紋章に誓って
ホープ・スター企業はナインズを含めたアイドルグループの収容を完了した。
その間にもキタチー自治軍のAW部隊が次々とコロニー内に入り、警戒態勢を取っていた。
《市民の皆さん。直ちに最寄りのシェルターに避難して下さい。繰り返します。直ちに最寄りのシェルターに避難して下さい》
既に戦闘後である状況。しかし、キタチー自治軍は避難指示を出し続けていた。
それには理由があったのだ。
それこそ、これから先がホープ・スター企業にとって本番である事を意味していたのだ。
超級双胴戦艦ウラヌス・オブ・スター。
現在、艦橋内では混乱が続いていた。
ドーム会場が襲撃され、アイドル達の数十名が負傷した。幸い、死者は出なかったが民間人の被害は甚大なものだった。
更にコロニーの外でも大きな動きがあった。
数時間前。コロニー内での戦闘中に突然、一個艦隊がワープして来た。
所属は没落国家。本来なら、共和国領内に存在してはならない艦隊が目の前に現れたのだ。
今の所は何も要求は出されてない。だが、不気味にも沈黙しながら何かを待ち続けていた。
「ワトソンプロデューサーが裏切り?それは、本当ですか?」
「はい、間違いありません。自分達と田中さんが現場を目撃しております。また、映像も録画してますので」
俺はレイピア中隊のカナリア・フォード隊長に無理矢理連行されながら艦橋に行き、アーノルド艦長と副官に状況を報告していた。
何でも、当事者だから一緒に報告しに行くとの事だ。
「……信じられませんね。しかし、君達が嘘を吐いているとは到底思えません」
「それから、直ちにワトソンの自室を捜索するべきです。何かしらの情報や証拠が出て来る筈です」
アーノルド艦長は深い深い溜め息を吐き出してから、煙草を一本取り出し火を付ける。
しかし、待っていても事態は好転しない。
それに、ワトソンは凄腕プロデューサーだった。つまり、自身の亡き後も凡人相手なら余裕で対処出来る能力はある筈。
「自室捜索は必要でしょう。まぁ、俺なら自室に証拠は残さない。もっと、別の場所に残しますけど」
「別の場所?」
「えぇ、相手は色々考えて計画を立てて実行した奴だ。そんな頭の回転が速い奴なら、下手な証拠は残しませんよ」
アーノルド艦長は煙草の煙を吐き出してから、視線を向けて話の続きを促して来た。
「本来なら生捕りが楽だったんですけどねぇ。尋問なり拷問なり、やりたい放題でしたでしょうし」
「流石に拷問は……」
「テロリスト相手なら人権は無効ですよ。情報吐くまで徹底出来た筈なのに。あのクソ女め」
「あのクソ女とは?」
アーノルド艦長は真剣な表情で質問する。
アーノルド艦長を知る者達から見れば、中々見る事が出来ない表情だと言えるだろう。
「ワトソンを撃ち殺した女傭兵。名前は確かアンジェラだったかな?傭兵ギルド経由で調べるのも、お忘れ無く。幸い、機体も残ってる。何かしらの情報もあるでしょう」
とは言え、最前線に配置された機体に決定的な情報は無さそうだけどね。
アーノルド艦長は煙草を咥えつつ、顎に手を当てて思考に入る。
「それから、アーノルド艦長。警備隊の機体を一度調べた方が宜しいかと。どうやら、IFFが機能していなかったみたいです」
「……それは、本当ですか?」
フォード隊長の言葉を聞き、信じられない表情をするアーノルド艦長。
そして、無言で俺の方を見て来た。
「確かに、IFFは機能してませんでした。しかし、マニュアル操作で対処出来た些細な事です。それより機体のブースター、スラスター関係を親衛隊仕様にして頂けるt」
「他にも内通者が居ると?」
「幸い、私達の機体は通常通り機能してました。恐らく、エイグラムに内通者が混じっている可能性が高いです」
「航空ショーの件もある。どの艦にも潜んでいると考えた方が良いみたいだな」
険しい表情になるアーノルド艦長。
確かに色々と警戒する場所が多いのは理解出来る。
だから、警備隊の機体関係も一度見直して欲しいんですけど。
「つまり、アレですね。敵の狙いは我らがホープ・スター艦隊な訳ですな!まぁ、こちらは三大国家の正規軍顔負けの艦隊戦力です。余程の戦力が無ければ対抗など」
「数時間前から没落国家所属の一個艦隊がコロニーの領空外で待機している状況だ」
「…………マジかよ」
目元に手を当てて天を見上げてしまう。
今直ぐにでも荷物を纏めて逃げ出したい。可能であればの話だけど。
「因みなのですが。降伏って言う選択肢も有りますけど」
「田中!馬鹿な事を言うな!大体、お前は強いでは無いか!親衛隊に入れば警備隊以上の高待遇なのに!」
「いや、自分親衛隊はちょっと。まぁ、俺にも色々事情がありましてね。へへへ」
「何だ!その怪しい笑い方は!ふざけてる場合では無いんだぞ!」
美人でもあるカナリア・フォード隊長に怒られつつ、状況を一度整理する。
