決まってる戦い
数少ない荷物を簡単に纏め、ネロを小脇に抱えて部屋を出る。数週間共にした戦艦アルビレオとお別れすると思うと……特に何も感じる事は無かった。
「マスター宜しいのですか?」
「しょうがねえだろ。満足な機体も無けりゃこっちが死んじまう。俺はAWも戦いも好きだが引き際は弁えてるよ」
「そうですか。ですがマスターは不満足そうです」
「そりゃそうだ。此処まで来て足手まといは確実。正直つまんねえとしか言えねえよ。こうなったらママの所でヤケ酒だぜ」
戦艦アルビレオから降りようとするとガタイの良いエルフ共が現れた。と言うか整備兵共が道を塞いで来た訳だが。
「何だお前らか。俺のサラガンは破棄して構わねえよ。じゃあな」
「一つ聞きたい事がある」
「あん?何だよ」
「お前がAWに求めるのは何だ」
俺はいきなり真面目な表情で真面目な事を聞かれたので拍子抜けしてしまう。
「はあ?まあ機動性と運動性だな。火力とか防御力は別に今のままでも充分だしな。で、それがどうしたよ」
「もし俺達がお前のAWを改修すると言ったらどうする?」
「無論改修するにも限界はある。俺達エルフェンフィールド軍の技術漏洩は絶対に無理だ。だが幸い近くにベネットがある。そこから使える装備を揃える事は出来る」
俺は此奴等が言ってる事を噛み砕いて考える。つまりサラガンをベースにマドックみたいな改修をしてくれると解釈する。
「もし改修が出来るなら最後まで残ってやるよ。出来るならな。尤もあの堅物セシリア大佐殿の許可が下りるとは到底思えないがな」
「残念だが許可ならついさっき下りた所だ。ついでに堅物セシリア大佐殿の事は伝えといてやる」
「それはマジで止めろ。降りる事前提で最後の悪口言ってんだ。あの人の睨みは本当に怖いんだよ。と言うか改修すんのか?」
「ああ。最悪俺達の故郷が危険に晒される事態だ。この際使える戦力は何でも使う。それがお前の様な傭兵だとしてもな」
「まあ改修してくれるなら別に良いけど。最悪マドック程度までに引き上げてくれれば多少の戦果は上げてやるよ」
「安心しろ。スピアセイバーを超える機動性を与えてやろう」
「いや何ならデルタセイバーに追従出来る運動性も」
「それだと推進剤が足りんな。機体を少し浮かしてスペースを作れば」
「そう言えば予備パーツの所に使わないブースターパックがあったな。それ付けるか」
「だとするとパイロットがGで潰れるな。なら慣性緩和装置をもう一つ付けるか。そうなると脱出装置が邪魔に」
何やら整備兵共は俺のサラガンに対して色々やろうとしているのは分かった。分かったけど俺の意見が途轍も無く飛躍されてるのは気の所為だろうか。
「あのさー、前のマドック程度に改修してくれれば良いからー。俺それで頑張るからさー。めっちゃ頑張るからさー。ねえ聞いてる?」
俺の言葉を無視して何処かに行ってしまう整備兵達。残されたのは俺と小脇に抱えたネロだけだ。
「楽しみですねマスター」
「……せやな」
ネロの言葉に返事をしながらも俺は考えるのをやめたのだった。
戦艦アルビレオを旗艦とした残存艦隊は集結地点であるラーリアル宙域では無くダムラカに近い場所に移動していた。不思議な事にダムラカ艦隊は今でもダムラカが有った宙域付近に居るらしい。
そして俺とバーグス中尉は食堂室で御飯を食べながら話していた。
「それにしても意外だったよ。まさかキサラギ軍曹が残るとは思わなかったよ」
「俺としてはバーグス中尉が残る理由が分かりませんがね。俺はダムラカの最後の戦いになるだろうから間近で見たいのが有りますな」
「相変わらず君の理由は不純だね。僕は助けを求める人達を見捨てるなんて出来ないからね」
