ナイン・アルカディア・プロジェクト
コロニー内の荷物検査は非常に厳しい。万が一、毒ガスなどが持ち込まれたりすれば、コロニー内の住人全員が死ぬ可能性が非常に高い。
その為、賄賂程度では監査人を引き込む事は不可能だ。
150万人の命を犠牲にして、賄賂程度の額では到底見合わないのだ。
だが、コロニーの外はどうだろうか?
特に領外なら管轄外なので、何かを言われる筋合いは無い。
無論、警戒はされるだろうが。それだけで済むだろう。
居住コロニー・キタチーから離れた宙域。
没落国家所属の二個艦隊が待機していた。
「間も無くですね。ようやく我々の悲願が達成出来そうです。これも、我らが神の思し召しと言えましょう」
「神の思し召しか。貴様が信仰する神は慈悲を与えるのが下手と見えるな」
超級戦艦ゾディアックの艦長室には、リーガル・シュガーラン少将と紅い祭服と金色の仮面を身に付けた性別不明の人物が居た。
「神は常に我々に試練を与えています。そして、耐え続け、乗り越えた時に慈悲を与えて下さるのです」
「そうか。だが、その試練によって一番苦しむのは罪無き市民達だ。そこは、宗教以前に譲れんぞ」
リーガル少将は目の前に居る怪しい人物を睨む。
本名不明、性別不明。だが、ヒューラー教団の幹部の一人だと言う事実。
嘗ては三大国家領内で運営していたヒューラー教団。
しかし、三大国家に対する反国家思想が根強く、一部の信者が暴走。三大国家の各主要都市でテロを敢行しようとした。
だが、それは全て防がれてしまった。
三大国家にも対テロ組織は存在している。様々な優秀なギフト保有者が在籍している組織。
生半可な計画では簡単に防がれてしまう。
テロの規模こそ広かったのだが、実に浅い計画だったので未然に防がれてしまったのだ。
実行犯は全員死亡。または猶予無しの処刑。
そして教祖の逮捕、ヒューラー教団の完全解体が命令された。
無論、抵抗しようとしたが各支部は武力により鎮圧。信者も危険な思想に染まっていると判断された為、抵抗すれば即殺害された。
「何とまぁ、悲しい事ですね。ですが、ご安心下さい。間も無く救済が始まります。我々が真に一つの国家として立ち上がる。神は我々の偉業を見て微笑みを浮かべるでしょう」
既に選択肢など無いヒューラー教団。
私財と運営資金を持てるだけ持ちながら、没落国家まで逃げ延びた訳だ。
今では手痛い教訓としているのか、反国家思想は禁止事項に入っているらしい。
「計画は上手く進んでいる。貴様が送り込んだ刺客は随分と優秀だったな」
「えぇ、そうでしょうとも。相手のギフトを見抜くギフト【見透し】を持っていますからね。それに、彼は努力家です。将来的には我々と同様に幹部になって貰う予定です」
幹部は期待している雰囲気を出す。
実際、刺客のお陰で10年の年月で計画を始動する事が出来たのだから。
事が済み次第、良いポジションを用意するのは当然の結果と言えるだろう。
「10年の時間を掛けて育てた果実。生産者は果実を刈り取る義務が有る」
「当たり前だ。私とて少なく無い支援を続けて来た。国民達が、これ以上の貧困から解放される為にな」
「その高潔な使命は実に素晴らしい。どうです?今からでも入信は大丈夫ですよ?」
「気持ちだけ受け取ろう」
隙を見てはヒューラー教団の入信を勧めてくる幹部。
だが、悪名高いヒューラー教団は三大国家から見ればタブーな存在。
新生国家樹立の為に、ヒューラー教団は解体される可能性が高いのだ。
「そろそろ、第一艦隊も所定の位置に待機しているでしょうね」
「計画が順調に進んだとしても、何事も無く回収する事は不可能に近いであろう。であれば、計画に則り逃走ルートで待ち伏せすべきか」
「全く、王子殿下も困った方ですね。本来なら後方で待機していて欲しいのですが」
タハール王家からも監視目的で副官を各艦隊に派遣している。
だが、第一艦隊には王子殿下自身が乗っているのだ。
