エレーナ・モロゾフ
折角のリラックスタイムを邪魔されてしまった訳だが。このまま適当に時間潰しをするのは少し勿体無い。
シミュレーター室で訓練をするのも有りだろう。だが、偶には自分の身体を使って訓練するのも良いと思う。
「早速、射撃場に行くか。そろそろ、コイツの試し撃ちもしたいからな」
以前、使っていたシルバーのマグナムと同じ弾を使っている。使用感自体に大きな差は無いだろう。
後はコクピットの裏側に格納されている、M-25A1アサルトカービンも試し撃ちをしたい。
射撃場に到着して中に入る。既に何人か射撃訓練を行なっていた。
制服を見て親衛隊の人達だと判断する。
(下手に近寄らなければ関わる事は無いな)
親衛隊を視界から外して受付で申請する。空いてるレーンがあるので弾薬とM-25A1アサルトカービンを借りる。
ヘッドセットとゴーグルを装着して、弾をマガジンに装填して行く。
最初はM-25A1アサルトカービンを使う事にした。
的はランダムで動く設定にしてから始める。射撃姿勢を取り、ギフトを使う。
(何やかんや言って、俺のギフトって使えるんだよな)
コンマ数秒の差で勝敗が決まる世界。どんなギフトを使っていたとしても、最終的に頼れるのは己の技量のみ。
最後まで諦めずに、足掻く奴には幸運の女神の気紛れが起きる可能性もある。
「だから、訓練だけは絶対に欠かせないのさ」
ブザーが鳴り射撃開始となる。ランダムで動く的を次から次へと撃ち抜いて行く。
しかし、徐々に的のスピードが速くなるのと数も増えて来る。
M-25A1アサルトカービンの弾が切れた。直ぐにRM-50に切り替えて射撃続行。
速度がはやくなり、増え続ける的。そして遂に限界を迎える。
「ッ……まぁ、こんなもんか」
RM-50をリロードしようとしたが、上手く弾を弾倉に装填出来ず地面に落としてしまう。
それでも、暫くは動き続けていたので落ち着いてリロードしてから再び射撃を開始。
「いやー、中々ハード設定だったな。ランダムって、こんなに難しかったんだ」
果たして、今のが射撃訓練になったのかは不明だ。
しかし、スコア自体は良かったのか上位20以内に入る事が出来た。
「流石は俺だな。戦闘技能に関しては、努力し続けた甲斐があったぜ」
名前もジェームズ・田中で入っていたが、変更可能だったのでイチエイの名前にしといた。
きっと、彼も喜んでくれるだろう。
「やっぱり、俺って仲間想いの良い奴だよな」
『自分の事を良い奴と自称する程、悪い人は居ません』
「これまた手厳しい事で」
エイティの言う事は尤もだなと思いつつ、次は落ち着いて射撃訓練を行う事にしたのだった。
暫く、射撃訓練に没頭していると何人かが纏めて入って来た。
「エレーナ様、射撃準備は済んでいます。7番レーンで御座います」
「うむ、ご苦労だったな。では、今日はファンの皆に正しい射撃の指導をしてやろう」
誰かと思い少しだけ顔を出してみる。
少し露出が多い甲冑姿の女性が、多くの男達を率いていた。
容姿、スタイル共に良い。茶髪を団子状にアップしており、うなじを見せ付ける様にしている。
何より、透き通った美声で耳に余韻が残る。
そして、もう一つの特徴として元軍人のデュラハンだそうだ。現に、今も首を脇に抱えているから間違いない。
まぁ、お陰で髪型関係無くうなじが見えるんだけどな。
(あの女がナインズの一人、エレーナ・モロゾフか)
どうやら動画を撮っているみたいだ。
ファンの皆に射撃姿勢を見せるとは。果たして、需要はあるのだろうか?
いや、ファン達にとって射撃自体はどうでも良いのだろう。
エレーナ・モロゾフの容姿と声を一番に欲している。
なら、この動画配信にも価値があると言えるだろう。
しかし、隣のレーンに来たのは何の因果だろうか?
(動画に映るのは流石に勘弁だぜ)
俺は動画に映らない様に場所を移動。他の射撃レーンに入ろうとした。
「では、今から射撃姿勢を取る。銃には反動がある。とは言え、今の主流の銃には反動が殆ど無い。だが、物好きは世の中には沢山居る。効率や性能では無く、様式美もまた重要な要素になる」
随分な御高説を言うじゃないか。様式美が重要だと?
(良い子じゃないか。あんな子、俺は好きだよ)
一瞬でファンに成りそうだ。後でグッズとか調べてみよう。
少しだけ様子を窺っていると、エレーナ・モロゾフは頭を机の上に置いて、射撃姿勢を取る。
(え?ちょっと待って。首は机の上に置いて撃つの?それが正しい射撃姿勢なの?)
