親衛隊による教導
最近、警備隊の被害が増えて来ている。
理由は不明だが、艦隊の周辺警戒中の哨戒機が襲われる被害が多発している。既に何人か死亡しており、落ち目の警備隊でも警戒心と不安感が出ている。
警戒任務は主に警備隊が一任されている。勿論、親衛隊も行う事もあるが、艦隊の直掩として遠くまで行く事は無い。
生きるデコイ役が警備隊の役割。
警備隊の犠牲によって、ホープ・スター艦隊は早期警戒に入る事が出来る。
普段から金食い虫みたいな存在から犠牲が出た所で、誰も文句は言わないし言えないのだ。
無論、その状況を放置し続ける程企業は甘くは無いのだが。
「全員、よく聞きなさい。貴方達警備隊は実力不足のパイロットが多過ぎる。結果として、貴重なAWを損失し続けている。だから、私達親衛隊の直接指導を受ける事を有り難く思いなさい」
現在、アイリ中隊を含めた三個中隊は親衛隊による実機訓練指導を受けている。
普段なら、教導隊みたいな役回りをする必要が無い親衛隊。だが、ここ数週間で既に警備隊から一個中隊分のAWと人員を失っている状況だ。
元々、戦力外になりつつある警備隊。だが、無駄金を使う程企業は甘くは無い。
そして、今回はオリバー・アンダーソン艦長からの直々の指示らしい。
(心配性だな。三大国家顔負けの一個艦隊戦力なんだぜ?野良オーレムやマフィア気取りの宙賊相手なら、楽に迎撃出来る程なのにな)
とは言え、命令は命令だ。大人しく指示に従うのも雇われの宿命ってやつだ。
今回、貧乏クジを引いた指導役のレイピア中隊。内心は不満だろうが、しっかりと指導している辺り真面目な連中なのだろう。
今も他の警備隊が悲鳴や文句を喚き散らしながら、一方的に叩き潰されている。
「確かに実力はあるみたいだな」
『そうですね。同じ数での戦いでしたら親衛隊が圧倒してます』
「親衛隊が居るなら艦隊護衛は何とかなりそうだけどな」
最悪、旗艦の超級双胴戦艦ウラヌス・オブ・スターだけでも守り切れれば、企業としては勝ちだからな。
そうこうしてる間にアイリ中隊の番になる。
俺はソロプレイヤー確定なので、狙撃ポイントに移動をする。
「おや?イチエイ隊長も狙撃に鞍替えしたので?」
『田中、お前に狙撃が出来るんだ。だったら、俺も余裕で出来るんだよ。元々の育ちが違うんだからな』
何故か強気な態度と言動が止まらないイチエイ隊長。
一度ならず、二度も叩き潰したのに復活している辺り、案外打たれ強いのかも知れない。
「そうですか。では、自分はこの辺りで」
適当な岩盤の上に着地。そして、ビームスナイパーライフルを構える。
今回の演習内容はフラッグ機を守る事。つまり、イチエイ機を守る必要がある。
(本来なら高機動にして逃げ回って欲しいくらいなんだが)
だが、イチエイ隊長は動こうとせず同じ様に狙撃態勢を取る。
『おい、田中。お前は別の方へ行けよ。此処は俺が最初に目を付けてたんだ』
「……面倒な奴だな。今から演習関係無く叩き潰しても良いんだぞ」
『お、お前ぇ!』
イチエイ隊長が怒りで顔を赤くする。だが、口だけしか満足に動かせない奴は脅威にはならない。
「俺の事が嫌いなら絡んで来るな。鬱陶しい。それに、役に立たない奴の面倒を見るなんて御免だからな。分かったらサッサと隠れてろ。お前はフラッグ機なんだからな」
『ッ……』
「後、戦闘の邪魔にもなるからな。少しでも邪魔をしてみろ。俺がお前を撃墜するからな」
反論しようとするが何も言わずに顔を真っ赤にして終わるイチエイ隊長。そんなイチエイ隊長を無視してから通信を切る。
