護衛任務
ジェームズ・田中にとって、今の環境は別段悪く無かった。
無論、不満が無い訳ではない。特にAWに関してはブースター、スラスター関係を改善して欲しいと常に願う日々だった。
最近では周りで怪しい出来事が多々あったのだが、無関係でいられると思っていた。
「チッ、面倒な時に限って次々と面倒な連中が寄って来やがる」
モニターで残弾を確認してから再び機体を動かす。
市街地戦。それも、民間人の避難が進んでいない最悪な状況。
警備隊の連中は不意の強襲に耐えられる筈も無く、戦線は一気に瓦解。
最後の頼みはドーム周辺に配置されている親衛隊1個中隊のみ。
「……まぁ、何とかするさ」
こうなる前の事を少しだけ思い出しながらサングラスの位置を直しつつ、目の前の敵に集中するのだった。
ホープ・スター艦隊が次に向かうのは、居住コロニー・キタチーだった。
特にこれと言った特徴も無い普通の居住コロニー。強いて言えば工業製品の生産拠点と言えるくらいだろう。
人口は約150万人。居住コロニーとしては巨大の部類に入るが、それ以外は可も無く不可も無くと言った至って普通のコロニーだ。
一応、大型艦が収容可能な格納庫はあるが、殆どは輸送艦を迎入れるのに使用されている。
「美味い名店とかあると嬉しいんだけどな」
『今の内に検索しておきましょうか?』
「そうだな。後、口コミで美味い店も頼む」
しかし、キタチーでライブをやるのは少し意外だった。
本来、ホープ・スター艦隊はこんな普通のコロニーに行く事は無い。
例えば航路の中継地点、大企業の本拠点、三大国家が運営する軍事宇宙ステーション。
他には、単純に経済発展が目覚ましい惑星に行くくらいだろう。
基本的にクレジットの動きが激しい所でライブを行うのだ。
だが、居住コロニー・キタチーはどれにも当て嵌まらない。
航路からは離れてるので中継地点にはならない。
三大国家の軍事宇宙ステーションも無ければ、大企業の本拠点でも無い。
経済的には豊かな方だが、目覚ましい発展は期待出来ない。
クレジットの動きも別段激しい訳では無い。
「取り敢えず平和的に終わってくれれば何でも良いさ」
少なくとも俺がホープ・スター艦隊から離れて、傭兵企業スマイルドッグに戻るまではな。
その後なら好きにして貰って構わない。何なら、没落国家が介入してホープ・スター艦隊丸ごと鹵獲したとしても、俺は一向に構わないのだ。
『ジェームズは平和に終わると判断してるのですか?少なくとも何かが起こる確率は高いです。何より、キタチーの立地からしても』
「言うな言うな。それ以上言うな。良いか?エイティ。俺はジェームズ・田中で平和主義者なんだ」
『それで問題が避けてくれると?』
エイティは冷静な判断を言ってくれる。
無論、俺も嫌な予感はしている。だが、それを認めてしまえば、面倒事に巻き込まれるのは確実だ。
だからと言って何もしない訳には行かないのも事実だ。何とか追加ブースターを取り付けられる様に交渉した結果、宇宙空間なら使用許可が降りた。
この辺りは親衛隊のロディ・カトラリーを通じて許可が降りた訳だが。
偶には人助けするのも悪く無いと思える瞬間だった。
「口に出さなければ多分大丈夫さ」
『だとしても、既に手遅れかと』
「喧しいわ。大体、そうイベントがホイホイ来て堪るかよ」
だが、俺は思う。
偶々運良くホープ・スター艦隊に所属する事が出来た。
偶々運悪く良く分からない争い事に巻き込まれてしまった。
こんな偶然が簡単に起こって堪るか。
「田中氏殿!此処に居たでござるか!」
「やっと見つけたわぁ。田中はんは、時々居なくなるさかいな。探すのが大変やわ」
「そろそろ俺達も出撃だぜ。本格的なアイドル達の護衛だから気張らないとな」
最近の仲良し三人組が現れた。
全員、若干興奮気味なのだが理由がある。
「随分とやる気がありますね。やはり、アイドルの近くで護衛するからですか?」
「当たり前でござるよ!それに、今回の護衛の主役は拙者達ですからな!」
ギャランが興奮気味に自分達が主役だと言うのには理由がある。
今回の警備任務はコロニー内で警備を行うのだ。
それも、警備隊がメインでだ。
勿論、親衛隊からの大反対もあった為、1個中隊がライブ会場のドーム周辺を護衛する。
その周りを警備隊が護衛する形になったと言う訳だ。
しかし、何故今回は警備隊がメインとなったのか?
