救出
パレードが始まると民衆達は盛り上がり、アイドル達は喝采を浴びる。
各々が自分達の推しの為に声援を送り、アイドル達は盛り上げる為に歌とダンスをステージ型フロート車の上で行う。
更に上空では親衛隊による航空ショーが次々と行われている。
そして、パレードの佳境に入った頃だろう。待ちに待った目玉イベントとも言えるナインズ達が登場した。
一際大きなステージ型フロート車の上に彼女達は居た。
更に盛り上がる観衆達。その盛り上がりに応える為に愛想を振り撒きながら踊って歌うナインズ達。
機体のメインカメラをズームにすると、ナインズ達の踊りが良く見える。
何故だか分からないけど、全員キラキラしたエフェクトを撒き散らしている。
アレは最新技術なのだろうか?
まぁ、お陰で非常に盛り上がっているので問題は無い。
しかし、そんなナインズ達の中に1人だけ知り合いが居た。
いや、知り合いと言うか相棒だったと言うべきか。
「……なぁ、エイティ」
『はい、何でしょう?』
「右から2番目の子って。もしかしたらさ……ネロじゃね?」
はい、どう見てもネロです。
外見は全て俺の癖が詰まってる高性能アンドロイドボディ。
価格も合わせて見間違える訳が無い。
『そうです。今はナインズのアイドルのローネちゃんになっていますが』
「……マジで?だったら、何で教えてくれないんだよ」
『貴方もナインズに関しては調べてた筈では?』
「確かに調べたよ。写真も見て、何となく似てるなーって軽く思ってたよ。だってさ、普通アイドルやってる何て思わねぇだろ」
元が戦闘補助AIなんだぜ?何がどうやってトップアイドルに成り上がったんだよ。
シンデレラストーリーをジェット戦闘機並みのスピードで駆け抜けたんか?
「はぁ、マジかぁ。あの外見で人気になっちまったのかー」
つまり、俺の癖は宇宙に通用するって訳だな!これは凄く光栄な事だな!畜生!
「いや、全然光栄じゃねーよ。唯の羞恥心が爆上がりしただけだよ」
何が嬉しくて、自分の性癖を露呈させないと行けないんだよ。
コレは、墓まで持って行く内容だな。
『お勧めはしませんがネロと一度会いますか?連絡をする事は可能ですが』
「は?会う訳無いだろ。アイツは、自分の道を歩んでいるんだ。その邪魔をするつもりは毛頭無い」
そもそも、ネロを置いて行ったのは俺自身だ。なら、これ以上俺と関わる必要は無い。
とは言え、元マスターとして後方腕組み要員は出来るだろう。
まぁ、それで充分さ。俺達の関係なんてさ。
「それに、俺はもうマスターじゃ無いからな」
『……意外でした。借金返済の為の道具にするかと考えてましたので』
「お前とは一度、膝を突き合わせて話し合う必要がありそうだな。安心しろ、俺達には時間が腐る程あるからよ」
『でしたら、もう少し目立たない様に行動して下さい。私からは以上です』
「少なッ!そもそも、それ話し合いじゃねぇから」
新しい相棒に乾杯だぜ。畜生め。
輝かしい笑顔と共に愛想を振り撒くナインズ達を尻目に、俺は上空を見上げる。
間も無く、親衛隊による航空ショーも最終段階に入る頃だ。
「……来たか」
36機の親衛隊仕様【MHS-108Sヴァルシア】が編隊を組みながら上空を華麗に飛行して行く。
『ユニティ1より各機へ。これが最後の航空ショーになる。気合い入れて行くぞ!』
『勿論ですよ!我々の実力を存分に見せ付けてやりましょう!』
36機のヴァルシアは1個中隊に別れて行く。そして、各方向から再び編隊を組みながら高速で交差して行く。
「スゲェ……やっぱり、親衛隊って別格だよな」
「当たり前だろ?アイドル達を守るナイトなんだからな」
「私もあんな人達に守られてみたいわ」
「分かる〜。そしてイケメンパイロットゲット的な?」
観衆達も上空を華麗に飛行するヴァルシアの航空ショーに目を奪われる。