実力も無いのに、AWのパイロットと言うだけで無駄に態度がデカくなる。だが、これはイチエイに限った話では無い。
警備隊の大多数はこんな感じなのだ。
(ついでに語彙力も無いし。警備隊が馬鹿にされるのも納得だぜ)
そしてレーダーとモニターに集中する。
今、前線を張っているのは10機のHS-105Nヴォルシア。
機体は良くても、パイロットの残念具合と推進力が初心者仕様の戦力なのだ。足止めは期待出来ないのは明白だ。
(4機くらい潰してから降伏しよう)
多分、その間に前線の味方が壊滅するだろうからな。
それから暫くすると通信が入る。
『これよりレイピア中隊とアイリ中隊による模擬戦闘を始めます。各中隊に設定しているフラッグ機を破壊されない様にして下さい』
オペレーターから模擬戦の内容が軽く説明される。
良くも悪くも分かり易い模擬戦内容だ。そして、俺は首の凝りを解す様にしながら軽く揉み集中する。
因みに、イチエイ隊長は俺の側に居続けている。
(いや、何でやねん。結構ボロカスに言ったんだけどな)
それとも、単純に狙撃位置が分かって無いのか。
「まぁ、何でも良いか。俺を巻き込まなければな」
そしてカウントが始まる。
操縦レバーを握り直してから狙撃スコープを前に出す。モニターからでもズームは出来るが、精密狙撃するなら狙撃スコープでやった方が良い。
何より、狙撃スコープから目を離せば咄嗟の接近にも対処し易い。
後、単純にカッコいいのもある。
(気分って結構大事だぜ。調子も良くなるからな)
そして模擬戦開始となるのだった。
アイリ中隊は周辺警戒をしながら前進を開始。流石にイチエイ隊長との通信を切り続けるのは不味いので、一応繋げる事にする。
『アイリ4より報告。敵影無しでござる』
アイリ4ことギャランが先行偵察を行う。だが、まだ敵は見つかっていない。
「そろそろ接近して来ると思うんだけどな」
俺は機体を前進させ、別の狙撃ポイントへ移動する。勿論、位置がバレない様に慎重にブースターとスラスター使いながらだ。
「アイリ12よりアイリ1。ブースターを無駄に吹かすな。位置がバレる」
『煩い!お前より俺の方が優れている事を証明してやる!』
「あ、おい……ハァ、俺知らね」
取り敢えずイチエイ機から離れる様にする。
『アイリ4より各機へ!敵影を確認したでござる!』
「位置と距離と機数は?」
『10時上方!距離4000!数は……8機でござる!』
どうやら、相手も隠密行動で来たらしい。残りの4機も恐らくデブリの影に隠れながら接近している筈だ。
まぁ、横からの強襲を目論んでるだろう。
警備隊相手に慎重に行動する理由が無いからな。
「その気の緩みが命取りだ。さて、最初の撃墜は頂くぜ」
狙撃スコープ越しに敵影を捕捉。アイリ中隊はアイリ4と数機が盾を構えつつ、射撃体勢を取る。残りは左右に散りながら迎撃を取る構えだ。
だが、この時一番気が緩んでいたのは俺だったのかも知れない。
狙いを定め、ギフトを使い3秒先を視る。
確殺距離になった瞬間にトリガーを引こうとした時だった。
『新手です!3時の上方向!数は4機!』
「ッ!いつの間に!」
狙撃スコープから目を離し、3時方向へ視線を向ける。
すると、デブリや岩石の陰を縫う様に4機の親衛隊仕様の【HS-105Sヴォルシア】が高速で接近していた。
『おい!田中!俺を守れ!フラッグ機だぞ!』
「邪魔だ。サッサと逃げてろ。鬱陶しい」
既に敵の射程内にまで接近されている。だが、俺は簡単に墜とせ無いぞ?