「志が立派なのは認めよう。レオナルド陛下の御子息とは信じられないくらいに」
「ですね。この計画に反対していた一人でした。最終的には賛成しましたが、疑いの目は向けられたままです」
「苦渋を飲み込んだ証明をレオナルド陛下に見せたいのだろう。一応、次の後継になるのは王子殿下だからな」
「政争は嫌ですね。やはり、神に祈りを捧げ神託を受けた方が良いのでは?」
「その結果、貴様等は見事に追いやられたでは無いか」
元々、派閥として対立していたレオナルド陛下と王子殿下。
王子殿下としては自分達だけの力で統一すべきだと主張していた。外部の力を借りるにしても、娯楽としての存在でもあるアイドルを使うなどプライドが許さなかったのだ。
だが、国家統一を思う気持ちは同じ。
現実的に見ても、レオナルド陛下のカリスマ性を最大限利用すべきなのは分かっていた。
そして、アイドル達が持つカリスマ性も合わせれば国家統一も夢では無い。
アイドル達の意思など不要。操り人形にする方法など幾らでも有るのだから。
都合の良い人形に仕立て上げる事など容易なのだ。
「しかし、こう言っては何ですが……暇ですねぇ」
「仕方なかろう。我々はプランBの場合に備えて待機しているのだ。万が一、取り逃した場合に備えてな」
「そうなると、被害が一気に増えそうですね」
「そうならない為にもプランAで全て終わらせる必要がある。ブラウン王子殿下の手腕に期待しようでは無いか」
モニターに映るカウントを見る。
後、数秒でカウントが0になる。数字を静かに見つめ続ける2人。
そして、カウントが0になった瞬間に口を開く。
「さて、始めよう。我々の救済計画【ナイン・アルカディア・プロジェクト】をな」
「えぇ、我々の苦労が報われる時です」
悪意が動き出す。
その牙は強靭で強力。
生半可な事では折れる事は決して無いのだ。
居住コロニー・キタチー内は活気に満ちていた。
ホープ・スター艦隊から宇宙的人気のアイドル達が次々とコロニー内に入って来る。
アイドル達はファン達に向けて愛想良く手を振り、笑顔を振り撒く。セクシー系で売っているアイドル達はセクシーポーズを取って盛り上げる。
『これより、護衛任務を開始します。レイピア中隊、出撃願います』
『レイピア1、了解。レイピア中隊各機へ、私達だけでアイドル達を守る気持ちで任務に臨め。良いな!』
『『『『『『『『『『『了解!』』』』』』』』』』』
俺達は既にコロニー内に居る。
機体は搬入用カーゴベイから指定された場所まで運搬用トレーラーで運んで来た。
それから、各々の機体に乗り込み最終チェックを済まして行く。
『レイピア1。カナリア・フォード、出るぞ』
『期待してますよ。発進どうぞ』
トレーラーから次々と立ち上がる親衛隊仕様のヴォルシア。
順番にリズム良く立ち上がる姿は、見る物を魅了する何かがある。
『続いてマーズ中隊、出撃願います』
『マーズ1、了解だ。各機、いつも以上に気を張って任務に集中しろよ!』
気楽な警備任務とは違い、人目が多数あるコロニー内での護衛任務。
そもそも、コロニー内で別勢力のアーマード・ウォーカーが有るのが珍しいのだろう。結構、道行く人達から見られている。中にはカメラを向けて写真や動画を撮ってる者達も居る。
『アイリ中隊、出撃願います』
『アイリ1、了解した。おい、田中。お前は今回だけは大人しくしろよ』
「何ですか?突然、人を問題児扱いするとは」
『黙れ!言い訳は許さんからな。この前みたいに目立つ真似はするなって言ってるんだ!』
目立つ真似?あぁ、あの救助活動の事か。
目立つも何も、直ぐに沈静化したじゃないか。
そもそも俺が目立った所でエルフが勘付かない限り、どうでも良いわ。
「承認欲求でも満たしたいんですか?だったら、強くなれば良い。敵を圧倒出来れば承認欲求なんて必要無くなりますよ」
『違う!そうじゃ無くてだな!』