ホープ・スター艦隊は警備隊AW部隊の一個大隊以上の戦力を損失する被害を受けた。
コロニー内の戦闘だけで無く、宇宙でも戦闘が起きていたのだ。
この時、キタチー自治軍にも被害が出ており、共闘する形で敵を撤退させる事に成功。
だが、この短時間で一個大隊以上の損失は致命的と言えるだろう。
今も整備兵達が急ピッチで破損したヴォルシアの修復作業に入っている。
幸いな事に、パイロットは半分以上は軽傷で帰還出来たので戦線復帰は可能だ。
精神的ダメージを無視すればの話だが。
親衛隊側はレイピア中隊の被害以外は特に無く、戦闘に関しては何も支障無いだろう。
「確かに選択肢として降伏もあるでしょう。ですが、それは最終手段です。現時点での最善の手は共和国と連絡を取る事」
「まだ通信がダメなのですか?」
「恐らく、没落国家の艦隊からも強力なジャミングが出ている筈です。今や、コロニー・キタチーは完全に孤立してます」
既にアーノルド艦長の表情は真剣な物となっている。
普段、ダラけてる事の多いアーノルド艦長を見ている副官とオペレーター達は気が抜けない状況なのを把握していた。
「艦長!没落国家の艦隊からオープン通信が来てます!」
「何ですって?」
「これは、全域に渡っての通信です!通信、割り込みます!」
そしてモニターに映し出された人物。
若く、精悍な顔立ち。そして豪華な服装に見合う風貌と堂々とした態度。
【私はカタール王家、次期後継者カタール・フォン・ブラウン王子だ】
誰もが、次期後継者として相応しい人物が現れたと感じた。
そして、カタールの名前を聞いて艦橋内が僅かに騒がしくなる。
「カタールって……没落国家の親玉じゃないか?」
「あぁ、そうだよ。何で共和国に居るんだよ。亡命しに来たのか?」
「亡命に一個艦隊も持って来る奴は居ないよ」
こうなるのも無理は無い。本来なら、こんな辺鄙なコロニーに来る様な人物では無い。
ナインズのファンだから来ましたって言った方がまだ信じられるけど。
(いやはや、随分とビッグネームな奴が来たんじゃないか?確か、カタールって言ったら没落国家の創設者の一人だった筈だが)
だが、その次期後継者が来たとなれば、本格的に不味い状況だと言わざるを得ない。
【コロニー内での戦闘による被害は我々も理解している。だが、我々はこれ以上の無用な混乱を望んではいない】
最初に攻撃したにも関わらず、自分達には非が無いと言っているのだろうか?
そんな都合の良い話に乗る被害者達は、この世には居ない事を知らないのだろうか?
【我々の要求はただ一つ。ホープ・スター艦隊が保有しているナインズの引き渡しを要求する】
ナインズの引き渡し。
懸念していた事案が的中してしまった。いや、まさか本当にナインズを狙っていたとか思わないし。
それも、一国家が大規模な人攫い紛いな事をするとは想像出来ないだろうよ。
【ナインズさえ引き渡せば我々は無線封鎖を解除し、直ぐに撤退しよう。そして、コロニー・キタチー及びホープ・スター艦隊含めた艦船にも攻撃しない事も約束する】
そして、カタール・フォン・ブラウン王子殿下は首から下げていた飾りを手に取り、前に突き出しながら宣言した。
【この紋章に誓ってな】
「テロリスト風情が……何が、紋章に誓ってだ!」
アーノルド艦長は怒りを露わにして持っていた煙草を握り潰してしまう。
そして、その気持ちは俺も凄く理解出来た。
(勘弁してくれよ。堂々と人攫い宣言した挙句、自分達は攻撃したくないってか?本当……典型的な屑じゃないか)
大体、某隠居したお偉いさんみたいに紋所見たいなの掲げてるけどさ。
あの紋章……何?
カタール王家の紋章とか知らないし、興味も無いんだけど。
【ナインズは我々が育てたのだ。今は亡きワトソンプロデューサーは我々が派遣した人物】
ここに来てワトソンは没落国家側だと確証が出た。
つまり、もうワトソンの事を調べる手間は省けた訳だ。
まぁ、この後の計画を知っていた可能性もあるので捜索自体はやるだろうけど。
「良かったですねぇ。アーノルド艦長。ワトソンに関しては調べる手間が大分省けそうですな」
「……そうですねぇ。全く、頭が痛くなって来ましたよ」
「頭痛薬要ります?」
「結構です」
それから暫くの間、若干長い演説が続く。
全員、固唾を飲んで聞いている。だが、俺はどのタイミングで逃げるか考え中だ。
(最悪、戦闘中に上手い事脱出してキタチーに逃げ込むか。一応、正規市民な訳だから保護はされるだろうからな)
とは言え、ホープ・スター艦隊所属なのはバレるだろう。
そうなればホープ・スター艦隊に強制送還なんて事も有り得る訳で……。
(だが、一番現実的かな?後は上手く同情誘うしか無さそう)
そうなれば俺の演技力が試される訳だが。
まぁ、何とかなるだろうよ!
