下衆野郎共
モニターに映し出されたのは、不機嫌全開で少しお疲れ気味の女性だった。
しかし、キタチー自治軍の制服を身に付けており階級章から見ても、それなりの権限はある人物だと伺える。
『ご機嫌様、私はキタチー自治軍、特務部隊局長のサーナル・アデランスです。以後、お見知りおきを』
「ホープ・スター艦隊旗艦ウラヌス・オブ・スターのオリバー・アーノルド艦長だ」
アーノルド艦長は内心舌打ちをしていた。
まさか、特務部隊の局長が直々に通信して来たのだ。
サーナル・アデランスの中では、既にホープ・スター艦隊が今回の原因の被害だと決めている様なものだと理解した。
『さて、本題に入りましょう。私達には時間が非常に限られてますもの』
直ぐ近くにテロリストが居る状況なのだ。
悠長にしてる暇は無い事は誰もが理解していた。
『これより旗艦ウラヌス・オブ・スター内に於ける強硬調査を実施させて頂きます。理由はお分かりですよね?』
だからこそ、サーナル・アデランスは強気の姿勢を見せる。
そもそも、コロニー・キタチーが戦場になったのはホープ・スター艦隊が原因。
特に、ナインズに関しては没落国家からの名指しもあった訳だし。
「強硬ですか。無論、我々としても協力出来る所は協力しましょう。しかし、アイドル達の居住区は」
『関係有りません。居住区だろうと教会であろうと全て調べさせて頂きます』
しかし、その条件で了承する事はしないのが大企業だ。
自分達が不利な条件を提示されて、了承などした日には社会的に抹消されるだろう。
その為、アーノルド艦長は断固拒否の構えを崩す事は無い。
そして、サーナル・アデランスは大企業の特徴を理解している。
伊達に特務部隊の局長室で椅子を温めてはいないのだ。
『とは言え……流石に、時間が足りません。僅か3時間の猶予しか有りませんもの』
「……では、我々にどうしろと?」
アイドル達のプライベートは勿論の事。特大のスキャンダルが外部に漏れるのはホープ・スター企業にとって致命的な物となる。
だからこそ、それ以外となれば一応頷く事は可能なのだ。
『今回の被害に於ける賠償は全て、ホープ・スター企業に支払って頂きます。それから、何名かを重要参考人として、こちらで保護させて頂きます。宜しいですね?アーノルド艦長』
最初の条件に比べればホープ・スター企業から見ればマシな方だろう。
クレジットを支払えば解決出来る問題。そして、重要参考人として何名かをキタチーへ差し出すだけ。
アイドル達の内情を知られるよりかは好条件と言えるのだ。
「賠償に関しましては、本社に確認しなくては何とも言えません。自分の一存で動かせる額では有りませんので」
とは言え、アーノルド艦長が動かせるクレジットは多い訳では無い。
基本的に艦隊の補給や修繕などでの決算は可能な立場だが。流石に賠償金となると立場的に無理なのは仕方ない事だ。
「重要参考人の件は了承ッ……いえ、少しお待ち頂きたい」
この時、アーノルド艦長のギフト【危険予測】が発動した。
何故、数名の重要参考人程度で危険予測が発動したのか。
アーノルド艦長自身も疑問に思ってしまった。
だが、彼が感じた中で一、二を争うレベルで危険予測が反応したのだ。
(何故です?たった5名を重要参考人としてキタチーに降ろすだけなのに……)
重要参考人としてキタチー側から提出された人物を端末で確認する。
その中にはジェームズ・田中の名前も記載されいた。
アーノルド艦長がキタチー自治軍の特務部隊の局長相手に説得をしている訳だが。
その間に俺達は一度退室する事にした。
一応、報告すべき事は済ませた訳だからな。それに、やるべき事が沢山あるからな。
(特にブースター関係は急務だせ。最悪、親衛隊の予備機とか使うか?)