「そろそろ出撃する時間なのでは?言いたい事があるなら事前に言っておけよ」
しょーもない事を言ってないで、仕事に集中しなさい。
俺達は今や企業戦士なんだからさ。
『……チッ、アイリ1、出撃する!』
不機嫌全開になりながらイチエイ隊長は出撃する。
それに合わせて次々と同僚達が出撃して行く。
「やれやれ、困った隊長さんだぜ」
因みに、今回はコロニー内なので高出力のビーム兵器や火力高めの武装が使用禁止となっている。
つまり、ビームガン程度の火力なら一応使用可能と言う事だ。
なので、俺は55ミリライフルと多目的シールド。右肩に多目的レーダー、左肩に八連装ミサイルポッドを装備。
後は近接用にプラズマサーベル1本とグレネード2個。予備にビームガンを腰に懸架している。
(まぁ、警備隊の仕事なんて周辺警戒と交通整理くらいだからな。楽勝だぜ)
刺激が少ない企業戦士万歳!安心、安全、安定で程々の給料が手に入る。
実に最高じゃないか。
「フン、くだらねぇ」
武装を取り付けて出撃準備を整える。
『アイリ12、出撃どうぞ』
「アイリ12。ジェームズ・田中、出るぞ」
『田中さん、頑張って下さい』
オペレーターからの激励に対して、グッドサインで返す。
そして、俺達は各々が指定された場所に移動。
後は事前通りに周辺警戒をしつつ、交通整理や危険物が無いか捜索を開始する。
しかし、俺達は既に狩場に入っていた。
哀れな獲物を狩り尽くす為に。
実った果実を収穫する為に。
全ては新生国家樹立の為に。
コロニー内は活気に満ち溢れている。そんな状況とは真逆なのが任務中のキタチー自治軍の兵士達。
『今頃、俺の推しが愛想振り撒いてるんだろうなぁ。畜生、勝負に負けたばっかりに』
『もう何度目だよ。その話は。良い加減、聞き飽きたぜ』
『そんな事言ってもさぁ。生アイリちゃんを見る機会なんて、この先あるか分からないんだぜ?愚痴りたくもなるさ』
コロニーの周辺を哨戒任務中の兵士達は、休みが取れなかった事への不満を垂れ流していた。
『気持ちはよ〜く分かるぜ。俺だって、ロザリアお嬢様を見たかったからなぁ。仕方無いから今度グッズを買い漁る事にしたわ』
『そりゃあ、良いな!俺もそうしようかな』
他愛の無い会話をしている間に哨戒任務の交代時間になる。
『こちらライン24、哨戒任務を終了。これより帰投する』
『同じくライン15。哨戒任務終了』
『こちら管制塔、了解した。第3ゲートを開放する』
管制塔から第3ゲートが開放される……筈だった。
だが、第3ゲートが開く事は無かった。
『あれ?可笑しいな。おーい、管制塔。第3ゲートはまだ開かないのか?』
『すまない。システムトラブルだ。別のゲートを……何だ?これは』
次々とシステムエラーが発生。更に、開放されていたゲートも次々と閉じられてしまう。
『何事だ!状況を報告しろ!』
『ゲートが次々と閉鎖して行きます。こちらからのコントロールを受け付けません!』
『各ブロックの隔壁も閉鎖されて行きます!』
警報が鳴り響き、管制室内が慌ただしくなる。
『原因を探れ!それから、メインゲートの開放を最優先だ!ホープ・スター艦隊の旗艦ウラヌスも入っているだぞ!この状況がバレる訳には行かん!』
大企業相手に不手際を見せる訳には行かない。
もし、この状況を重く見られて撤退してしまったら、損失はとんでもない金額になるのは明白。
何としてでも自分達で問題を解決する必要がある。
『格納庫のゲートも閉鎖されてます』
『なら、手動でも何でも良い!兎に角ゲートを開放させろ!』
慌ただしくなる管制塔。何かが起こっていると勘付き始めるキタチー自治軍の兵士達。
何人かは独自で動こうとするのだが、通れる通路が限られている。
それでも、何とかする為に行動を始める。
原因不明のシステムトラブル。
宇宙と繋がるゲートは全て封鎖された。
まだ、序曲は始まったばかりだ。