乙女の勘
今回の件を簡単にママに話しながらお酒を飲む。アーロン大尉は巨漢に似合う様に一気にお酒を煽しチュリー少尉もお酒に強いのか次々と飲んで行く。そして俺は普通に飲んでるがミクニ少尉はストローを使ってお酒を飲んでる。
「お前は乙女か」
「これ以外に飲む方法は無い」
「飯は普通に食べてたじゃん」
「箸を使い小さくして食べてる」
「お前は乙女か」
つい同じ台詞を言ってしまったが俺は悪くない。
大体このミクニ少尉って奴は何時もマシンボイスだから性別が分からない。服装も大体長袖長ズボンで体型も分かりにくい格好だ。
いやだからと言って性別を知りたいとも思わないけどな。
「でも良かったわね。無事にお姫様を助け出す事が出来て」
「そうだな。色々な事情は有ったが俺達は唯目の前の敵を倒すだけだったし。それで一千万クレジットが手に入ったんだから安いもんだ」
「でもあの戦力は異常よ。正規軍顔負けの装備とパイロットだったもの」
「正に国境警備隊に相応しい戦力。超級戦艦が来た時は冷や汗が出たが」
「俺もスピアセイバーとデルタセイバーをボコボコにした時は冷や汗が出たぜ。ま、命拾いしたけどな」
「シュウちゃんのだけ何か違うわねん」
そして俺達は今後どうするかの話に変わる。
「俺はこの宙域から離れたら降りるぜ。いつまでもエルフ共と一緒に居るつもりは無いからな」
「私も同じかな。流石にこの宙域は危ないからね。ママは此処に居て大丈夫なの?」
「そうなのよ〜。シュウちゃんにも言ったけど折角オープンしたばっかりなのに嫌になっちゃうわ〜」
「本当、戦争って嫌よね。私達みたいな傭兵が言う台詞じゃないけど」
チュリー少尉はお酒の入ったグラスを見ながら呟く。
「大規模消失事件は誰もが一度は聞いた事はある。それだけだと思ってた。でも実際はダムラカ軍は存在して私達の前に現れた」
「確かに。我々とは住む世界が違うのだろう」
「そりゃ五十年も潜伏してた訳だろ?手強かった訳だ」
「これで終わるのかしら。私はまだ続く気がする」
「それは傭兵としての勘かしらん?」
「ええ。後は乙女の勘よ」
俺はチュリー少尉の言葉を聞いて確信した。間違い無くこの戦いは続く。そしてその時がダムラカにとって最後の戦いになるだろう。
切り札であるリリアーナ・カルヴァータを失ったダムラカに存在価値はほぼ無いに等しい。
そんな状況を打破する方法など限られてる。
「乙女の勘なら当たるな」
「何故?」
「決まってんだろ。乙女の勘ほど多くの野郎を絶望に叩き落とした事はねえからな。浮気然り不倫然りな」
「それ全部野郎が悪い場合じゃねえか。だがキサラギもまだ戦いは続くと考えているのか?」
「勿論だ。大体此処まで大ごとにして終わりな訳がねえよ。多分次辺りが最後になるんじゃねえかと思うね」
「その理由は?」
「今回の戦いでかなり戦力を消耗した筈だ。連中に満足な補給が出来ると思うか?無論スポンサーの一つか二つはあるだろうが限界はある。そしてスポンサーから見捨てられた瞬間、自然消滅するのは必然だ。なら、そうなる前に決着を付けたいと思うのは当然だろ?現にお姫様はまだ此処に居るしな」
俺はカウンターを指で軽く叩きながら言う。すると全員が渋い顔をする。
「私嫌よん。このベルモットが戦場になるなんて。もしなったら私どうしようかしらん?」
「とかなんとか言いながらちゃっかり脱出用意はしてるんだろ?」
「勿論よん」
「流石ママだぜ。伊達に俺達の様な傭兵相手に客商売はやってねえわな」
「でもベルモットを戦場にしたら地球連邦統一軍が黙ってないわ」
「それだけじゃねえ。周辺の自治軍も集結するだろうな。となるとだ……何も無い宙域が危険か」
「アーロン大尉の言う通りだろうよ。つまりだ此処で降りるのも一つの手だな」
「成る程。連中相手にする位なら宙賊の方がマシと言う訳か」
