自由って何だろう?
一通りの訓練が終わると、警備隊の全員が疲れ果てて座り込んでいた。
長時間に渡る厳しい実機訓練。一度やって終わりでは無く、何度も親衛隊によって叩き潰された警備隊。
以前から目立っていた自信過剰な部分も、今では鳴りを潜めている。
「田中、何でお前は直ぐに降伏するんだ。お前なら最後まで戦えただろうが」
イチエイ隊長が俺に降伏する理由を聞いて来た。
いつもみたいな上から目線の傲慢な態度が無くなり、大人しくなっているイチエイ隊長。
親衛隊によって徹底的に矯正されたのが効いているのかも知れない。
まぁ、単純に疲れているだけだろうけどな。
「勝てない戦いになったので降伏しただけです」
「勝てる勝てないじゃ無いだろ。最後まで訓練を続けろって言ってるんだよ」
「なら、親衛隊を1機くらいは撃墜して欲しいですね。言わせて貰いますが、俺しか撃墜は出来て無いですから」
「…………」
俺の反論に言い返そうとするイチエイ隊長。
しかし、アイリ中隊を筆頭にした警備隊は親衛隊相手に完敗し続けた。
良くても、紛れ当たりで相手を中破させたくらいじゃ無かろうか?
(改めて親衛隊との戦力差を考えると笑える……いや、やっぱり笑えないわ)
一人でツッコミを入れていると親衛隊の人達が戻って来た。
一応姿勢を正すが、他の警備隊員達は座り込んだまま。
そんな状況を見て親衛隊の隊長さんは溜息を吐く。
「全く、情け無い。そんな根性ではアイドル達を守る事など出来んぞ!」
レイピア中隊の女性隊長が疲れ果ててる警備隊に対し喝を入れる。
まぁ、訓練も真面目にやらないのが警備隊。つまり、一般人と大差無い連中だ。
そんな連中に対し、いきなり軍隊並みの訓練を課したら倒れ込むに決まってるさ。
え?俺?普通にドリンク飲んでリラックスしてるけど。
「貴様は、ジェームズ・田中だな」
「……えぇ、そうですが。何か?」
どうやら、名前を覚えられてしまったらしい。
まぁ、親衛隊相手に勝ってるからな。そりゃあ、名前くらい覚えられるか。
「流石はエースパイロット達のお気に入りと言う訳か。あの機体で私達相手に善戦するのだから」
「善戦?圧勝の間違いでは?」
「……神経は図太いみたいだな」
えー?だってねぇ。4対1でも勝ってるからねぇ。それに、降伏してたのは味方が全滅した時くらいだし。
最低限の義理は果たしてると言っても過言では無い。
「まぁ、良い。田中君、単刀直入に言おう。親衛隊に入る気はあるか?あるなら、私達レイピア中隊に入る事を許可しよう」
「お断りします。自分、親衛隊員並みの真摯な気持ちを持ち合わせていないので」
親衛隊から勧誘されたけど、速攻で拒否した。何となく勧誘されそうな雰囲気が出てたからな。
勿論、拒否した理由はある。
どうせ、遅かれ早かれホープ・スター企業を辞めるのだ。それなのに親衛隊に入る理由は無いからな。
(あ、でも機体のブースター関係が改善されるよな。なら、親衛隊に入るのも有りか?有りだな)
速攻で拒否されるとは思わなかったのだろう。女性隊長と親衛隊員達は呆けた顔をしていた。
「真摯な気持ちか。それなら、親衛隊に入ってから学べば良い」
「気持ちは嬉しいですがね。生憎、自分にも色々事情が有りますので。それでは」
話が長くなりそうだったので、強制的に打ち切る。
そして敬礼をしてから自室に向けて退避するのだった。
「やれやれ、振られてしまったな」
「ですね。親衛隊に勧誘される事自体が稀なんですが」
親衛隊加入への勧誘を蹴られてしまった。だが、元々予想はしていた。
親衛隊相手に終始優勢に戦っていた。ギフトだけでは無く、技量の高さ故の結果だろう。
更にエースパイロット達のシミュレーター室への出入りも目撃されている。
これだけで勧誘に値するだろう。
「案外、田中君みたいな人は縛られ無い方が良いのかもしれないな」
少しだけ経歴を調べたが、過去の事は一切分からなかった。
何か理由があるのは明白。だが、本人が何も言わ無い以上、私達が聞き出すのも失礼な事だろう。
無論、アイドル達に対し危害を加えそうなら実力行使に出るが。
「さて、取り敢えず警備隊の者達は解散させておけ。暫くは厳しい訓練漬けになる事を念押ししておくように」
「了解しました」
未だに座り込んでいる警備隊員達。
やる気も無ければ、根性も無い。それでもAWパイロットだから無駄にプライドだけは高い。
なら、そのプライドを正面から叩き潰してやろう。
そうすれば少しは真面目に訓練に励む事が出来る筈だ。
「それに、目の前で田中君を勧誘したのは正解だったな」
僅かな希望。親衛隊相手に善戦すれば勧誘されるかも知れない。
実際に勧誘された瞬間を目の前で目撃したのだ。