次々と曲芸飛行が行われて行く。
急旋回、急角度からの交差飛行。更に互いに背中合わせになりつつ、螺旋状に回転しながら飛行を続けて行く。
生半可な技量と度胸だけでは絶対無理なリスク承知の航空ショー。
カラフルな煙幕を焚きながら華麗な飛行テクニックを魅せ付ける。
誰もが親衛隊の航空ショーに魅入られている。
それは警備隊の連中も例外では無い。
憧れの存在。
シュウ・キサラギはそんな場所に立っていた。
ジェームズ・田中はそんな場所を見上げていた。
「…………」
借金から逃げた事に後悔は無い。だが、全てを捨て去った事に対しては若干の後悔はある。
(……フン、どんな立場になろうとも俺自身は変わらねぇよ)
自分を慰める様に心の中で呟く。
そんな俺の心情など知る由も無い親衛隊。
航空ショー最後の見せ場となる。
煙幕を焚きながら次々と順番に交差して行く。
だが、観衆は魅入られている者だけでは無かった。
何て事の無い一般人。ポケットに手を突っ込みながら航空ショーを見続ける。
だが、ポケットの中の手には起爆スイッチが握られていた。
「カタール王家万歳」
小さく呟いた後に起爆スイッチを押した。
同時に1機のヴァルシアから小さな爆発が起きた。
『ッ⁉︎何が起きた?……右脚部エンジン損傷レッドだと?』
ユニティ9は自機の振動が起きたのと同時に直ぐに原因を調べる。
だが、その間にも黒煙を出しながら編隊を離脱して行く。
『大丈夫か!ユニティ9!黒煙が上がっているぞ!』
『右脚部エンジンの損傷を確認しました。安全な場所まで離脱します』
再び右脚の部分から爆発が起きる。だが、焦る事無く冷静に対処を試みるユニティ9
「おい、アレって大丈夫なのか?黒煙出てるけど」
「接触したのか?だとしたら、墜落するんじゃ……」
観衆達の不安を他所にユニティ9は姿勢を維持しつつ、人型に変形しようとする。
人型になれば着地は容易になるし、空中での微調整がやり易くなる。
可変機故の利点を活かさない理由は無い。
『ッ……変形、出来ない』
モニターに可変機構に異常発生と報告が出る。パラメーターを見れば各部に異常が出ている。
『整備不良では無さそうだな。だが、やるだけやってみせる!』
操縦レバーを握り締め、前方に集中する。
このまま高度が落ちれば、ビル群に突っ込んでしまう。
そして、今居る場所はアイドル達のパレードが行われている上空。
つまり、周辺には観衆達が集まり過ぎているのだ。
『出力低下。このままでは……』
最悪を想定して思考を巡らせる。だが、まだ被害を最小限にする事は出来る。
『ユニティ9よりユニティ1へ。これより脱出を行います。その後、機体の撃破を願います』
『厳しい状況か?』
『はい。機体バイタルのデータ送ります』
『……分かった。直ちに脱出しろ。ユニティ1より親衛隊及び警備隊へ。これより、ユニティ9の機体を撃墜する。撃墜後の破片から民間人を守れ』
ユニティ9は操縦席から見える計器とモニターを一撫でする。
『すまない、ヴァルシア。こんな形で失うとは……脱出します』
操縦席下にある緊急脱出用のレバーを強く引っ張る。
だが、何も反応が無い。
焦る気持ちが増しつつも何度もレバーを引っ張る。
『ッ……動かない。隊長、ベイルアウトが機能しません』
『何だと?なら、作動するまでやるんだ!諦める事は許さんぞ!』
『ユニティ9!急いで!高度が下がっている!』
だが、更に機体に小さな爆発が起きる。
本来なら爆発など起きる箇所では無い筈。
『馬鹿な……尾翼まで、機能停止だと?』
有り得ない。これは整備不良以前の問題だ。
確かに、親衛隊内でも互いの競争率は非常に高い。
優秀な者には重要なポジションを与えられるからだ。
MHS-108Sヴァルシアも配備数は1個大隊分のみ。
つまり、選ばれた36名のパイロットだけが操縦席に座れる権利が与えられる。