まぁ、親衛隊の予備機を使いたいと言っても許可は降りないだろうけどな。
ほら、俺は所詮一般警備員だからさ。
「取り敢えず自分達は退室します?」
「そうだな。私達が居ても意味は無いだろうからな」
色々と忙しそうにしているアーノルド艦長以下副官達に対し敬礼してから退室する。
「しかし、参りましたね。賠償金の請求は予想出来ましたが。重要参考人のワトソンは死んでますよ」
「何名かと言っていたからな。他にも怪しい人物が居たのだろう」
「怪しい人物ねぇ。そう簡単に分かるもんですかね?」
「さぁな。もしかしたら、特別なギフトで見つけたのかも知れないが」
特別なギフトか。まぁ、ギフトにも色々と種類はあるからな。
それこそ戦闘系から日常系まで様々な訳だし。
細いのも見れば相当な種類があるだろう。それこそ、特異なギフトだって有る訳だし。
「それにしても、ワトソンの奴。私達を騙すだけでは無く、ナインズ達も騙していたのは許せんな」
「それが奴のやる事だったのでしょう。アイドル育成をやりつつ、現在の状況まで持ち込んでますから。大した置き土産を残してくれましたよ」
恐らく、警備隊員の質の低下も関わってるだろう。
俺と面接したのがワトソンだったからな。考えてみたらプロデューサーが入社面接の対応する時点で可笑しな話だからな。
(一番厄介なのはアーマード・ウォーカー関係だよ。俺の商売道具がパチモンみたいな物になってる訳だし)
初心者仕様のブースター、スラスター関係。
IFFにも細工されている時点でOS関係も怪しいだろう。
今も整備士達が一斉点検をしている筈だ。
それこそ、寝る間も無い修羅場が確定している訳だから。
(流石にこの状況でブースターとスラスターを変えてくれって言えねぇな)
これがシュウ・キサラギだったら問答無用で言えただろう。
エースパイロットなら何とかしてくれる。
そう思わせる事が出来る。
だが、一般パイロットの要望なら後回しにされるだけだ。
内心溜息を吐きつつ、女隊長さんの愚痴を聞きながら俺達はコミュニティルームへ向かう。
コミュニティルームには既に何人か待機していたが、全員雰囲気が暗い。
「待たせたな。取り敢えず警備隊は一度自室に待機していて欲しい。私達親衛隊の方は今後について話し合う必要があるからな」
「そうですか。では、自分は失礼します」
「……正直に言うとだな。田中君は一緒に来て欲しいのだが」
ジト目になりながら見てくる女隊長さん。
しかし、俺は色々と忙しい立場なのでね。この辺りで退場させて頂きますよ。
「ハハハ、勘弁して下さいよ。俺は唯の警備隊員ですよ」
「フフフ、唯の警備隊員が私達以上にアイドルを守る行動はしないよ」
互いの目線が打つかり火花が散るが仕方ない事だ。
面倒事は俺抜きでやって貰いたいからね。
(それに、俺はエイティと脱出計画を立てる必要があるんだよ)
満足出来ないアーマード・ウォーカーに搭乗して戦死だなんて死ぬに死に切れないからな。
(大体、逃げ込んだ先で厄介事に巻き込まれる事自体が有り得ないんだよ。頼むから俺が居ない時に起きてくれ)
まぁ、そう上手く行かないのが人生ってやつなんだけどな。
俺は人数が減ったアイリ中隊の元に向かう。
イチエイ隊長は頭に包帯と顔にガーゼを貼っている以外は特に問題無さそうだ。
ギャランを含めた、いつものメンバーも怪我も無く元気そうで何よりだ。
「田中……俺の命令に従わなかったな。理由を言え!」
「あのまま棒立ちしてたら、この場に居ない連中と同じ道を辿ってましたよ。残念ですが、自分はまだ現世に未練タラタラなんでね」
「良い加減にしろ!俺が隊長なんだ!俺の命令には絶対服従しろ!分かったか!」
相変わらず短気なイチエイ隊長。そんなに怒鳴ってると傷口が開きますよ?
