ローネ
喧しくなったコミュニティルームから離れて、適当に艦内を彷徨う。
しかし、超級双胴戦艦ウラヌスの艦内は非常に広い。警備隊員が行ける範囲でも中々の広さがあるのだ。
「そう言えば、一応許可証があればアイドル達が居る区画にいけるんだっけ?」
確か、ライブ会場とか商業区画とかだったら行けた筈だ。
流石に居住区画は無理だろうがな。
受付に向かい許可証を申請してみる。しかし、直ぐに許可証は降りる事は無かった。
「どのくらいで許可証は貰えるんだ?」
「2日後に許可証が発行されます。最長滞在期間は1週間です。再申請を行えば延長も可能になります」
どうやら、直ぐには貰えないらしい。とは言え、他の艦から申請しても、時間も掛かるし移動の手間もあるからな。
そう考えれば2日で済むのは早い方なのだろう。
それに、商業施設にもアイドル達が買い物に行くらしいからな。人柄とか日頃の素行とか調査するだろうし。
「仕方ないか。取り敢えず、シミュレーター室に行くか」
やはり、一番の暇潰しはAWを操縦する事だろう。
特に難しいシチュエーションで任務達成した時の満足感は、最高に良いものなのだ。
俺はシミュレーター室に向かう為に、後ろを振り向いた時だった。
目の前に、俺の性癖をこれでもかと詰め込んだ美女が居た。
「こんにちわ、ジェームズ・田中さん。商業区画に行きたいのですか?」
「…………えぇ、そうですね」
美しい微笑みと共に親切心を見せて来る
美女。
ナインズのメンバーでもあるローネちゃんが目の前にいた。
突然の出会いに思考が一瞬だけ止まってしまった。だが、このまま無言になるのも可笑しな話になってしまう。
取り敢えず、ここは一度退散する方が良いだろう。
「しかし、時間が掛かる様ですので。またの機会にしますよ」
「では、私と一緒に行けば問題は解決します」
「…………」
ローネちゃんの提案に俺は黙りつつ、サングラスの位置を調整し直す。
まだ、俺の正体がシュウ・キサラギだという事はバレて無い筈だ。このサングラスは監視カメラなどの電子機器に非常に強いのだ。
恐らく、ローネちゃんの視界では俺の顔はモザイクが掛かっている事だろう。
つまり、純粋に手を貸そうとしているのだ。
うん、流石はローネちゃんだ。懐の大きさが違うぜ。
とは言え、簡単にお願いします。と言える筈も無い。
俺は一般正規市民のジェームズ・田中なのだ。
「いや、アイドル相手に手間を取らせるのは申し訳ないので」
「お気になさらず。私はアンドロイドなので手間にはなりません」
ローネちゃんはそう言って、直ぐに手続きを済ませる。
天下のナインズメンバー相手には、受付の方も唯のイエスマンに成り下がる。
「どうぞ、通行許可証です」
「……どうも」
ローネちゃんから手渡されたので、受け取る為に手を伸ばす。
だがら通行許可証を掴み取ろうとした瞬間だった。
ローネちゃんから話し掛けられた。
「この前の救出劇はお見事でした」
「ん?あぁ、運良く救出が上手く出来て良かったですよ。やはり、親衛隊の腕前はピカイチですな」
取り敢えず親衛隊を盾に逃げる事を選択する。
下手に自分のお陰などと言って余計に目立つ事をしたくは無い。
え?手を出した時点で手遅れだって?そもそも隠す気が無い?
バレない範囲だから問題無いんだよ。
「現在の私はアイドルになっていますが、戦闘補助AIである事に変わりは有りません。あの救出で最も活躍したのは【マスター】です」
「…………」
いや、速攻でバレてるやないかーい!
何でバレたんだ?バレる要素は無かったと思うんだけどなぁ。
誰だよ!問題無いって言った無責任な奴は!
「……マスターは止めろ。俺は、お前を置いて行ったんだ」
「それでも、私のマスターは貴方だけです」
ネロちゃんは本当に良い娘になったなぁ。アイドルになっても想いが変わらないとか俺得だし。
つまり、俺はネロの想いに対する誠意を見せる必要はあると言う訳だ。
「取り敢えず、人気の無い場所に案内してくれ。こっちにも色々事情があってな」
「分かりました。では、案内させて頂きます」
俺はサングラスを押さえつつ周りを見渡す。
ウラヌスの艦内だけあって、パパラッチらしき人物は見当たらない。
だが、何処で俺とネロのツーショットが漏洩されるか分かったものでは無い。
「先導してくれ。俺は後ろから離れて付いて行くから」
「私は一緒でも構いません」
「俺が構うんだよ。その辺りの説明もしてやるから」
「……分かりました」
大人しく先導してくれるネロ。
俺はネロの背中を目で追いながら付いて行く。
昔とは真逆の状況。
それでも俺はネロのマスターになれるだろうか?
