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夢破れた者

 軽い音の銃声。最初に目を疑ったのはワトソン自身だった。

 身体に衝撃が走り、次の瞬間には焼ける様な痛み。


「ガフッ……な、何故ですか?アンジェラ」

「死ね!死ね!死ねええええええ‼︎‼︎‼︎」


 アンジェラからの憎悪と憎しみを一身に受けたワトソン。

 更にアンジェラは拳銃を発砲。全てワトソンに当たり血を吹き出しながら地面に倒れる。


 一瞬の出来事だった。


 突然の凄惨な光景。ナインズ達は悲鳴を上げようとした瞬間。


 《うわああああああああ‼︎‼︎貴重な情報源がああああアアアアアアアアアアア‼︎‼︎何してくれとるんじゃあ!このクソ(アマ)が!》


 スピーカー越しに絶叫するジェームズ・田中の声が全てを吹き飛ばした。


 《……あの、ジェームズ。確かに貴重な情報源ですけど。今、アイドル達の目の前でワトソン元プロデューサーが死んだのですが》

 《それがどうしたぁ!心の傷はファン共が勝手に貢いで癒すから良いんだよぉ!》


 キイイィィ!と言う声と共に、コクピットの中で頭を抱えてる姿が想像出来てしまう。


「動かないで!動いたら、アイドル達を殺すわ!」


 それでも、アンジェラは拳銃の銃口をナインズ達に向ける。

 そして、少し冷静さを取り戻す為に深呼吸する。


 《ハァ、ハァ……スゥ、ハァ。アァ?おいおい、ナインズに銃口は向けるなよ。そいつらの命は、俺達と違って安く無いんだぜ?》


 俺は躊躇無くビームガンの銃口を女傭兵のアンジェラに向ける。

 無論、この距離でビームガンを撃てばアイドル達にも被害が出るから撃てないのだがな。


「煩い!全員、武器を捨てて離れなさい!特にアンタはね!それから、脱出用の車も用意しなさい!」


 周りに居る歩兵部隊とレイピア中隊のヴォルシアも銃口を向け続けている。

 一触即発状態。遅かれ早かれアンジェラは死ぬだろう。

 仮に、脱出用の車を用意したとしても逃走する事は無理だ。

 だが、ナインズを人質にしたまま逃走劇でもされたら目も当てられない。


 それに、アンジェラが死ぬ前にナインズ達の誰かが死ぬ展開は非常に不味い。


 特に、ナインズを守れなかったヘイトが向けられるのは絶対に避けるべき展開。


 《オーケーオーケー……分かったよ。大人しく指示に従うさ。後退して、武器を捨てれば良いんだろ?》


 俺は機体の両手を上げて敵意は無い事を先に証明する。

 機体をゆっくりと後退させながら、コクピット内のM-25A1アサルトカービンを取り出しつつ、ギフトを使いながら武装を解除する。

 アーマード・ウォーカーの武装は大きい。13.5mの高さ以上からビームガンが放棄される。

 そして、次々と武装が解除されて地面に轟音と共に落ちて行く。


 アンジェラの視線が落ちて行く武装に向けられる。


 轟音に混ざる様にコクピットハッチを開く。


「…………」


 ハッチから乗り出し、M-25A1アサルトカービンを構えてスコープ越しにアンジェラを狙う。


 そして、一瞬だけ止まった僅かな隙を狙い躊躇無く引き鉄を引いた。


 一発の銃声が辺りに響く。同時に金属音が鳴り響く。


「アグッ⁉︎ア、アタシの手が!」


 俺はアンジェラの手を狙って狙撃。見事、手ごと拳銃を撃ち抜き無力化する。


「……これ以上、抵抗はやめとけ」


  俺は小さな声で呟く。


 無論、俺の声は聞こえない。だが、そんな事はアンジェラ自身が一番理解している。


 だが、彼女はまだ諦めていない。いや、諦めたくは無かった。


「アタシの夢は……ッ」


 撃ち抜かれ、痛む手を押さえていたアンジェラ。


 直ぐ近くに自身の血が僅かに付いた拳銃が落ちている。


 そして、ナインズ達を一目見てから拳銃を拾い上げ様とする。



 だが、それは許されない事だ。



 更に3発の銃声が鳴る。


 アンジェラの身体に鋭い痛みが走る。


 そして、一気に身体から力が抜けて地面に倒れる。


「だから、やめとけって言っただろ」


 空薬莢が地面に落ちて甲高い音を立てる。

 俺は機体をゆっくり後退させるのを止める。そして、銃口から硝煙が出ているアサルトカービンを構え直しつつ、コクピットから降りる。

 地面に倒れ、血を流しつつ荒い呼吸をしているアンジェラに近付いて行く。


「ハッ、ハッ、ハッ、ガハッ」


 アンジェラは吐血しながら荒い息をしていた。

 無理もない。肺を撃ち抜いたんだ。呼吸も難しくなっている筈。

 俺は銃口を向けながら、アンジェラの側まで近付く。


(情報を吐けとは言えねぇな)