「……チッ、うっせぇな。反省してまーす」
「何だその態度は!クソッ、これだから成り上がりは嫌いなんだ!」
取り敢えず反省する姿勢を見せつつ、喚いているイチエイ隊長を無視してギャラン達に声を掛ける。
「お前達、生きて帰還出来て良かったな」
「田中氏殿……拙者、もう無理でござる。これ以上、戦えないでござる」
怪我は無さそうだが、非常に落ち込んでいるギャラン。
他のメンバーも随分と意気消沈してる状況だ。
「すまん、田中はん……ウチもや。正直、ウチらも加害者になってる訳やし」
「沢山の人が血を流して倒れていたんだ。救助しても殆ど恨み言と罵声だけだったんだ。俺達は……とんでも無い事を」
成る程な。つまり、人助けすれば感謝されると思ってた訳か。
まぁ、残念ながらキタチーの人達からすれば俺達もテロリストと変わらない存在だ。
街中で派手に戦闘した訳だし。
(まぁ、一番派手に暴れたのは俺だろうけどな!)
やはり、色んな意味でNo.1は俺だぜ!
「恨み言と罵声だけで済んで良かったですね。死んだ連中は何も言えない訳ですし。まぁ、辞めたいなら止めはしませんよ。唯、状況が許されない」
流石に敵を目の前にして敵前逃亡は許されないのが世の常ってやつさ。
それに、今は使えない戦力でも壁役としてでも使うしか無い。
(特に俺の大事な大事な肉壁が、居なくなるのは非常に困るんでな)
仕方ないのでギャラン達に発破を掛ける事にした。
「本当は分かってるでしょう?誰が悪いのか」
「それは、拙者達が」
言い淀むギャラン。
だが、本当は分かっている筈だ。
自分達は無闇に戦乱を撒き散らしたりしない事を。
「違いますよ。没落国家のテロリスト共ですよ。考えてみて欲しい。連中は三大国家とは対立している反国家思想を潜在的に持っており危険分子の塊だ」
お前達は悪く無い。悪いのは全部没落国家だ。
事実、連中はテロリストと変わらない事をしている訳だからな。
事実を冷静に突き詰めれば、やり場の無い怒りの矛先がテロリスト共に向けられる筈。
「そんな連中が好き勝手に暴れた尻拭いを俺達がやる必要は無い。そもそも、連中とは言葉が通じるだけで会話は出来ないクソ共だ」
会話が出来ても話が通じないなら意味が無い。
没落国家側にも色々と事情はあるだろう。だが、その事情に巻き込まれる側としては勘弁して欲しいのだ。
「大体、自分のケツくらい自分で拭けってな。俺達はベビーシッターじゃねえんだよ」
革命でも新国家樹立でも好きにやれば良い。
唯、火種を俺達の所に持ち込むな。
「それに、お前達も聞いただろ?あの、中身の無いスッカスカのしょーもない演説をさ」
あのカタール王子とやらは、自分に酔いしれながら気持ちよさそうに演説していた訳だ。
だが、俺達にとっては自分に都合の良い事しか言っていない屑同然の奴。
「ナインズ達は没落国家が育てたぁ?ハァ?馬鹿じゃねえの?」
そんな奴にナインズを好き勝手にされる?ファン達からしたら絶望以外何も無いだろう。
そして、一番絶望するのはナインズを含めたアイドル達を近くで守り続けた存在。
「お前達なら知ってる筈だ。ナインズ達を含めたアイドル達がどれだけ血が滲む努力をやって来たのか」
ゲリラ配信とかでも、多少なりとも愚痴やら泣き言など色々聞いてる筈だ。
そして、直ぐに取り繕う姿もな。
「生半可なもんじゃねえよな。食事制限からスタイル維持。更に歌って踊って愛嬌振り撒いての三拍子よ。これが全部没落国家の物だって?お前達はそれを認めるのか?だったら今直ぐ俺の目の前から消えろ。俺が後で話を通しとくから」
アイドル続ける為に自分の好きな物とか我慢してるんだぜ?
お前達ファンの為にアイドル達は一生懸命努力している。
なのに……お前達は逃げるのか?
