になってる博士のプロフィールデース」
そして端末からデータが出される。無論此方の端末にもデータを送って貰い確認する。
「名前はアイリーン・ドンキース博士。幾つかの博士号を持つ天才的な方デース」
プロフィールを見ると少し歳をとった女性の顔が写っていた。鋭い狐目で肩まで整えられてる紫髪。多少窶れた感はあるが少し化粧をすれば印象は変わるだろう。
経歴を見るとガルディア帝国防衛大学院の卒業と同時に軍への研究機関へ所属。そこから色々とガルディア帝国軍の軍用兵器の効率化から新物質の開発を手掛けている。更に先へと進むと間違い無く天才と呼べる才能をフルに活かしていたのが分かる。
と言うか三億クレジットの指名手配犯その人だった。
「彼女はある研究機関の主任でした。しかしつい先日に研究データと共に逃亡したのデース」
「研究データの内容は聞いても?」
「それは……ごめんなサーイ。重要機密が高い分類デース。なので今は言えないのデース」
「そうですか。では話せる所までお願いします」
「申し訳ないデース。では説明させて頂きマース」
そこからタコ星人もとい、シーザー少尉からの説明が始まる。
アイリーン博士は研究機関からの脱出すると同時に味方艦隊と防衛兵器及び研究施設に多大な被害を与えた。その隙に現在地球連邦統一政府の管轄下に逃亡を謀ったと言うのだ。
「何故地球連邦統一政府の管轄宙域だと分かったのですか?」
「それはこの組織とのコンタクトが確認されました」
そして情報の中にある組織が表示される。
「【OLEM保護団】?おいおい、またキチガイ染みた連中の巣窟じゃねえか。まだ宇宙クラゲ育成団体の方が健全だぜ」
「宇宙クラゲ育成団体はずっと健全スよ?」
「そうだっけ?」
「そうッスよ。宇宙クラゲの正しい育成や愛で方を教えてるッス」
「ほう成る程。成る程ね」
アズサから宇宙クラゲ育成団体の話を聞いて一つ決めた事がある。
(今度宇宙クラゲ育成団体に行ってみよう)
ちょっとだけ行きたい理由もあるので近い内にこっそり行こうと心に決める。
しかしそれでも少々情報不足なのは否めない。故に社長は更なる情報を求める。
「OLEM保護団体と言いますと非常に可笑しな連中が集まっています。しかし、その中には利益を重視した輩も多数おり表向き下手に手を出すのは少々危険が過ぎます」
社長の言う通りだ。オーレムは全宇宙に住む者達に取って自然災害に等しい。だから自然災害なら自然災害で受け入れるべきだと考える連中だ。それこそ神の啓示だと言わんばかりだろうか。
だがこの神の啓示と言うのが地味に厄介なのだ。OLEM保護団体は基本的に何もして無いのだ。無論過激な事を言う訳だから敵を作り易い。だから最低限の自衛能力を持ってはいる物の決して自分達からは攻撃はしない。
悪く言えば当たり屋かマッチポンプみたいな連中だ。
そして言うだけ言う応援団体みたいな物なので基本的に誰もどうする事が出来ないのだ。寧ろ対外的に見ればまだクリーンな団体組織と言えるかも知れない。
だからこそ引っ掛かりを覚えた。何もしない応援団が何故アイリーン博士を匿うのか。それこそガルディア帝国を敵に回してまで。
「勿論危険は承知デース。ですが依頼を受けて頂ければガルディア帝国政府は感謝を」
「なあシーザー少尉。俺達は傭兵なんだよ。分かる?感謝の言葉なんざ要らないの。必要なのはクレジットとデコイの用意してるかって話だ。序でに言っとくがあんたタコ星人の癖にカツラなんざ被ってるけど似合ってねえぞ?」
俺はブルック少尉の肩に腕を回しながら会心の笑顔で優しく話し掛ける。
「え、あの、私の髪はカツラでは」
「此処での見栄なんざ張った所で意味ねえよ。そもそもだ、ブルーアイ・ドラゴン勲章を持つ人間を嵌めるって事がガルディア帝国に取って利になるのかな?アンタ頭良い研究員だろ?それくらい言わなくても理解してる筈だ」