故に、仲間内から妬みによる何かしらの行動が起きるのは否定出来ない。
『…………』
覚悟を決めるしか無さそうだった。このままではビル街に突っ込むか、パレードを行なっている大通りに墜落してしまう。
そうなれば大惨事になってしまう。最悪、アイドル達に要らない風評被害が出るかも知れない。
機体のコントロールが効かなくなり始める。
最早、時間は無い。
ユニティ9が覚悟を決め様としていた時。俺達は地上から眺めている事しか出来なかった。
『田中氏殿、何とかならないでござるか?』
「……はい?」
『せやなぁ。田中はんなら何とかしてくれるんとちゃいます?』
黒煙を出しながら高度を下げ続ける親衛隊のヴァルシア。
時々、小さな爆発が起きてるみたいなので諦めた方が良いだろう。
そんな状態で助けられる程、俺は万能では無い。
「馬鹿な事を言わないで下さい。そもそも、警備隊に命令されたのは破片処理だけですよ」
仮に出来たとしても、距離がまだ遠い。
せめて、こちら側に寄って来てくれるなら話は別だがな。
「墜落地点がこの辺りなら何とかしますがね。まぁ、あの調子なら無理じゃないですかね」
『本当か?なら、丁度良いじゃん。なんか爆発起こしながらだけど、こっちに方向変えて来てるぜ』
「……えぇ?何でこっちに来るんだよ。そのまま大通りに突っ込めよな」
『そんな事したら拙者の推し達が死んじゃうでござる!』
唯でさえ色々目立ち始めているのに?これ以上目立つ行動をやれと?
まぁ、半分以上は自業自得だけどさ。今回は違うだろ。
「チッ、仕方ないか。このまま見捨てるのも気分が悪い」
『自身の事を最優先で考えるなら、見捨てる事を推奨します』
「そうだな。だがな、人間ってやつは論理的思考を無視する時が一番輝くんだぜ」
俺は機体の武装を全てパージする。兎に角、今は機体を少しでも軽くする事が優先。
武装が道路に落ちる音が辺りに響く。同時に観衆達の視線が、こちらに向いてしまう。
「行くぜ!エイティ!気合い入れろよ!」
『仕方ありませんね。論理的思考を無視した結果も見てみたいですし』
機体のリミッターを解除する。
ブースターを吹かしてから、ペダルを一気に踏み込む。
一度上昇してから建物の上に乗る。そして、直ぐに飛び跳ねる様に高く跳ぶ。
俺は黒煙を出し続けるヴァルシアに通信を繋げる。
「聞こえるか?そのまま進路を維持しろ」
『ッ⁉︎誰だ君は!』
「唯の警備隊員だよ。死にたく無ければ、最後まで足掻け」
ヴァルシアの飛行進路上に入り込む前に、建物の壁を蹴り、後退姿勢を取る。
そのまま仰向けの姿勢になりつつ距離を調整。
『無茶だ!そんな事をしたら君も!』
「なら俺を死なせない為に、しっかりとコントロールするんだな。それとも、親衛隊はそんな事も出来ないのか?なら、給料泥棒はテメェらに似合いの言葉になるぜ」
『ッ……君と言う人は。分かった。このまま距離を詰める』
速度が殆ど落ちる事無く、迫り来るヴァルシア。
余りにも無茶な行動。そして、誰もが思った。
失敗すると。
だが、現実は違った。
仰向けの姿勢のまま両腕を伸ばしていたヴォルシアは、完璧とも言える場所を掴んだ。
「捕まえた!姿勢そのまま!エイティ!周辺警戒!」
『5時方向に看板があります。回避して下さい』
「そっちでも出来る限りコントロールしろよ!」
『分かっている!ここまで来たんだ!必ず成功させてみせる!』
後方を見ながら細かく操縦レバーを操作し、ペダルを踏みながら微調整。
背中のメインブースターは全開のまま、各部スラスターを頻りに動かし続ける。
『高度200を切りました。間も無く交差点に入ります。そこに着地して下さい』
「聞こえたな!姿勢を立てるぞ!生きてるスラスターでしっかり合わせろよ!」
『了解した。いつでも行ける!』
互いに進路調整をしながら確実に交差点に近付いて行く。
