動き出す悪意
アイリ中隊は超級双胴戦艦ウラヌス・オブ・スターに乗船する事になった。機体に関しても、先に乗船していた別中隊と交代する事になっている。
何故、この様な面倒な事をやるのか。
数多くのアイドルグループが艦内に存在しているウラヌス・オブ・スター。
そして、物理的な襲撃や熱狂的なファンによる暴走から護衛するのが親衛隊の役割だ。
また、親衛隊は常にウラヌス・オブ・スターの護衛も行なっている為、精鋭とも呼べる者達が多く在籍している。
親衛隊も幾つか所属に分かれているが、大きく分けて歩兵部隊、AW部隊、AS部隊が存在している。
歩兵部隊にはパワードスーツや装甲車を運用する部隊がある。
主にコンサート会場内の警護、ファン達の熱狂的な暴動の鎮圧、護衛活動を行う。
AW部隊はHS-105Sヴォルシア、MHS-108Sヴァルシアを主に運用している。
中にはZC-04FCサラガンも使用している小隊も存在している。これはアイドル達のスポンサーの意向に従った結果使用しているらしい。
後、まだ実物を見ていないが親衛隊仕様のZCM-08Sウォーウルフ小隊も存在しているとか。
AS部隊は非常に分かり易い。
一個中隊のアーマード・ストライカーを使用しており、主に攻勢に出る時に出撃する時が多い。
一つの切り札的な役割だと言えるだろう。
確かに親衛隊はアイドル達との距離が近い。だが、それは確かな練度、技量、品格があるからこそ許される事なのだ。
アイドル達の全てを守る為の盾となり、障害を排除する矛となれ。
厳しい試験に勝ち抜き、選ばれたエリート的な存在。
それは、時にアイドルとの禁断の恋をしてしまう可能性も出てしまう。
だからこそ、選ばれし精鋭達が親衛隊のバッチを身に付けれるのだ。
だが、それでは警備隊内部での不満が高まってしまう。
現に、警備隊が親衛隊に実機による下剋上を行う事がある。
まぁ、訓練の一環としてなのだが。
現役の親衛隊に勝てれば、自分達がウラヌス所属になれる。
つまり、新たな親衛隊が誕生する訳だ。
とは言え、親衛隊は精鋭揃いの超エリート部隊。
アイドルのファンだから警備隊になった。そんな不純な理由の愚か者共に負ける筈も無い。
つまり、一度たりとも警備隊が親衛隊に勝った事が無いとか。
10年以上前なら、良い勝負をした警備隊が居たとか。
だが、今やそんな根性がある者が警備隊に存在しない。
それはジェームズ・田中も同様だった。
「で?今から搬出作業するのか。面倒だなぁ」
食事を済ました後、俺達は搬出作業を行っていた。
アイリ中隊のメンバー達は非常に浮かれている様子だった。
念願のアイドル達と直接会えるかも知れない。それも、完全なプライベートと言う形で。
生粋のアイドルファンが多い警備隊。しかし、親衛隊に行けるだけの実力は身に付いていないのが現実だ。
「だったら、もっと腕前を上げれば良いだけなのに」
とは言え、俺とアイツらでは育った環境が違い過ぎる。
俺は大好きなアーマード・ウォーカーを自分の手足同然に動かしたかった。だから、暇な時はシミュレーター室に引き篭もる事も多い。
ゴーストであり傭兵だった頃も、良くシミュレーター室でAWやMWの操縦訓練をしていた。
まぁ、半分以上は暇潰しとゲーム感覚でやってたけど。
尤も、今では自他共に認めるエースパイロットになれた訳だけどな。
「なぁ、エイティ。自業自得とは言え、俺は後何月くらい我慢すればええのん?」
『8ヶ月程です。正確に言えば』
「いや、言わなくて良い。余計に長く感じるから」
知りたくない現実は、聞かない方が精神的に楽になる。
「やっぱり、俺だけ残るのは駄目かな?寧ろ、ウラヌスに行く権利を他の連中に売れば、高値で買ってくれそうじゃない?」
『駄目です。唯でさえ、孤立気味なのに。これ以上孤立してしまえば命に関わります』
「エイティの言いたい事は分かるよ。だがな、俺は簡単にはやられないぞ?」
伊達にエースパイロットやってた訳じゃ無いんだぜ?
