撤収命令
戦艦アルビレオに戻る途中、端末から連絡が入る。誰かと思い見ると“守銭神 社長”からだった。
「もしもーし、社長元気してた?今薬局が近くにあるけど頭痛薬いる?」
『要らんわ馬鹿者。それより貴様は今何処に居る』
「宇宙ステーションのベネットだよ。何々?まさか撤収命令とか言うんじゃねえよな」
『撤収命令だ。現時刻を持ってエルフェンフィールド軍から離れろ。機体に関しても最悪放置しても構わん』
「おいおい、そりゃねえよ。此処まで来たんだぜ?最後まで付き合ってやるのが人情ってやつじゃん?」
『貴様の意見など聞いてはおらん。分かったらその場で待機してろ。大体貴様はエルフ共に対して人情など持っとらんだろ』
「なら理由くらい教えろっての。それくらい教えてくれたって良いじゃない。大体簡単に降りる理由が見つからねえよ。どう考えても勝ち戦じゃん。ま、不確定要素は半端ねえけどな」
俺が反論するとデカイため息が聞こえる。社長も連日椅子を温める仕事にお疲れなのかも知れんな。湿布でも買って行こうかな。
『大規模消失の二の舞は御免だ。分かったか』
「だろうと思ったよ。世間はエルフの味方だけど現場は違う。そう言う事でしょう?」
ダムラカの味方をする酔狂な連中なんて精々自殺願望がある奴くらいだろう。しかし、だからと言ってエルフの味方をする訳ではない。
理由は先程アデス大将が語ってくれた。少し調べればリリアーナ姫が学会で出した重力転換装置も出て来る。
全部が本当では無いだろう。だが世間は半分の事実を知れば全てが事実だと勘違いする。よく言うだろ?嘘をつく時はほんの少しの事実を混ぜるんだってな。
『分かっているならさっさと降りろ。これは命令だ。良いな』
「いやでもさ、折角テメェらの覚悟を〜みたいな決め台詞言ったのに此処で撤収するのはちょっと俺の立場が……」
『馬鹿な事言ってないで撤収準備は済ませておけ。分かったな』
「はいはい。分かりましたよ。では失礼しますよっと……たっく、つまんねぇ事でビビりやがってよ」
端末を切りながら愚痴をこぼす。だが普通なら撤退するのが利口だろう。寧ろ態々無駄に危険に赴く馬鹿で酔狂な奴は居ない。何かしらの理由が無ければ残る理由は無い。
「ま、命令なら仕方ねえか。んー……まあ後の事はその時に考えれば良いや」
取り敢えず薬局に行って頭痛薬の代わりに湿布を沢山買ってから戦艦アルビレオに戻る事にする。でなければ話は進まないからな。
俺は鼻歌混じりで薬局に向かうのだった。
戦艦アルビレオの艦内は若干のざわつきは有るものの然程変わりは無かった。だがいつまでもベルモットに駐留し続ける事が出来なくなったのだ。
「成る程。其方の言い分は分かった」
『誠に申し訳ないブラットフィールド大佐。しかしベルモットを危険に晒す訳にはいかないのです。此処には約三十万人もの人々が住んでますので』
「分かっている。此方もベルモットに無用な被害を出したいとは思わない」
『有難うございます。ですが我々はエルフェンフィールド軍、ひいてはカルヴァータ王家に対し何一つ疑いなどは有りません。ですので今回の補給に関しても税金分は此方で負担させて頂きますので』
「その必要は無い。我々に対しそこまでして貰う必要は無い。よって通常通りの額を支払わせて頂く。それから此方の補給が済み次第直ぐに離脱する事を約束しよう。以上だ」
『あ、しかし』
セシリア大佐はベルモットの責任者との通信を切り軽く溜息を吐く。
「補給の進行はどうなってる?」
「現在七割程完了しています。また他の艦船の補給も順次滞りなく進んでいます」
「そうか。本国からの通信はどうだ?」
「まだ来てはいません」
「恐らくですが本国の方も混乱してるかと」
「だろうな。全く、此方にはリリアーナ様が居ると言うのに」
セシリア大佐が溜息一つ吐くと通信が来る。それは丁度話していた本国からだ。
「噂をすればと言うやつか。通信を繋げろ」