理由は不明だが、恐らくキタチーなら多少のミスは利益でカバー出来ると判断したのだろう。
特に重要拠点や施設がある訳でも無いし、主要航路からも離れている事。
つまり、失敗してもリカバリーが可能なのだ。
「折角のチャンスやさかいな。ウチらも仕事をしっかりと熟せば、次も護衛任務が出来るかも知れへんし」
「それに、最近は俺達も実力を付け始めているからな。つまり、俺達の努力が認められた訳だよな」
そんな事は無いと断言出来る。
唯、他の場所に比べてリスクが低いから試しで護衛させるだけだ。
そんな事は知る由も無いギャラン達は、自分達が認められた事を喜んでいた。
「今回も田中氏殿の活躍が有りそうでござるな。もしかしたら、暴走したファンからアイドル達を守るかも」
「せやなぁ。何となくやけど、田中はんなら有りそうやね」
「だな。やっぱり、田中だから何かイベントが起きそうだし」
仲良し三人組は面白半分で冗談を言う。
だが、その手の冗談は本当に笑えないんだ。
「ハハハ、冗談でも勘弁して欲しいものですね。それに、アイドルを守るのは親衛隊の役目ですよ。自分ではありませんから」
俺は笑顔を作りながらサングラスの位置を調整する。
だが、俺から言わせて貰えば、今回のライブイベントも何事も無く終わって欲しいと願うばかりだ。
最近、色々と気になる事が多いからな。
気の所為の一言でも片付けられるだろう。だが、そうすれば自身の命で対価を支払う事に成りかねない。
今は神経質になるくらいが丁度良い。
「さて、そろそろ行きましょうか。イチエイ隊長達も待ってるかも知れませんから」
時間を確認すれば任務開始まで1時間くらいある。
その間に機体の最終調整や任務内容の最終確認を行う必要がある。
俺はギャラン達のアイドル談義を適当に聞き流す。だが、ふと気になった事を思い出したので聞いてみる。
「そう言えば、串焼きが好きなアイドルが居ませんでしたか?この前、商業区画で動画撮影やってましてね。多分、ナインズかと思うんですが」
「ナヌッ⁉︎田中氏殿はナインズに直接会ったのでござるか!」
「いや、そう言う訳では。唯、偶々串焼きを買ったら聞こえたので。まぁ、姿は人混みが多くて見えませんでしたが」
そもそも、アイドルに興味無いから。だから、見る気も無いのは当然だ。
適当に話を合わせつつ本題に入る。
「串焼きが好きな子なら、ナインズの人気No.1のアイリちゃんで間違いないでござるな」
「普通は出会えない筈なんやけどなぁ。やっぱり、田中はんは何か持ってそうやね」
「田中、その幸運を少しでも良いから分けてくれないか?」
俺の質問に答えてくれたのはギャランだけであった。
だが、答えとしては満点と言っても良いだろう。
「成る程ね。グループ内に味覚音痴が2人も居ると大変そうですね」
「味覚音痴はニーナたんだけでござるよ?」
「そ、そうっすか」
ファンからはニーナたんって呼ばれてるんだ。
一応、ファンタスト宗教の聖女の1人の筈なんだがな。
まぁ、親しみ易いと言う事で大丈夫なのだろう……多分な。
それから俺達はミーティングルームに到着。部屋の中に入ると、他の中隊の警備隊員達も大体揃っていた。
「おい、成り上がりが来たぜ」
「ほっとけよ。アイツは一人でも大丈夫な奴なんだからさ」
「チームも組めない奴とか場を乱すだけだよな」
俺の存在が気に入らないのだろう。何かと理由を付けて陰口を叩く連中。
「エース達のお気に入りって本当かよ?信じられないぜ」
「だけど翡翠瞳の姉妹と仲が良いぞ。俺も実際に見たからな」
「俺達をワンショットキルしてるし。案外、本当の事かもよ?」
多少は実力を認めつつも、まだ完全には認めてない中途半端な連中。
「田中、今回は大人しくしてろよ。これは隊長命令だ」
イチエイ隊長は相変わらず偉そうな態度で命令してくる。
反論しても面倒な事この上無いので、大人しく指示に従う事にする。
「勿論ですよ。何事も無ければ大人しくしてますよ」
「有ってもだ。良いか?今回だけは何もするな。命令だ」
「はいはい、分かりましたよ」
妙に念を推してくるイチエイ隊長。まぁ、手柄欲しさに命令しているのだろう。
俺達は席に座り適当に話をしながら待機する。
