遂に始まる逃亡劇
シュウ・キサラギが逃亡している頃。総合評価試験は大いに盛り上がっていた。
理由は301訓練大隊の練度の高さだ。
三倍の戦力差を損耗無しで完勝。更に正規部隊のAW一個大隊との対戦でも、僅か5機の被撃墜で勝利した。
そして、特別試験として第一近衛師団から一個中隊がアグレッサーとして登場した。
これに驚いたのは301訓練大隊の訓練生達だ。
実力はエルフェンフィールド軍の中でもトップクラス。
カルヴァータ王家、上級貴族などの護衛。軍事パレードにも必ず選ばれる。
また、由緒正しい家柄出身も多い事から、正真正銘のエリート部隊と言われている。
そんな第一近衛師団から派遣される事になった一個中隊。
最初は驚き、興奮する301訓練大隊のメンバー達。
しかし、彼等は気付いた。いや、気付いてしまった。
一個中隊しか来ないの?もしかして……格下に見られてる?
そう思って……いや、思い込んでしまった。
その瞬間、憧れや羨望を見る眼差しから殺気全開の視線を向ける。
親の仇と言わんばかりに睨む者。
舌舐めずりをする者。
中には、「殺す殺す殺す殺す」と小声で呟く者も。
「……マリエル大佐、あの子達大丈夫なんですか?」
「大丈夫です……多分」
部下の質問に目を逸らしつつ答えるマリエル大佐。
そして始まる特別試験。序盤から激しい攻防戦が繰り広げられる。
「成る程、中々のモノを作り出しましたね。キサラギ教官は。しかし、私達は名誉ある第一近衛師団!実戦を知らない子供達に敗北は有り得ない!」
手加減無用の本気の攻勢に次々と墜とされる301訓練大隊。
しかし、半数が墜とされた時だった。味方の残骸の陰から大量のビットが現れると、一気に戦局が動き出す。
【今だ!全機反転!此処から巻き返すぞ!】
まだ隊長機が健在だった301訓練大隊。特殊兵装ビットを使用出来る機体を護衛しつつ、巻き返しを図る。
対して、不意を突かれた第一近衛中隊。そして遂に1機が墜とされる結果になる。
【皆!見ろ!キサラギ教官ならビットの隙間を潜り抜けて来る筈だ!】
【この戦い勝てる可能性はあるな。遂に、一度も撃墜出来なかったキサラギ教官とバレットネイター。だけど、あいつらは……キサラギ教官より弱い】
【潰す潰す潰すううううう‼︎喰らええええ‼︎ビットオオオオ‼︎】
そして、正面から激しい攻防戦を繰り広げる。
301訓練大隊が巻き返しを狙う中、マリエル大佐は冷静に指示を出す。
「各機へ通達。一度後退し、狙撃ポイントまで誘い込みます」
指示を出しながらも、ビット使いの機体を容赦無く接近用ランスで叩き潰し、華麗に後退するマリエル大佐。
【逃すな!敵は何かを狙ってる筈。その何かをやらせる前に潰すんだ!】
ルイーズ・ナルシー訓練生。
貴族出身なので、ナルシストが強めの自尊心高めの訓練生だった。
そして、同時に言葉使いも礼儀正しいし、年上等からのウケは良かった。
【弾けなさい!さて……私達の本気はこれから。全機、相撃ち覚悟で行くわよ。付いて来なさい!】
ミリー・マリオン訓練生。
副隊長を務めており、ナルシー訓練生を嗜める役目を担っている。
こちらも貴族出身なので根本的にはナルシー訓練生と似たり寄ったり。
他の訓練生達も、そこそこ裕福な家の出身が多い301訓練大隊。
甘ちゃんで、親に敷かれた線路の上を行けば安泰になる。
将来的な不安は何一つ無い者達。
【数の差を過信するな!相手が誰であろうと手加減無用!それが……戦場では一番正しい礼儀作法だ!】
中破になっている近衛仕様のスピアセイバーに対し、ゼロ距離60ミリショットガンを撃ち込みながら追撃に入る。
そんな彼等の成長した姿は、大型モニターでしっかりと映し出されていた。
彼等の身内は自分の息子、娘達が変わり果てた姿に愕然とする。中には気を失う者も出る始末。
同時にエルフェンフィールド軍の上層部も悩ましい表情になる。
確かに実力はある。数の有利はあったとは言え、近衛のスピアセイバーを3機も撃破している。
また、戦力が半壊しても失う事の無い高い戦意。そして、最後まで足掻き続ける強い精神。
だが、言葉使いが悪過ぎる。
死ね、雑魚、クタバレ、行き遅れ、など様々な言葉で罵倒する301訓練大隊。
勿論、オープン通信はして無いので第一近衛中隊には聞こえていない。
まぁ、残っている近衛の者達や他の観客達にはガッツリ聞かれてるんですが。
「……あの、大馬鹿者が」
溜息を一つついて、セシリア准将は帽子のツバを摘み帽子の位置を整えながら呟く。
確かに戦力的には凄まじい。これなら確かに即戦力にもなるし、エース部隊として頼もしい事この上無い。
でも、言葉使いが悪過ぎる。
恐らく普段の日常生活では問題無いだろう。
事実、カルヴァータ国防訓練学校での素行の悪さは報告されていない。
寧ろ、目上の者に対する礼儀や言葉使いは問題無い。
恐らく戦場に入ると、ああなるのだろう。
戦場だけなら多少は目を瞑っても良いのかも知れない。
しかし、一個大隊規模の人数なので……その、うん。
やっぱり、言葉使いが悪過ぎる。
「特別試験が終わり次第、あの馬鹿者を呼び戻せ。私は今の内に説教をする内容を考えておく」
セシリア准将は大型モニターを見ながら静かになる。
しかし、301訓練大隊の粘り強さも中々だ。