「はぁん。貴族精神ですな。確かノブリスオブリージュですかな?俺には理解出来ない精神ですけど。それにエルフ共は中尉に対して何もして無いでしょう?」
「それでもだよ。それに報酬は弾んで貰ったからね」
「俺もですよ。その辺りは抜けた傭兵連中に感謝ですわ。お陰で大金が手に入ったからね」
他の傭兵達はベネットで降りる事にしたらしい。尤もそれが賢明な判断だろう。因みにチュリー少尉にスマイルドッグ宛ての退職届と大量の湿布を渡しといた。
報酬として三万クレジット。更に社長に対し初々しく乙女チックに渡せば追加で五万クレジットを渡すと依頼した。
そうしたら普通に三万クレジットと退職届だけ貰って行ってしまった訳だが。湿布?持って行って貰えませんでした。
「にしても俺の機体どうなるかな。普通に改修してくれれば良いんだけど」
「普通では無いのかい?」
「何か余ってるブースターを取り付けるとか脱出装置が邪魔にとか言ってましたな」
「脱出装置は不味いんじゃないかな」
「でもそれで浪漫が手に入るなら俺は躊躇無く捨てますがね」
「そ、そうなんだ。そこはキサラギ軍曹らしいね」
「にしてもダムラカの連中は何で移動しないんだろう。普通ならさっさと移動して黒いタコ焼きをぶつければ良いのに」
「黒い……タコ焼き?ま、まあ、そう見えなくも無いけど」
俺が圧縮された黒い球体をタコ焼きと言ったらバーグス中尉の表情が引き攣ってしまう。
「いやだってさ表面とかボコボコしてたし。それにしてもダムラカの連中は不憫だよな。特にダムラカや他の惑星を見た事が無い連中はさ」
「それはどう言う意味だい?」
「どうせ教育される時にあのタコ焼き使って「この辺りがダムラカです」とか「此処が宇宙ステーションがあった場所です」とか言われてたんだろ。そりゃ精神的にも病むわな。でも何かそんな光景を想像したら笑えますけどね」
黒いタコ焼きの映像に指揮棒みたいなのを使って宙域の勉強をしてると思うと笑いが込み上げてくる。寧ろそんな教育を受ける連中に同情すらしてしまう。
「そう……だね。そうかも知れない」
バーグス中尉は自身の胸の辺りに手を当てながら答える。
俺がバーグス中尉と話してるとクリスティーナ大尉以下エルフ達が寄って来た。
「隣良いかしら?」
「聞いときながら座るとか良い性格してますね大尉殿」
「良いじゃない。別に誰も座らないでしょう?」
「もしかしたらセシリア大佐が来るかも知れないですよ。そうしたら喜んで席を譲っちゃ「なら座らせて貰おう」はい?」
俺の背後にまさかのセシリア大佐が盆に御飯を乗せながら立っていた。いや居るならもっと早く言ってくれよ。
「いやー、セシリア大佐ではありませんか。ささ、どうぞどうぞ。では自分はこれで失礼します。バーグス中尉後は任せた」
「僕は別に構わないけど大佐達は僕達に話があるんだと思うんだけど」
「その通りだ。バーグス中尉隣座るぞ」
「はいどうぞ」
「話って何ですか?まさか今更降りろとか言わないですよね」
「そんな事は言わない。今作戦では戦力が若干不足しているからな。無論敵戦力よりは数では優っているのは間違いない」
「問題はあの超級戦艦ですか」
「そうだ。それさえ何とかすれば勝てるのは間違いない」
「ふぅん、大変ですね。まあ俺は近場の敵を倒す事に専念しますけど。メインディッシュは其方に譲りますよ」
「今は作戦の全貌は話せん。だが直ぐに分かる事になるだろう。貴様の働きに期待している」
セシリア大佐が此方を見ながら言う。俺は御飯を口にしながらつい一言言ってしまう。
「都合の良い事で」
「貴様の機体は今急ピッチで改修作業を進めている。戦闘開始は恐らく三日後になるだろうが、それまでには間に合うだろう」
