強い=罪深い
ストックが切れましたので更新止まります。
再開は未定です。
俺はニーナ・キャンベルを逃さない様に手を握りながら通路を歩いて行く。
最初は大股で歩いていたが、歩幅の違いに気付いたので彼女に合わせる事にした。
最悪、怪我でもさせたら言い訳のしようが無いからな。
(誰からも怪しまれずに離脱出来た筈なのに。やってくれたぜ)
俺はニーナ・キャンベルを睨みつつ、空室を探す。
取り敢えず誰も居ないミーティングルームがあったので、そこで話を聞く事にした。
「さぁ、中へどうぞ。ニーナ様」
「ニーナで良い」
「そうですか?なら、中へどうぞ。キャンベル様」
今の所は大人しくしているキャンベル。
本来なら、こんな暴挙は許される事では無いだろう。
仮にこんな状況が世にバレたら、スキャンダルとして身バレするリスクが大き過ぎる。
だが、それ以上に俺を引き止めた理由を知る必要がある。
(無料でエースパイロットの力を借りようってか?そんな上手い話が、この世の中にある訳ねぇだろ)
弱みの一つでも握ってるなら話は変わるだろうがな。
「さて、聞きたい事は一つだけだ。何故、俺を引き止めた」
「…………」
「先に言っておくが沈黙は無しだぜ。大体、俺が成り上がりなのは知ってただろ。なのに、ファンタスト宗教の聖女として保証する?そんな、ふざけた話があるかよ」
聖女とは言え差別意識は必ずある。そして、それが当然として成り立っている世界だ。
今更、革命を起こして何とかしようとする気は無い。
例え、誰かが革命を起こしたとしても俺は阻止する側に立つ。
世界の流儀に沿って成り上がる。
今の俺が存在しているのは世界の流儀に合わせたから。
だから、文句は心の中だけに留めるのさ。
「さぁ、言え。俺を引き止めた理由を」
聖女でもあり、ナインズのアイドルでもあるニーナ・キャンベル。
彼女が何を考えているのか興味は無い。だが、俺を面倒事に巻き込んだ理由は聞く必要がある。
「……それは、まだ言えない」
「今言え。現状を知らない訳じゃねえだろ。直ぐ側に敵艦隊が居るんだぞ。それも、ホープ・スター艦隊を圧倒する戦力だ」
最初のナインズ拉致が失敗に終わった。そして、次の計画として無理矢理奪いに来る訳だ。
既に、相手はナインズを強奪する事に躊躇は無いだろう。そして、その上で出る犠牲も無視する筈だ。
そもそも、相手には時間が足りないのだ。この3時間も強奪作戦の許容範囲だから、猶予として与えられただけだ。
「もう一度言う。何故、俺を引き止めた。答えられないなら……」
脅しとしてマグナムを軽く触りながら問い掛ける。
それでも、一切口を開こうとしないニーナ・キャンベル。
だが、その程度で世渡り出来る訳が無いんだよ。
だから、俺は躊躇無くニーナ・キャンベルの胸倉を掴んで無理矢理持ち上げて再度問い掛ける。
「言え!痛い目に遭いたくは無いだろ!」
「ッ!」
至近距離で顔を近付けて脅す。それこそ、唇が付きそうな至近距離でだ。
そもそも、正直に言えば痛い目に遭わせる事など出来ない。
ニーナ・キャンベルはファンタスト宗教の聖女であり、ナインズでトップ3に入ってる超人気アイドル。
対して、俺はエルフェンフィールド軍のお尋ね者であり、89億クレジットの多額の負債を抱えてる始末。
俺とニーナ・キャンベルとでは立場が違い過ぎるのだ。
本来なら、こんな暴挙すら許される筈が無いのだ。
「……っょ…………から」
「……あ?何だって?」
小さな声。俺は気の所為だと思い再度聞き直す。
「貴方は……強い、から。だから……」
目を逸らす事無く、俺の目を真っ直ぐに見て言う。
しかし、強いから……か。
確かに俺は強い。他者を圧倒出来るテクニックを持っていると自負している程だ。
だが、情け無い機体だから戦えるにも限度はあるけどな。
「……チッ、アホくさ」
呆れた理由を聞いたので、ニーナ・キャンベルを降ろす事にした。
「お前、人を見る目が無いって良く言われるだろ」
「……逆。寧ろ、人を見る目は有るって言われてる」
「そうかい。なら、今回は的外れだよ」
俺はサングラスを外してキャンベルに装着させる。
これで少しは眼精疲労が和らぐと良いな。
「眼科にでも行って来い。あ、そのサングラスは後で返せよ。必ずだからな」
監視カメラも誤魔化せる優れ物のサングラスなのだ。
伊達に750万クレジットはして無いのだよ。
まぁ、俺が払った訳じゃ無いけどな!
