奇跡
ファンタジー万能説。あると思います!(ドドン)
ブラックボールの背後には大量のブースターが取り付けられていた。そしてアデス大将の最後の切り札がエルフェンフィールド艦隊に向け動き出したのだ。
ブラックボールは超級戦艦イストリアを横切りダムラカ艦隊の中を突き進む。勿論それに慌てたのはダムラカ艦隊だ。事前の報告も無かったので慌てて回避機動を取る。だが途中で味方艦とぶつかるなどで何隻か身動きが取れなくなってしまう。
【か、回避ー!回避ー!】
【駄目です!間に合いません!】
【何故だ!何故こんな事に!】
故郷と呼んでいた物によって死んで行くのは皮肉なのだろうか。ブラックボールはアデス大将の怨念を背負いながらエルフェンフィールド艦隊に向けて突き進む。
だがその間にクリスティーナ大尉の乗るデルタセイバーは全ての力を使い切ったのか動く気配が無い。それに気付いた数人のダムラカの兵士達は武器を構えてデルタセイバーに近付く。
【エネルギーを使い切ったか?無理もないか。今の内に撃破するぞ】
【なあ、大規模消失みたいな爆発とかしないよな】
【する訳が無いだろ。AWなんだぞ】
【だがあのAWはイストリアのシールドを貫いた挙句、破壊したんだぞ】
【確かに。どれだけのエネルギーを保有してるのか】
【じゃあどうすんだよ。鹵獲しろって言うのかよ】
【だが待て。動いてないならエネルギー切れじゃないか?なら今しかチャンスはねえよ】
恐る恐ると近付く敵AW。だが突如ロックオン警報が鳴る。それと同時にレーダーに高速で接近する機影を確認。
【あの野郎!まだ生きてんのかよ!】
【各機散開。防御に徹して隙を見つけろ。数では此方が上だ】
【だが相手はギフト持ちだ!間違いねえよ!畜生!】
【落ち着け!冷静に対処するんだ。来るぞ!連携を密にするんだ!】
モニターで確認すれば多少の被弾はしているが戦闘可能な赤と黒のツートンカラーのサラガン改が一気に迫る。敵AWのパイロット達は緊張する。そして誰かが生唾を飲んだ瞬間。
サラガン改はそのままのスピードで真ん中を通り抜けてデルタセイバーを抱えながら明後日の方向に逃げて行く。
一瞬だけ思考が止まったが慌てて追撃を開始する。だがサラガン改の速度は通常のAWを超える機動力を超えているのであっという間に距離を離してしまうのだった。
「全く、最後の最後に手間を掛けてくれるぜ。ネロ、リミッターを戻してくれ」
「了解しました。それからこれより先リミッター解除は推奨致しません」
「だろうな。分かったよ」
「それから推進剤が40%を切りました」
「マジで?流石は高機動型だぜ。燃費の悪さはピカイチだな」
無論サラガン改の高機動があったからこそ今まで戦い続けれた訳だ。だが流石に今回の戦闘は少々疲れたのは間違いない。
「しっかし、やりましたな大尉殿。まさか本当に超級戦艦を墜とすなんてね。間違いなく勲章物ですよ。あれ?大尉殿?クリスティーナ大尉殿?」
先程から返事が無いのでよく見たら気を失ってる様だ。恐らく先程の攻撃で精魂尽き果てたのだろう。
「やれやれ、戦場のど真ん中で気を失うとはね。まぁ、仕方ねぇか。取り敢えず回収ポイントまで行くか。それからアルビレオに通信を繋げてくれ」
「了解しました。少々お待ち下さい」
それからアルビレオとの通信をなんとか繋げて状況を伝える。まあ向こうには無事だと言う事が分かれば充分だろう。どうせ回収ポイントに向かう訳だからな。
それにしても今回は殆どクリスティーナ大尉のお手柄だからな。多少は優しく扱っても罰は当たらんだろう。
「ふう、この辺りは一気に静かになったな。流石に付いて来れる奴は居ねぇか」
先程までの戦場が嘘の様な静けさだ。漆黒の宇宙に瞬く様な星々の煌めき。今では見慣れたものだが時々思う事はある。もし元の時代に戻れたらどうなるかと。
「ハッ下らねえ。戻ってるなら最初の方でとっくに戻って」
「警告、敵機接近」
「チッ、感傷に浸かる暇はねえってか?」
ネロの警告を聴きながらレーダーを見て識別を確認する。
「YZC-23スパイダーか。全く、最後の最後にテメェに会うとはな。おい大尉、起きろって。起きろっての!」
全く起きる事なく愛らしい表情で寝続けるクリスティーナ大尉。そんな大尉殿に若干の殺意を感じながらも回収ポイントに向け放り投げる。後は慣性の力で向こうまで無事に行ける事を願うまでだ。