ミクニ少尉がそう言うとアーロン大尉は頭を抱えてしまう。
「あーあ……畜生。折角大金が手に入ったってのによ!大体此処だと軽量機の予備パーツが高えんだよ。もっと皆軽量機を使えよな!」
「ジャンボみたいにわざわざコクピット換装してまで乗るとか無いわ」
「うるせえ!ぶっ飛ばすぞ!」
「私のフォーナイトも此処だと整備し難いのよね。帝国製だから予備パーツが地味に高いし」
「そりゃあ此処は曲がりなりにも地球連邦統一の管轄下だからな。ほぼ放置されてるけど」
「自分は問題無い。他の予備武装も変えれば良いだけの事だ」
「俺も問題無いかな。流石ベストセラー機サラガンだぜ。何処に行っても大体価格は同じだからな」
「マドックも同じだ。基本価格は若干高いが」
「サラガンもマドックも予備パーツの価格なんて誤差だよ誤差」
頭を悩ませる二人とは対照的に俺とミクニ少尉はのほほんとお酒を飲みながらツマミを食べる。因みに今は開店前なのにも関わらず、ダラダラとしてても怒らないママの器の大きさに密かに感服してたりする。
だがいつまでも居座って邪魔するのは良くないと思い席を立とうとする。すると店の奥から慌ただしい音と共に化粧が済んでないおっさんが現れた。
「ママ大変よ!大変!とんでもない事になってる!」
「どうしたの?アルビちゃん。あら、まだ化粧が途中だからアビルちゃんもとんでもない事になっちゃってるわよ?」
「え?や、やだ。途中で出て来ちゃった……て、違うわよ!テレビよテレビ。今放送ジャックされてるの!」
ママは端末からテレビを付ける。お店の壁にある大型テレビから今何が起こっているのか直ぐに分かった。
【……突然の放送をお許し下さい。私はダムラカ軍所属アデス・バウングス大将です】
テレビに映っているのは白髪と白髭の目立つ壮年の男性だった。軍服に身を包み帽子を被り鋭い視線をテレビ越しから送っている。
【皆さんはご存知でしょう。かつて五十年程前に存在していた惑星ダムラカと周辺の惑星、宇宙ステーションの存在を】
「俺が産まれた時には無かったから知らねえや」
「ちょっと静かにしなさい」
「はーい」
下らない事を言ってるとチュリー少尉に注意されてしまう。
【あの大規模消失事件によって全てが失われた。そう世間では言われています。しかし、違うのです。ダムラカは存在しています。まだ全て存在しているのです】
アデス大将の後ろにソレは映し出された。ソレは真っ黒な球体だった。映像は何処かの宇宙空間だろう。
球体の近くにはダムラカの艦隊と思われるのも映っている。艦隊の大きさと比較すると小惑星より一回り小さい程度と予想出来た。
【コレが……惑星ダムラカです。今皆さんが見ているアレが我々の全てなのです】
その瞬間誰もが沈黙し動きを止めた。街行く人々は自身の端末や店の前に映し出されてる映像を注視する。
「マジかよ。あの焦げたタコ焼きみたいなのがダムラカなのか」
「タコ焼き……私最近食べてないな」
「俺もだよ。大体タコ焼きって中央付近にしか無いし」
「でも聞いた話だとタコ焼きのタコは何処かの種族の触手らしいぞ」
「「嘘!」」
「貴方達ある意味尊敬するわね」
「ママさん申し訳ない」
アーロン大尉からタコの正体を聞いて俺とチュリー少尉がビビってるとアデス大将の演説が再び始まる。
【我々は貧困によって飢えてました。それでも共に手を取り合い助け合って生きて来ました。ですが、それを全てを潰した存在が居るのです】
目を閉じ言葉を切る。そして再び目を開けた時、憎悪を滲ませながら言葉を放つ。
【かつて学会で重力転換装置で名を馳せた存在】
【慈愛と慈悲と称し我々に魔の手を差し伸べた存在】
【惑星カルヴァータを総本山にしてエルフ達を統治している血筋を持つ存在】