「了解です。通信繋げます」
そしてスクリーンに映像が映し出される。
其処にはエルフェンフィールド軍の軍服とは違う煌びやかな軍服に身を包む美女がいた。その美女は金髪で微笑みを浮かべながら口を開く。
『私はエルフェンフィールド軍第一近衛師団隊長マリエル・マーグス大佐です。久し振りですねセシリア大佐』
「ほう、今更近衛が出張ってくるか。本国防衛と王族護衛を盾に一部隊も用意しなかった近衛が」
『貴女なら出来ると信じてましたので。現にリリアーナ様を救出は出来たでは有りませんか』
「私には優秀な部下が居るのでな。まあ運の良さも否定はせんがな」
『そうですか。まあ、このまま話し合っても埒が明きませんので先に伝えます』
マリエル大佐は一旦目を閉じて再び微笑みを作りながら口を開く。
『これよりエルフェンフィールド軍、第五、七機動艦隊及び第一近衛大隊から増援を送ります。聞いた事も無い無名の所から宣戦布告されたのです。此方も迎撃の為に艦隊を出します。勿論地球連邦統一政府には話を付けてます』
「随分と早いな。まるで最初から準備していたみたいだな」
『当然です。軍人とは常に最悪を想定して行動しますので。合流地点は此処ラーリアル宙域です。此処には資源を掘り尽くした小惑星くらいしか有りません。この場所を起点として敵を迎え撃ちます。それから此方の合流予定は五日後になっています』
「ふん、まあ良い。なら此方も急ぐとする。此方にはリリアーナ様がいるのだ。遅れるなよ」
『わ、分かっています。だからその睨みを止めなさい。そんな風にフィアンセを睨んだら即破局になりますよ?』
「余計なお世話だ!」
セシリア大佐の睨みに少しビビりながら忠告するマリエル大佐。勿論余計なお世話だと言わんばかりに更に睨み付けながら通信を切るセシリア大佐。
「全く、あの女はいつも一言二言多いのが気に入らん。兎に角艦隊の補給が済み次第出撃する」
「傭兵達は如何しますか?」
「彼奴らはやるべき事をやった。此処で降りるならそれでも構わない」
「分かりました。では傭兵達に通達しておきましょうか」
副官がオペレーターに指示を出した時だった。ドアが開く音が聞こえたので振り返るとリリアーナ・カルヴァータが其処にいた。
「姫様如何されましたか?」
「セシリア大佐、このままでは再び大規模消失事件の二の舞になります」
「……それはどう言う意味ですか?」
そこからリリアーナ姫から伝えられた内容を聞いて艦橋内に居たエルフ達は顔を青ざめてしまう。
「なら……まだアレは生きていると?」
「はい、間違いありません。このまま悠長にしていたら間違いなく被害が大きくなります」
「何と言う事だ……」
「ごめんなさい。私がもっと人間を疑うべきでした。私の同情心が生んでしまった事態なのは間違いありません」
「姫様は悪くありません。寧ろ救おうとしていたのでしょう?」
「ですが、結局誰も救えませんでした。誰一人として……。私は……王族失格です」
涙を流すリリアーナ姫。セシリア大佐が慰めるが意味を成さない。だが先程リリアーナ姫が言った事が事実なら尚更早期に終わらせなければならない。
「副長、現戦力の確認を行え」
「了解しました」
「それから傭兵ギルドへ連絡を……いや、止めておく」
「何故ですか?今は少しでも戦力増強は必須です」
「これ以上この事件を露呈させるのは良くない筈だ。だがそれよりもアレを止めるにはどうすれば……」
「それは私に任せて下さい」
「姫様?何か策があるのですか」
「この艦の重力砲と私の制御があれば理論上では可能です」
セシリア大佐は迷った。リリアーナ姫の言葉を信じるなら任せるべきだろう。だが軍人としてその様な不確定要素に頼る訳には行かない。
「兎に角だ、一度艦隊と部隊の再編が必要だ。副長任せたぞ」
「了解しました」
「それから参謀及び情報部を作戦会議室に至急集めろ」
