ワンショットキル
敵11機はレーダーに映る範囲に居る。だが、距離は充分にある。
そのまま後退しつつ、狙撃を開始。相手はデブリに隠れる動きを見せる。
「残念、この距離は射程内だよ」
トリガーを引くと、ビームがデブリの合間を真っ直ぐに駆け抜ける。
【ッ⁉︎】
何も出来ずに1機が撃破される。しかし、まだ10機残っている。
イチエイは味方に発破を掛ける様に声を荒げる。
【役立たずが!だが、田中の位置は把握した。デブリを使って距離を詰めろ!】
10機のヴォルシアがデブリに隠れながら距離を詰め様とする。
しかし、大量にデブリや岩石が浮かんでいる宙域。
練度が低いアイリ中隊は中々距離を詰められ無い。
スコープ越しに見ても分かる程の拙い動き。
その情け無い姿に、俺は無心になりつつある。
(ちょっと待てよ。こんな連中が同じ中隊になる訳?いやー、ジェームズ悲しいわー。マジで泣きそうだよ)
トリガーを引けば1機が爆散。この繰り返しになる。
結局、半数以下になって進撃を止めて待ち伏せに切り替えるアイリ中隊のメンバー達。
【おい、イチエイ。何とかしろよ。お前がこんな事を始めたんだぞ】
【煩い!お前達だって乗り気だっただろ!俺だけに擦り付けるな!】
【お、落ち着くでござる。今は身を隠して待ち伏せに徹するしか】
【クソ。後、4機しか残って無いぞ】
因みに、デブリにぶつかって動きが止まった2機も一瞬で狙撃された。
正に無駄死にと言うやつだろう。
しかし、イチエイはまだ諦めていない。
何と、撃墜判定を受けた味方機に通信を繋げたのだ。
【おい、田中の居る位置を座標に出せ。今直ぐに】
【いや、その……無理かな?】
【何でだ!早くしろよ!たっく、そんな事も出来ないのか!】
【……今、他の中隊も来てるし見てるんだよ】
【な、何?そ、それは……】
若干、小声になるイチエイ。
しかし、他の中隊が観に来るのは想定外だった。
普段、訓練しない連中の癖に。こう言う時にシミュレーター室に来るのだからタチが悪い。
【もし、俺が教えたら。俺達全員、負け犬扱いだ。今でも一番下手くそって言われてるんだぞ】
イチエイは更に苛立つ。唯でさえ、他の中隊からは馬鹿にされる事が多い。
そこに卑怯な事をすれば、修正が出来なくなる。
(だが、それは中隊の技量不足が原因なんだ。俺は悪く無い。悪く無いんだ!)
内心愚痴を吐き散らすだけで、何も解決していない現実から逃避する。
だが、逃避する時間は終わりだ。
次の瞬間、隣に居た味方機が上からのビームに貫かれ爆散。
爆発に巻き込まれ、メインカメラが損傷してしまうイチエイ機。
【ッ!し、しまった!メインカメラが!だ、誰か!俺を援護しろ!】
しかし、通信から聞こえるのは次々とやられて行く味方の声だけ。
混乱している中、メインカメラからサブカメラに切り替える事を思い出したイチエイ。
急いでサブカメラに切り替えて外の状況を確認する。
画質は多少荒いが見える様になった。
同時に、目の前にビームスナイパーライフルを構えている無傷のヴォルシアが見えた。
【た、田なk】
一言も発する事が無かったジェームズ・田中。そして、訓練が終わりシミュレーター機から出る。
全員、ばつが悪そうな表情になっている。だが、そうなるのも仕方無い事だ。
一方的に負けたのだ。数の差があっても関係無かった。
然も、デブリが多い宙域にしたのも、狙撃対策として利用する為。
しかし、結果は敗北。更に他の中隊にも見られて、笑われてる始末。
「お疲れ様でした。いやー、アレですね。皆さん、手を抜いたのでしょう?」
「な、何を言って」
ジェームズ・田中の言葉にイチエイは疑問で返そうとする。
しかし、ジェームズ・田中は更に言葉を続ける。
「新人歓迎会に加えて、花を持たせてくれるとは。中々、粋な事を考えますね。イチエイ隊長」
「あ……あぁ、そうだ。その通りだ。これで、お前は正式なアイリ中隊のメンバーだ!これからも期待してるからな!頼むぞ!」
「えぇ、これから宜しくお願いします。皆さんも、改めて宜しくお願いします……ね?」
颯爽と去って行くジェームズ・田中。
その背中に誰も声を掛ける事が出来なかった。
アイリ中隊の全員が理解した。
庇われたのだと。
「ヒヨッコ共以下だな」
そう評価された事を知らないまま、アイリ中隊のメンバーは内心感謝したのだった。
気分が晴れる事は無かった。余りにも、余りにも……つまらない戦いだった。
いや、戦いにもなっていなかった。唯の射的をやっていただけだった。
「勝手にデブリに衝突して自爆したのが2機。その他は、狙撃とデブリにビビって満足に動けないとはな」
『私も見てましたが。正直な感想として不安しかありません』
「一番の当事者は俺だよ。大企業に運良く入れたと思ったらこれだよ」
装備を揃え、艦隊を増やし、見た目だけは一丁前な大企業の艦隊。
しかし、実情はこんな感じなのかも知れんな。
「とは言え、練度が高い部隊は必ず居るだろう。親衛隊とかさ」
『そうで無くては困ります』
航空ショーをやる部隊もあるらしいからな。
少なくとも、頼りになるAW部隊は存在している。
「愚痴ってても仕方ない。今ある手札で、やるしか無いんだ」
暫くはシミュレーター室に引き篭もるかな?と考えながら自室に向かうのだった。
アイリ中隊からの嬉しい歓迎会を終えてから、数週間が経過していた。
ホープ・スター艦隊はラクーン宇宙ステーションから離脱。次のアイドルコンサートが行われる宇宙ステーションへと移動を開始した。
この時、ラクーンに居るナインズのファン達は悲しみと悲壮感を出しつつ、別れを惜しんでいたとか。
そして、今は宇宙航路を予定通り航行中だ。
「平和だねぇ」
航空戦艦エイグラムスにあるコミュニティルーム。
この場所は、他部隊や違う部署の人達との円滑なコミュニケーションを目的としている。今も何人かが集まって話が盛り上がっている。
更に、宇宙空間が見れるので綺麗な宙域だと絶景にもなる。
因みに、俺は一人でソファに座りながら優雅な時間を過ごしている。
え?アイリ中隊のメンバー達とはどうなったかって?