 死ぬ事が確定している状態だ。なら、最後くらいは好きな事を考えさせてやるのが慈悲と言うやつだろう。

 アンジェラはナインズの方に視線を送り続ける。


 その目は憧れと希望を渇望していた。


 ナインズ達が立っている場所に希望を抱いていたのだ。


「ア、アタシも……ゴホッ、ハァ、ハァ……ッ、キラ……キラ…………に」


 血塗れの手をナインズの方に向けて伸ばすアンジェラ。

 アンジェラが最後に振り絞って出した言葉。それが何を意味するのか、俺は理解してしまった。


「ハッ……ハッ…………ハ…………ァ」


 そして、徐々に呼吸が収まり伸びた手が地面に崩れ落ちた。


 動かなくなった女傭兵アンジェラ。


 彼女が、どんな人生を歩んで来たのかは知らない。


 無論、テロに加担した時点で同情の余地は無いだろう。


 それに、恐らく彼女は傭兵ギルドに所属しているゴーストだ。


 割に合わない危険な任務。


 使い捨てにされたのは本人も理解してただろう。


 そして、割に合わない仕事を提案したワトソン元プロデューサーの殺害。


 どいつもこいつも救い様が無いのが泣けるぜ。


「全く……仕方ねぇな」


 俺はアサルトカービンを降ろして、ナインズの方に向かって歩く。

 周りの護衛達が、俺からナインズを守る為に警戒し銃口を構える。


(いや、俺味方なんやけど。まぁ、こんな状況だ。誰だって警戒するか)


