たった9人の犠牲
「いやー、勝った勝った。やっぱり、俺ってエースパイロットだわ」
『普段の言動も改善出来れば、文句は無くなりますが』
「欠点も無く、面白味に欠けるエースパイロットなんざ他の奴がやってくれるさ」
エイティの提案を断固拒否しながらシミュレーターから出る。
シミュレーターから出ると、丁度エヴァット姉妹も出て来た。
「お疲れー。いやー、中々良い勝負だったよ。俺が操るFCサラガン相手に健闘した方だったぜ」
「嫌味か。貴様に負けたのは私達の実力不足だ。だが、次は勝つ」
「うん!次は絶対に勝つんだから!」
若干不貞腐れつつ、負けを素直に認めるフランシス大尉。
そして、普段の様に明るい笑顔と共に再戦を望むフランチェスカ中尉。
「へぇ、翡翠瞳の姉妹が負けたんだ。それもFCサラガンに?信じられないわ」
「あぁ。だが、事実だ」
シミュレーター室に見ない顔が2人居た。正確に言えば情報だけでは知っている。
大企業ホープ・スターが雇っているエースパイロット達だ。
「それにしても、サラガンで翡翠瞳の姉妹相手に勝つなんてね。ギフトより貴方自身を警戒した方が良さそう」
警戒心を隠す事無く言い放つ女性。
黒髪のボブカットだが、目隠れ美女と言った容姿。身長は平均より高く、スタイルはスレンダー。特に美脚と言っても良い脚美線だ。お陰で下手なモデル顔負けのスタイルの良さ。
そして、特徴的な狼族の大きな耳と尻尾が目立つ。
メイ・ナガセ大尉。コールサインはスカル1。
エースパイロットでもあり【孤高の黒狼】と呼ばれている。
使用機体は自由惑星共和国軍の主力機【ZF-14ゲルーガー】をベースに徹底的にカスタムした専用機【ZF-14SPオルレアン】。
加速寄りのセッティングにより高い運動性を獲得。また、射撃が得意と言う事で射撃に徹する戦法を取る。
「新しいエースパイロットの配属は聞いてなかったが。サプライズとしては良かったな」
もう片方の男も、仏頂面だが容姿は良い。パイロットスーツ越しに見ても身体は鍛えているのが分かる。
とは言え、特徴らしい特徴が無くエースパイロットと言われてもピンと来ないだろう。
だが、その実力は傭兵ギルド内でもトップクラス。
ウォルター・ラジール少佐。コールサインはタンゴ1。
どんな危険な任務も達成し、生きて帰還して来る実力。
裏切りも冷静に対処し、報復もキッチリとやり遂げる。
そして、周りからは畏怖と羨望を込めて【地獄からの帰還者】と呼ばれている。
以前は軽量型のAWを使用していたのだが、任務終了後に機体の耐久値が限界を超えてしまったらしい。
AWとして全てを使い切って貰った形だ。ある意味、機体冥利に尽きると言えただろう。
現在はYZD-23スパイダーをベースとした【YZD-23R陽炎】を使用。更にジェネレーターとブースターの出力を上げ、超高機動型の機体に仕上がっている。
更に戦闘スタイルも尖っており、ビームガン2丁と追加ブースター。そして近接装備だけと割り切っている。
また、公表されている時点でギフト【頑強】を保有している。
(メイ・ナガセ、ウォルター・ラジール。特にウォルターの方は本物だな)
見ただけで分かる事もある。特にエースパイロット同士だと、互いの実力が何と無く分かる事が多々ある。
「それに、先程の戦いで実力も証明された。歓迎しよう。俺はウォルター・ラジール少佐。今はホープ・スター専属となっている」
「あら、随分とフランクじゃない?私の時は自己紹介すら無かったのに」
「自己紹介すべき相手だと判断しただけだ」
ナガセ大尉の嫌味を軽く受け流すウォルター少佐。
しかし、ナガセ大尉も歓迎ムードは出ている。正確に言えば好戦的な表情が出ている。
口では何やかんや言ってても、内心では闘争本能が刺激されているのかもな。
「名のあるエースパイロットにそう言われると嬉しいですね。とは言え、自分はエースパイロットとして配属されてる訳ではありません」
俺は姿勢を正して敬礼を取る。
「警備隊所属、ジェームズ・田中です。宜しくお願いします」
自己紹介すると2人共、唖然とした表情になる。
エースパイロットだと思っていたら、実は唯の警備隊だった訳だからな。
とは言え、これ以上俺の正体がバレる訳には行かない。
もし、エルフェンフィールド軍にバレたら借金返済生活から奴隷に成り下がるだろうからな。
(奴隷で済めば良いけど。最悪、監禁になりそうだし)
あのポンコツエルフならやりかねん。
(好意は嬉しいがな。せめて、立場的に対等にならないと格好が付かないし)
借金野郎と御令嬢では不釣り合いだし、色々と面倒極まりないだろうからな。
「謙遜か?いや、違うな。何か事情でも?」
「まぁ、そんな感じです」
「そうか。それは少し残念だ」
色々と考えているとウォルター少佐も察してくれた。
まぁ、俺の事情を知れば呆れた表情をするだろうがな!