ソロプレイヤーになりつつあるから問題無いさ。
(結局、こうなるんだよなぁ。まぁ、俺が強過ぎるのが原因なんだけど。全く、罪な男だぜ)
自画自賛しつつ、美味い無糖のカフェオレを飲む。
恐らく、ソロプレイヤーになったとしても大丈夫だろうと予想している。
理由は簡単な事で、宙賊は手を出して来ない。三大国家並みの艦隊相手に、襲い掛かる命知らずは居ないと言う事だ。
無論、オーレムの襲撃はあるだろう。だが、それも艦隊の火力が高いので、接敵する前に大半を撃破出来る。
つまり、俺の様なエースパイロットの出番は無いって訳さ。
(それに、超級双胴戦艦ウラヌス・オブ・スターには雇われのエースパイロットが4人居るらしいし)
名前は興味無いので調べて無いが、専属契約と期間契約でエースパイロットを雇っているとか。
技量の高い親衛隊に加えて、エースパイロットが4人居る。
この戦力相手に手を出す馬鹿は居ないって訳さ。
「とは言え、警備の仕事はあるんだよな。面倒臭いなー」
『後、30分後で交代になります。そろそろ準備に入った方が宜しいかと』
「そうだねー。給料貰ってる以上は働かんとな」
ジェームズ・田中は勤勉なのだ。
俺はソファから立ち上がり、パイロットスーツに着替える為に更衣室に向かう。
途中、視線を感じるが無視して更衣室に向かい、パイロットスーツに着替える。
そのまま格納庫へ向かい、自分の機体へと向かう。
「この見た目で鈍足だからな。詐欺も良い所だぜ」
『ジェームズなら充分に対応出来ると思いますが』
「AWの教習所にある様な機体だぞ。出来たとしても、ギリギリになるよ」
エイティと話しながらコクピットハッチを開ける。
コクピットに乗り込むと、誰かが顔を覗かせて来た。
「やっほ、ジェームズ。機体の調整は済ましてるから」
「……最初の頃とキャラ違い過ぎるんだけど。変なもん食べた?」
誰かと思えば、あの無愛想な女性整備士だ。
「食べてないわよ。私はアンタの事を見直したし、感謝もしてるんだから。それに、偉そうにしないから他の下手くそ達も高圧的な態度が激減したわ」
あの歓迎会の後、少しだけ面倒な事になった。
どうやら、俺が一方的に勝利した事が警備隊の中で広がってしまった様だ。
アイリ中隊は更に馬鹿にされたが、俺に対して戦いを挑んで来る奴が一気に増えた。
個人的に良い機体慣らしになると思い、片っ端から受けてたのだが。
全て一撃で終わってしまった。
中には直感持ちも居たのだが、更に先読みしつつ狙撃して一撃で終わらせた。
因みに、最近付いた仇名が【ワンショットキル】。
「そうか。まぁ、別に興味無いから。どうでも良いよ」
「そんなツレない事言わないでよ。それに、ジェームズが警備隊の中で最強って自称してた馬鹿を、一方的に倒してくれたから。最強じゃ無くなってからナンパしても無視されたり、馬鹿にされてるわ」
一方的な戦い?になってしまった。いや、戦いと言うより射的感覚になってしまったな。
あの時ばかりは、シミュレーターで一人で厳しいシチュエーションで戦ってた方が良かったと思ってしまう程だった。
だが、そんな射的ゲームにも終わりが見えて来た。
【お前が田中だな?今までの連中だと、前菜にもならなかったな。だが、俺様は違うぜ。格の違いってヤツを見せてやるぜぇ!】
そう意気込んだは良いものの、結局一撃で終わってしまった。
どうやら、殺気探知のギフト保有者だったらしい。
だから、最初に殺気を込めて無理矢理回避機動を取らせ、3秒先を視ながらトリガーを引いたら終わってしまったのだ。
(ジャン大佐との戦いが、こんな形で生かされるとはな)
ジャン大佐と戦った時とは別のやり方で勝利したけど。
それでも、ジャン大佐ならきっと喜ぶだろう。こんな、しょーもない事でも戦った経験が生かされたんだからさ。
「あのゴリラ野郎もさぁ、弱い癖に「俺は警備隊の中で最強のパイロットなんだぜ?」とか言って口説いて来るけどさ。親衛隊相手に一度も勝てないのに最強って、馬鹿じゃないの?って思うじゃん」
しかし、良く喋る女だ。
見た目もスタイルも良いんだから、適当な男を引っ掛けて愚痴ってれば良いものを。
「そうかもな。さて、そろそろ出撃するよ」
「あ、呼び止めてゴメンね。それじゃあ、頑張ってね」
笑顔と共に見送ってくれる女性整備士。
散々愚痴も聞く方に徹してるし、時々食事も一緒に取る事もある。
まぁ、名前は未だに知らないんだけどな。