 俺はそのまま人気No.1のアイリちゃんに話し掛ける。


「なぁ、その腕に付いてるヤツ。貰って良いか?」

「え?このシュシュですか?」

「あぁ、夢破れた奴の慰めにな」


 アイリちゃんは、少し戸惑ってからシュシュを外して俺に渡してくれる。


「サンキュー」


 俺は感謝を述べてから、死んだ女傭兵アンジェラの元へ向かう。

 目は僅かに開き、ナインズ達を羨ましそうに見つめながら死んでいるアンジェラ。


 それは、希望や憧れを向け続ける誰かの姿と重なって見えた。


 誰かは分からない。だけど、だからこそ俺は同情してしまった。


 俺は伸びている腕にシュシュを着ける。そして、僅かに開いてる目を閉じてやる。


「来世では真っ当なやり方でアイドル目指しな」


 俺はそう言ってから機体に乗り込み、放棄したビームガンを拾いながら周辺を警戒するのだった。




 ドーム会場内の被害は少ない。軽度の怪我人が数名出たので、銃撃戦で壁に穴が空いてるくらいだ。


 だが、周りの被害は深刻だ。


 ドーム会場の外は大勢の人々が戦場に巻き込まれ、被害を受けた。

 大量の血が地面を染め上げ、悲痛な泣き声と助けを求める声が辺りに響く。

 街の方でもあちこちで火の手が上がっており、サイレンが鳴り響いた。


『まさか、ワトソンさんが裏切るなんて』

『あぁ、信じられない。だけど、確かにナインズに向けて銃口を突き付けていた』

『それに、あの傭兵と知り合いみたいだった。あの野郎、ナインズを狙って何をしようとしてたんだ?』


 生き残った味方部隊はドーム会場周辺に集まっていた。

 ワトソン元プロデューサーの裏切りはホープ・スター企業にとって衝撃的な事だろう。

 長年、様々なアイドルを世に放ち大成功を収め続けていた凄腕の敏腕プロデューサー。

 その腕前は天才的であり、ホープ・スター企業からは重要人物だと認識されていた。


 そんな重要人物がテロに加担していた。


 状況が落ち着けば、被害者達からの責任問題の追及は免れないだろうからな。


 え?更に被害をデカくしたのは俺だって?コラテラルダメージってやつさ。


 それに、テロリストがテロなんて馬鹿な事しなければ出なかった被害なのさ。


「しかし、まだウラヌスと連絡が取れないとはな。ギャラン達、殺られちまったかな?」

『可能性は高いかと。もしくは救助活動に専念しているかも知れませんが』

「一人は確実にウラヌスに行けって言ったからな。恐らく、その一人が途中で殺られたのかもな」


 もしくは機体だけが動けなくなったのかもな。


『ウラヌスとの通信は?』

『ダメです。依然として繋がりません』

『クソッ、テロリスト共め。まだ何かを仕掛けてくる可能性がある。全機、警戒は続けろ』


 レイピア中隊のフォード隊長は、生き残っているパワードスーツ部隊にも指示を出しながら周辺警戒をさせる。

 コロニー内に配備されていた警備隊は、俺を残して壊滅。IFFがまともに機能して無かった以上、抵抗は殆ど出来なかっただろう。

 テロリスト共は何処へ逃げたのか知らないが、自治軍の攻撃ヘリが上空で警戒を行なっている。


 つまり、現状コロニー内は何とかなっている訳だが。


(しかし、完全に厄介事に巻き込まれたな。これ以上、ホープ・スター艦隊と一緒には行動出来んぞ)


 今回の戦いは間違い無く全宇宙のホットニュースとして広がるだろう。

 宇宙的人気のナインズを含めたアイドルグループが襲撃された。

 これだけでも、連日トップニュースを飾るには申し分無いだろうからな。


 つまり、その分俺の戦闘シーンが映る可能性は非常に高い。


 これが、スーパーエースパイロット様のシュウ・キサラギなら問題無い。

 だが、唯の正規市民ジェームズ・田中はそんな戦い出来ない筈なのだ。


「エイティ、出来れば今日中にホープ・スターから離れたいんだが」

『無理です。私の製作者であるナナイであれば可能でしょう。しかし、通信が繋がらない以上不可能です』


 ナナイが保有している電子の妖精のギフトをフルに使えば、何とかなるかも知れない。

 しかし、今の俺達はジャミングにより外部との通信が途絶。


 つまり、コロニー・キタチーは孤立状態となっているのだ。


「そうだよなぁ。この状況で退職届は受理されないだろうし。下手したらペナルティが付きそうだな」

『しかし、このままホープ・スターに残り続けるのも宜しくはありません。タイミングを見計らって逃亡するしか無さそうです』

「逃げたとしてどうするよ?クレジットも無ければ、後ろ盾も無いんだぜ?完全に詰みだよ」


 しかし、だからと言って退き際を見誤る事態は避ける必要がある。

 下っ端の平社員とは言え、大企業ホープ・スターに就職出来た。今の立場で、この幸運を手放すのは非常に惜しいのも事実。


(クソッ……何もかも全部テロリスト共が悪いんだ!)