艦橋内が慌ただしくなるのと同時にセシリア大佐とリリアーナ姫は艦橋から出る。そして足早に作戦会議室に向かう。
「セシリア……ごめんなさい」
「姫様は悪くありません。今は前を向いて下さい。そして考えるのです。これ以上の被害を出さない事を」
「……そうですね。恐らく私にしか出来ない事でしょう。ならば私はやります」
「その意思があるならきっと何とかなります。さぁ、行きましょう」
ダムラカとの戦争を止める為に前を向くリリアーナ姫。無論セシリア大佐は楽観主義では無いので打てる手を考える。
そして間も無く始まるダムラカとの最後の戦い。復讐に燃えるダムラカを誰が止めるのか。
今は誰にも分からない。だが誰かが止めなくてはならない。これ以上の無用な犠牲を出さない為に。
戦艦アルビレオに戻れば艦内の雰囲気は意外と落ち着いていた。思ってた以上にエルフ達が度胸があるのか。それとも今だに他人事のどちらかなのかも知れんが。
とは言うものの社長から撤収命令が出てる以上従わなければならないだろう。勿論俺がスマイルドッグに所属し続けてればの話だがな。
「他の連中はもう撤収準備に入ってんのか。行動力が早い事で」
格納庫の様子を見に行くと傭兵連中は撤収準備に入っていた。誰一人として引き止められない辺り話は着いてるのだろう。
だがバーグス中尉のマドックは手付かずの状態で置かれている。恐らく残るつもりなのだろう。これはもしかしたらもしかするとだ。
「こりゃ最後の最後まで分かんねえかもな。どんな結末になんのか楽しみじゃねえか」
色々と考えるとつい顔がにやけてしまう。もしかしたら最悪な結末も有り得るだろう。それこそ身内からの裏切りなんてオチになるだろう。
「これ迷っちゃうな。残るか去るか。いやどうしよう……あ、でも俺の機体ポンコツだったわ」
自分の機体の状態を考えたら一気にテンションが下がってしまった。あの時、高性能化したマドックを破棄したのは本当に痛い。あれ程の機体は中々お目に掛かる物では無い。
恐らく機体性能的には三大国家の軍用AWと同等かそれ以上だった筈だ。そもそも俺用にチューニングされた機体なら尚更だろう。
「うーむ……無理だな。よし俺も撤収し「何が無理なの?」ん?何だ大尉殿ですか。何か御用で?」
後ろから声を掛けられたので振り返るとクリスティーナ大尉が飲み物を片手に居た。
「別に。唯、貴方も出て行くのかなって思って」
「さっき社長から撤収命令が来ましてね。ま、そんな訳で此処でお別れってやつですな」
「そう……まあ、別にいいけど」
「それに俺の今の機体じゃ満足に戦えませんよ」
「嘘。普通に戦えているじゃない」
「俺が満足に戦えないなら意味無いさ。一応懐かしい機体だったから無駄にテンション上がったけどな」
「懐かしい?」
「あのサラガン、俺が訓練生の時に使ってたやつなんですよ。懐かしさの余り頑張っちゃったけどね」
そしてお互い無言になりながら撤収準備をしている機体を見て行く。その間にクリスティーナ大尉はストローに口を付けながら飲み物を飲む。クリスティーナ大尉自体が美人なので何をやっても様になる。と言うかちょっと色っぽい。
「大尉殿は同性から嫌われてそうですね」
「何よ急に。別に嫌われてなんか無いわよ」
「無自覚に振り撒く色香に騙された男共は多かっただろうに。その中には恋人がいる奴も居ただろうに。学生時代とかの下駄箱の中に画鋲とか入ってませんでした?」
「下駄箱……言わない」
「何か入ってたんだ。めっちゃウケる」
俺が茶化すとクリスティーナ大尉は睨み付けてくる。だが余り怖くないので平気だったりする。
「さてと、俺も降りる準備でもすっかな。あー、此処からだってのによ」
「ねえ、もし貴方の機体が万全の状態だったらどうするの?」
「そんなもん決まってるじゃん」
俺は笑顔になりながら答える。
「最後まで付き合わせて頂きますよ。大尉殿」
そう言って撤収準備にはいるのだった。