そして、射撃を開始。的には全て中心部分に命中弾。射撃の腕はかなり良いのが分かる。
(でも、頭と身体が離れてるんやけど。もしかして……アレはアレで有りなのか?)
自分の持つ知識だけで、相手のやり方を否定するのは間違っている。
実際に彼女は全弾命中させている。然も、的の中心部分にだ。
「えっと、頭を下にして。銃を上にして?これ、壁越しに牽制射撃する姿勢になるんだけど」
取り敢えず、エレーナ・モロゾフの真似をして撃つ事にした。
『……何をやろうとしているのですか?』
「え?あぁ、頭を下にして撃とうかなと」
『馬鹿な真似はやめて下さい。見てるこちらが恥ずかしいので』
「そうか。じゃあ、止めるわ」
『お願いします』
エイティは良い子だ。何より、俺の事を常にサポートしてくれている。
胸ポケットからカメラだけが覗いてる状態でも、俺より周りが見えている。
実に素晴らしい成長と言える。
「とでも言うと思ってかぁ!」
だがなぁ、お前には手も足も無いだろぉ?
つまり、この勝負は俺の勝ちだ!
そしてトリガーを引いて撃つのだが、当たる気配が無い。
一応、撃ちながら調整出来る。だが、そもそもが撃ち難い姿勢なので意味が無い。
そんな風に撃っていると、空薬莢が壁に当たり跳ね返る。そして、その内の一つが背中に入ってしまう。
熱々の空薬莢が背中に入り込む。それはもう、背中が熱くなる訳で。
「熱ッ!何やこの姿勢は。二度とやるか」
『……ハァ、何故本体はこんな男が良いのでしょうか?理解出来ません』
結局、人にはそれぞれ撃ち易い姿勢がある訳だ。いや、この場合は種族と言うべきだろうか。
「俺、エレーナ様のファンやめるわ」
『好きにして下さい』
エイティの呆れた声を聞きながら、射撃場から退室しようとした。
しかし、丁度ドアが開くとフランチェスカ中尉が笑顔と共に現れた。
「見つけた!シミュレーター室に行こう。ジェームズ」
「行かないです。それでは、さようなら」
俺は直ぐに拒否して立ち去ろうとした。しかし、俺の手を掴んで来て離さない。
「訓練になるよ?」
「警備隊には必要の無い訓練だ」
エースパイロットが直々に相手する訓練とか。どんだけ贅沢な訓練になる事やら。
俺の場合は借金漬けだったから、301訓練大隊に対して本格的にやっただけだし。
「……借金あったの?」
「お前……【読心】持ってんのかよ」
成る程な。つまり、俺の完璧で究極な変装を簡単に見破ったのもギフトの【読心】を使ってた訳か。
「ううん、それは違うよ」
「あ、そうなんだ」
「うん。雰囲気で分かったよ!」
また、雰囲気か。そんな曖昧な理由で変装を見破られてたまるか!
「そうかい。まぁ、良いけどさ。取り敢えず、口外だけはするなよ」
「なら一緒に訓練やろう?ジェームズもやりたいでしょう?」
「そりゃあ……まぁな」
自他共に認めているエースパイロットの一人だ。
訓練相手として不足無しなのは間違いない。
それに、特殊兵装アラクネに対する適性もある。
技量も備えてる辺り、相当努力し続けてる厄介なエースパイロットって訳だ。
(マザーシップ戦で充分技量はあると思ってたがな)
可憐な美少女の見た目と違い、技量が相当高いエースパイロット。
戦ってみたい気持ちが、沸々と湧き上がって来るのは仕方無い事だ。
「あ、そう言えば。ごめんなさい。勝手に心を覗いて」
「構わないさ。別に困らんからな」
心を無断で読んだ事に対して、悪いと思っている辺り良識は持っている。
序でに、借金の返済を手伝ってくれると助かるんだけどな。
「それは無理だよ。だって、額が額だもん」
「知ってた。俺だって無理と判断したから」
だから逃げたのさ。これからの人生を、エルフの為に尽くして生き続けるのは勘弁だからな。
無論、逃げた事は悪いと思っているがな。
「じゃあ、俺行くから。またな」
「逃げちゃ駄目だよ。シミュレーター室に行こう?フランも待ってる」
華麗に立ち去ろうとしたけど、手を離してくれなかった。
「あのな?さっきも言ったけど。俺、警備隊なんだよ。エースパイロット様が構う程の実力者は居ないんだよ」
「訓練一緒にやってくれたら、スペシャルメニューをご馳走するよ!だからやろう!」
「スペシャルメニュー?何それ」
「あのね!食堂に凄く美味しいメニューがあるんだよ!それも、全部天然素材!だから、やろうよ!」
どうやら、食堂に出て来るメニューの事を言っているのだろう。
だがな、美味いだけの食べ物に釣られる俺じゃないぜ?