「こっちとしては戦闘に間に合えば文句はありませんがね」
そんな風に話してると左側から視線を感じたので見てみる。するとクリスティーナ大尉と目が合った。そうしたら何故か向こうが慌て始めるもんだからつい一言言ってしまう。
「貴女は乙女ですか」
「乙女よ!失礼ね!」
「こりゃ失敬。で、何か御用で?」
「その、何で貴方は残ったの?」
「言いませんでしたっけ?機体が万全になるから残るんですよ」
「それだけなの?本当にそれだけの理由で私達の味方をするの?貴方はそこまでする理由は無いでしょう?」
「まあ追加でクレジットも貰えますからね。それに……」
ふと周りが妙に静かなのに気がつく。そんなに人の戦う理由が気になるものだろうか。
だがこんな状況でこの戦いの続きが気になるからとか言っちゃうと確実に怒られるだろう。
ほらドラマの最終話とか飛ばしたくないじゃん。それに俺生放送派だし。
「俺はプロの傭兵なんでね。与えられた仕事はスマートに終わらせるのさ」
俺はそれっぽい事を言って立ち上がる。そして返事を聞く前に空になった盆を持って立ち去る。背中に視線を感じるが引き止められる事は無かった。
「何よ。カッコつけちゃって」
クリスティーナ大尉はボソッと呟きながらオカズを口に入れる。しかしその頬が少し赤いのは気の所為だろうか。
「彼の性格はイマイチ分かりませんからね。快楽主義とは違いますし」
「だが腕前は確かだ。今はそれだけで充分だろう」
「ですがあの男は一体どうやってゴーストから正規市民になったのでしょうか。ゴーストの立場が非常に厳しい物だとは聞いてはいますが」
ゴースト。キサラギ軍曹は自身を元ゴーストだと言い放った。いつ正規市民になったのかは分からない。だが並大抵の事をやって来た訳では無いだろう。それこそ何でもやって来たと言える。
誰もが沈黙する中クリスティーナ大尉が口を開く。
「それでも、キサラギ軍曹は仲間よ。なら私は彼を信じるわ」
その言葉には確かな信頼が含まれていた。尤も他のメンバーも心なしか頷いてるので問題は無さそうに見える。
「やれやれ。奴を信用するのは構わん。だが信頼はするな。お前達が何と言おうと奴は元ゴーストで傭兵だ。その事は忘れるな」
セシリア大佐は最後にそう言って席を立つ。気が付けば食器の中は空になっていた。
「セシリア大佐は食べるの早いんですね」
「姉さんは昔から早いのよ。でも凄く綺麗に食べるから殆どの人は知らないわ」
そして各自は今後の戦いやダムラカについて話し出す。その間にバーグス中尉が立ち上がり自然と解散する形になるのだった。
ダムラカの放送ジャックがあった日から数時間。世間ではダムラカとエルフの王族カルヴァータ家で話題が持ち切りだった。
特に大規模消失事件にエルフの王族が関わってると言う大スキャンダルに誰もが飛びついた。だがそのスキャンダルに介入する存在が現れる。
三大国家の政府による介入。この政府の介入により世間の流れは一気にダムラカの批判に繋がる。
『アデス・バングスの言ってる事は全て詭弁に過ぎません。そもそもカルヴァータ家が介入したと言う証拠は何処にも』
『ダムラカ軍などと名乗ってはいますがね。大体自治権も獲得しても無い彼らが軍を名乗る事自体が間違っています』
『所詮宙賊に過ぎません。それならいっそのこと連邦軍が介入して直ぐに鎮圧すべきでしょう』
『ダムラカはかつて地球連邦統一政府に対し反乱を起こした者達の巣窟です。これを機にエルフェンフィールド軍と共同戦線を張るべきだと』
例えダムラカが真実を伝えた所で意味は無かった。そもそも誰もダムラカに味方をする理由が無いのだ。