 他責にしてるが、一番悪いのは借金から逃げた奴なんだけどな。


 頭を悩ませているとレーダーに反応が出た。

 IFFは味方を表示しているが、警戒に越した事は無いだろう。

 しかし、それは杞憂に終わる。


『友軍です。親衛隊のヴァルシアが1個中隊来ます』

「どうやら、ギャラン達は上手くやれたみたいだな」


 編隊を組みながら颯爽と現れた親衛隊仕様のヴァルシア。

 そのまま人型に変形してドーム会場付近に着地する。


『こちらユニティ1。良く持ち堪えてくれた。後の警戒は我々が引き継ぐ。アイドル達を優先に避難させ、その後に負傷者の収容作業に入ってくれ』

『こちらレイピア1、了解しました。援護感謝します』

『感謝するのは俺達の台詞だ。聞けば、警備隊の機体はIFFが機能して無かったからな。実質的にレイピア中隊だけで護衛出来た様なものだ』

『…………』


 レイピア1のフォード隊長が無言で見て来るが無視する。

 別に報告しなくても俺は戦えるから問題無いし。

 まぁ、他の連中は知らんが。元々、警備隊は戦力外扱いしてただろ?だったら、報告しなくても何も変わらないさ。

 俺は内心言い訳をしながら周辺警戒を続けていた。すると、直ぐ近くに1機のヴァルシアが上空で人型に可変してから着地して来た。


『流石だな、ジェームズ。君の実力がまた証明された訳だ』


 ユニティ9ことロディ・カトラリーのご登場である。


「実力?何の事やら。俺は適当に戦ってただけですよ」

『適当に戦ってレッドキャップ相手には勝てないさ。相手は最近、頭角を現して来た若きエースパイロットだ』

「レッドキャップ……知らない名前ですね。声からしてガキなのは分かりましたが』


 俺も多少なりともエースパイロットについては調べたりしている。いつ戦場でカチ合うか分からないからな。

 まぁ、俺が調べる相手は相応に強い奴だけだから知らない奴の方が多いんだけど。

 しかし、エルフェンフィールド軍の教官になった時から疎かにしていたのは否定しない。


『一年程前から傭兵ギルドで活動している。軽量機の装甲を更に減らし、圧倒的な機動力と空戦能力まで手に入れたRTX-01Rレッドキャップ』


 ロディからRTX-01Rレッドキャップの機体情報の詳細が送られて来た。

 RTX-01Rレッドキャップの元となった機体は、現在も生産されているが少数だけだ。

 理由は顧客を選び過ぎているのだ。非常にピーキーな性能をしているのと、高機動戦特化の機体故に扱える人が限られいた。

 更に、装甲も薄い為に被弾したら戦死する可能性が非常に高い機体となってしまった。


『パイロットの名前はシェナ。通称【赤帽子のシェナ】。常に赤い帽子を被って任務を行なっているのと、機体頭部を赤く塗装してる所から呼ばれている』


 プロフィール画面には中指を立てた、生意気そうな吊り目のメスガキが映っていた。

 年齢も10代前半なので、中々に才能溢れる新人傭兵が現れた訳だ。


 機動力特化の軽量機乗り。


 それは、自分の技量に絶対の自信がある事を証明している。


(俺でも軽量機だけは基本的に乗るのは避けてる。脱出装置以前に、被弾した際に機体が耐えられない)


 俺の戦闘スタイル的に軽量機の方が良いのかも知れない。

 高機動戦による一撃離脱か、カウンター狙いを得意としているからな。


 だが、被弾した時は圧倒的に中量機のサラガンやマドックの方が安全だ。


 そもそも、軽量機と言うカテゴリー自体が個人寄りだからな。

 軍や企業で扱う兵器とは相性が悪い。つまり、補給や整備にも少々手間取る事になる。


 だが、一度手懐けてしまえばどうなるか?


 答えは一騎当千も可能な程のスペックを持っているのだ。

 少なくとも、戦局を一時的に維持する事が出来る……かも知れない。

 結局、どんな機体も乗り手次第で変わるのだ。


(まぁ、俺はそんな奴を見た事無いけどな)


 大体、軽量機以上に優秀で扱い易いカテゴリーが他にあるのだ。

 軽量機との相性が良い奴か好きな連中くらいしか使わないからな。


「知らない名前ですね。強いて言えば、プロフィール画面と同じ生意気そうなガキでしたよ」


 興味は無いが、注意した方が良いのは間違いない。

 あの必中距離のビームガンの連射を、全て避ける事が出来る技量の持ち主だ。


 年齢関係無く警戒対象だ。


『そうか。だが、気を付けた方が良い。凄腕のバウンティハンターの娘と言う噂も出ている。彼女の戦歴から見ても、敵エース級の相手を単独撃破する事が多い』

「若いのに戦闘狂とは。お先真っ暗なのは保証しますよ」


 戦闘狂なんざ、戦場で真っ先に死んで行く様な連中だ。

 短命の人生になるとは同情するよ。俺みたいに平和主義者なら、長生き出来るかも知れんがな。


「とは言え、警戒した方が良いでしょう。テロ側に凄腕の傭兵が雇われている。リスクに見合う破格の額を提示されたのでしょう」


 それに加えて勝てる可能性もあると思われている。

 今の俺達の状況は後手に回り続けている。早い段階で巻き返す必要がある。


(畜生、その為のワトソンだったのに!あの女傭兵のお陰で全て振出しになっちまった)


 一応、ワトソンの自室を捜索すれば何かしらの情報は出て来るだろう。

 だが、全ては分からないままだから結局後手に回り続けるだろう。


「ま、何とかなるさ」

『何とかなるレベルを超えてると思いますが』


 エイティの突っ込みを無視しつつ、周辺警戒を続けるのだった。

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ネーロ「(そろそろマスターが脱出の算段を立てている頃ですね)」
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