(俺はジェームズ・田中なんだぜ?なら、答えは言わなくても分かってるだろ)
内心、溜息を吐きながら歩みを進めるのだった。
超級双胴戦艦ウラヌス・オブ・スターの艦橋にアンダーソン艦長、副官、ワトソンプロデューサーが揃っていた。
「今回のライブですが。無理は承知で進言させて頂きます。どうにか見送る事は出来ませんか?ワトソンプロデューサー」
「ふぅむ、見送る事は出来ませんねぇ。このコロニーでライブを開催する事は、既に予定されていますのでねぇ」
アンダーソン艦長は次の開催予定地のコロニーに向かう事を非常に危険視していた。
明らかに面倒事が起きるだろうと予想しているのか、面倒くさそうな表情を隠す事無く出している。
「仮に開催予定をキャンセルとなると……とんでもない金額の損失になりますからねぇ」
「それは分かっています。分かっていますとも。ですが、第一に守るのはアイドル達の安全なのでは無いでしょうか?自分のギフトも危険な感じを予測しています」
アンダーソン艦長が持つ危険予測のギフト。
危険予測には色々な場面で救われて来たアンダーソン艦長にとって、到底無視出来る状況では無かった。
なので、無理を言ってでもワトソンプロデューサーに話を通し、受理して貰う必要があるのだ。
「アンダーソン艦長の言う事も一理ありますね!DE・SU・GA!ノープロブレム!何も問題はありませんYO!」
「……と言いますと?」
やはりダメだったか。
半分以上はライブ開催のキャンセルが無理だと諦めていた。だが、余計に面倒な事がこれから先に起きると予測して項垂れてしまう。
「ホープ・スター艦隊自体がどんな脅威にも対処可能だと言う事DESU!考えてみて下さい。この艦隊にはエースパイロット4名に親衛隊と警備隊が居ます。更に艦内にもパワードスーツを身に付けた護衛も居ます」
実際、ワトソンプロデューサーの認識は間違ってはいない。
正規軍顔負けの一個艦隊分の戦力。OLEMや宙賊が集まった所で容易に対処出来る。
だが、それは表面上の数字を見ただけ。
少数の警備隊員達だけは一応戦力にはなるだろう。
実際には警備隊の大半は時間稼ぎに成り下がっている状況。
唯、1人だけ非常に頼りになりそうな警備隊員は居るのだが。
「TU・MA・RI!心配ご無用と言う訳ですNE!」
「いや、しかしですね。ワトソンプロデューサー。流石に、現状戦力で安心出来るとは言い難い。せめて、本社から空母一隻でも補充出来ませんか?」
警備隊が並程度の戦力なら増援は必要無かっただろう。
だが、警備隊の内情を知れば安心など出来る筈も無い。
「チッチッチッ。アンダーソン艦長のギフトによる危険予測からの警鐘。確かに便利でしょうが……確証が無さすぎる」
「それは、そうかも……知れません」
「つまり、そう言う事です。スケジュール通り次の開催地でもあるコロニーへ向かって下さい。それでは失礼しますNE!」
ワトソンプロデューサーは良い笑顔と共に颯爽と艦橋から退室する。
この後にも、スケジュール管理やどのアイドルグループを出させるかなど。色々と忙しいのがアイドルプロデューサーとしての宿命なのだ。
勿論、各アイドルグループには専属プロデューサーが居る。
その統括として纏めているのがワトソンプロデューサーなのだ。
「ハァ、参ったねぇ。全く、警備隊が使えなくなった原因の1人なんだがねぇ」
アンダーソン艦長は、現状戦力とギフトによる危険予測を天秤に掛けて、深く溜息を吐き出す。
「艦長、慰めにしか成りませんが。最近の親衛隊による警備隊の特別訓練ですが。想定していた以上に真剣に取り組んでいるそうです」
「唯一の慰めになるねぇ。しかし、結果は付いて来て無いがね。だが、このまま何もせずに行くのは不味い。非常に不味い」
神妙な表情になりつつ、思考を巡らせるアンダーソン艦長。
唯でさえ、色々と危険予測が出来てしまうので中々心休める機会が少ないのだ。
それでも最善を選ぶ為に思考を続けている。
「……余り、期待はしていませんが。彼女の様子は?」
「…………」
アンダーソン艦長の問い掛けに、首を横に振る副官。
彼女とは一体何なのか?
それを知る者は限られた者達だけ。
だが、彼女の協力があれば事態が好転する可能性は高くなる。
「そうか、彼女のお眼鏡に適うパイロットは居ませんか。ハァ、高性能なのは分かるんだが。置物状態だと意味が無いんだがねぇ」
「如何致しましょう?」
「最悪、親衛隊から無理矢理パイロットを割り当てる。彼女も現状を理解すれば、妥協はするだろう」
この艦隊を失えば彼女の居場所は無くなる。
だが、彼女のやる気と妥協次第ではホープ・スター艦隊に敵う艦隊は無くなる……と思いたい。
「切り札が使えない状態だけは避ける必要がある。すまないが、説得の方を頼むよ」
「了解しました」
「それと、昨今のアーマード・ウォーカー事情も改めて伝えておいてくれ。いつまでも、胡座を掻き続けていると足元を掬われるとな」
そう言ってからアンダーソン艦長は今後のスケジュールを再確認するのだった。