エルフ達は高い技術力と軍事力を保持している。更に容姿の良さも相まって非常に人気は高い。無論閉鎖的な所はあるものの常識と礼儀は持ち合わせている。
またエルフェンフィールド軍は三大国家に対し中立の立場を貫いており、内戦や戦争には介入はしない。代わりにオーレムなど害となる存在に対しては共同する声明と契約を結んでいる。
対してダムラカは何も無い。全てを失った為同情心はあるがそこまでだった。無論、大規模消失事件の当初は地球連邦統一政府も同情的で多少の手は差し伸べてはいた。だがそれを振り解いたのは他でも無いダムラカだった。
そう、初めから全ての結末が決まっていたのだ。
【残念だが我々セクタルは其方から手を引かせて頂く。文句はあるまい】
【そもそもだ。我々の意見を聞かずに勝手に宣戦布告をするなど】
【貴様らダムラカが勝手に死ぬのは別に構わない。だが我々の存在が露呈されるのは絶対に許さない】
【アデス・バングス大将。いや、自称大将かな?ま、何方でも構わないか。君がもう少し利口なら問題無かったのだがね。実に残念だよ。君の様な名将を失う事はね】
ホログラムで映し出されるスポンサーの姿を前にアデス・バングス大将は目を瞑りながら言葉を聞く。無論スポンサーの姿は全員黒い箱型になっており正体は分からない。
そんな状況でもアデス大将は反論する気配は無い。何故なら彼等の言ってる事は全てが事実なのだから。
【だけど、アデス大将の選んだ選択は仕方無い所はあるだろうがねぇ】
【それはどう言う意味だ?】
【リリアーナ姫を拉致出来たのは正しく運が良かった。だがあっさり奪われてしまった以上こうするしかあるまい。それにもう五十年以上もの年月が経っている。殆どの人達はダムラカに興味無いんじゃないかな?】
【ふん。なら仕方あるまいか。そもそもカルヴァータを上手く此方に引き渡せれば良かったものを。そうすればまだ援助するだけの価値はあったのがな】
【まったく、エルフの貴重な技術をみすみす逃すとは。だがこうなっては致し方あるまい】
【では我々は失礼するよ。ダムラカの最後の戦いが良い結果になる事を願っていますよ】
【さらばだアデス大将。もう二度と会う事は無いだろう。滅び行く君達の武運は祈らせて貰うよ】
そして一人また一人とスポンサーは消えて行く。誰も映さなくなった部屋でも静かに佇むアデス大将。
そんな中ドアが開く。そしてアデス大将に敬礼をして中に入る。
「失礼します。現在リリアーナ・カルヴァータを乗せた艦隊が此方に進路を取っているとの事です」
「敵は増援と合流してはいないのか?」
「はい。偵察の情報によりますと宇宙ステーションベルモットで補給は行なっていましたが合流などは無かったとの事です」
「随分と余裕だな。いやそれだけ我々を見下しているか。やはり全ての元凶であるカルヴァータを始末する必要はある」
アデス大将は立ち上がりドアに向けて歩き出す。
「全艦隊に通達しろ。敵エルフェンフィールド艦隊を正面から迎え撃つ。我々の後ろにはダムラカの民達が見守り続けている。この戦いに敗北は許さない!」
「了解しました!」
圧倒的に不利な状況でも戦いを選ぶアデス大将。本来なら有り得ない選択だろう。だが彼には切り札がまだ残っているのだ。
「我々が敗北しようともリリアーナ・カルヴァータだけは道連れにする。頼むぞ……息子よ」
そして間も無く始まるダムラカ軍とエルフェンフィールド軍による最後の戦い。既に勝敗が決してると言っても過言では無い戦い。それでも一人でも多くの道連れを連れて行く。
戦略的な価値などは無い。何故ならこれは大規模消失事件により死んだ者達の仇討ちなのだから。