やる気は嫌でも出て来るだろう。
超級双胴戦艦ウラヌス・オブ・スターを中心とした艦隊は新たな興業場所へと到着していた。
民間企業ブルーロックが運営している宇宙ステーション【ブルーロック】。
民間企業ブルーロックは大企業の一つであり、宇宙ステーションの8割以上の住人達がブルーロックに在職している。
主に日用品を幅広く取り扱っており、ブルーロック製品を使っていない者は殆ど居ないと言われている。
また、輸送関係に関しても三大国家間で大きく貢献している。特にアダルト関係に関してはブルーロック一択と言われている程だ。
帝国のGAND神絵師が手掛ける多数のエロゲー。
連邦の陽炎監督が作り出す衝撃的で斬新なストーリー映画。
共和国のSaga漫画家が手掛ける情熱的で感動的な数々のアニメ。
本来なら手に入れる事の困難な代物達。だが、ブルーロックはその全てを取り扱える許可証を三大国家から受け取っている。
つまり、大手を振るってアダルト関係の運搬が出来るのだ。
故に輸送艦隊は大規模であり、超級戦艦をベースとした輸送艦を多数保有している。
無論、輸送艦と言うカテゴリーなので武装は制限されている。しかし、船体自体は超級戦艦なので武装を取り付ければ一級品の戦力になるのだ。
「お?ブルーロックの輸送艦隊か。時々見掛けるけど、相変わらず金に糸目は付けない艦隊だぜ」
『そうですね。ホープ・スター艦隊も充分ですが。やはり、物流を抑えている大企業と比べてしまうと少々見劣りします』
コミュニティルームから眺める事が出来るブルーロック宇宙ステーション。
そして宇宙ステーションから丁度発進しているブルーロック艦隊。
ホープ・スター艦隊とブルーロック艦隊が擦れ違う。同時に艦隊旗艦同士の発光信号も送り合っている。
「良いねぇ。こう、普段関わる事が少ない者達でも、同じ艦隊運用している者同士の数少ない交流方法」
『発光信号は遥か昔からの伝統的なやり方ですが』
「なら、尚更良いじゃん。古き良き伝統ってやつさ」
コーヒーを一口飲み、今回の仕事内容を端末から確認する。
ブルーロック宇宙ステーション内で行われる、ナインズをメインとした大規模ライブ。
勿論、ナインズだけで無く他のアイドルグループにも出番があり、二週間にも及ぶ大規模なアイドルコンサートが行われるのだ。
更に最後の1日は大規模なパレードが行われる。
その時には、宇宙ステーション駐屯自治軍と共同で航空ショーが実施される。
そして、今回警備隊の二個中隊の配置場所が宇宙ステーション内だ。
勿論、他警備隊とローテーションを組む事になる。だが、警備隊が警備として配置されるのは珍しい。
良くて交通整理くらいだろう。
「中々珍しい配置だよな。大抵の場合は艦隊の外周警戒なのに」
『偶には、趣向を変えた方が警備隊に対する刺激になるのでは?最近では親衛隊相手の訓練でも頑張ってますから』
確かに、警備隊は頑張ってる方だろう。
だが、俺に言わせれば頑張るタイミングが遅過ぎるんだよ。
「頑張っても結果は直ぐには出て来ねーよ。まぁ、今までサボってたツケが回って来ただけだが」
故に、警備隊に対して同情は一切無い。精々、脱落しない様に仲間内で傷を舐め合うんだな。
因みに俺は訓練を免除された。
理由?知らん。多分、俺が居ると警備隊に対する訓練に支障が出るんじゃ無いかな?
ほら、俺ってスーパーエースパイロット様だしな!
「あーあー、早く時間が過ぎて欲しいなー。こうも暇な時間が多いと、全く時間が進まないんだよな」
俺もバレない様にコッソリとエースパイロット達のシミュレーター室に行っている。
だが、エースパイロット達は常にシミュレーター室に常駐している訳では無い。各々が自由に行動しているからな。
「こんな事なら、連絡先でも聞いとけば良かったぜ」
偶にシミュレーター室で会えば、直ぐ訓練に付き合ってくれる。
真剣な戦闘に成れば成る程、神経を思いっきり擦り減らして行く。
そうなると、疲れてしまい連絡交換を忘れてしまうのだ。
『私は余りお勧めはしません。一般人がエースパイロットと知り合い等、普通では有りません』
「偶々、気が合う趣味友の設定で良いだろ」
『それでもです。貴方はジェームズ・田中なのですから』
やはり、エイティはエースパイロット達との接触自体を否定している。
まぁ、実際問題としてエースパイロット達と行動を共にする事は目立つ行動だからな。
「借金から逃げたら自由かと思ったが、存外に自由ってヤツは手に入らないもんだな」
『貴方は自由です。しかし、自由を謳歌すれば目立つだけです』
エイティの言葉に納得しつつ、コーヒーを一口飲む。
苦いコーヒーが更に苦く感じたのは気の所為だと思いたい。