(しかし、俺が強いと分かってたとしてもだ。戦局は覆せないぜ。専用機とか用意してくれるなら話は別だけど)
ZC-04Rバレットネイター。
ZCM-08Rブラッドアーク。
俺の為にセッティングされた最高のAW。デルタセイバーと出会わなければ、今も搭乗して戦場を派手に暴れていただろう。
だが、今俺の手札には初心者仕様のHS-105Nヴォルシアがあるのみ。
狙撃に徹したとしても、味方のポンコツが多いので前線は必ず抜かれる。
そうなると必然的に接近戦もやる必要がある訳だが。
「ハァ、本当に余計な事をしてくれたぜ」
「でも、ジェームズは強いから。それに、多分認めてくれる筈」
「誰がだよ。それに、俺にも色々事情があるんだよ」
俺は呆れた表情になりながらキャンベルを見る。
サングラスを掛けているので、普段の雰囲気とは少し違うが悪くは無い。
何ならゴツい拳銃とタバコが似合いそうだな。
「決め台詞とか言ったら完璧だな。神に祈る時間はねぇよとか似合いそうだぜ」
「絶対に言わない」
「安心しな。清楚系のお前に期待なんぞして無いから」
しかし、ニーナ・キャンベルとは接点なんて殆ど無い筈だが。
強いからと言って、聖女の立場を利用してまで普通は引き止めないと思うが。
強いて言えばドリンク評価くらいか?
(まぁ、数少ない自称ドリンク評論家の貴重な意見だ。頼りにする気持ちは充分理解出来る。今の所、キャンベル監修ドリンクは外ればかりだしな!)
何故か少しムスッとした表情になる聖女様。ほら、アイドルなんだからスマイルスマイル。
後の接点は殆ど無いからな。となると、他の理由は……。
(誰かから指示されたとか?だが、聖女相手に指示出せる立場は限られてる)
そう考えるとホープ・スター艦隊の上層部辺りだろう。
(一番有力なのはアーノルド艦長か。あの中年オヤジなら現状を一番把握してるだろうしな)
まぁ、今は真実なんてどうでも良い。
一番重要なのは現状を切り抜ける奇策が必要なんだ。
「さてと、聞きたい事は無くなりました。それでは、自分は先に失礼しますよ。お付きの人を呼んでも構いませんから」
俺はキャンベルからの返事を聞かずにミーティングルームから退室する。
取り敢えず、真意は分からなかったが頼りにされてる事は分かった。
まぁ、こんな状況だ。使える戦力は使わないと切り抜けれないのは理解出来る。
出来る事なら俺抜きにして貰いたかったんだがな。
(報酬が無いとやる気出ねぇんだよな。まぁ、死にたく無いからやるけどさ)
俺は格納庫に戻る事にした。
一応、追加ブースターの使用許可は降りた訳だし。両肩側面と脚部なら装着出来る筈だ。
本当なら両肩も追加ブースターにしたいが、ビームスナイパーライフルを使うと小型補助ジェネレーターも必要になるから装備不可になるのだ。
これから先の激戦に備えて準備をしっかりと整える必要がある。
「エイティ、厳しい戦いになる。通信が回復次第、ナナイに状況を伝えろ。偶然を装ってスマイルドッグが接触してくれる筈だ……多分な」
『了解しました。しかし、本当に貴方はトラブルメーカーですね。少し、尊敬します』
「皮肉か?勘弁してくれよ」
俺は肩を落としながら格納庫に向かうのだった。
「…………美味しいのに」
ミーティングルームにサングラスを掛けて、1人残された聖女様の小さな呟きは誰にも聞かれる事が無いままに。