そして俺がスパイダーに視線を向けると猛スピードで迫る銀色のカラーリングが目に入る。
【ハッハァ!そのド派手なカラーしたクソ野郎!俺と戦いやがれや!】
「この戦闘狂が!良い加減くたばりやがれ!」
【おいマジかよ。マジかよマジかよ!まさかキサラギだってのか!ハハッ!こいつは余計に最高じゃねえか!】
「ふざっけんな!こちとら疲れてんだよ!野郎の相手とかテンション駄々下がりもいい所だ!ボケェ!」
ビームガンを乱射しなからジャン・ギュール大佐が操るスパイダーを狙う。そしてビームを回避しながらビットを展開しながらビームマシンガンで反撃しながら此方に迫って来る。
【つれない事言うなよ。あんなチンケな連中よりお前の相手をした方が断然マシなんだからよ!】
「俺は疲れてんだよ!分かる?疲れてるの!分からねえよな。分からねえなら仕方ねえわな」
プラズマサーベルを展開しながら接近戦に入る。無論ジャンも迎え撃つ為にプラズマサーベルを抜く。
「丁度良い。この機体の限界を見極めさせて貰うぜ。精々良い踏み台になってくれよな!ジャン‼︎」
【面白え。やってみな!キサラギ‼︎】
お互いを叩き潰す為に戦いを始める。この戦いに主義主張も無ければ大義も無い。有るとしたらそれは唯一つ。
【キサラギイイイイ‼︎】
「ジャアアアアン‼︎」
闘争本能だけである。
超級戦艦イストリアが黒煙を上げながら戦列から離れて行く頃。戦艦アルビレオの艦橋に居るリリアーナ姫は魔術式を構築し試作重力砲の展開準備を進めていた。
そしてブラックボールが急加速し始めたのはアルビレオでも確認は出来ていた。
「大佐、ブラックボールが接近しつつあります」
「ファング1とトリガー5はどうなってる」
「先程トリガー5より通信がありました。現在ファング1と共に回収ポイントに向かってるとの事です」
「そうか。姫様、其方の方は如何ですか?」
「はい。此方も魔術式の構築は大丈夫です。これで理論上では重力砲は100%の力を発揮出来ます」
「そうですか。では、全艦及び全部隊に通達。これより試作重力砲の最大出力で攻撃を開始する。直ちにアルビレオより後方に移動せよ」
セシリア大佐の命令により艦隊と機動部隊は直ちに戦線を後退。
無論ダムラカ艦隊からの多少の追撃もあるのだが、ブラックボールの突入の際に一部艦隊に被害が出た事。更に超級戦艦イストリアの撃沈により一時的に指揮系統が乱れてしまったのだ。
そんな中、リリアーナ姫は魔術式を展開。そして試作重力砲が起動する。
「プロセス制御の変更、臨界値の修正、重力磁場による抑制、魔術式の展開開始」
「試作重力砲の充填開始」
「エネルギー充填率正常」
「各システム異常無し」
リリアーナ姫は展開される大小様々な魔術式の全てを制御し続ける。
戦艦アルビレオの艦首が開き重力の塊が莫大なエネルギーとなり集まり始める。
【敵戦艦に高エネルギー反応を確認!】
【この状況でどうしろと言うのだ!兎に角攻撃を敵戦艦に集中させるんだ!】
【駄目です。対ビーム撹乱粒子の影響で火力が墜ちてます。敵戦艦にダメージが通っておりません】
【それでも攻撃を……?何だ、アレは?】
敵艦隊から多数の攻撃を受けながらも戦艦アルビレオはブラックボールの真正面に陣取り迎え撃つ態勢を取り続ける。
だが突然ダムラカ艦隊の動きが止まる。何故なら戦艦アルビレオの艦首付近に大きな魔法陣が展開されたのだ。それはダムラカ艦隊に動揺を誘う事になる。
「魔法陣の展開。マルチタスクによる制御開始」
リリアーナ姫も何かしらのギフトを持っているのだろう。魔術式と魔法陣の展開スピードは止まる事は無く徐々に戦艦アルビレオの艦首に展開して行く。
艦首に展開されてる大きな魔法陣を中心に一回り小さい魔法陣が六個展開。更に六個の魔法陣から大きな魔法陣の前に描かれる魔法陣。
それに伴い試作重力砲の機関部にも魔法陣が多数展開される。
「試作重力砲の制御装置に異常無し」
「エネルギー上昇率は正常。予定限界値まで残り40%」
誰もが予想していなかった展開にダムラカ艦隊の動きが止まる。
今まで黒く禍々しい塊を放つ事しか出来なかった試作重力砲。だが魔法陣の影響なのだろうか。徐々に黒色が無くなり白さを増し輝き始める。
【一体、何が起ころうとしているのだ】
一人の将校が呟く。それに対する答えだと言わんばかりに六個の魔法陣が回転し始める。
アルビレオの艦橋内ではリリアーナ姫が今尚魔術式を展開し試作重力砲を維持し続けていた。目の前にはブラックボールと呼ばれているが本来なら何十億人と言う犠牲者がいる場所。
