故郷の力
陸上戦艦ヴァンガードにいる人員は全員ダムラカの軍人達ばかりだ。だが五十年の月日は余りにも長かった。当時の乗組員の半数は後方に移動するか退役する形になっている。
残りの半数は隣にいる戦友の為だ。そして代わりに来た補充兵には自分達の娘息子と同い年の者達。もしくは孫に近い者も何人か居る。
「ホバーシステム及び反重力システム正常稼働中。機関出力安定しています」
「敵部隊捕捉。全武装システムオンライン」
「各部署より報告纏まりました。オールグリーンです」
若いオペレーターからの報告を聞き目を閉じながら司令官は静かに頷く。この司令官もヴァンガードと共に今迄生きて来た。
そして、これからも自分の居場所は此処だけなのだと。故郷は無くなり愛すべき家族も消えた。司令官達に残されたのが陸上戦艦ヴァンガードのみ。
(我等の故郷はこの陸上戦艦ヴァンガードのみとなった。なら、見せてやろう。我等が……故郷の力を)
司令官の閉じた目が開く。そして憎悪に染まった鷹のような鋭い視線を全員に向ける。
「目標、敵AW部隊及び陸戦部隊。主砲データリンク照準用意」
「データリンク照準用意良し」
「司令、遂に一矢報いる時が」
副官の言葉に静かに頷く。この副官とも同じく苦楽を共に歩んで来た。それこそ兄弟家族同然だ。
「目標エルフェンフィールド軍、撃ち方始め!」
「撃ち方始めえええ‼︎」
そして50センチの巨砲が轟音と共に火を噴く。自分達の仇になるエルフ共を全て薙ぎ払う様に。
「砲撃来るぞ‼︎全機回避‼︎」
三秒先に視えた光景はまさに悪夢だった。無論それを防ぐ力は無いので精々警告しながらブースターを全開にして逃げる事ぐらいだ。
そして一秒後に凄まじい轟音と共に辺り一面が爆炎と爆風に呑み込まれる。レーダーを確認すると陸戦部隊はほぼ壊滅的だった。
「まあ、そうだよな。逃げる足無いもん」
しかし無駄口を叩く暇は無かった。次々と飛んで来る砲弾とミサイルの雨が降って来るのだ。
「警告ロックされています」
「いやこれ無理だろ。迎撃し切れねぇ」
「ジャミングプログラム始動」
「ネロ!マドックにそんな高い装置は積んで……可笑しいな。積んで無いんだけどな?」
「こちらの方でジャミング電波を展開しました。ダメでしたでしょうか?」
ロックアラームが消えミサイルがあらぬ方向へと飛んで行く。まさかネロにこんな芸当が出来るとは。
「いや最高だよ相棒。その調子で頼む」
「了解しました。ジャミングプログラム継続します」
「トリガー5よりファング1。このままだとジリ貧だ。陸戦部隊も壊滅してる状況になっちまった。撤退するのはどうだ?」
『ダメに決まってるでしょう!私があの戦艦の気を逸らす。その間に取り付くの!』
「無茶言うなよな。大体、艦載機も有るだろうに」
しかし悪態をついても何も進まない。寧ろ状況は悪化するだけだ。だがそんなのは知らんと言わんばかりに陸上戦艦ヴァンガードはこちらに近付いてくる。
そして副砲、速射砲、ビーム砲の弾幕がこちらに襲い掛かる。ロックアラームが鳴らないのを見るにどうやら直接照準で狙ってるみたいだ。
「前時代的な癖に火力と機動力と防御力は一丁前か!この浪漫野郎!」
更に戦艦ヴァンガードの後部から艦載機の戦闘機とAWが展開される。恐らくこのままでは逃げ切る事は出来ない。寧ろ攻勢に出た方がマシなのかも知れん。
「施設内に逃げるのは無理だろうな。その為の陸戦隊だったし」
資源加工施設を制圧する為の陸戦部隊は艦砲により吹き飛んで消えた。最早、俺達でやるしか無いのだ。
『ファング1より各機。無理はしないで回避に専念しなさい。私が砲塔の数を減らす。その後に攻撃に回って頂戴』
『こちらファング2、その命令は聞けない。我々もお嬢様ばかりに負担を掛けるつもりは無い。それにデルタセイバーとてあの戦艦相手には不利です』
『ファング2に賛同だ。一気に攻めた方が勝率は上がります』
『だが、あの弾幕をどうやって抜けるつもりだ?勝てもしない突撃は意味が無いぞ』
未だに命令が上手く行かないエルフ共。こいつら本当に俺より年上なのかね?