『それは知っています。しかし、今ジェームズが搭乗している機体を、今一度良く確認する事を強く推奨します』
「……辛い現実を突き付けるなよなぁ」
取り敢えず、機体に乗り込み移動準備を済ませる。
機体を移動させるには、各々が自分達で行う。理由は単純で、警備隊の我儘に付き合う整備士達は居ない。
そもそも、大した腕前も持って無いのに高圧的な態度が多かった警備隊。
普通に整備士達から嫌われてるのだ。
「ふぅん、ジェームズもウラヌスに移動するんだ?」
「ん?あぁ、ナタリアか。アイリ中隊全員がウラヌスに移動するみたいだからな」
残って目立ったとしても、問題無いと思うけどな。
どうせ、世間にはバレる事は無いんだし。
「別に、エイグラムスに居続けても良いと思うけど」
「俺もそうした方が良いと思ってるよ。けどな、この機体に乗ってる以上は無理な話だ」
近くに囮は必要だ。一番良いのは前の方で戦ってくれると助かる。
特に、現在の俺の戦闘スタイルは狙撃になってるから尚更だ。
「そうなの?でも、ジェームズなら大丈夫よね。だって、警備隊で一番強いんだから」
「強くても、生き残れなかったら意味ないけどな」
昔からのやり方に戻す必要がありそうだからな。
唯、この戦力相手に喧嘩を売る組織があるとは到底考えられないが。
「ジェームズって心配性?」
「不安要素は少ない方が良いからな」
まぁ、こんな鈍足機でも他のスペック自体は悪くはない。
流石は大企業ホープ・スター専用機ってヤツだ。
「さて、そろそろ行くよ」
「そう。じゃあ、気を付けてね」
「気を付ける要素は少ないだろうがな」
手を振るナタリアにグッドサインで返す。
そしてコクピットハッチを閉じてメインシステムを起動させる。
「ウラヌスに行ったら豪華な飯は食べれそうだな」
『そうですね。恐らく親衛隊のお零れを貰えるかと思います』
「スーパーエースパイロット様が、今やこのザマだ。全く、人生ってのは最高だぜ」
文句を言っても仕方が無い。
機体がダメなら、パイロットの方で何とか切り抜けるしか無い。
それに、今までも自分自身の腕だけで駆け抜けて来たんだ。
やる事は何も変わらない。
「アイリ12。ジェームズ・田中、出ます」
そして新たな住処となる超級双胴戦艦ウラヌス・オブ・スターに移動する。
何かが起こる筈の無い日常。
大企業ホープ・スターが誇るアイドル・ナインズと大艦隊。
平穏が約束されてる状況。
だが、忍び寄る悪意にまだ誰も気付いていない。
備品置き場として利用されている一室。ドアを開ければ多くの荷物で溢れ返っている。
しかし、良く見れば人が一人だけ通れそうな場所が出来ている。
そして、奥には隠し部屋が存在していた。
【こちら、ジャッカル。準備の方はほぼ完了しています】
モニターだけの明かりだけが部屋を明るくしている。
そんな部屋に一人の人物が誰かと通信のやり取りをしていた。
【はい、その通りです。警備隊の方は既に戦力外になっています。流石に親衛隊までは難しいですね】
警備隊の戦力外。どうやら、誰かが意図的に行なっていたのだ。
守るべきアイドル達が大勢居ると言うのに。
【ですが、一人二人くらいの始末は可能です。仲間内の争いとして片付ける予定です】
更に親衛隊に対して何かをすると言うのだ。
そんな事をしてしまえば、大企業の艦隊とは言え唯では済まくなってしまう。
【勿論です。その為に、私はあの小娘共に夢を見させて上げたのですから】
通信している人物の表情は見えない。
だが、口元だけがニヤリと不敵に笑う。
【夢は覚めるものです。例外は有りませんよ】
だから、アイドルとしての物語は終わりにしよう。
今も、多くのファン達から羨望の眼差しを浴び、メディアから脚光を浴び続けている。
誰もが羨み、希望を抱きアイドルに成ろうと努力している。
【……了解しました。では、こちらも最終段階に入ります】
動き出す悪意が徐々に侵食し始める。
だが、誰も気付かないし見る事すら出来ない。
【全ては、新生国家樹立の為に】
もう、充分に夢は見れただろう?
さぁ、今度は目覚めの時間だ。
新生国家の礎としての役割を果たして貰う。
はい、では一度更新が止まります。
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