既に、殆どの機体が中破判定を受けており、機体の手足は稼働不可となっている。
だが、それでも足掻き続けている。
シュウ・キサラギが教導した部隊は、確かな結果を出した。
恐らく、最低でも特務部隊か惑星カルヴァータの治安維持部隊に配属されるだろう。そうで無くとも、どの派閥もエース部隊を欲しがるのは当然だ。
模擬戦は終盤に入るが、諦める素振りは無い。
今や、多くの注目を集めている301訓練大隊。
しかし、この粘り強さがシュウ・キサラギの逃亡に大きく貢献したのは皮肉としか言えなかった。
結果として、模擬戦が終わるまでシュウ・キサラギの逃亡は気付かれる事は無かったのだった。
「何?連絡が取れないだと?」
『はい。端末からのGPS信号も途絶えています。唯、門から出てタクシーに乗ったと警備の者が証言しております。また、監視カメラにも一部始終は捉えています』
「一つ確認するが、GPS信号は途絶えているのだな?」
『はい、途絶えています。最終的にはナサール駅周辺で反応がロストしています』
第一近衛師団から派遣された一個中隊に敗北した301訓練大隊。
しかし、訓練生の身でありながら果敢に戦い5機の撃墜に成功した。数では圧倒していたが、機体の性能差はあった。
それでも果敢に戦い粘り続けた301訓練大隊。
エルフェンフィールド軍でも、トップクラスに位置する第一近衛師団相手に健闘した。その素晴らしい結果に、試験会場には大きな拍手が巻き起こっていた。
拍手が続いてる中、セシリア准将は嫌な予感がした。
だが、同時にこう思ってしまった。
(これだけの結果を出したのだ。あの男が簡単に手放す筈が無い)
暫く連絡を待ち続ける。すると、最悪な知らせを受け取る事になる。
『報告します。キサラギ教官の端末を発見しました。しかし、電波遮断が施されている袋に入れられていました。また、ブラッドフィールド家のクレジットカードも一緒にです』
「……やられた。直ちに動かせる人員を使って捜索しろ」
セシリア准将は立ち上がり、リリアーナ姫とマッセナ中将に近付き顔を寄せる。
「失礼します。先程、部下からの連絡がありました。キサラギ教官が逃亡した可能性があります」
「なんと……それは、本当か?」
「現時点は断言出来ません。しかし、支給していた端末とクレジットカードを手放しています」
現時点で分かっている事を報告する。
リリアーナ姫は目を丸くし、マッセナ中将は残念そうな表情をする。
「セシリア、私に出来る事は有りますでしょうか?」
「本来なら惑星カルヴァータの封鎖をお願いしたい所です。しかし、そうなれば混乱を起こすだけになりますので」
そもそも、シュウ・キサラギは莫大な借金をエルフェンフィールド軍に立て替えて貰っている状態。その為、金銭面に関してはかなり厳しい制限が掛けられている。
しかし、それでは可哀想だと。クリスティーナ中佐からの進言により、ブラッドフィールド家からクレジットカードを支給されたのだ。
無論、日常生活では何不自由な事も無いし、多少の娯楽関係については目を瞑る予定だった。
だが、思ってた以上に無駄使いはせず、質素な生活をしていた。
その為、何度かクリスティーナ中佐はキサラギ教官を連れて買い物や映画鑑賞を行っていた。
勿論、値段高めのディナーやプレゼントも含めてだ。
「恩を仇で返すとはな。あの大馬鹿者は」
セシリア准将は更に頭を悩ましていた。
理由はこの事を、妹のクリスティーナにどう説明するべきか。
間違い無くショックは受けるし、滅茶苦茶凹むだろう。
最悪、泣いてしまうかも知れない。
だが、もう一つのパターンに入る可能性もある。
(教官職からブラッドフィールド家に嫁ぐ事になりそうだな)
恐らく既成事実も辞さない可能性もある。
以前、クリスティーナの瞳からハイライトが消える時があった。
正確に言うならデルタセイバーとブラッドアークが戦った時だろうか。
それ以来、手加減したら取られると思い込む時があるとか。
まぁ、手段を選んでる暇が無いと考えたのだろう。
そうなった場合、あの男が義弟になる訳だが。
「どちらにせよ、前途多難になるだろうな」
逃亡さえしなければ、監視程度で済んだのに。
とは言え、そう遠くには逃げ出す事は出来ない。
「姫様には、キサラギ教官が逃亡した事を悟られない様にして欲しいのです。今は要らない混乱を起こしたくはありませんので」
「分かりました。では、私が301訓練大隊と第一近衛師団に労いの言葉を掛けて来ます。そうすれば、私に注目が集まると思いますので」
「セシリア准将、私の方からも捜索に当たらせましょう。少なくとも、まだ遠くには行ってはいまい」
リリアーナ姫とマッセナ中将は直ぐに協力してくれた。
これで、混乱を抑えつつ捜索の手が格段に広がった。
「はい。金銭の現金化に関しては、かなり厳しい制限を付けてました。その為、まだ遠くには逃亡出来ません。恐らく、近場で悪人を捕まえて利用してるのだと思われます」
始まる逃亡劇。
圧倒的軍事力と人海戦術を可能としたエルフェンフィールド軍。
対して現金百万クレジットと新たな国籍を手に入れたシュウ・キサラギ。
果たしてシュウ・キサラギは無事に逃げ切る事は出来るのか?
そして、クリスティーナ中佐は再び闇堕ちしてしまうのか?
次回に続くぅ⁉︎