だからこそだろうか。彼女は目を背ける事なくブラックボールを見続ける。
「私は何も出来ませんでした」
唐突に口を開くリリアーナ姫。誰かに語り掛ける訳では無いのだろうか。いや語り掛けているのだ。何十億人者の犠牲者達に。
「人とエルフ。いえそれだけでは有りません。科学が如何に発達しようとも他の種族との争いは無くなりません。だから私は私に出来る事をやろうと思ったのです」
近付くブラックボール。それに対し徐々に輝きが増す試作重力砲。
「ですがそれは私の傲り、傲慢だったのでしょう。貴方達にとって誰がやったとかの問題では無い。死んでしまったらその様な問答など意味が無い事でしょう」
ブラックボールは何も語らない。唯真っ直ぐにエルフェンフィールド艦隊に向けて突き進むのみであった。アデス大将、そして生き残った者達の憎悪と怨念を一身に背負いながら。
だがリリアーナ姫はそれを理解した上で語る。
「ですから……祈ります。私は貴方達が安らかに召される様に。来世で幸が有らんことを。そして約束します。今後この様な大惨事を二度と起こさないと」
何十億人の犠牲者達が眠る物を真っ直ぐに見つめながら。
戦艦アルビレオの艦首に集まる莫大なエネルギーには最早禍々しさは無い。寧ろ神々しさすら感じる程の輝きを出していたのだ。
そして戦場の誰もがアルビレオに視線を向けていた。
「充填率100%。システム正常に稼働中」
「照準固定良し。目標ブラックボール中央、重力転換装置」
「射撃準備完了しました」
艦橋に居る者達は唯真正面を向き続ける。向かって来るブラックボール対する思いは一体どうなのだろうか。
同情か、哀れみなのか。いや、そんな物は不要なのだ。それは死者に対する冒涜に等しいのだ。
「どうか、どうか今だけでも見守って下さい。これ以上の犠牲者を出さない為にも」
最後に祈りを捧げるリリアーナ姫。そしてリリアーナ姫は命じる。
「攻撃始め」
その瞬間、宇宙が光った。
戦艦アルビレオから放たれた試作重力砲による攻撃は魔法陣を通過し更に細く鋭い形になりブラックボールに向かって行く。
ブラックボールにぶつかり内部を突き進む莫大なエネルギー。更に魔法陣がブラックボールを包み込む様に展開される。
そして重力転換装置に辿り着いた瞬間に更なる魔法陣が展開される。
最早魔法の知識が無ければ説明は出来ないだろう。いや知識があろうとも一握りの者でしか理解など到底不可能だ。
唯、途轍もなく神秘的な光景を目の当たりにしていたのだ。
そして重力転換装置は様々な魔法陣に包み込まれながら消滅する。それと同時に大量に出ていた魔法陣が徐々に無くなって行く。
余りにも非現実な光景にダムラカの将兵は開いた口が塞がらない。そしてエルフ達も大量の魔法陣と魔術式を見て戦慄する。
そしてブラックボールを包み込んでいた最後の二つの大きな魔法陣が消えた時だった。
白い何かが大量に現れたのだ。
その白い物はダムラカ艦隊に向け近付いていく。
「な、何だこれは一体⁉︎」
武器を構え警戒する兵士。だがその警戒が一瞬で無くなったのだ。
「か、母さん?父さんなのか?」
それが何なのかは当事者達にしか分からないだろう。だがダムラカの将兵達一人一人に近付く白い物は何も語る事はない。唯、側に寄り添い続けるだけだったのだ。
「あ……あぁ……俺は、俺は仇を討ちたくて……此処まで来て……」
「許してくれ。生き残った俺を……許してくれ……」
「う、うわあああ……あああぁぁ……」
「愛してる。今でも君を……お腹にいる赤ん坊も。だから側に……側に居てくれ!何処にも行かないでくれ!」
唯一つだけ言える事がある。それは奇跡と呼べる物だろうか。詳細など今、この瞬間など必要無いのだ。
「妻よ……儂を恨むか?」
今尚燃え盛る超級戦艦イストリアの艦橋の中でアデス大将は白い物に語る。
「ハハ……参ったな。これでは小言の一つ二つでは終わらんか」
複数の白い物はアデス大将を包み込む。しかしアデス大将の表情には恐怖は無く、安堵した表情しか無かった。
「悪かった。もう……止めようか」
そして静かに目蓋を閉じる。先程まで有った憎しみも憤りは無く、唯安らかな気持ちに包まれて行く。
(心残りがあるならば。息子に……生きろと)
次の瞬間艦橋内に爆炎が入り込みアデス大将の意識は途切れてしまうのだった。