デブリの陰から出て来た瞬間を視てから、躊躇無くトリガーを引く。
【グワッ!やられた!】
【そのまま突っ込め!前方の2機にミサイルを喰らわせろ!】
【了解!貰った!】
大量のミサイルが襲い掛かって来る。急いで機体をデブリの陰に移動させて、射線を切る。
『ウワアアアア!被弾した!田中ぁ!俺を守れって!』
取り敢えずイチエイは無視して敵に集中する。
俺はレーダーで敵の位置を把握しながら、デブリから飛び出る。
「チッ、読まれてたか」
狙撃される事は想定されていたのだろう。シールドでしっかりと防がれていた。
【狙撃は得意みたいだが。射撃戦はどうだ!】
【反撃の隙を与えるな!あの機体は別格だぞ!】
【エースパイロット達のお気に入りだ。手加減は無用よ!】
3機の親衛隊仕様【HS-105Sヴォルシア】が射撃を行いながら接近して来る。
『田中ぁ!サッサと敵を倒せ!』
【雑魚は無視しろ。狙いはアイリ12だ】
逃げ惑うイチエイ機を無視して接近して来る。
俺は出来る限り距離を取る様に後退をしながら、ビームスナイパーライフルで狙撃を行う。
【狙いは正確。だが、この距離なら!】
ビームライフルを射撃しながら、一気に接近して来る敵ヴォルシア。
「馬鹿が。無闇に接近しやがって」
後方に漂っていたデブリを踏み台にしてブースターを一気に吹かし、敵に向かって接近する。
相手も虚を突かれたのか。一瞬だけ動きが鈍る。
【ッ!悪足掻きを!】
「カウンターはなぁ!」
左手にプラズマサーベルを展開。相手もビームライフルを手放しプラズマサーベルを展開し、構えを取ろうとする。
ギフトを使い先読みして動きを視る。
そして、擦れ違う瞬間にコクピットごと斬り裂く。
「俺の十八番なんだよぉ!」
【クッ、読まれてたか】
1機を撃破。そのまま近距離でビームスナイパーライフルを構える。
シールドを構えながら回避機動を取る敵ヴォルシア。
「シールド構えてれば安全だと思ったか?」
【脚部被弾!】
【前に出る!援護に徹しろ!】
仲間を庇う為、前に出て来る敵ヴォルシア。
だが、それは悪手だ。
俺はビームスナイパーライフルをパージし、腰に懸下しているビームガンを構える。
そして、近距離に入って来た敵ヴォルシアに向けてトリガーを引く。
ビームガンはビームライフルに比べて威力、射程が抑えられている。だが、連射速度ならビームガンの方が速い。
「あばよ。次に戦うまでに、負けた理由を考えておけよ」
【こ、こいつ……射撃も、得意なのか】
全弾敵ヴォルシアに直撃させて撃墜判定になる。最後の1機も後退しながらビームライフルとミサイルを撃って来る。
【やはり、唯の警備隊じゃないな。貴様、何者だ!】
「あん?通信?」
『はい。親衛隊の方からの通信です』
モニターに映るのは俺に倒される予定の親衛隊。無視しても良いだろうけど、無視したら無視したで面倒事が増えそうなので応答する事にした。
「何かご要望でしょうか?模擬戦中に敵に対し、通信をする程ですから」
『貴方は敵を煽る為にオープン通信を繋げますが』
「喧しいわ」
エイティの言う事は事実なので否定出来ない悲しみ。
しかし、相手はそんな事を知らないし、興味も無い。
【答えろ。貴様は何者だ。何の為にアイドル達に近付いた。答えによっては、私が貴様を殺す】
「殺すとは随分と物騒な事を言いますね。自分はご覧の通り、共和国の一般正規市民であり平和主義者ですよ?」
平和主義万歳!このまま何事も問題無く過ごす事が出来れば万々歳だからな!