シーザー少尉の触手を両手で伸ばしながら話を続ける。
「勿論全部話せとは言わねえよ?唯、その時はご縁が無かったと言う事になるけどな。それに態々ガルディア帝国からの依頼を受けるより素直にアイリーン博士を捕らえた方が得ってな話だ。違う?」
「あの、その……それが……デコイなんです」
「何?どう言う事だよ」
「ですから、多数のバウンティハンター、傭兵、宙族が沢山アイリーン博士を追い掛けマース。つまり追い掛けてる隙にアイリーン博士を誰よりも早く捕らえるのデース」
「じゃあ最初から三億クレジットは払う気が無いと?」
「いえ、捕まえて尚且つデータを回収出来れば支払いマース」
「データねえ。社長どうします?個人的にこのシーザー少尉が胡散臭いんで受けたく無いんですが」
「ワァッツ!何故デース!何故私が胡散臭いんデースか?」
「その似非っぽい喋り方が信用出来ねえんだよ。諦めな」
俺はシーザー少尉の肩から離れる。しかし今度はシーザー少尉の触手が絡み付いてくる。
「ま、待って下サーイ!騙すつもりは無いんデース!唯奪われたデータは機密なのデース!お願いしマース!察して下サーイ!」
「何が察しろだ。鬱陶しい。社長、この依頼はやめた方が良いぜ。何せ三億クレジットを使い捨てるだけの内容だ。下手に関われば取り返しが付かなくなるぜ」
「見捨てないで下サーイ!お願いしマース!でないと私首になっちゃいマース!」
「首一つで済むなら安いもんだろ。そして触手を絡ませるな!やめろ!離せ!この野郎!」
「嫌デース!お願いしマース!人助けして下サーイ!」
シーザー少尉の触手がこれでもかと言わんばかりに絡み付いてくる。
そしてこんな理不尽な状況に内心愚痴ってしまう。
(畜生、何で俺が触手プレイをせねばならんのだ。こんなの誰得だっつーの!あそこに巨乳のアズサと貧乳のナナイが居るじゃねえか。あっちに行けよコノヤロー)
「先輩、今何か不審な事考えました?」
「私もそう思います」
「察しが良いじゃねえか。なら代われ」
「嫌ッス」
「嫌です」
しかしそうしてる間にも徐々に触手は絡み付いてくる。多分シーザー少尉も本気なのだろう。だが嫌な物は嫌なのだ。
「だから!離せっての!「ブチ」あっ……千切れた」
俺と周りの動きが止まる。いや動いてるのは千切れた触手だけだ。
「あ、大丈夫デース。また生えますカラ」
「え?生えるの?」
「はい。寧ろ食べれマース。中央では人気なんですヨ?」
俺は千切れた触手を眺める。元気良く動く千切れた触手を見て何とも言えない気分になる。
「おや?信じてまセーンネ?ささ、小皿とお醤油をドーゾ」
「ドーモ」
シーザー少尉の白衣のポケットから出された小皿と醤油を受け取る。そして小皿に醤油を垂らし触手に着けて食べる。
「うわー、先輩躊躇無く行くッスね」
「食い意地が張ってますね」
「はあ……馬鹿者が」
周りの感想を無視して目を閉じる。するとある光景が俺の目の前に現れる。
青い海に白い砂浜。そして食物連鎖を繰り返す海の生物達。その中でも周りの景色に擬態し生存競争を生き抜く存在。そして一世代の一大イベントの交尾。卵を守る為に戦い続ける母の愛。そして産まれた子供達に見守られ死んでいく母親。
それらの光景を思い浮かべながら思った事。
「モグモグ……これタコじゃん。海の幸Octopusじゃないか」
実にあっさりとした物だった。
「そうデース。良くタコ焼きのタコとして使われてマース。勿論私の触手も研究所では人気デース」
「マジかー。タコ焼きのタコが何処かの種族だとは聞いてたが。まさかシーザー少尉の種族かよ。美味えなコレ」
「気に入って貰えて良かったデース」
千切れた触手に関しては問題ないのか、俺の美味いという感想に対して嬉しそうに触手をクネクネさせるシーザー少尉だった。
 