「あら?私とのコンビだと不満かしら?」
「不満では無い。が、満足でも無い」
「そう。ま、別に良いけどね」
射撃戦が得意なナガセ大尉。
高機動戦が得意なウォルター少佐。
相性としては悪く無さそうだが、ウォルター少佐の機体が頭一つ飛び抜けてる感じだからな。
生半可な機体では追従も援護も出来ないだろう。
「さて、そろそろ自分は退散します。これ以上、この場所に居ると色々と噂されそうですからね」
射撃場でフランチェスカ中尉に誘われて承諾したのは駄目だったかもな。
まぁ、幸い俺達に注目は殆どされて無かった筈。多分、見間違えでゴリ押し出来るさ。
「それでは失礼します」
最後に敬礼しながらシミュレーター室から退室。
退室する前にギフトを使って左右を見て、誰も居ない事を確認してから立ち去る。
「しかし、久しぶりに良い戦闘が出来たぜ。やっぱり、戦いはあの位の手応えがあるのが一番だな」
『毎回そんな戦いをしては精神的、肉体的疲労が蓄積してしまいます』
「大丈夫だって。そもそも、あのレベルのエースパイロット同士が戦場でカチ合う事自体が稀なんだからさ」
俺はそのままエースパイロット達の居るシミュレーター室から退散する。
中々、良いストレス発散にもなった。普段から鈍足AWに乗ってる訳だからな。偶には高機動戦もやらないと腕が鈍ってしまう。
互いに切磋琢磨出来る者同士の戦闘は、実に良い刺激にもなる。
(しかし、そう簡単に行ける場所じゃ無いがな)
エースパイロット専用のシミュレーター室だ。
普通なら親衛隊でもトップクラスの連中だけが行ける場所の筈。
だが、今の俺は唯の一般正規市民だ。
エースパイロットと馴れ合う事は不釣り合い極まりない。
「まぁ、大人しく過ごすのが無難だな」
『普段から、そうして頂けると助かります』
「へいへい、分かりましたよー」
俺はエイティと適当に会話しながら艦内を探索するのだった。
「あ、5万クレジット貰うの忘れてた」
「今から取りに行きますか?」
「面倒だからパス。それより、アッチの方に行こうぜ。娯楽施設と土産屋があるみたいだからな」
もし、資金に余裕が出来たら社長とナナイに土産の一つくらいは買っても良いかもな。
ワープゲート。それは遥か遠い宇宙の場所でも短時間で移動が可能な装置。
艦艇自体にもワープ装置は搭載されているが、ワープゲートの方が圧倒的な移動距離を誇る。無論、場所は固定されているが要所での移動を行うなら、ワープゲートの方が圧倒的に効率が良い。
そして、ワープゲートは自由惑星共和国と没落国家間にも存在している。
しかし、基本的に自由惑星共和国側はワープゲートを閉ざしている。
理由は単純で、食料援助と犯罪者の島流をセットで行う時以外はワープゲートを繋げない方針を取っている。
理由は幾つかある。だが、一番の理由は没落国家側からの亡命や難民流入を防ぐ為だ。
ゴースト達が自分達の意思で没落国家側に行こうとするなら止める事はしない。寧ろ、ハンカチを振って見送るくらいだ。
だが、自由惑星共和国側に入国させる事は基本的に許可を出していない。
治安維持が主な理由なのだが、根本的な文化や価値観の違う人種を迎え入れれば要らない災いが起きる。
唯でさえ、人権団体が多数存在している現状。そんな状況で、更に面倒な人権団体が増えるのは厄介極まりない。
つまり、自由惑星共和国が没落国家を受け入れる事は一切無い。
だが、もし亡命や難民としてでは無く別の理由ならば?