誰も声を出す事無く、見守り続ける。
「3秒後に姿勢を立てる!3、2、1、今!」
『頼む!ヴァルシア!持ち堪えてくれ!』
仰向けから直立体勢になる。
ヴァルシアは生きている左脚部のメインブースターを全開にしながら位置を微調整。
ヴォルシアもメインブースターを吹かしながら姿勢を調整する。
『地上までの距離100。そのままの姿勢を維持。交差点に車両が有りますが無視して下さい』
着地寸前に再度ブースターを全開にする。近場の車両が吹き飛ぶが、墜落した時の犠牲に比べれば安い物だ。
そのまま静かに着地。着地と同時に脚部と背中のダクトから冷却剤が大量に排出される。
『着地成功です。お見事でした』
「フゥ。まぁ、俺のテクに掛かればザッとこんなもんよ。エイティ、リミッターを戻しておいてくれ」
『了解しました。お疲れ様でした』
我ながら良い着地だったと、自慢出来る程にな。
『見事だよ。君の操縦センスは大したものだ』
モニターを見ると親衛隊のパイロットが映し出されていた。
先程から聞いていたが、爽やかイケメンボイスに加えてイケメン野郎と来たか。
しかし、イケメンかぁ。つまり、今まで美味しい人生を歩んで来た訳で。
うん、助けたの失敗したな。
「偶々ですよ。偶々、上手く出来ただけですよ」
『偶々?ハハハ、君は面白い事を言うね。マニュアル操作で無ければ、あの様な微調整は出来ない。実際、私もマニュアル操作でやっていたからね』
確信した言い方だ。だが、自身もマニュアル操作をしていたのなら納得の理由だ。
まぁ、それでもマニュアル操作をやっていた事は認めないけどな!
「さてね。取り敢えず機体から降りた方が良い。いつ爆発するか分からないからな」
『そうだな。ヴァルシア、耐えてくれて有難う』
自機に感謝の言葉を言いながら機体から降りる。
俺は膝を突いてしゃがみ、左手に親衛隊員を乗せる。
「アイリ12より各機へ。親衛隊のパイロットは無事に救出。被害は多少出ましたが、最小限かと」
『ユニティ1よりアイリ12。部下を救ってくれた事に感謝を』
「お気になさらず。自分は仕事をしたまででッ⁉︎」
ギフトから視えた光景。それは目の前のヴァルシアが大爆発してしまう未来視。
それは、3秒後に起こる事を意味していた。
「……おい、マジかよ」
今から離脱する事は間に合わない。リミッターも元に戻してしまったので尚更だ。
だが、足掻かない理由は無い。
俺は両手で親衛隊員を守る様にしながら、ヴァルシアに対し背中を向けて走り出す。
少しでも距離を取り、爆発から生き残る為に。
そして、親衛隊のヴァルシアが一気に爆発。
俺とユニティ9は共に爆発に巻き込まれてしまう。
『た、田中氏殿ー⁉︎⁉︎』
『そ、そんな。田中さんが』
『田中はん!生きてるなら返事しいやー!』
『ユニティ9!……そんな、折角生き残ったと言うのに』
AWの爆発にしては、少々大き過ぎた。
爆発の衝撃波により車両は吹き飛び、建物の窓ガラスは一気に割れる。
更に野次馬で遠巻きに見ていた人達にも破片やらが飛んでしまう。
辺りに悲鳴と泣き声が響き渡る。
それは、日常が悲惨な姿へと変わってしまった瞬間。
「悲しみに浸ってる所悪いんだが。勝手に殺すなよ」
『全くだ。しかし、君には二回分の借りが出来てしまったな』
爆煙の中から現れたのは、ボロボロになってしまった警備隊仕様のHS-105Nヴォルシア。
メインカメラのバイザーはヒビ割れてしまい、脚部装甲の一部が剥がれていた。
更に背中部分の損傷具合は深刻で、メインブースターは破片が突き刺さって火花が散っていた。
だが、その姿は不屈の精神を体現していた。
最後まで諦めずにやり遂げた姿に見えてしまった。
それは、余りにも絵になる姿だった。
その姿を捉えた様々な角度から撮られた写真が世に出回る事は必然だったのだ。
 