【その名は第三皇女リリアーナ・カルヴァータである】
【全てはこの女から始まったのです】
誰も口を開く事は無かった。誰もがアデス大将の言葉を聞き続けていた。
「あーあ、言っちゃった」
そんな中俺は一言呟いてグラスに入ってるお酒を飲む。正直演説とか余り興味無いし。
【我々は耐えた。耐え続けた。苦痛と悲しみに耐え続けた。だがカルヴァータは大規模消失事件で得たデータを元にこの様な戦艦を作り上げた!】
再び映像が変わる。映像には以前ユニオン企業との戦闘が映し出される。そして戦艦アルビレオの艦首から黒い塊が形成されている映像。
【この様な兵器を作ればまたダムラカの二の舞を晒す事は明白である!我々はカルヴァータを粛清せねばならない!ダムラカの様な被害を他の宙域で起こす前に!】
アデス大将は声高らかにリリアーナ姫を非難する。そして同時に宣戦布告してるに近い状況にしている。
【よって我々はカルヴァータ王家及びエルフェンフィールド軍に対し、即時リリアーナ・カルヴァータの引き渡しを要求する。もしこの要求が果たされなかった場合……】
一呼吸入れて言葉を切る。誰もがその言葉の続きに耳を傾ける。そしてアデス大将の口が開かれる。
【我々は惑星ダムラカを惑星カルヴァータにぶつける覚悟がある】
それと同時に放送は終わる。そして画面がしばらくお待ち下さいのテロップが出る。
「戦争か。参戦するならエルフ達についた方が良いな。どうせダムラカなんて大した戦力を持ってないだろうし」
俺はグラスに酒を入れながら周りに話し掛ける。だが反応がイマイチだった。
「俺は今回はパスだ」
「何だよ。怖気付いたとか言うなよ?」
「ちげえよ。今回はエルフとダムラカの戦争だ。それに参戦する義理はねえからな」
「私も良いかな。もうクレジットは貰ってるし」
「たっく、これだからフリーの傭兵は。Mr.仮面はどうすんの?」
「恐らく撤収命令が来る」
「ちぇ、つまんねえの」
「お前は戦いが好きなのか?」
「好きだよ。けど一番好きなのはAWを操縦する事だ。戦いはAWを一番活かせるからな。俺にとって戦いは付属品だよ」
「私、貴方の事が全然分からないわ」
「たった数週間で俺の事が分かってたまるかよ」
そして今度こそ立ち上がり店から出る。勿論最後は定番の名前当てゲームをするが結果は全員惨敗であった。
「あ、悪い。ママの所に忘れ物した。先に行っててくれ」
俺は傭兵仲間の返事を聞く前に踵を返して店に戻る。そして再びママを呼んだ。
「あら?どうしたのんシュウちゃん」
「悪いね。この人調べて貰って良い?」
端末に映し出した人物をママに見せる。
「あら良い男。この人は?」
「ウィリアム・バーグス中尉。フリーの傭兵だ。本来なら今日連れて来る筈だったんだがな」
「でも何でこの人を調べるのかしら?」
「無駄にダムラカに対して肩を持つからね。もしかしたら単純に唯の優男なのかも知れないけど。だが一番の理由は傭兵よりも軍人に感じたしな」
「そう。分かったわ。調べたらシュウちゃんの端末に送れば良いかしら?」
「そうしてくれ。これ前金ね。あ、領収書は要らないから」
「フフ、もうシュウちゃんったら」
「じゃあ、また来るよ」
再び店から出て街に戻る。街の人々は多少の混乱はあるものの先程の演説を最早過去の物にして普段通りに歩き出していた。
「そもそもダムラカの味方なんて最初っから誰も居ねえからな」
確かな戦力と国を持つエルフと何もないダムラカ。何方の味方になるかは一目瞭然だ。
恐らく今日のニュースではこの演説が持ち切りになるだろう。そして次の日にはエルフやリリアーナ姫を擁護する。態々無駄に戦力のある連中を敵に回す必要は無いからな。
「それでも戦うか。なら見せてみな。テメェらの覚悟ってやつをな」
俺は人混みに紛れながら戦艦アルビレオに戻るのだった。