そう、例えば三大国家との共同軍事演習を目的とした艦隊派遣。
多額の賄賂を自由惑星共和国の上層部や現場責任者に支払い続けた。
結果として、秘密裏にワープゲートを開ける事に成功。
そして、没落国家は機密協定以上の艦隊を派遣した。
超級戦艦ゾディアック 艦橋
リーガル・シュガーラン少将は艦橋から見える光景を静かに眺めていた。自由惑星共和国軍の艦隊と我等が新生国家の艦隊による睨み合い。
しかし、艦隊戦力はこちらが圧倒的優勢な状況だ。
「全く、拘束しようとした所で時間の無駄だと言うのに。過敏に反応しおって」
対応が遅く、こちらの要求に対し満足に応えようとしない自由惑星共和国。
三大国家と繋がる為、唯一の窓口としての役割を担っている自負があるだろう。だが、大して役に立たない窓口など意味が無いのだ。
「致し方ありません。約束の3倍の艦隊が現れたのですから。ですが、間も無く許可が下りるかと」
タハール王家から派遣された特務大尉も同意見だと頷く。
この特務大尉は、タハール王家から迅速な連絡を取れる様にと。今回の作戦の為に派遣されたのだ。
無論、監視の意味合いもあるだろうが。
「時間は掛けられんぞ。最悪、この私自らが直々に対応してくれる」
既に多額の賄賂を自由惑星共和国軍の上層部と現場責任者に渡している。
故に、相手は強く言えない状況。
下手に反論すれば賄賂を貰った事が世間に露呈してしまう。
最近の宇宙情勢でも上手く立ち回っている自由惑星共和国。
しかし、平和ボケしている後方に配置されている現場責任者の懐柔など容易い事。
自由惑星共和国と新生国家を繋げるワープゲートもそうだ。定期便の支援物資輸入時以外には開く事は殆ど無いのだ。
だからこそ、予定に無いワープゲート開通は秘密裏に行われる。
誰にも認識されない所属不明艦隊が現れた。
唯、それだけの話だ。
「リーガル様、自由惑星共和国軍から通行許可が降りました。しかし、一個艦隊のみとの事です」
「私が話を通す。通信を繋げろ」
通信兵の報告を聞き、自分が対応する事を決めた。
これ以上の時間を無駄にできる程暇では無いのだから。
通信を繋げるとモニターに面倒臭そうな表情をした中年男性が現れた。だが、対応する人物を見て直ぐに姿勢を慌てて正す。
『こ、これは、リーガル閣下。まさか……貴方が居るとは』
「すまないな。アストロイ大佐。急遽、私が来る事になったのだ」
現場責任者のアストロイ大佐。対して第三軍閥トップのリーガル・シュガーラン少将。
何度か会う事もあり、食事を共にする事もあった。
だが、それは賄賂を貰う時だけだった。
今は自由惑星共和国軍のワープゲート管理者として会っている。
「それで?いつになったら通行許可をくれるのかな?私も艦隊を遊ばせておく程、暇では無いのだよ」
『それは……理解、します。しかし、約束では一個艦隊だけの筈』
アストロイ大佐の目には没落国家の三個艦隊がワープゲート前で静かに待機している。
だが、その艦隊火力がいつ火を噴くのか気が気でないのだ。
もし、自由惑星共和国の領内で三個艦隊の火力が火を噴いてしまったら責任追及は免れない。
「何を言うかと思えば。アストロイ大佐、君は少し疲れている様だな。我々は一個艦隊だけだ」
『……何を言って』
「聞こえなかったか?我々にとっての一個艦隊はこの艦隊だ」
余りにも無茶な屁理屈を言い出すリーガル少将。
だからこそ、アストロイ大佐は反論する。
『そ、そんな無茶が通りますか!言い訳としても納得など誰もしません!』
「納得?誰のだ?一生遊んで暮らせる賄賂を受け取った連中のかね?馬鹿な事を言うな」
だが、そんなアストロイ大佐を冷酷な視線だけを向けるリーガル少将。
そして、リーガル少将は死刑宣告を言い放つ。
「君は……いや、君達は手遅れなのだよ。アストロイ大佐」
『…………』
「どの道、世間にバレれば君達はお終いだ。なら、今の内に他国に逃亡する事をお勧めするよ。何なら、我々新生国家に亡命するかね?勿論、歓迎しようじゃないか」
皮肉気に言うリーガル少将に、アストロイ大佐は苦虫を噛み潰した様な表情になる。
そんなアストロイ大佐を見て、リーガル少将は鼻で笑って切り捨てる。
「話は以上だ。達者でな……アストロイ君」
既に用済みとなった犯罪者を切り捨てる。
そして通信を切り、艦隊に指示を出す。
「艦隊、最大全速。直ちに現宙域を離脱し、目標を指定座標へ」
「了解。艦隊、最大全速」
リーガル少将は指示を出してから、作戦を思い返す。
余りにも自分勝手で呆れる作戦。だが、レオナルド・フォン・タハール13世のカリスマは絶大だ。
だからこそ、今しかチャンスは無いのだ。
タハール13世が生きている今こそ。
(この馬鹿らしい作戦が、我らの国を一つに纏める事となる)
今もオーレムを尻目に、互いの足を引っ張り合い続けている愚かな権力者共。
その最大の犠牲者は大勢の罪無き愛国者達。
これ以上、その様な愚行を放置しておくわけには行かない。
「そうすれば列強となり、三大国家も無視出来なくなる存在となる。我々は……対等の立場になれる」
たった9人を拉致するだけで国が一つに纏まる。
最悪1人だけでも良いのだ。
それだけで大勢の力無き市民達が救われるのだ。
「今の内に新生国家の名前を考えおく必要がありそうだな」
「タハール国家が良いかと」
「却下だ。流石に安直過ぎる」
特務大尉の意見を拒否すると、肩を落としてションボリとしてしまう。
そんな特務大尉に対し呆れるながらも、リーガル少将は気を引き締め直すのだった。