「因みに、5万クレジットするから」
「結構な値段するじゃん。だが、5万クレジットの飯かぁ」
多分、この先スマイルドッグに戻っても、贅沢なご飯は暫く食べれないだろう。
依頼を受けて、仕事を完了させないとクレジットは来ない。無論、給料制でもあるスマイルドッグは依頼が無くても一応役職に応じた給料は出る。
だが、それは決して多くは無い金額だ。だからこそ、大きな仕事の依頼を受けて完了させれば互いに幸せになれる訳さ。
勿論、今は貯金もしてるから多少の贅沢は出来るだろう。
だが、シュウ・キサラギの様な豪遊する使い方は出来ない。
つまり、ジェームズ・田中にとって5万クレジットは大金なのだ。
「でもなぁ、誰かにバレる訳にはいかんし」
「大丈夫だよ。私達用のシミュレーター室があるから。そこなら親衛隊も警備隊も来ないもん」
成る程な。つまり、外部にバレる心配が無いって事か。
「んー…… なら、いいか。良し、やろう」
「本当!やったぁ!私、先に準備してくるね!」
「おう、いってらー」
満面の笑みと共に走って行くフランチェスカ中尉。
そんな彼女を見送りながら、どんな武装編成で行こうか考える。
(久々に高機動型を動かそう。エースパイロット相手に手加減なんてしたら、無駄死にも良い所だからな)
取り敢えず、一度パイロットスーツに着替える事にした。それから、エイティにエースパイロット用のシミュレーター室まで案内して貰う事にしたのだった。
ジェームズ・田中が射撃場から去って行く。しかし、先程までフランチェスカ中尉とジェームズ・田中のやり取りを見ていた一部の親衛隊メンバー達。
翡翠瞳の姉妹と名高いエースパイロットのフランチェスカ中尉。そんな彼女と随分親しげな雰囲気で話していた。
親衛隊でも、極一部の者達しか話し掛けて来ないのに。
「あの男、警備隊だったな」
「あぁ。だが、何故フランチェスカ中尉と?」
「……どうせ、気まぐれさ。いや、気まぐれだと信じたい」
美少女姉妹としても有名な翡翠瞳の姉妹。
もし、傭兵では無くアイドルになっていたらと惜しまれる声は多数出ている程だ。
「ほぅ、随分と面白い事になってるじゃないか」
「あ、エレーナ様。配信、お疲れ様でした。どうぞ、飲み物とタオルです」
「ありがとう」
エレーナ・モロゾフは笑顔を浮かべながら感謝を言い受け取る。
しかし、その目は面白い物を見つけた子供みたいになっていた。
「それで?何故、あの翡翠瞳の姉妹の片割れ、フランチェスカ中尉が懐いてるのかい?」
「どうなんでしょうか?恐らく、今日は気分が良いのでしょう」
「気分が良くて、エースパイロット用のシミュレーター室を使わせるのかな?」
エースパイロットは一癖、二癖もある性格が多い。
それは、ホープ・スター企業と契約しているエースパイロット達全員が例外では無かった。
「なら、一度行ってみようか。私が行けば無碍にはされない筈さ」
そうと決まれば見学くらいはしたい。
人見知りが激しいフランチェスカ中尉と手を繋ぐ程だ。つまり、それ相応の実力者の可能性も高い。
身嗜みを整える為に、手鏡で自分の髪型をチェックするエレーナ様。
しかし、近くに居る親衛隊は否定的だった。
「エレーナ様、流石にやめた方が良いかと」
「……ほう?やめる理由があるのかい?」
「一度だけ親衛隊全員で腕試しをしたら、殆どの者達がやられましたから。それ以来、弱い奴は立ち入り禁止になってます」
AWのパイロットなら腕試しをしたい気持ちはある。相手が名のあるエースパイロットが相手なら尚更だ。
だが、最終的に面倒と言う理由で4対1で戦う事になった。それで敗北したので、親衛隊としてのプライドはボロボロになってしまった。
それでも、喰い付いた者達は数人居たが。
「成る程な。確かに、私の腕前では彼女達には勝てない。だが、あの警備隊は別だよね?」
エースパイロット相手に戦いを挑んでも拒否される。
だが、あの警備隊員なら話は別だ。
「フフフ、後でロザリアにも教えて上げよう。きっと、面白くなる筈さ」
同じナインズ所属であり、AWパイロットでもある仲間にも教えようと決めたのだった。