「まぁ、今後はアイドルを見ても何もするなよ。お前達は見捨てる事を選んだんだ。今更、アイドル達、同じアイドルファン達と楽しむ権利は無い」
逃げるのは自由さ。
だが、逃げたら最後。
もう、二度とアイドル達に顔向け出来ない人生は確定だ。
街中や店内でアイドルの曲が流れる度に、自己嫌悪に陥る羽目にもなるだろうからな。
「どうした?辞めたいんだろ?大好きなアイドル達を見捨ててさぁ。まぁ、それでナインズ達がテロリスト共に好き勝手されるのを想像してな」
それこそ、あーんな事やこーんな事されちまうかもな。
大体、国家存亡の礎にされる訳だからな。まともな生き方も死に方も出来ないだろうよ。
そんな事を俺以上にリアルに想像出来てしまったギャラン達。
ナインズ達が下衆共の手によって麗しい肌が穢される。
顔色が一気に悪くなるが目に力が蘇る。
「ッッッ⁉︎ナ、ナインズ達は……拙者が‼︎守るでござるううううう‼︎‼︎‼︎」
そして、そんな過激な妄想が大爆発して勢い良く立ち上がるギャラン。それに続く様に他のメンバーも立ち上がる。
「そうや!何で先の無い没落国家が好き勝手にするんねん!大体、アイツらアイドル達が泣いてる時、苦しんでる時は何もしとらんやんけ!」
「彼女達の魅力を見つけたのは……確かに、ワトソンかも知れない。だけど、ワトソンが居なくても間違い無く超有名アイドルになってたけどな!」
「あんな宇宙の果てに逃げた連中が、我が物顔でニーナ様を好き勝手にするとか絶対に許せん!そのままオーレムに滅ぼされちまえば良いんだ!」
「社会不適合者の集まりの癖に偉そうにしやがって!何が紋章に誓ってだ!知らねえよ!そんなもん!」
恐怖を怒りに変える。
少なくともギャラン達には必要な処置だ。下手に慰めたり、庇うより遥かにマシな動きになる。
怒りは良い。特にその怒りの矛先をぶつけても問題無い場合はな。
「なら、戦うしか無い。ナインズを含めたアイドル達を守れるのは俺達だけだ。共和国は正直に言って今回は役立たずだ。自国の領域にテロリストの艦隊を見逃してるからな」
アーノルド艦長は共和国を頼りにしているがな。
まぁ、どうせ一部の高官が没落国家から多額の賄賂を受け取ったのだろう。
今頃、何人かの共和国の高官が行方不明になってるだろうよ。
「取り敢えずホープ・スター企業の本隊と合流出来れば何とかなるだろう。大企業の本隊なら相応の戦力はあるからな」
大企業は自社の力を誇示したい傾向が強い。
小惑星を使った要塞。
巨大宇宙ステーション。
独自の弩級戦艦、要塞級を保有。
共通して言えるのはスケールがデカいって事だな。
その分、戦力としては非常に頼りになる訳だ。
「絶対、絶対にナインズ達は守るでござる!そして、大量の推しグッズを買いまくるでござる!」
「ニーナ様に手を出すって事は星の数以上のファンタスト教徒を敵にするって事だからなぁ!覚悟しろよ!テロリスト共!」
「まだ、リディちゃんの買い物動画を見てないんだよ!邪魔するなら王子だろうがテロリストだろうと容赦しねぇぞ!」
「やるぞ!俺達なら出来る!早速シミュレーターで訓練するぞ!」
気合い充分な警備隊。これなら多少なりとも肉壁として使えるだろう。
(まぁ、その間に俺は逃げるけどな)
だってー、俺は別にアイドルのファンじゃ無いもーん。
内心、下衆な事を考えながら燃え上がる警備隊員達を更に焚き付けるのだった。
「田中の野郎……余計な事ばかりしやがって」
ジェームズ・田中を射殺さんばかりに睨み続けるイチエイに気付かぬままに。