だが、俺の答えに納得していない親衛隊。眉間に皺を寄せながら睨んで来る。
【ふざけた事を言うな!私達、親衛隊相手に終始優勢に戦う貴様が一般正規市民な訳があるか!何より、平和主義者なのは嘘だろう!】
「嘘じゃねーよ。本当の事さ」
大体、俺が終始優勢?冗談言うなよ。
こう見えて、結構追い詰められてたんだ。機体は遅いから避けるのもギリギリになるし。何より、フラッグ機を守らないと負けだったし。
まぁ、俺の方ばかり狙ってたから、フラッグ機は助かったけどな。
ある意味、そのお陰で俺は戦えた訳だがな。
【なら、何故アイドル達に接近して来た。答えろ】
「同じ艦内に居るんだぜ?偶々、出会う事くらいあるだろ。そんなに心配なら、パイロットの居住区画付近の接近を禁止したら良いのでは?理由は適当にそれっぽい事を言えば良いでしょうに」
超級双胴戦艦ウラヌス・オブ・スターの艦内は非常に広い。
居住区画、コミュニティー区画、娯楽区画、商業区画、訓練区画など。
特に艦中心区画はアイドル達の居住区画。
そして、撮影スタジオやドラマスタジオ。果てにはファン達を迎え入れるドームまで備えているのだ。
適当な理由を付けて区画侵入禁止にしても、文句は出ないだろうからな。
【……個人の意思尊重を否定出来るか】
「…………フッ」
俺はつまらん言い訳を聞いて呆れてしまった。
アイドル達を、こんな風に仕立て上げているのに?
今更、個人がどーのこーの言うのか?
だから、俺は……笑いが堪えられ無かった。
「フフフ、ハハハハハハ!個人の意思尊重ぉ?宇宙的人気のアイドルに、個人の意思尊重があるとでも?ハッ!企業と三大国家のクレジット箱に仕立て上げてる癖によぉ!」
俺は、つまらん理由に興味が失せた。ビームガンで動きが止まっていた敵ヴォルシアに向けて射撃を行う。
シールドを構えながら回避機動を取る敵ヴォルシア。反撃する為にビームライフルを構える。
だが、そのビームライフルを狙い撃ち反撃させない。
【まだ!ミサイルを!】
ミサイルを発射しようとする敵ヴォルシア。
だが、この近距離でミサイルを撃った所で当たる訳が無い。
そのままビームガンで射撃して追い詰める。
「罪悪感でも芽生えたか?そう言うの、偽善って言うんだぜ」
【ち、違う!私達はッ】
何かを言い切る前にコクピットにビームが直撃して、撃墜判定を受ける敵ヴォルシア。
同時に通信が切れてしまった。
「それも……一番役に立たない偽善だからな」
それでも、俺はこの言葉を送る。
アイドル達を利用し、大量の利益を得る者達全てに向けて。
下らない問答をしてたら、時間を取られてしまった。
親衛隊とは言え、確証の無い問い掛けに意味は無いんだけどな。
(確証が無ければ何とでも言えるからな)
結局、俺の事を怪しんだ所で何も出て来る事は無い。
強いて言うなら目を背けたくなる額の借金くらいかな?
「さてと、残りは何機残ってるかな?残りは俺1人で狩っても良いし」
『残存機は8機です。尚、味方はアイリ1を除いて全滅です』
「…………チッ、勝てねーじゃん」
勝ち目の無い戦いはしない。コレ、戦場で生き残る鉄則ってやつさ。
俺は躊躇無く投降を選択。そして、撃破判定を受けて模擬戦終了となった。
因みにイチエイ隊長殿は投降した事に対し、ギャーギャー文句を喚きながら親衛隊に対し攻撃。
しかし、反撃のビームの一撃で直ぐに撃墜判定を受けたのだった。