それから、少し時間が経ち全員揃った頃に扉が開いた。
「あぁ、皆さん。ご苦労様。まぁ、自己紹介をするまでも無いのですが。一応、形としてやっておきましょう」
ホープ・スター企業の制服に身を包み、帽子を被っている廃れた中年男性。
しかし、雰囲気だけは妙にしっかりとしている。
「超級双胴戦艦ウラヌス・オブ・スターの艦長、オリバー・アンダーソンだ。まぁ、そんなに気を遣って頂かなくても結構ですよ。命令に従ってくれさえすればね」
何人かが姿勢を正すが、アンダーソン艦長は気にしてる様子は無い。
そして、コンソールを弄ると前のモニターに地形と作戦内容が映し出される。
「さて、今回君達には重要な任務に就いて貰う。コロニー内での護衛任務だ」
護衛対象がズラリと並ぶ。まぁ、基本的にライブに参加するアイドルを全員護衛するので、特別気にする事でも無いだろう。
「護衛対象は言うまでも無い。アイドル達全員を守るのが君達の義務で有り、責務でも有る。本来なら親衛隊に一任すべき筈なのだが……まぁ、色々面倒な事が有ってねぇ?」
アンダーソン艦長は苦虫を噛み潰したような表情になる。
まぁ、この配置自体、何か有りますよと言っている様なものだからな。
「唯、部隊の配置に関してはワトソンプロデューサーから無理矢理承認をさせた。流石に部隊編成まで口出しされたら溜まったものでは無いから……ね」
一瞬だけ俺の方に視線を向けるアンダーソン艦長。
何を期待しているのか知らないが。目先の問題は親衛隊とエースパイロット部隊に任せて欲しいものだ。
「親衛隊からはレイピア中隊をドーム会場の周辺に配置。それから歩兵、装甲車、パワードスーツ部隊も同様。君達は、その周りを警戒する訳です」
一応、親衛隊も配属されるらしい。それにレイピア中隊の実力は知っているので安心出来る。
「勿論、警戒だけでは有りませんよ?民間人の誘導や危険物の捜索。やる事は普段以上に沢山あります。まぁ、そう言った細かい事も親衛隊はやって来た訳です。君達も同じ様にやり遂げる必要がありますが」
注意事項がモニターに出される。だが、それを覚えきれる連中では無い。
伊達に警備隊として燻り続けていない訳さ。
「そして、コロニー内配置の部隊はクロー中隊、マーズ中隊。そして、アイリ中隊。これはパイロットの実力を吟味した結果だ。異論は認めない。もし、この決定に不満があるなら実力を身に付けたまえ。私からは以上だ。何か質問が有れば答えるが?」
親衛隊1個中隊と警備隊1個大隊の戦力配置。これなら広範囲を警戒出来るだろう。
警備隊は完全なデコイになるだろうが。
つまり、警備隊を犠牲に親衛隊は迎撃態勢を取る時間を手に入れれる訳だ。
俺は一番大事なことを質問する。これが確認出来れば何とでもなるからな。
「コロニー内で戦闘が起きた場合、任務を優先するで宜しいのですか?また、民間施設や民間人に流れ弾が当たった場合はどうなります?」
コロニー内で戦闘が起きれば、必然的に被害が大きくなる。
火力を抑えた武装とは言え、アーマード・ウォーカーの武装は生身や建物に対しては過剰火力だ。
「ふむ、良い質問ですね。では、任務を優先して下さい。人的、物的被害は全てホープ・スター企業が負担します。代わりに、アイドル達を守り切る事。これは絶対条件です」
「分かりました。有難うございます」
「他に聞きたい事は?」
「特には」
それから何人かがアーノルド艦長に質問を始める。中には配置に対して不満を口に出す者も居たのだが、事前に異論は認めないと言われていたので適当にあしらう形で終わらせていた。
(しかし、コロニー内か。昔にMWで警備の真似事をやってた事はある。だが、デカい規模の戦闘は無かったからな)
コロニー内での戦闘は小競り合いの規模になる事が多い。
コロニー自体は頑丈に出来ている。だが、耐久年数を超えてもメンテナンスを怠ってるコロニーもある。
そのリスクを考えると、下手に高火力の武装は使用出来ないのだ。そもそもコロニーが破壊されれば、自分達の足元が崩れる訳だからな。
「まぁ、何とかなるってね」
アーノルド艦長からの重要事項を聞きながら、任務に関して最終調整をするのだった。