「ネロ、リミッター解除。後シールドパージ」
「了解。リミッター解除、シールドパージします」
「さぁて俺に視せてくれ。生き残る三秒先の未来をな‼︎」
マドックのブースターを全開にして一気に陸上戦艦ヴァンガードに突撃する。クリスティーナ大尉と他のメンバーからの声が聞こえるが無視する。
無論ヴァンガードの将兵達も接近する敵機に気付き各砲座が動き出す。
【敵一機接近中。機種はZM-05マドックです】
【哀れな。使い捨てにされた傭兵の末路がこれか。せめて一撃で楽にさせてやれ。一番主砲照準】
【一番主砲照準良し】
【撃て】
50センチ三連装の主砲が轟音を奏でる。だが当たる直前に敵マドックは紙一重で回避する。比喩表現では無く本当に紙一重だったのだ。何故なら砲弾とマドックの装甲が掠り火花が散りながら胸部装甲と肩部装甲の一部が吹き飛び、バイザー部分がヒビ割れながら砕け散った。
【敵機回避しました。尚も接近中】
【各砲座迎撃。敵を近付かせるな】
【上空より更に一機接近。高出力のビームライフルでこちらを狙っています】
【対ビーム撹乱粒子散布。副砲、対空砲撃てえぇ‼︎】
【VLSハッチ開け。目標、上空の敵機。発射!】
ヴァンガードに近付けば近付く程弾幕は密になる。然も対ビーム撹乱粒子の散布によりビーム兵器の威力減衰が発生。ファング隊、マッド隊はビーム兵器主体の装備で来ていたのでビーム兵器の威力低下は致命的だ。
更にデルタセイバーに向かって多数の対空ミサイルが発射され地上相手には多数の弾幕が襲い掛かる。
(横からは駄目だ。これ以上近付けば死ぬ未来しか視えない。かと言って後部は無理だ。ホバー移動が無駄に速いから追い付く前にカモ撃ちになっちまう。なら前から行くしかねえわな)
だが艦首側とて危険なのは変わりない。それに敵も理解してるのだろう。前部にはAWが何機か待機しているのだ。
「ロマンを実現させるとか反則だろうが。だが向こうから来てくれた方が色々助かるってなもんよ。ネロ、ヴァンガードの予測進路を出せ。恐らく敵は殲滅戦をする筈だ」
「了解。予測進路出します」
敵は俺達を一人たりとも逃がさないつもりだろう。今この場所にはリリアーナ・カルヴァータが居る。そして俺達が来た以上この場所に監禁してる意味は無くなった。つまり場所を変える必要がある。
そんな状況で目撃者を出すリスクは必要無い。そうなると簡単な話だ。俺達を消せばリスクも消える訳だからな。
「こうなりゃ一か八かだな。チキンレースの始まりだぜ」
マドックを予測進路に移動させる。ヴァンガードからの追撃が来るがファング隊、マッド隊が地味に援護してくれた。
「分かってるじゃないか。そのまま少しだけ援護頼むぜ」
『貴様が何をしたいか我々には分からん。だが何かをしたいのは理解した。なら貴様とお嬢様に賭ける』
「レートはこっちが上だからな」
『ふん。お嬢様に賭けるさ』
移動してる間もデルタセイバーには対空ミサイルと対空砲の弾幕が止めどなく続いている。そして陸上戦艦ヴァンガードの正面に移動完了したのと同時に機体を止める。そしてオープン通信にして声を出す。
「貴様等の目的や信念が何かは俺は知らないし興味も無い。だが、陸上戦艦まで持ち出した貴様等は本気なのだろう」
ヴァンガードの前部にある四基の50センチ三連装主砲の砲身がこちらに向けられる。
「ならば見せてみろ。貴様等の信念が何なのか。それを此処で証明してみせろ‼︎」
マドックを一気にヴァンガードに向け加速させる。
「敵マドック再接近して来ます」
「証明か。傭兵風情が言ってくれる」
「司令……」
「分かっている。あそこまで言われてしまっては引き退る訳にはいかんな。そうだろう?」
司令は副官と部下達を見渡す。そんな司令官に対して彼等も力強く頷く。
「主砲一番から四番砲撃用意」
「主砲一番から四番砲撃用意!」
「目標、前方敵機。照準合わせ」
「照準合わせ用意良し!」
マドックとヴァンガードとの距離が徐々に縮まる。
(まだだ。確実に当てる距離で)
司令官は自然と握り拳を作る。ヴァンガードに対し攻撃を続けるファング隊とマッド隊もキサラギ軍曹の動向を見守る。
そして攻撃の合図を口にしようとした瞬間だった。
『始めよう。信念と現実の不条理な戦いを』
傭兵の言葉に一瞬頭が真っ白になる。信念は今まで持ち続けた。あの日、故郷と家族を全てを失った時から。
オープン通信から傭兵の声しか聞こえない。だが声だけを意識して聞けばまだ若い青年だろう。
その若い声を意識してしまった瞬間、自分の息子を思い出してしまった。
そして家族の姿を。
それと同時に若い命は今ヴァンガードにも多数乗っている事実を。
だが今更引き退がる訳には行かんのだ。引き退がっては今までの犠牲が全て無駄になるのだから。
「ッ砲撃始めえええ‼︎」
例え此処に居る事が間違いだとしても、私はダムラカ軍人として意地を見せなければならないのだから。
陸上戦艦ヴァンガードの50センチ三連装の主砲から合計十二発の砲弾が轟音と爆炎と共に此方に向かって放たれる。
未来が視えた瞬間マドックを後ろに倒しながらスライディングの態勢を取る。機体の上ギリギリを砲弾が通り過ぎる。そして次の瞬間凄まじい爆音と爆発が起きて機体に襲い掛かる。
「この瞬間を待ってたぜえええ‼︎」
ヴァンガードの主砲の砲弾による爆風の衝撃波は凄まじい。ならその衝撃波を利用しない手はない。マドックをブースターを使い再び引き起こす。そして衝撃波と共に機体を持ち上げブースターを全開にして跳ぶ。
すると凄まじい加速を得ながら一気にヴァンガードとの間合いが縮まる。
「今更反応しても遅ええええ‼︎」
艦載機のサラガンがこちらに向けて45ミリアサルトライフルを向ける。だがこちらの35ミリガトリングガンの方が一秒速い。
35ミリの弾幕がサラガンに襲い掛かる。そしてあっという間に穴だらけになり倒れる。そのまま撃ちっ放しのまま隣に居るサラガンも同様に穴だらけにする。
そして二機のサラガンが倒れたのと同時に俺はヴァンガードの艦首部分に着地したのだった。