【我々は10年待ち続けたのだ。全ては大勢の愛国者達を守る為。オーレムに対抗する為の必要な象徴】
演説も佳境に入ったのだろう。ブラウン王子殿下の声にも力が入る。
【そして、三大国家に匹敵する新生国家誕生の為に】
全ては国家存亡の為。
強力な国家となり三大国家と同じ土俵に立つ事。
そして、強力な軍事力を使いオーレムから絶対的な防衛戦力を確立させる為に。
【ホープ・スター艦隊には3時間程の猶予を与える。その間にナインズの引き渡し準備は済ましておくのだ。以上だ】
言いたい事を言ってから一方的に話を終わらせる。
「通信……切れました」
「何と言う事だ。敵の狙いがナインズだったとは」
「しかし、3時間の猶予が有ります。その間に修理と補給を済ませましょう」
「ジリ貧だな。ワトソンは警備隊にも手を出していた。まさか、この為の布石だったとは」
「警備隊は駄目でも親衛隊が居ます。私達だけでも切り抜けれます」
「無理なのは君も分かっている筈だ!相手は正規軍並みの質と装備なのだぞ!既に戦力差が出ているのだ!」
危機的な状況なのでアーノルド艦長も声を荒げてしまう。
アーノルド艦長は元軍人なのだろう。だからこそ、現状の危機的な状況に焦りを感じている筈だ。
再び煙草を取り出し、火を付けるアーノルド艦長。
しかし、このままフォローすべき相手を放置するのは少々頂けないな。
「悩むのは良いんですけど。最初にやる事はナインズのフォローじゃないです?あの通信はオープンでしたから、他の連中も見てたでしょうし」
何なら、キタチーの市民達もしっかり見聞きしてだろうからな。
没落国家の襲撃の一つにナインズが関わっていた。
アイドル達との関係性が無いのは間違いないだろう。
だが、今直ぐに証明しろと言われても難しいのも事実。
そうなると、メディアは総出でホープ・スター企業を批判するだろう。
「混乱するでしょうねぇ。ナインズに対するバッシングも出るし。街の被害に対する謝罪要求も来るでしょうし。大変ですねー」
「何を言うかと思えば。全て没落国家が起こしたテロ行為だ。我々に落ち度は無い」
「その言い訳が被害者達に通じると良いですね。まともな返事が期待出来ないテロリスト。対して、多少なりとも反応が期待出来るホープ・スター企業。民衆がどちらを糾弾するのか分かるでしょう?」
テロリストを責めるより、企業を責めた方が楽だからな。
そもそもテロリストと会話は出来るけど、話は通じないし。
そうなると、必然的にホープ・スター企業に白羽の矢が立つ訳だからな。
この事を知ったホープ・スター企業の上層部が、どんな反応するのか見ものだな。
「田中君。君の活躍は報告に上がっている。ナインズを含めたアイドル達を見事守ってみせた。私は、その実績を高く評価しているよ」
突然の褒め言葉。まぁ、この状況での褒め言葉は皮肉なのだろうがな。
アーノルド艦長はそのまま話を続ける。
「だからこそ、もう少し被害を抑えた戦いが出来たのでは無いのかね?随分と派手に暴れたみたいだが」
「IFFが機能して無いんですよ?マニュアル操作で対応するにも限度がありますよ」
「だが、被害を出したのは事実だ」
おいおい、一個人に責任を押し付けるつもりかい?
既に個人で対処出来る領分は超えてるぜ。
それに、俺はホープ・スター企業から与えられた仕事を完遂しただけ。
そう、アイドルの護衛だ。
「おや?お忘れですかな?責任はホープ・スター企業が取るってアーノルド艦長自身が言ってましたよ。少なくとも、自分はナインズを守る任務は果たしましたからね。まぁ、その後の事は知りませんけどね」
「だが、限度はある」
「テロリストは限度なんて無いですけどね。まぁ、アイドルを見殺しにしても良いなら被害は抑えれますよ」
テロリストは好きなタイミングで攻撃出来る。対して、俺達は後手に回ってしまう。
相手の今後の計画などが分かれば、多少なりとも対処出来るだろうが。
「田中!貴様はホープ・スターの警備隊である自覚は無いのか!それに、アーノルド艦長は別に田中を責めてる訳じゃ無い。唯、カバー出来る範囲を超えてしまうと」
「ハイハイ、分かりましたよ。次から気を付けまーす」
取り敢えず、面倒な話は俺抜きでやって貰いたいものだね。
親衛隊でも無い警備隊に色々と求めるのはナンセンスだぜ。
俺の飄々とした態度を見ていたアーノルド艦長は、溜息と共に煙草の煙を吐き出す。
「ハァ……まぁ、良いでしょう。本来なら、その態度はクビになっても可笑しくは無いのですが。生憎と貴重な戦力を簡単に減らせる状況ではありませんのでね」
「なら、警備隊の機体のブースt」
「艦長!キタチー自治軍からの緊急通信です!至急繋げろと」
「やれやれ、早速厄介事が来ましたか」
アーノルド艦長は帽子を被り直してから通信に応じる。




